01-拘束・スパンキング    <<Back  Index  Next>>

 気がつくととんでもない恰好で拘束されていた。
 素っ裸で平たい台から突き出したコの字型のバーに腹を乗せ、肩幅に開いた手首と大きく広げた膝を台床に固定された四つん這いの姿勢。
 隅にマットレスがひとつ置かれているだけの殺風景で窓のないその部屋は明るく照明されていて、いつの間にかきれいに脱毛されてしまっている股間がよく見える。
 恥ずかしいとか、どうしてとか、あり得ないとか、いろんな感情と考えがいっしょくたに噴出してきて、まだぼうっとしている頭を混乱させた。
「いい恰好だな」
 背後から響いたドアの開く音と男の声。聞いた瞬間、何とも言えない心地良さにゾクリとする。
 なんだ? この感覚? こんな感じは知らない。
 近づいてくる足音。未知の感覚に怯えて、振り返る事もできないでいるうちにスッと尻を撫でられる。
「あんっ!」
 ビクリと体が震えて、高い、おかしな声が漏れた。ゾクゾクする。なんなんだ、これは?
「いい声で啼く。それに感度もいい」
 さっきの一声で疑ってはいたけど確信した。この声、知っている。知っているけど、変だ。どうして奴の声を聞いてこんな……。
「元気がないな。おまえの事だから気がつけばすぐに騒ぎ出すかと思っていたが……。それとも俺の美声に聞き惚れているのか?」
 これまで何十回も聞いてきたけれど、奴の声を美声だと思った事なんてなかった。
 大体、やわらかく澄んでいたり色っぽかったりする女性の声ならともかく、どうして野太い男の声なんかに聞き惚れなきゃならない? しかも相手が家柄も低く育ちも悪い成金野郎ときては声云々以前の問題だ。それなのに……。
「なんだ、声だけで勃ててるのか? かわいいな」
 たててる……? 何をかがすぐにわかってしまったせいで狼狽する。嘘だ!
 奴の手が僕の頭を撫でる。
 目眩がするような陶酔感!
 信じられない! どうして……?
「何を……した……?」
 みっともないくらい声が震えていた。悔しい。これじゃあまるでこいつを怖がっているみたいじゃないか。顔をあげ、正面に回ってきていた奴を睨みつける。
「僕の体に何をしたっ?」
 にやりとゆがめられる口元。傲岸不遜な悪党の表情だ。
「没落貴族のおまえの屋敷を十軒は買えるほど高価な医療機械ナノマシンを注入してやったのさ、坊ちゃん」
極微機械ナノマシン……?」
「血管の掃除や強化からホルモンバランスの調整、癌細胞・各種病原体ウィルスアレルギー原因物質アレルゲンなどの除去、怪我の治療と、あらゆる面で体の面倒をみてくれる、貧乏人共が喉から手が出るほど欲しがっている夢のスーパーマシンさ。
 おまえの場合、注入したマシンの一部は集合して特殊なプログラム通りに多種のナノマシンを制御する小型電脳マイクロブレインを形成しているが」
 頭がクラクラしてきた。奴にされた事がなんとなくわかりかけてきて憤死しそうだっていうのに、天使の声を聞いた気分でもあるからだ。
 こんな事が出来る極微機械セットシステムがあるなんて聞いた事もない。きっと非合法な代物だ。それを手に入れる為に奴は何十億という金を払ったらしい。信じられない酔狂。
 一体なぜ? 僕には奴にこんな事をされるいわれはないはずだ。いや、どんな理由があろうとこの僕を辱めるなんて許せない。
 幾分落ちぶれたとはいえ千年続いている名家の嫡男である僕には社会的な関心がある。父は古くからの知人である要人達に連絡を取るだろうし、往時程の財産はないといっても僕の行方を捜す為に多額の懸賞金をかけるだろう。僕を誘拐するのはそこいらの浮浪児を攫うのとは訳が違う。すぐに助けが来るはずだ。
 そうしたら奴には自分の所業をたっぷり後悔させてやる。それまで少し辛抱すればいい。
 こんな非道がいつまでも許されている訳はないんだから。


 彼の白い肌が羞恥と憤怒、そして性的な興奮のせいで赤く染まっている。拘束された体を怒りに震わせ、ギリギリと歯を噛み鳴らして股間の熱を静めようとしている様子はとても刺激的だ。綺麗な顔を悔しさにゆがめて憎々しげに俺を睨みつける様さえも劣情を誘う。
 彼は教養高く、頭も悪くない。俺が書かせたプログラムが自分の体の中を動き回っている操り糸ナノマシンに何をさせているか想像がついたようだ。
 俺の姿を見たり、俺の声を聞いたり、俺に触れられたりするとそれを感知した電脳が神経伝達物質やホルモンの分泌を司るマシン、あるいは適切な箇所に直接電気的な刺激を与えるマシンに指令を出して彼に快感を感じさせ、欲情させる。
 おまけにそれはプログラムの働きのごく一部だ。卑しい生まれの野良犬と蔑んでいる俺の思うまま反応する生きた人形。
 自分がそんな奴隷以下の生き物になってしまったと真に理解した時、気位の高い彼の精神こころはどうなるだろう?
 おそらくは壊れる。このお坊ちゃんは傲慢で強情だが、ただの一度も踏みつけられた事がない。
 いや、そんな風に言うのはアンフェアか。この境遇に耐えられる精神力の持ち主など千万に一人いるかどうか。今の立場を手に入れるまで社会的精神的肉体的に数え切れないほど踏みしだかれてきたこの俺にしたところで、あやしいものだ。
 だが俺は彼をそう簡単に楽にしてやるつもりはない。ゆっくり、じっくりと教えてやろう。自分がどんなに淫らで恥知らずな生き物に成り下がってしまったか。そして愛らしい唇に、心の底から俺が欲しいと強請らせてやる。
 彼が心待ちにし、それだけを頼りになんとか持ちこたえているだろう助けが来る事はないのだから。俺がバラ巻いた賄賂の額を知ったら、彼はきっと絶望にうちひしがれるだろう。


「ひうっ!」
 胸についているピンク色の小さな突起を弾くと、彼は声をあげて身をよじった。指の腹でグリグリと押し潰してやると嬌声をあげながら身悶える。声を堪える事は半ば諦めてしまっているようだ。それでも時折思い出したように唇を噛んで口を閉ざす様はなんとも健気で、もっと狂わせたいという征服欲を刺激する。
 もっともっと抵抗して俺を楽しませてくれ。従順な人形になるのはその後でいい。
 まずは俺がおまえにどれ程の快楽を与えてやれるのかを教えてやろう。視覚に俺の姿を捉えた時の快感をレベル1として、俺から与えられる様々な刺激に段階的な快楽が用意されているのだから。


「はっ……あんっ……んっ……くぅっ……」
 声が……漏れる。食いしばろうと努力している歯の間から。浅く速い呼吸の合間に。
 体が熱い。汗に濡れた肌の上を奴の手が滑ってゆく。腕、肩、首、背中、腰、尻、太腿……どこを触られても ―― 直接そこを擦られた訳じゃないのに ―― ビクビクと体が震えて痛いほど硬くなってしまっている陰茎に熱が溜まっていく。
 嫌だ! こんな事、認められない! こんな馬鹿な事があっていい訳がない!
 けれど体はどんどん熱く昂ってきて、内部でたぎっている物を出してしまいたいと感じている。
「随分気持ちよさそうじゃないか」
 機械ナノマシンに支配された僕の体を揶揄する楽しげな声。反吐が出そうなくらい胸糞が悪くなるのに、奴の声が聴覚を刺激する度に体が快感を訴える。
「いやらしい体だ」
「は……ァ……」
 特に辱める言葉を聞くと堪らなかった。


 普通に声を聞くだけなら快感レベルは2だが 《 淫乱・いやらしい・変態 》 などの言葉にはレベル3の快感が与えられる。 《 かわいい・いい子 》 などの誉める言葉への褒美は更に大きい。
 自分で恥ずかしい事を言えば内容によってレベル13までの悦楽が与えられるが、そっちの調教は後のお楽しみだ。
「くふ…んっっ」
 尻の谷間を押し開くように指先を滑らせてやると今まで以上に声に甘さが混じった。
 俺に触れられると姿を見たり声を聞いたりするのとは比べものにならない快感に襲われるが、その快感レベルは触り方や部位によって違う。腕や肩などより乳首や尻や陰茎の方がずっと気持ち良くなるのは未加工の状態と同じだが、仕様書通りならこの人形は素質と適切な調教によってしか獲得させ得ない性質も既に持っているはずだった。
 パンッ! っと音をさせて彼の尻に平手を叩きつける。
「いっ……!」
 ビクンッと彼の体がのけ反った。


 なっ、なんだっ、今の……?
 鋭い痛みといっしょに走り抜けたのは……叩かれた尻からジンジンと這いあがってくる痺れるようなこの……。
「ぶたれるのも好きみたいだな」
 なん……だって! 信じられない言葉に全身が硬直する。
「叩かれて気持ちよかったんだろう?」
 馬鹿な! 心は必死に否定するのに感覚がそれを裏切っていた。
「ちくしょう! どうしてっ……おまえはっ……どこまで僕に……」
 羞恥と怒りと恐怖と憎悪と……ああっ! もう何がなんだかわからない。とにかく頭の中がぐちゃぐちゃで、体を駆け巡る得体の知れない感覚に振り回されて、まともに言葉を紡ぐ事さえできない。
「もっと叩いて欲しいのか? 物足りなさそうに尻が揺れているぞ」
「ちが……ああっ!」
 口を閉じる暇もなく打擲された。パンパンと小気味よい程の音が響く度、痛みと……いたみ、と……。
 くそォお! 
 快感が拡がっていく。痛いのに……痛くて悔しくて涙がこぼれ落ちるのを止められないのに……それでも心地良さを感じている自分を否定できない。
「あうっ……んあっ……あぅんんっ!」
 嫌でも響いてしまう声に苦痛だけじゃないものが混じっているのが自分でもわかる。ナノマシンに与えられる快感に反応して艶めいているのが。
 なんておぞましい! 怖ろしい処置を受けさせられてしまったんだろう。こんな仕打ちを考えついて実行してしまえる奴は人間じゃない。


 ポロポロと大粒の涙をこぼしながら倒錯的な悦楽に酔う彼の姿が、俺の掌が鈍く痛んできている事さえ忘れさせる。
 苦痛と快感が綯い交ぜになった未知の感覚に戸惑いながら潤んだ瞳に憎悪の炎を燃やし、それでも艶やかな嬌声をあげて拘束された体を淫らにくねらせてしまう自分に怯えている彼。
 なんて可愛い人形。
 遠からず、快楽がすべてを飲み込んで自ら俺を欲するようになると心の底でわかっているから、怖ろしくも魅力的な未来に抗おうと必死になっているのだと俺にはわかる。その一生懸命さが更なる征服欲に火をつけるのだという事はわかっていないだろうが。


 リズミカルに続いていた打擲音が止んだ。突き抜けるような苦痛はなくなったものの、多分真っ赤に腫れあがっているだろう尻からひりつくような痛みが拡がる。脈拍に合わせ、強く、弱く襲ってくる苦痛と快感の波。
「ぁ…ぁぁ……っ」
 もはやその意味さえもわからなくなった声が力無く漏れた。
「尻叩きはそんなに良かったか?」
 火照った尻に大きな掌が乗せられる。
「ひうっ!」
 熱い! 熱い! 熱い!
 痛みも、快感も、嫌悪も、何もかもを溶かしてしまう熱い何かが奴の掌から伝わってくる。


 彼の腰がゆらゆらと揺れている。尻に乗せられた俺の掌に赤く熟れた肌を擦りつけるように。その揺れに合わせて、彼の猛り立った雄も揺れる。涎を垂らしながら。
 そろそろこっちの方も可愛がってやるか。
 そんな事を考えながらも自分の方に余裕がなくなってきているのを自覚してクスクスと笑ってしまった。
 まァ、仕方がないだろう。長い間、恋い焦がれてきた姫君をやっと手に入れたのだから。


「ひあっ!」
 指先で鈴口を撫でられた。
「いっ、ぅあああァっ!」
 指でくにくにと揉むように亀頭を撫でまわされて堪らず大声をあげる。背を反らせ、ガクガクと膝を震わせて腰を揺すりながら。
「もうこんなに漏らしてるのか、淫乱め」
 僕の先走りで濡れた指が頬になすりつけられた。
 違う! これは僕のなんかじゃない。ナノマシンが作りだした物だ。この快感も、幻覚みたいなものだ。僕じゃない……。こんなの……絶対僕じゃない……。


 唇を震わせ、嫌々をするように首を振る彼。まばたきする度、水晶の涙がこぼれ落ち、頬を伝う。
 なんて美しいのだろう。可愛らしい彼の仕草に愛しさが胸にあふれて苦痛にさえ感じる。
 これが俺の、俺だけの為に創りあげられた人形なのだ。
「やっ……ああっ!」
 今度は陰嚢を揉んでやる。柔らかい皮とこりこりした玉の感触のバランスを楽しんでいるうちにも彼の息があがり、嬌声が切羽詰まったものになってゆく。
「いい声だ」
 一旦手を離し、永久脱毛を施された股間を撫であげてから熱く脈打っている棹を握った。
「んあァああっ!」
 一際高くあがった声に気を良くして、根元から先端に向かって搾り出すように滑らせる。ぷちゅりと押し出されてきたねっとりした透明の液体を指ですくい取って彼の口元へ持っていった。


 出てしまうと思ったのに。こんな奴にもてあそばれて放ってしまう事に嫌悪を覚えながらも、解放される期待に目が眩むような喜びを感じたのに。
 僕の物はまだ熱く漲ったままどうしても止められない腰の動きに合わせて淫らに揺れている。
 苦しくて。一度その喜びを意識してしまったらみっともないから我慢しようなんて考えはどこかに吹き飛んでしまっていて。
 出したい。イッてしまいたいという欲望が僕を支配する。
 髪をつかまれてガクリと落ちていた顔をあげさせられた事さえ気にならない程に。
 ハァハァと肩を上下させながらだらしなく開けっ放してしまっていた口に三本そろえられた指が奥まで突っ込まれて、我にかえった。
 けれど慌てて唇を閉じたせいで歯を立ててやる程きつく噛む事もできずに、ただ抜け出してゆく奴の指をしっかりと舐める結果になってしまう。微かなしょっぱさと青臭い臭いを確かに感じたのに。
 奴の指はほのかに甘くてうっとりするような香りが鼻に抜ける。それはとても……とてつもなく美味しくて。
 離れてゆく指を追いかけて舐めしゃぶりかけていた自分に気づいて……胸に拡がってゆく絶望の苦さに顔をゆがめた。

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