翌朝。
「おはようございます。祐二様」
「あぁ……おはよう。
あれだけ夜更かしてたってのに、相変わらず寝起きのいい女だな」
「はい。お母さんのビデオを観てから寝ると
なぜだか、ぐっすり眠れるんです」
昨夜、凛子はあれから更に四回もあのビデオを観返したらしい。
同じビデオテープを何度も何度も繰り返し観続けているせいで
テープは擦り切れ、今ではすっかり画質も劣化してしまっている。
「お前…本当に母親のことが好きなんだな」
「はい。あたし…お母さんのこと、心から尊敬しているんです。
あんなに痛いコトされてるのに、気をしっかりと保って
乳贄としての役割を最後まで全うして……。
あたしの贄儀式までもうあと一ヶ月ですけど、
あたし……お母さんみたいにちゃんと役目を果たせるかどうか……
正直言って、あんまり自信が無いんです」
「………」
「…だから、お母さんのビデオを観て
どんな風にしたらいいのかって、毎日勉強しているんです」
贄儀式で、乳贄の乳房をどのように神に捧げるのか。
その方法に関して、細かな取り決めは存在しない。
しかし、十五年前にはまだ物心のついていなかった凛子は、母親のビデオを観て
乳贄の乳房は捻じ切られるものだと思い込んでいるようだ。
だが、実際にあれほど厳しい責めがなされたという事例は
贄儀式千五百年の歴史をすべて紐解いてみても、あまり多くは残されていない。
「ま…、贄儀の日まではまだ一ヶ月ある。
この乳房をどうするかは、ゆっくり考えさせてもらうとしよう……」
「……?
祐二様。何かおっしゃいましたか?」
「……いや、独り言だ」
「そうですか」
「そんなことより、お前。
そろそろ出発しないと間に合わないんじゃないか?」
「……ぁ、そうですね」
凛子はまだ学生の身なので、平日には学校へ行かなくてはならない。
しかし生憎、少人数の集落であるこの漁師村に学校は無く、
凛子は仕方なく最寄の学校がある隣町まで
小雪舞うこの一月の寒空の下、
雪山を越えて片道20kmの道のりを毎日歩いて通学している。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ。雪山で足を滑らさないようにな。
それと、山賊や熊には気をつけろよ」
「はい」
終戦間もないこのご時世、定職にも就けず食うに困って
生きていく為にやむを得ず山賊に成り下がる者たちが後を絶たず、
凛子の通学路である山道も、決して安全とは言えない状況になっていた。
また、昔から伝わる村の掟に
「乳贄に選ばれた女人は贄儀の行なわれるその日まで
一切の衣を身に纏わず全裸で暮らさなければならない」
という項があるため、
凛子は人間の匂いを撒き散らかしながら山道を歩かなくてはならず、
熊などに見つかって襲われる危険に晒されながらの生活を
余儀なくされてしまっているのである。
そんな危険を冒してまで日々を全裸で暮らすことによって
乳贄の精神力は鍛え上げられ、
贄儀式での激しい痛みと屈辱に耐えられようになるのだ。
凛子の乳房が神に捧げられる贄儀の日まで、あと三十五日。
実は正直なところ、
毎日、凛子の乳房を目の前で眺めていると
これを神に捧げてしまわなければならないなんて勿体無いなどという
罰当たりなことを考えてしまったりすることもある。
だが、奉り主に選ばれた者としては
村のためにも、毎日こんなに努力している凛子のためにも、
贄儀式では私情を捨てて、今年一年の村の繁栄と大漁を心から祈りながら
その乳房を最高の形で神の元へ送り出してやらなければと、
俺は改めて気を引き締め直すのだった。
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