「ぷは〜っ!
ああ、美味しかった!
ごちそうさま〜」
俺の部屋でシャワーを浴び、コタツで温まり、
少女はようやくすこし落ち着きを取り戻したようだ。
彼女は、俺が用意してやったココアを
がぶがぶと一気に飲み干してしまった。
「お前…もうすこし味わって飲めよ。
まあ、元気になったようで良かった」
「うん…ありがとう。
それにしても、ここが先生の診療所?」
「そうだけど…なんか変か?」
「ううん、逆。思ってたよりも
ちゃんとしたところなんだな〜って思って」
「まあな…って、それよりお前。
どうして、あんな時間にあんな場所にいたんだ?
たしか、今日は午後から隣町に引っ越して行くって…」
「うん…お昼に先生と別れてから、すぐに迎えが来て
一度は隣町の新しい家に行ってきたんだけどね。
逃げてきちゃったんだ…」
「なんで?」
「だって…家に入った途端、あたしの父親になるって人が
いきなりあたしのことを押し倒して、パンツ脱がせて……
変なことしようとしてきて…」
「………」
「それで、あたし…急に怖くなって
あの人を蹴っ飛ばして、そのまま逃げてきたの」
「逃げてきたって…隣町からここまで20キロはあるぞ。
お前、その距離を歩いて帰ってきたのか?」
「…うん」
こんな寒空の下を20キロも、ひとりで歩いて帰ってきたなんて…
よほどその新しい環境というのが嫌だったのだろう。
まあ、親父になる男が変態だとわかった以上、
ごく自然な反応だとも言えるか。
「だけど、なんであんな場所に居たんだ?
事情を言って、孤児院に帰ればよかっただろう」
「だって…帰れないよ。
うちの孤児院は、あの人の会社から
いっぱい寄付を貰ってるから…
そりゃ事情を話せば、孤児院の人たちは
あたしのことかばってくれるだろうけど…
でも、あの人の会社から寄付がもらえなくなったら
うちの孤児院、すぐ潰れちゃうほど貧乏で…
そんな人を蹴っ飛ばしておいて…
もう、帰れないよ…」
「そうか…お前も
いろいろ考えてんだな」
「うん…だから、あの公園で
先生のこと待ってたんだ。
先生がいつもあの公園を通って
お家に帰るの、知ってたから」
「………」
「あ、これ…」
「ああ、その写真か。
それは、俺がここに来て間もない頃に
大家さんに撮ってもらったやつだ」
「ふうん…先生、若いね」
「そりゃ、五年も前の写真だからな」
「へぇ…あ、この右下に写ってる小っちゃいの…
先生ってワンちゃん飼ってたの?」
「ああ…でも、去年病気で死んじゃったんだけどな」
「ねえ…この子、可愛かった?」
「…まあな。そいつとはここに来る前から
十年近くずっといっしょだったからな。
本当、あいつが死んでからしばらくは
何をしても手につかないほど落ち込んでたな。
当時の俺は」
「ふぅん…」
そして、一年前。
落ち込んで、公園でうなだれていた俺に
ノーテンキに声をかけてきたのが、
この少女だったというわけだ。
「…そういう意味では、
お前には本当に感謝しているよ」
「え…あたし?」
「ああ、いや…ひとり言だ、気にするな」
「ふ〜ん…変なの」
「………」
「でも、そんなに大事に想われていたなんて、
先生に飼われてたワンちゃん、幸せだったでしょうね」
「どうだろうな…そう思っていてくれたなら
嬉しいんだけどな」
「フフッ…先生って、いい人だね」
「なんだよ、急に?
気持ち悪いやつだな…」
「あ〜あ、あたしも動物に生まれてきて
先生に飼ってもらいたかったな」
「………」
「あたし、もう孤児院にも帰れないし、
あの人のところにも帰りたくないし……
これからどうなっちゃうんだろ。
あたし…生まれ変わったら…本当に…
…先生のペットになりたいな……ほん…とう…に……」
「………」
よほど疲れていたのだろう。
少女はそうブツブツと呟きながら、
腰をかけていたツギハギだらけのソファーにごろんと寝っ転がると
そのままスゥっと寝息をたてはじめた。
「その歳で…本当に苦労してんだな、お前……」
少女の疲れきった寝顔を見ながら彼女のこれからのことを考えると、
俺は、彼女のことが不憫に思えて仕方がなくなってきた。
「…おい、起きろ」
「ぅ…うんっ……なに、まぶしい………」
「起きろ…」
「…な…に………センセ……」
「いいから、自分の身体を見てみろ」
「…ぇ…じぶんの…からだ…って……」
「………」
「…ぇ…え…?
…なに…これ……」
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