ーーーー植物など実らぬほど枯れた大地。

　　　　ーーーー廃墟と化した建物。

　　　　ーーーー全てがまるで泡沫のように消えていた。



　　　　少女は判った、それと同時に感情が込み上げ涙となり
　　　　枯れた大地へと落ちていく、一つ、また一つと。

　　　　傍に居た者はただ・・遠くで見ていることしか出来なかった。
　　　　震えている小さな背中を。











　　　　



　　　　


　　　　アメストリス国。
　　　　軍事国家でもあるこの国は四方を他国に囲まれ、常に国同士でいざこざが
　　　　絶えることなく続いている国。
　　　　
　　　　国を支え、守っているのは国家軍人と錬金術師。
　　　　特に優秀な腕を持つのは『国家錬金術師』といわれる軍の狗。

　　　　錬金術の教えを破り、背いた者として多額の研究費用と地位を引き換えに
　　　　民衆からは『軍に魂を売った者』と後ろ指を差されている。

　　　　ここに一人。
　　　　嫌われ者の国家錬金術師がいる。
　　　
　　　　銀時計で時刻を確認し、早く定時にならないかと欠伸をしながら
　　　　一応書類を見ている黒髪の男。
　　　　
　　　　「大佐、今ごらんになっている書類の提出期限は今日なのですが」

　　　　補佐役の女性が眉間にやや皺を寄せながら出すように言っていた。
　　　　書類は溜めるなとあれほど言ったのにやっぱり目を通していなかったと
　　　　感が的中し、怒りを通り越してやや呆れ気味。

　　　　「しかしねぇ・・。
　　　　最近変な事件で私も忙しいのだよ」
　　　　嘘だ・・ほとんど部下に押し付けているくせに。

　　　　「おっ、定時だ、では私はお先に」
　　　　先ほどまでの動きの遅さとは思えないほど素早くコートを羽織、手を振りながら執務室を出て行く。
　　　　慌てて書類にサインをしてからと止めようとするが逃げる男の方が早い。

　　　　「今日もデートでしょうかね、マスタング大佐」
　　　　「まったく、また言い訳して提出期限を延ばしてもらわなくちゃ・・」

　　　　頭の中では言い訳マニュアルが完成していていつか本で出版できるのでと本気で考え始めていた。

　　　　窓の外にはご機嫌良さそうな彼らの上司ロイ・マスタング。
　　　　国家錬金術師である。



　　　　「お待たせ、ジェニファー」
　　　　「あら、ロイさん」

　　　　ブロンドの髪の美しい女性。
　　　　今日のデートのお相手だ。

　　　　女性とのデートは軍の執務で疲れた心をとても癒してくれた。
　　　　一緒に劇場に行ったり、ショッピングをしたりしていたが何だか雲行きが怪しくなってきた。

　　　　「雨だわ・・」　
　　　　「さっきまであんなに良い天気だったのに・・」
　　　　仕方ない、少し早いけどディナーにするかと女性の腰を優しく引いて
　　　　途中買った一本の傘に二人で入り、オススメの店へと歩いていく。








　　　　ついに雨はどしゃぶりになり、人は皆、屋根のある場所へと避難していったというのに
　　　　一人だけ、雨に打たれながら歩く一人の子供がいた。

　　　　人気のない裏通りを進んでいくと、小さな箱の横を通り過ぎようとした時
　　　　箱が数回動くと中かに子猫が顔和を出す。

　　　　「・・・・・・」
　　　　『にゃーーー』

　　　　光を求めて箱から出てきたらしいが外はどしゃぶりの雨。　
　　　　まだ中に入っていた方がいいのに猫はボロ箱から出てくると
　　　　子供の足に身体を摺り寄せて甘えてきた。

　　　　真っ黒な猫、しかし目は金色ですごく綺麗。　　　　
　　　　こんなにも綺麗なのに捨てられていたのだ。

　　　　「お前も・・一人か・・」

　　　　俺も一人なんだ、家族もいない。
　　　　子猫を抱き上げると体温はとても下がり、冷たかった。

　　　　あんなボロい箱の中では、外にいても同じだったのだと猫の身体を知って始めて悟ると
　　　　自分の体温を猫に与えてあげた。

　　　　すると猫はよほど子供が気に入ったのか、べっとりと身体を密着させて
　　　　小さな指を舐め、甘えてきたのだ。



　　　　一人で生きていこうと、けど・・・。
　　　　コイツも一人なんだ。

　　　　俺以外の誰かでもよかったのに、愛着が湧いてきてしまったのか
　　　　子猫を手放せなくなってきてしまった。

　　　　「・・俺の日常は大変だぞ、それでもいいのか?」
　　　　いっそ野良で生活したほうが楽だぞと提案したが猫は断るように高い声で鳴いた。

　　　　いつの間にか雨も上がり、空には月が姿を見せ始めていた。
　　　　
　　　　
　　　　
　　　　
　
　　　　月にも太陽にも負けないぐらいに輝く金髪の髪。
　　　　フードから僅かに見え、猫の漆黒の瞳に映し出された。


　　　　「名前、つけてやんなきゃな・・・・」
　　　　どうしようかったと抱き上げ、優しく撫でてあげる。
　　　　まるで失った『あいつ』が重なり、そのせいかすぐに名前は決まった。


　　　　「『アル』・・・・にしよう」
　　　　すると気に入ってくれたのかにゃーと小さく鳴いた。
　　　　

　　　　小さな身体を抱き上げると安心したのか眠ってしまった。
　　　　よほど心地良いのかすやすやと幸せそうに。



　　　　小さく笑うと抱き上げたまま、夜の道を進み、闇に消えていった。






　　　　
　　　　「ところてロイさんは恋人を作ったりしないの?」
　　　　「何を言ってるのですか?私の恋人は君ではありませんか」

　　　　夜のバーで笑顔を崩さずに答えるが彼女は騙せなかった。
　　　　どうせまた他の女と付き合うのもわかっていたが
　　　　承知の上でこうしてディナー付きデートをしているわけなのだが。

　　　　「当ててあげましょうか?大切なものをつくっても守れる保証ないからでしょ」
　　　　若くして大佐になった上にイシュヴァールでは英雄扱いされていて
　　　　どこから鉄の弾が飛んでくるか判らないような身。

　　　　恋人など作れば、確実に狙われる。

　　　　「ははは・・勝てませんな」
　　　　隠していたつもりだったのですけどと軽く笑う。
　　　　本心は絶対に見せない、どこまでが本当で嘘なのかも。

　　　　「今日はこれで帰るわ、雨も降ってきそうだから」
　　　　席を立ち、先に家に帰ると言い出入り口へと歩いていく。
　　　　
　　　　「送っていくよ」
　　　　「いいわ・・・、また誘ってね」
　　　　そういうと手を振って彼女は帰って行った。
　　　　鋭い女性はうちの副官だけで十分だと思いつつ、グラスに入った酒を一口。

　　　　カクテルの色はまるで血の様な赤い。
　　　　まるで・・・人の血のように。


　　　　イシュヴァールでは毎日見てきた色。
　　　　大切なものを作りたくないというのは本当だ、こんな立場だ。

　　　　人質などにされれば、その人間すら危険な目にあわせることになってしまう。
　　　　誰かの心が傷付いて平気でいられるほど強くないというわけだ。

　　　　
　　　　まだまだ甘い・・というわけか、私も。



　　
　　　　そうして、互いの夜は更けていった。