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「ようこそ戦士ライディ。私のアジトは気に入って頂けたかな?」

きゃあっ!?
 壁しかないはずの背後から声と共に伸びてきた冷たくて硬い手に腰の両側をガッチリと掴まれた私は思わず悲鳴をあげてしまった。

 灰色の顔が私の顔をのぞき込んでくる。
 いつの間にか背後からフードを被った男に密着されていたのだ。牢内の蒸し暑さも忘れて全身に鳥肌があわ立つ。

「私の名は魔導師ブロア。貴女をここへ招待する際の不作法をお詫びするよ」
 男は悪びれる様子もなく、というより事務的な口調で自己紹介してきた。

 どうやって壁の中から現れたのかは不明だけども、とりあえずこの男が人さらいの親玉って訳ね。男の正体が分かったことで少しは気を取り直す事が出来た。

「あなたの招待を受けた覚えはないわ。ここから早く出して、私は旅を続けなくちゃならないの!」
 恐怖と混乱を押し隠しつつ、至近距離の先にある灰色の顔にきっぱりと言い放つ。
「ならば、旅はここで終えるのだ。今日より君はこのブロアの所有物になったのだから」

「じょっ、冗談じゃないわ!!」

 もう少し接近したらキスされるような至近距離で『お前はオレの物だ宣言』される筋合いなんかない。
 けれども、全裸で鎖に繋がれた現状の私には、この不気味な男を睨み返す事しか出来ないのが現実。
「冗談? お前はオレの使命を邪魔したのだから、その報いを受けてもらわねばならない」
 男の口元が鋭角に裂け、無機質で作り物みたいな白い歯が剥き出しになる。だんだん本性が現れてきたみたい……

「使命って、女の子を連れ去ることが、かしら?」

「人さらいは実益を兼ねたお遊びだ。本来の目的は『破壊活動』だよ可愛いライディ。人為的に誘導したシャフローの軍団を用いてね」

「人為的? 襲撃事件自体が、あなたの仕業ってこと!?」

 シャフローは住処である洞窟を拡張する習性を持っている。
 魔力を込めた蟲笛を使ってシャフローの集団を街へ誘導し
 さらに蟲笛で奴らに坑(あな)を掘る命令を下す。
 すると奴らは城壁や建物などの障害物を岩だと思い込み、
 後は岩盤をも砕く自慢の爪で働いてくれるというわけさ

 ブロアの口角が横に伸び、また歯を剥く。多分これが、この男にとっての笑顔なのだと気づいた。

 原因不明といわれたシャフローの凶暴化と目の前にいる怪人の取り合わせに一定の説得力がある事は認めざるを得ない。
「そ、そんなバカげた目論見に何の得があるっていうの!?」
「オレの望みはこのエルスの大地に、人間の世界に破壊と混沌をもたらす事よ」
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