[幽闃の近衛、亡国への歩み]

ブンッ!!

緑の剛腕が空気を潰して唸りを上げた。
紙一重で避ける。しかし、その風圧は軽く打たれたような痛みを走らせ、、、
バシャーーン
目標を失ったそれは、太鼓の撥の様に川の水を打ち鳴らす。

「きゃぁ、、、あぐっ!!」
巨大な水柱が私の体を弾き飛ばし、岩が強かに私の背中を打ち据える。

激しい痛みが徐々に薄れ、視界が急激に暗くなる。
「グフファッ」
最後に聞いたのはオークの勝利の雄叫びだった。。。

・・・・・・

半日前

「これより本陣を発つ作業に移るが、その前に皆が心配しているであろう蛮族のことについて話そう!」

指揮官の天幕の前に続く大通りにずらりと並ぶ兵士達の姿があった。
光が軽甲冑の金属と、私達の鱗に反射して、演説台から見れば金属の鱗を持つ巨大な魚に見えないことも無いだろう。

私はその巨大魚の鱗の先頭で指揮官殿の話を聞いている。最前列は小隊長と大隊長である。
後ろに続くのは、長きにわたり首都を警護に任を共にした友人達だ。

足に鱗や尻尾、鰓などを持つ、我々人魚達は、首都で警備を務める近衛兵に所属する。
私達が首都を守るのは至極単純、美しい外見と知性、
それが首都の華やかさの一つだったからであって、戦力によるものでは無い。
身を守るための防具も、無駄な装飾や、スカート。
女性の美しさを強調するものは、実践には無用の長物でしかなかった。

「・・・であるからして、噂で聞き、恐れおののく必要など、決して無いのである!」

演説がようやく終わろうとしていた。
指揮官の口上は、2点を主張した。
過去の勝利を理由にした「オークはおそるるに足らず」という解説。
そして蛮族の愚行と秀麗な近衛兵の愛国心を比較し、「蛮族許すまじ」という正義を植え付けた。
演説が終わると、いよいよ全軍が陣を後にした。

今回の討伐は、言うなれば無謀だ。
首都の政に踊らされた近衛兵団長が、国の象徴でもある近衛兵団による蛮族討伐の公約を半場押し付けられた。
これが全てだった。先ほどの演説のオークの部分を、
首都の近衛兵団と対立するロビニスト達に変えれば、素晴らしい演説になっていただろう。


豪奢な鎧、美しい鱗の一群が、「コストラ・ディ・ドゥラゴネッサ」と呼ばれる大河で足を止めた。
一面に広がる水面は、増水期であれば大河なのだが、乾燥期の現在では、高い川底が頭を出すまでに水量が減少している広い水たまり。
「雌竜の肋骨」という意味通り、伝説の大竜の肋骨が、河から天を貫いている。

河川の向こう岸に、緑の群がいるのが伺える。そして白い水飛沫が見え、少ししてから角笛の音が対岸から聞こえた。

政に踊らされた哀れな喜劇の幕が上がった。


・・・・・・


意識がようやく戻る。目の前に黒く冷たいものがある。
それが巨大な川の名の由来である竜骨だと気づくまでに、かなりの時間が掛かった。

それに凭れ掛りながら、後ろを振り返る。
緑の巨躯が、一匹の人魚に圧し掛かっていた。顔は見えない。
岩のような腕が彼女の頭を乱暴に掴み、水面に押し付けていたからだ。
緑の蛮族は、腰を動かすこと無く、彼女を持つ腰と頭を動かし続けた。
乱暴な自慰。蛮族に相応しいなと思った。
あれが暫くすれば私になるのだ。
考えてしまうと、まるで糸が切れた傀儡のように全身から力が抜けてしまった。

暫くすると、目の前で扱いていた彼女を持ち上げて、咆哮を上げた。

ゴビュッという音と共に人魚が震えた。まるで蛮族の代わりに震えているかのようだった。
震えと音に合わせて風船のように彼女のお腹が膨らむ。
何度目かの痙攣の後、潰されるカエルのような声を上げて、白いものを口から吐き出した。

震えが治まると、乱暴に彼女の頭をひっぱり、排泄口から脈打つモノを乱暴抜きとる。

そして、、、私を見た。

蛮族が伸ばした腕は、後ろから私の頭を掴み上げる。
「いたいっ」
私が上げる声にお構いなしに、無理やり私を立たせる。
私は竜骨に抱きついて腰を突き出す形になった。同時に熱いものが背中に押し付けられた。
暫く私の背中を、それが行き来した。怖くて目を瞑る。
音が鮮明になる。蛮族の吐息、その番族が蹂躙した彼女のうめき声、遠くで聞こえる卑声に悲鳴。

また悲鳴が上がった。すぐに近くで聞こえた。いや、これは私の声だ。
「ぎゃっ」
空気が潰されたお腹から強引に喉を通る。

蛮族のそれが、異物感をはるかに超えた圧力で私を押し広げた。
「あ“、あ”、あ“っ」
釣り上げられた魚のようにパクパクと空気を求めて口がだらしなく開いた。

あまりにも大きすぎる異物に、体の筋肉が収縮して死後硬直のように硬くなった。
「グハハハァ〜」
蛮族が快感の声を上げた。そして続けて、押し込まれた緑の円柱を一気に引き抜いた。
「〜〜〜〜!!」
ボタボタボタッ

声にもならない声を私は上げる。唯一動く眼球を水面に動かすと、
赤と茶色、白色が、紅茶に混ぜるミルクのように溶け合っていた。

何度その動きを繰り返しただろうか。徐々に加速する異物に、私は空気を必死に吸うことしかできなかった。
それで救われることはないのに。

「グォオオオオオ!」
蛮族が唸ると同時に、目の前の黒い骨が白く染まってゆくのが見えた。
ビチャッという音が周りの水面から聞こえた。


恐る恐る後ろを振り返ると、白い液を私に背中に吐き出す壊れた蛇口があった。
幸い腰を引いた時に達した様で、今も剛腕に頭を鷲掴みにされる彼女のようには成らずに済んだ。
しかし、それが僥倖だったのか、苦しみが長引く不幸だったのかは分からない。

バシャンッ
私の腰の骨が支障を来たしたのか、力無く水面に倒れた。

「あ、、、、あぁ、、、、」
声を出そうとしたが、それも叶わなかった。

私の目の前で再び握りしめられた彼女の使用が再開された。

私は近衛兵として、この国の滅びの始まりを力無く見つめていた。。。

 

コンテンツへ戻る