プロローグ
王都ホーンベルクの外れに、冒険者養成学校の石造りの校舎がひっそりと立っている。
大陸を統一したエルネスト王の時代に作られたというから、その歴史は一千年の昔にさかのぼる。
落第しなかった場合の履修年数は7年だ。
戦闘系や魔法系、陰陽師から鑑定士に至るまで、冒険に関係するあらゆる知識を学ぶことが出来る。
人々は、その冒険者養成学校を『ペロウ』と呼んでいた。
「ペロウに娘を出すもんじゃない」
ある人たちは眉をひそめる。
「いや、ダンジョンで生き延びるために必要なことは、何であれ学ばなければならない」
一度でもダンジョンに入った経験のある人は、そう反論する。
冒険中に出くわす可能性が一番高いのは、淫獣系のモンスターなのだ。
生命に危険が及ぶモンスターは生息地域や対処法が研究し尽くされており、必然的に高レベルの冒険者が相手をすることになる。
駆け出し冒険者は好む好まざるとに関わりなく、どこにでも現われて固体数が多い淫獣系モンスターと戦わなければならないのである。
戦いに破れれば、あられもない姿でダンジョンから担ぎ出され、救護室でヒーラーの世話になる結果に終わる。
「汁を流す気のない奴は、ママのオッパイでもしゃぶってろ」
「そうそう。あたしが現役だった頃は、汗も汁も枯れ果てたもんさ!」
名のある勇者になれば一生食いっぱぐれはないし、そこそこの腕前でもお宝が高く売れれば十分割に合う。
冒険者を志してペロウに集う若者たちは、いつの世も引きも切らないのであった。
ペロウでは授業とは別に、より実戦に近い様々なミッションに挑戦するシステムを採用していた。
必須ではないが、成功すると装備に『スター』をつけることが許される。
難易度の高いミッションの『スター』をつけた生徒は、ちょっとした英雄だ。
今回掲示板に張り出されたミッションは、『触手部屋見学』だった。
ペロウの裏手のダンジョンにある触手部屋に入って、奥に置いてある鍵を持ち帰ればクリアーと書いてある。
特に触手を殲滅しろとは要求していないので、一見簡単そうだ。
ミッションの主催者は、召還師クラス5年生のエレナ・エスタという女生徒だった。
特殊生物研究会を名乗っているが、部員は彼女一人だけだ。
「わたしの触手ちゃんは強力よ。甘く見ると痛い目に遭うわ」
エレナは薄暗い触手部屋の外窓を開け、中に蠢く触手を覗いてつぶやいた。
長い黒髪がふわりと揺れる。
間違いなく美人だが、切れ長の目に少々険があった。
卒業研究のテーマに選ぶほど触手に精通しており、教授陣も一目置く存在だ。
今回は、魔法耐性・物理耐性に優れた品種の改良検証のためにミッションを申請したのである。
「おっと、駄目。わたしは獲物じゃないんだから」
エレナは指先に絡み付いてきた触手の先端を振り払った。
別方向から伸びてきた触手が、するりと胸元の隙間から潜り込んで乳首を摘もうとする。
「ひっ、駄目ッ」
中に引きずり込まれないために、エレナは腰を落として後ずさりしなければならなかった。
「……ミイラ取りがミイラになっていたら、しゃれにもならないわ」
触手部屋を管理するエレナと言えども、捕まってしまった日には逃れる術はないのだ。
女である限り、いつか迷い込んだ新入生の子みたいに、何もかも晒して悶絶する結果になる。
触手は獲物の汁気を吸い尽くすまで離してくれない。
エレナのミッションに応募したのは3名だった。
狭い校内のことだ、おおむね名前と顔が一致する。
剣術科の2年生、コリン・エストラド・レ=ノーマ。
シーフ科の1年生、レンゲ・オーサカ。
魔術科の5年生でエレナといわくのある、冷気魔法使いのシーナ・マリー・ミスティ。
「素敵な姿を見せてくれるのは、どの子かしら?」
エレナは「くくく」と笑った。
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