――俺の名前はネイヴィス・マリド・ローゼス。
ローゼス王国の第四王子にして、同国軍の将軍の地位に就いている。

かつて、俺の傍には、チュニカという愛しい恋人が寄り添っていた。
チュニカは隣国ウィルフォルム王国の姫であり、そして俺の婚約者だった。
俺は彼女を心から愛していたし、チュニカもまた俺に至上の愛を注いでくれていた。


……だが、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。


婚姻の儀を指折り数えて待ちわびていた、あの日に、それは起きた。

何代も前から我が王国と衝突を繰り返していた、にっくき敵国ベルゼ帝国。
その国の第一皇子ルクシュが、ローゼス国王都に突然の夜襲をかけ、俺の愛するチュニカを攫って行ってしまったのだ。
俺はすぐに奴を追ったが、間に合わなかった。

俺は一刻も早くチュニカを救出すべく、ベルゼ帝国に向かおうとしたが、父王がそれを許してくれなかった。
一人の王女を助け出すためだけに、下手に軍を動かすわけにはいかないと言うのだ。
何を悠長なことを言っている?
こうしている間にも、チュニカは――くそっ!




――あの悪夢のような奇襲の夜から、今日でちょうど一週間になる。




「ネイ」

ふいに名を呼ぶ声に、俺は我に帰った。



顔を上げると、真っ先に鮮やかな水色の髪が視界を塞いだ。

「ジュリ……」

そこに立っていたのは、俺の副官のジュリエーネだった。
ジュリエーネは俺の親戚にあたる女で、公爵家の一人娘――つまり血筋的には立派な公女<プリンセス>の一人なのだが、何のつもりか俺と同じく軍役についている。
俺よりも二つ年上の幼馴染みで、幼少の頃は妹のティアリスと一緒によく三人で遊んでいた。
だが――

「その名で呼ぶなと言ったはずだ」

公私混同は困る。
俺は王子であると同時に将軍であり、ジュリエーネは俺の部下にすぎない。
鋭く睨みながら釘を刺す。――ただの八つ当たりなのは分かっている。
だが、俺はチュニカを娶ると誓った時に決めたのだ。
俺を「ネイ」と呼んでいいのは、今はチュニカだけだと。

「ごめんなさい、ネイヴィス」

ジュリエーネは涼しげな目元を伏せて素直に謝った。
その表情は読めない。

「何の用だ」

そういえば俺も思わず『ジュリ』と呼んでしまったから、あまりジュリエーネを責めることも出来ないな――そんなことを考えながら向き直る。
ジュリエーネは公の場では俺に敬語を使い、『ネイヴィス様』と呼んでいる。
だが、今この部屋には俺と彼女しかいない。
俺はジュリエーネを不問に付すことにした。

「あなた宛に不審な小包が届いたの」
「小包?」

『不審な』という一言も気になったが、たかが小包一つのことで、わざわざジュリエーネが俺を訪ねてくるとも思えない。
ジュリエーネは美しい眉を若干顰めると、両掌に乗るくらいの大きさの包みを取り出し、それを俺のデスクの上に置いた。
茶色の包装紙に包まれたそれは、何の変哲も無い箱に見える。

「これがその小包か」
「ええ」
「送り主は?」
「…………」

沈黙し、視線を逸らすジュリエーネ。
――まさか、という思いが俺の脳裏を駆け巡った。

「ルクシュか!」

思わず声を荒げると、ジュリエーネは沈痛な面持ちで頷いた。

「爆発物などの危険物でないことは確認済みよ。でも、何らかの罠が仕掛けられている可能性も否定できないわ」
「そうか。しかし、一体何のつもりで……」

言いかけて、俺は口を噤んだ。
奴にどういった意図があるかは量りかねるが、少なくともチュニカの所在を掴むものであることは確かだろう。

「どうするの、ネイヴィス」
「開封する」

即答すると、ジュリエーネはわずかに目を瞠った。

「……いいの?」
「あぁ。どちらにせよ、開けてみなければわからない」
「でも」

いつもなら俺の命令に忠実なジュリエーネが、躊躇うように逡巡している。
彼女の思惑はわかっている。
危険だと言いたいのだろう。
敵国のルクシュから送られてきた謎の小包。罠である可能性は非常に高い。
だが俺は、『今すぐ開封して確かめなければならない』という、強い予感のようなものを感じていた。

「危険は承知だ。だからジュリエーネ、お前はもう下がっていい」
「…………」

言外に退室を促すと、ジュリエーネは小さく唇を噛んだ。

「それは命令ですか」
「そうだ」
「…………」
「ジュリ?」

なかなか退室しようとしないジュリエーネを、俺はあえて昔の愛称で呼びかける。
するとジュリエーネの青い瞳が一瞬はっと揺らいだ。

「………………わかりました。それでは、私はこれで失礼いたします」
「ああ、ご苦労だった。あとは俺の方でなんとかする」
「……はい」

ジュリエーネの表情が、軍人の厳かなそれから、昔の彼女に戻ったような気がした。

「気をつけてね、ネイヴィス」
「ああ」

頷くと、ジュリエーネは音も立てずに身を翻し、静かに出て行った。
そして執務室には俺一人だけが残った。




「これは――」

思わず一人ごちる。
包みの中から出てきたのは、ノートほどの大きさの水晶で作られた板だった。
だが、俺は知っていた。
この水晶体はビジョンクリスタルと言われる魔具の一つで、非常に貴重なものだ。
その名の通り、映像や音声などを特殊な魔力によって記録することが出来る。
だが、なぜだ?
なぜルクシュは、こんなものを俺宛に寄越したんだ?
数々の疑問と、不思議な焦りを感じながら、俺は思わずのようにビジョンクリスタルに手をかざした。


――俺は、ジュリエーネを退室させたのは正解だった、と心から思った。


















































 そこに映っていたのは、全裸に剥かれ、汚らしいルクシュの肉棒を突き込まれているチュニカの姿だった。
 俺は、この一週間の間に、彼女がどんな目に遭っていたのかを痛いほど思い知ることとなる。









 チュニカの口から語られる、痛々しいまでの告白。
 気付けば俺は拳を握り締め、血が出るほど強く唇を噛み締めていた。
 ……なんてことだろう。
 チュニカが。俺のチュニカが。
 宿敵ルクシュに犯されているなんて。





 ――いや、だめだ。冷静になれ、ネイヴィス。
 俺は今にも部屋を飛び出したくなる衝動を、必死で押さえ込んだ。
 ジュリエーネは罠であることを懸念していた。
 なるほど、確かに精神的な罠である。
 だが、これはルクシュの挑発だ。
 チュニカを甚振ることで、冷静さを欠いた俺を仕留めようという魂胆なのだろう。

(……すまない、チュニカ)

 こんな目に遭わせてしまって。
 だが、待っていろ。必ず俺が助けに行く。
 お前を苦しめている、その下衆の息の根をこの手で止めてやる。

 大丈夫だ、チュニカ。お前は汚れてなどいない。
 俺はお前を今も変わらず愛している。

 だから、どうか俺を信じてくれ。
 必ず助け出すから、待っていてくれ――


















「………………え?」

 俺は思わず、阿呆のように口を開いてしまっていた。





 ……どういう、ことだ。
 頭の中が真っ白になる。
 わからない。何が起こっているのかわからない。









 俺に処女を捧げてくれたチュニカ。
 俺にしか抱かれたことのない、清純なチュニカ。
 そんな彼女の姿は、この映像の中の、どこにも存在していなかった。









 ビジョンクリスタルに映る二人の男女は、どう考えても相思相愛の睦まじいカップルにしか見えなかった。
 微笑ましい、愛のあるセックスに励んでいる。
 その男女が、俺の与り知らぬ赤の他人ならば、そうだっただろう。
 だが現実は違う。
 男は俺の宿敵で、そして女は――俺が一生をかけて守ると誓った愛する婚約者なのだ。









 チュニカは、俺とセックスしている時に見せたことのなかった、酷く下品で淫らな顔で喘いでいる。













俺は。





俺は――――





 俺は、もうチュニカが俺の元に戻ってくることなどないことを直感していた。















































































一ヵ月が経った。
俺はジュリエーネと精鋭の部隊を引き連れて反撃に出る。
奴が俺にしたのと同じように、ベルゼ帝国に奇襲をかけたのだ。
そして俺は、二人の女を拉致することに成功した。







一人は、ルクシュの義妹――「奇跡の巫女姫」と謳われている皇女マノン。



そしてもう一人は、マノンの付き人のリゼリアというメイド。




今、俺の復讐劇が幕を開ける――――