幕 間
前へ タイトル 目隠し無し

 ある日の昼前。
 決意を新たにしたものの、指針となる考えが浮かばずにいた私は相変わらず自慰に耽る日々を送っていた。
 責められる快感が分からないと言っても、やはり少女の身体を自由に弄れるというのは魅力的な行為だった。
 クゥゥ……
「んっ……お腹、空いたな」
 絶頂後の余韻も引いて息も整った頃、お腹から可愛い音が漏れた。
 そういえば今日は朝から何も食べていない。
 何か食べ物は無いかとキッチンを覗いてみると、ほとんど食料が残っていなかった。冷蔵庫の中身はほとんど空っぽで、調味料の他には収納の中にパスタが数把と米が少々残っている程度だ。
 それもそのはずで、少女の身体となってから今日までの数日間は一切買い物などには行っていなかったのだ。
 起きて、飽きるまで身体を弄び、寝る。少女の身体が魅力的だと言っても、あまりにも怠惰な日々を送っていた。
 こんな不健全な状態では、良い考えが浮かばないのも当然だ。
 小さな身体に見合った小食になっているので今日明日は何とかなるとしても、このままではさすがに不味い。
 外に買いに行かなくては――と、思ったけれども。外に着ていく服がない。
 部屋の中にある服は当然ながら男物で、ブカブカ過ぎてとても着て外には出られない。
 この身体に合うであろう子供服をネット通販で買う事にした。

「あっ、これ可愛いなぁ。こっちも可愛い。私にすごく似合いそう」
 通販サイトで子供服を眺める事はたまにあったが、実際に少女に着せる――というか自分で着ると考えると楽しくて仕方ない。あれも良い、これも良いと目移りしまくってしまっている。
 女の子の買い物が長いのも分かる気がした。
 服のサイズはメジャーを使って自分で計測した。
 身長は142センチ。バストは69センチ、ウェストは53センチ、ヒップは70センチだった。服のサイズは130から140という所だ。
 胸はぺったんこなものの、この年頃の子にしては良いスタイルをしているのではないだろうか。
「よ〜し、これに決めた! あ、これも欲しい。こっちも買おう」
 選び始めてから二時間以上掛かってしまったが、いくつかの服を注文した。
 その翌日にはもう荷物が届いた。迅速な対応に高評価を付けたい。
 ただ、荷物を受け取るのに少し難儀してしまった。
 外に着ていく服が無いという事は、受け取りに出る服さえ無いという事なのだから。一番小さめのTシャツと短パンを着てなんとか応対した。

「え〜と、大鳥さん?」
 少女が対応に出るという予想していなかった展開に面食らう配達員。いつも利用している宅配業者な為、配達員もいつも同じだ。
「あっ、はい。今遊びに来てて。お父さんは今ちょっと出掛けちゃってるんですけど……でも、判子はあります」
「お父さん? へぇ……子供が居たんだ。……はい、ではこちらに判子お願いします」
 単身赴任中の父親の部屋に遊びに来ている娘という設定を脳内に構築し、なんとか凌ぐ。
 彼は頭の中で元の私の顔を思い浮かべ、目の前の私の顔と比べているのだろう。不躾な視線に居心地が少し悪い。
「はい、ではこちらになります。ありがとうございました〜!」
 なんとか無事に受け取ることが出来た。
 食べ物も通販しようかと思っていたけれど、何度も顔を合わせていたら詮索されないとも限らない。なるべく通販の利用は自重すべきだろう。
 買った服は想像通り私に似合っていたものの、サイズはピッタリではなかった。やはり服は試着してから買わなければ駄目だな。
 ともかくこれで外に出られる。
 自宅ファッションショーを開催したくなるのをグッと堪えて買い物に出掛ける。
 着ていくのは一番気に入ったチェック柄のワンピース。合わせて下に着た黒い半袖のチュニックは肩がパフスリーブになっていてとても可愛いのだ。
「これでバッチリのはず……なんだけど、大丈夫かな」
 少女となってから人前に出るのはこれが初めての事で、変に思われる所がないか少し心配だった。しかし、それは杞憂に終わる。
 誰にも見咎められる事は無く、安心して買い物を続ける事が出来た。
 女の子の身体で女の子らしい格好をして買い物をする。
「これ可愛い。買っちゃおうかなぁ」
 こんなに買い物が楽しいと感じるのは初めての事だ。女の子らしい事をすると身体に引っ張られて精神も女の子に近づくのかもしれない。それは良い兆候だ。
 口調も少し女の子らしくすると更に楽しさが増した。
「ふふっ」
 楽しさから気分が高揚して顔には自然と笑顔が浮かぶ。お店のショーウィンドウに映った私の顔は、自分でもドキリとする程に魅力的な少女の顔をしていた。
 どこからどう見ても可愛い女の子だ。

「ちょっ、ちょっと君、いいかな?」
「えっ?」
 突然掛けられた声に足を止めて振り返る。そこには見知らぬ男が立っていた。
 キョロキョロと周りを見回すが、私と男以外には誰も近くに居ない。呼び止められたのは私で間違い無いだろう。
 この男は……誰だろう?
 私の知り合いだったかな? いや、そもそも今の私は女の子なのだ。元の私を知っている人間が居ても、声を掛けるはずがない。そして今の私の事を知っている人間など居るはずも無い。格好からして今日立ち寄った店の店員とも考えられない。
 人違いだろうか? 不審そうに見上げる私に男が口を開く。
「あっ、あぁ、勘違いしないでね、僕は別に怪しいヤツじゃないよ。ちょっと君に手伝って欲しい事があるだけなんだ。ね、ねぇ、ちょっとだけこっちに来てくれないかな?」
 ――明らかに不審者だった。
「えっと……」
 思いもしない事態に付いていけず、思考が固まって言葉に詰まる。
「あ、いやいや、ホント僕は変なヤツじゃないんよ!? あっ、あのね、君がその、可愛いから――いやいや、そういう事じゃなくてだね! うん、そうそう、僕さ、ちょっと道に迷っちゃっててさ!」
 思わず一歩引いてしまった私を見て、焦ってまくし立てる男。そんな男の様子を見て逆に私は冷静になれた。固まっていた思考も動き始める。
 ふぅむ……。察するに、目の前に通りかかった美少女を見て、思わず声を掛けてしまったという所か。自分で言うのも何だけれど、今の私の美少女然とした容姿からすればフラフラ寄ってきてしまうのも無理からぬ事だ。
 態度や言動から見て、少女への声掛けに慣れているようにも見えない。見るからに不審ではあるものの……それは少女を相手に話をするという、彼にとって日常有り得ない事をしているからだろう。
 これが初犯に違いない。いや、初犯という言い方は正しくないか。まだ犯罪を犯したわけではないのだから。
 この男は強引な手段を取るタイプではなさそうだし、下手に付いて行くような事をしなければ何もされないだろう。
 大声でも上げれば逃げていくのだろうが……それは少し可哀想か? 誰かに捕まったりしたら変質者扱いをされる事は確実だろうし。
「いや〜、困ったな! はははっ! あっ、嘘じゃないよ、道を教えて欲しいだけなんよ、ホントに! やっ、やっ、でも君も忙しいよね? いっ、いいんだよ、僕もそんなに急いでる訳じゃないし――」
 一人で喋り続ける男の焦りが濃くなって行く。腰は既に引けていて、話の内容も撤退の方向へ向かっている。
 どうやらこのまま黙っていても何とかなりそうだ。
 ……でも、それでいいのだろうか?
 私自身はこの場を切り抜けられるだろうが、痛い目に遭わなかった彼はまた別の少女に声を掛けてしまうかもしれない。
「えっと、あっ、あの、君……?」
 黙って考え込んでいた私を不安そうに覗き込む男。顔が近い。
 思わずまた一歩引いてしまう。彼に対して悪感情は無いけれど……彼が私に対して抱いている感情を考えると、身体に引っ張られて精神的にも引いてしまう。女の子の身体になってはいても、男に興味など全く無い。
 ここははっきりと拒絶の意を示して、たしなめてあげた方がいいだろう。
 私も以前、絶世の美少女を見かけた時には声を掛けようか非常に迷った事がある。他人事ではないのだ。
 気の迷いから本当の犯罪者になってしまうなど、あってはならない。
「その、ですね――」

「ちょっと、何してるの!」
 覚悟を決めて口を開いた途端、突然女の子の大きな声が私の耳を打った。
 そちらを振り向くと、険しい表情をした女の子がこちらに向かって走って来る。今の私と同じくらいの年齢の少女だ。
「なっ、何もしてないよ!? ぼっ、僕は、ただ……ひぇっ! ごめんね、ごめんね君……じゃっ、じゃあ!」
 女の子の声に飛び上がって驚いた男は、駆け寄ってくるその姿を目にして一目散に逃げ出した。
 事態の急変に付いていけず、また固まってしまう。……どうも私は緊急事態に弱いようだ。
 私が固まっている間に、大声の女の子が私の目の前にやってきた。

「大丈夫!? 何か変な事されなかった?」
「えっ、えぇ……大丈夫です」
 目の前に立つ少女を少し見上げながら声を返す。彼女は私に比べて十センチ程も背が高い。今の私よりも一、二歳年上だろうか。
 遠くから結構なスピードで走って来たみたいなのに、息一つ乱れていない。手足も長く、スポーティな印象そのままに運動神経が良いのだろう。意志の強そうな瞳は、真っ直ぐな長い黒髪と相まって非常に凛々しい。
 思わず見惚れてしまった。今の私とはまた違った魅力を持っている少女だ。
「そう、良かった……。駄目だよ、ああいう時は恐くても助けを呼ばなきゃ」
「は、はい」
 私が何とも無い事を見て取って表情を緩める。
 やはり大声を出すというのが正解だったのだろうか。
「あいつ、もう消えちゃったよ。逃げ足速いな」
 言われて彼の逃げた方に目を向けると、確かにその背中は何処にも見当たらない。誰かに捕まえられる事無く逃げおおせたようだ。少しホッとする。
 そんな私の様子を危機から助け出された安心感からと勘違いしたのか、少女が優しく微笑む。私が心身共に百合少女だったなら即座に恋に落ちてしまいそうな、そんな素敵な笑顔だった。
「その……ありがとうございました」
「あははっ、いいって。本当に何も無くて良かったよ。最近変な奴が多いから気を付けないとな」
 改まった表情でお礼を言うと、彼女ははにかんだ笑みを浮かべて手を振った。
「はい。貴方もあまり危ない事はなさらないで下さいね」
 凛々しいとはいえ彼女も女の子なのだから、男に力尽くで来られたら抵抗は難しいだろう。
「あー、うん、まぁ……そうだね。ああいうヤツらはどんな卑怯な手を使ってくるかわかったもんじゃないし」
 吐き捨てるように言う。どうやら少女はああいう男に対して嫌悪感を抱いているようだ。彼を擁護したくなるのをグッと堪える。
 親や教師にもあれこれ言われているのだろうし、この年頃の女の子なら当然の反応か。
「あ、ははは……」
 状況的に否定する事も出来ず、かと言って肯定もしたくないので困ったように笑うだけに留めた。
「あっ、といけない。友達を待たせてたんだった。それじゃ、もう行くよ」
「あ……」
 ニッコリと私に笑い掛けると、少女は名前も告げずに走り去ってしまった。
 ――何ともカッコ良い少女だった。
「もっと、話したかったな」
 私が少女になってから、初めて言葉を交わした少女。明るくて凛々しくて、内から輝いているようなそんな眩しさを持った女の子だった。
 少女と仲良くなりたいという下心を抜きにしても、純粋に興味を惹かれた。
「また、何処かで会えるといいなぁ……」
 彼女が去っていった方向をぼんやりと眺めながら、そんな事を思ったのだった。


――――――――――――


「ただいま〜っと」
 買い物を終えて帰宅した私は、誰も居ない部屋の中に声を掛けながら入る。
 先程あんな事があったばかりなので防犯的な意味合いもあるけれど、一人暮らしではないという意識を自分に持たせる為でもある。
 こんな少女が一人で暮らして居るというのは世間的に有り得ない。普段から親と一緒に暮らしている風を装っておけば、いざという時にもボロが出にくいだろうから。
 私にはどうも突発的なアクシデントに弱いという性質があるようだから、色々考えておかなくてはいけない。
 不審者に再び遭遇してしまった時の対応もそうだ。
 下手を打って警察に通報などという事態になってしまうと、警察から親へ連絡という展開が待っている。そうなって困るのは私自身なのだから。
 とりあえず、何パターンかシミュレーションしておこう。

「ふぅ……」
 帰って来た時の格好そのままにベッドに寝転んでこれからの事を考える。
 突然に少女の身体になってしまったが、天涯孤独の身の上である私には心配してくれる親族も、保護して養ってくれるような人も居ない。逆に言えば、この状況で身近な誰かに迷惑を掛ける心配も無いのだ。
 仕事の面でもそれは同様で、私の仕事はほぼ一人でやっていた自営業のようなデスクワークだ。直接人と会って何かする必要も無いものだし、しばらく休業という事にしておけば良いだろう。
 この身体でも続けられるかどうかはゆっくりと模索して行けばいい。
 幸いというか何というか、あまり遊ぶ事も無く暮らしてきたので貯金はそれなりに持っている。数年は大丈夫だろう。
 生活に不安が無いとなれば、やりたい事に時間を注ぐ事が出来る。
 私がやりたい事、それは当然――少女と仲良くなる事だ。
 少女達と楽しい時を過ごし、親密な関係になってエッチな事に及びたい。
 今日まで自分の身体を使って快楽を得て来たけれど、やはり一人エッチでは物足りない。自分ではなく、他の女の子にエッチな事をしたいのだ。
 外に出て問題無く女の子として過ごせた事で自信が付いた。
 この身体ならば、今まで出来なかった色々な事が出来るだろう。
 女湯に入る事も出来るし、女子トイレや更衣室に潜入しても何の問題も無い。何かの活動に参加してそこで他の女の子と仲良くなるという手もある。
 ――そうだ。
 いっそのこと学校に潜入してしまうというのはどうだろう。この身体ならば学校で生徒達に紛れていても何の違和感も無い。
 いや、いっそのこと転入までしてしまおう。

 例え少女の身体になっていても、通常ならば学校に転入する事など出来るはずがない。
 少女としての戸籍が存在していないのだから。
 でも私には可能なのだ。
 少々イリーガルな方法だけれど、私にはそういう書類を揃えるツテがある。
 連絡にも受け渡しにも電話をしたり直接会ったりする事は無いので、この身体でもお願いする事が出来る。
 絶対に安全だとは言い切れないものの、発覚したという話は今までに一度も聞いた事が無い。
 そうと決まれば早速行動開始だ。

 文書の作成を依頼した私は、それが届くまでの間に制服や身の回りの品、教科書その他学校で必要な物を一通り揃えた。
「後は……私自身?」
 せっかく可愛い容姿をしているのだから、可愛い女の子として振る舞いたい。
 色々な資料を元に修練を重ね、仕草や言葉遣いを変えて行った。

 転入の手続きも済ませ、全ての準備が終わった頃には夏も終わりに近づいていた。
 秋の始まりと共に、私の新しい人生がスタートする。


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