ある日の朝。 眠りからは目覚めた私は何か、身体に違和感のようなものを感じた。 起きたとはいってもまだ意識は醒めきっていなかった私は、それを寝起きの気怠さから来ているものだろうと漠然と考えた。 ベッドの中でしばし微睡みを楽しんだ後、徐々に覚醒する意識の中で膨らんで行く違和感をあえて無視した。この安らかな寝床の中でもっと眠っていたいという怠惰な欲求がもたらすものだと断じたのだ。 未だ残る眠気と違和感を振り切る為に、私は掛け布団をはね除けて一気に起き上がる――つもりが、バランスを崩してベッドから転がり落ちた。 「あがっ!? ぐっ、いったぁ……!」 想像しなかった落ち方をしてしまった為に受け身を取る事も出来ず、勢い良く額を床に打ち付けてしまった。 床材がソフトタイプの疑似フローリングだったおかげで額が割れるような事は無かったものの、頭がフラフラする程の衝撃だ。目がチカチカする。 「うぐ……痛たた……」 片手で痛む頭を押さえて身体を起こそうとするのだけれど、何故か上手く起き上がる事が出来ない。 見ると着ているパジャマがブカブカで手足にまとわりついている。ベッドから転落してしまったのもこれが原因だろう。 しかし、おかしいな……こんな大きなパジャマを着ていた覚えは無いのだけれど。 不審に思いつつも袖を捲って腕を出す。 「あれ?」 ブカブカのパジャマの下から現われたのは、自分の腕とはあまりにも違う華奢なものだった。 筋骨隆々でも太っているわけでもないが、私はごく一般的な成人男性の体型をしているつもりだ。それなのに、今見える私の腕はあまりにも細すぎる。 まだ寝ぼけているのか、先程頭を打った影響か。 頭を振って意識をしっかりさせ、深呼吸をしてから再び自分の手を見る。 やはり変わらない。 細い腕。その先にある掌も小さい。指先は伸びやかで繊細な印象は少女を連想させる。 今までの自分の手よりも愛らしく、これはこれで良いのではないか等と埒もない事を考えてしまうのは寝起きだからだろうか。 馬鹿な事を――気の迷いだ。顔を洗って目を醒まそう。 打ち付けた頭の痛みも引いてきた私は、今度はもう転ばないようにパジャマの袖と裾を捲り上げて立ち上がる。 その時に、有り得ない違和感を感じた。 有るべき物が無いような、そんな感覚。 恐る恐る伸ばした手が自分の局部に触れる。 ――待て。 待て待て待て。 なんだ、これは。おかしいぞ。これは、おかしい。私のモノは触れても分からないくらい小さくは無いはずだ。 男としての矜持が失わそうな焦燥感で頭の中が混乱する。 「そうだ、気のせいだ。あれだ。多分、寝起きで手が痺れてて感覚が無いんだ。そうに違いない」 必死に自分へ言い聞かせてアイデンティティを保つ。 「やはり目で見て確認しないと」 声に出して言わなければ恐怖で竦んでしまいそうだった。 あまりにも危機的な状況である為なのか、発している自分の声もまるで別人の声のように聞こえる。 手が震える。確認したい気持ちと、したくない気持ちがない交ぜになって渦巻いているのだ。 深呼吸をして息を整えると意を決して、パジャマのズボンを押さえていた手を離す。腰周りもブカブカだったそれは音も立てずにストンと落ちる。 「――無い。というかツルツルだ……?」 腕と同じように細い脚。その付け根には有るべき男のモノが存在していなかった。 更に言えば、陰毛の一本も生えてはいなかったのだ。 「えっ、何? どういう事?」 再びの混乱。 これまで生きてきた二十数年間そこに有ったはずの、在ることが当然だったモノが無いのだ。 切り取られたような跡も無く、元からそこに存在していなかったかのように姿を消していた。 小さくなったんじゃなくて良かった……。いやいや、そもそも無いのだから大小なんて些末な問題だ。 男のモノが在ったその場所には、一筋の亀裂が存在するのみだった。 「……亀裂?」 見た事の無い自分の局部は、しかしどこかで見た事が有るような気がする。 何処で見たのだろうか? つい最近見たような。記憶を引き出す物が何か無いかと部屋の中を見回して、一点に目が留まる。 パソコン。 そう、昨日の夜にパソコンで見た。 ――はっ、と何かに気づいた私は部屋の隅に置いてある姿見の前へと立った。 しかしてその中に映っていたのは、ブカブカのパジャマの上だけを羽織っている可愛い女の子だった。 「えっ……え?」 呆然とした表情でこちらを見つめて来る鏡の中の少女。 細い手足に透き通るような白い肌。栗色の長い髪はふんわりと柔らかそうに巻いている。 あられもないその格好は、お父さんのパジャマを借りて着ているようだ。 ほんのりと赤みの差した頬をしたその顔は非常に愛らしい。 何とも言えず魅力的な少女だ。 身動きする事も出来ずに、私は見惚れてしまう。 どれだけそうしていただろうか。 「くしゅんっ!」 くしゃみをして我に返る。 肌寒さを感じて身震いする。パジャマの上一枚しか身に付けていないのだから当然だ。 暖かい季節とはいえ、こんな格好で立ち尽くしていれば風邪をひいてしまう。シャワーでも浴びて身体を温めよう。 だけれどその前に。手を動かし、鏡に触れてその少女が間違い無く自分であることを確認する。 そうなのだ。 私はある日、目が醒めると女の子になってしまっていた。 |