―痴漢裏SNSサイト「シェイクヒップチャンネル」―

痴漢師たちが交流するSNSサイト「シェイクヒップチャンネル」、

最近の話題は、専ら痴漢王の釈放時期についてだった。

カタカタカタ・・・

都内を中心とし、次々と書き込みが増えて行く。

(痴漢王はまだ釈放されないのか?)

(もうそろそろ15年、中で問題でも起こしてなければでてきてもいい時期だ)

(もうすでにでているんじゃ?模範囚は刑期が軽減されるはずだ)

(他の四天王や、百鬼夜行のメンバーだってとっくに檻から出ているんじゃないのか?)

(痴漢王なんて実は作り話だろ?警察の前で中出しなんて、無理にきまっている)

(いずれにせよ、痴漢王が釈放されたからといって、俺たちの肩身は狭いままだろうよ・・・)



都内 電車

兄貴、今日も書き込みでいっぱいですよ」

電車に揺られながら、携帯を覗き青年は言った。

「それはそうだろう、あの伝説の痴漢王が釈放されるんだからな」

耳にタコ、という感じで兄貴と呼ばれた男は

新聞を読みながら面倒くさそうに答えた。

「それにしても、なんでこの人はこんなにも有名なんですかね?」

「ばっかやろう!!」

青年の言葉が気に障ったのか、男は新聞を握りつぶし、

打って変わった態度で説教とも説明ともとれる言葉を繋げた。

「本業がスリだからといって、勉強不足も程が過ぎるぞ!!

寺田武は痴漢王にもっとも近い男と言われる男だ。

佐山事件は知っているか?」

「ええ・・・まぁ・・・あれでしょ?警察官の前で犯したって奴・・・」

「そうだ。ちょうど15年前、痴漢百鬼夜行とも称される程の痴漢たちを引き連れ、

当時痴漢ハンターと言われた痴漢の天敵、佐山を犯した。

その功績から、奴は痴漢王に相応しい男だと皆に賞されたんだ」

「へぇ・・・で、百鬼夜行はわかったんですが、四天王ってのは?」

「四天王ってのは、痴漢王を入れて百期のメインメンバーだった者たちを言う。

痴漢西遊記とも言われているな。その前に、通り名ってのは分かるか?」

「それくらいわかりますよー。通り名ってのは痴漢の特徴や実績からついた、

あだ名みたいなモンでしょ?そいつらを称して札付きって言うんですよね?」

少し関心したかのように男はニヤリと笑い、話を続けた。

「そうだ、四天王は「電マの伊藤」「スメルマスター拓」「ビックフットゴリ」の札付き3人だ。

あれ程の札付きが付いていったカリスマ性も、痴漢王たる由縁かもしれん」

「へぇー、凄い人だったんですねー。そういや兄貴も昔は札付きだったんですよね?」

「さてな、忘れちまったよ。もう昔の話だ。そんなことより、今日も稼ぎに行くぞ」

ごまかすように青年の背を叩き、2人はスリの稼ぎ場へと移っていった。



今や伝説の痴漢事件、佐山事件で彼が刑務所に入る際に放った一言は

日本中の人々を痴漢へと駆り立てた。

「痴漢か、あれは最高だ。どんな女でも自分が手にすることができるんだ。

欲しけりゃ手に入れるんだな、快楽の全てがそこにはある!!」

世は大痴漢時代を迎えることとなる。

復讐の終えた至福の顔が、日本中のテレビに映った。

不況が続くこの時代で、全てを我慢してきた親父たちを筆頭に、

痴漢ルーキーたちが電車の中にあふれ出した。

痴漢ハンターを欠く中、電車は荒れ放題、

そのために、痴漢に対する刑は重くなり、

痴漢逮捕による警察官たちの点数も、数倍以上に跳ね上がった。

正義を掲げる痴漢ハンター、それに対抗する札付きの痴漢師たちの戦いは

15年後の今ではすっかりと痴漢師側の劣勢に落ち着いている。

その中で、大痴漢時代の幕を開けた張本人、

痴漢王に最も近いと言われ、大半が痴漢王と認める男の釈放は、

痴漢師ならずとも日本中の人間が気になる話題であった。



刑務所

「今やお前のせいで世の中は大痴漢時代へ突入している。

そんな中で、痴漢したらもう終わりだぞ。わかっているな?」

「分かっているさ、もう俺も若くないんですよ。

復讐心も消えた今では、痴漢になんの執着もありません」

寺田は看守へと一礼した。

「達者でな!!」

外へと歩き出した寺谷、看守は手を振った。

寺田はまた一礼し、塀の外の地を一歩一歩確かめつつ歩いていった。

「それにしても、皮肉なことだ。痴漢は復讐の手段でしかなかったのに、

世間では痴漢王ともてはやされている。

お前の釈放を首を長く待っていた者たちには残酷だが、

アイツはもう、痴漢はやらないだろうよ。

生きていくのに、邪魔な肩書きにならねばいいがな・・・」

寺田はすっかりと牙が抜け、復讐心もなくなり、新しい人生を歩もうとしていた。

看守も、そんな真面目な寺田を支え、今日も快く送ってくれたのだ。

しかし、看守の心配どおり、痴漢王の肩書きは彼の人生を苦しめることになる・・・。



蝉が鳴いている、15年前のあの日もこんな暑苦しい日だったな。

電車に揺られつつ、寺田は事件の日を思い出していた。

免罪によって家庭が崩壊したと言っても、復讐とは・・・俺も若かったもんだ。

弁護士でもなるか?そのためにも早いところ金を稼がないとな。

「アッ」

これからの人生の妄想を断ち切る声が、微かに寺田の耳に届いた。

「アッ・・・止めて・・・ください」

ふと隣を見ると、女子高生がか細い声で体を触る男に訴えていたのだ。

(痴漢・・・か。こんなことで止めるようじゃ、痴漢はやってないだろうに。

それに、周りは仲間か・・・。これじゃぁ助けられんな・・・)

痴漢師だったからこそ分かる、集団痴漢。

傍から見れば、普通のサラリーマンが立っているだけに見えるが、

全員、女子高生を包み込むように立っている。

「アアッ!止めて・・・止めて・・・」

もう女子高生は泣き出しそうになっていた。

ジュブジュブっと微かに聞こえてくる、秘部が指を受け入れている音、

すでに女子高生は濡れていた。

「止めていいのかな?こんなに濡れているのに?」

「アッ・・・ヤァ・・・」

痴漢している男はわざとピストンしている指を抜き、

指の粘り具合を女子高生に見せ付け、羞恥心をあおった。

(あの野郎、分かっているじゃないか。

痴漢は恐怖心だけが先行すると、ターゲット自信が感じていることを

認識しないことがある。ああして、自分の濡れ具合を確認させることによって下半身を意識させ、

感度を高める。あの指使い、札付き、ピストン岡田か・・・。いやいや、そんなことはどうでもいい)

いつの間にか考察していた自分に気づき、寺田は首を振った。

(俺はもう足を洗ったんだ。俺はこれからは痴漢免罪と戦わなければならない、

しょうがない・・・止めに入るか・・・)

寺田が痴漢を止めようとした時にはすでに遅く、ピストン岡田がラストスパートピストンに入っていた。

「もう限界かな?そろそろ終わりにするよ」

「アッツアアアァァァ・・・ヤメァ・・・ンンンンッツツ!!」

必死に自分で口を押さえ、女子高生はあえぎ声を抑えた。

ジュブジュブジュブジュブジュボ!

「ウウウ・・グゥゥ・・アッゥウゥゥグゥ・・・ンンッンッンッッツッツンンンンァ!!」

ブシャァ!!

女子高生はガクガクと震えだし、ピストン岡田が思い切り指を抜くと、

勢い良く聖水が吹き荒れた。

激しくイッた女子高生は、その場へと座り込んでしまった。

「間に合わなかったか・・・」

「ピストン岡田、現行犯で逮捕する!!」

女子高生がイッたと同時くらいに、一人の女性がピストン岡田を抑えた。

気づくと、いつの間にか数人の警察官が回りに待機し、

ピストン岡田グループを囲んでいたのだ。

(気づかなかった・・・なんだこいつらは・・・?)

「ちっくしょ、話せ・・・犯すぞ!!」

ピストン岡田の抵抗むなしく、次の駅で彼らは警察官たちに連れて行かれた。

あっという間の出来事で、寺田は呆然と立ち尽くしていた。

「どうやら、ピストン岡田が捕まったらしいな。

これで今月何人目だろうな、札付きが捕まったのは・・・」

「伊藤・・・」

呆然としていた寺田に、かつての仲間である電マの伊藤が話しかけてきた。

「なんだ?逮捕劇にびびっちまったか?久しぶりだな」

「あ・・ああ、久しぶりだな。いやぁ、あっという間だったんでな」

「この15年の間、凄い変わってしまったらしい。

電車にも高性能の隠しカメラがあるとも言われているしな。

それに、イクのとイカないのでは、かなり犯罪の重さ違うらしいな・・・」

「それってまさか・・・」

「そう、あいつらは正義を謳っているが、全ては点数目的よ。

ピストン岡田がラストピストンに入った頃合を見て、取り押さえにいったのよ」

(どうもモヤモヤしたものがあると思ったら、そういうことだったのか・・・)

「くそ、アノアマァ!俺は助けようとしていたものを・・・正義っつうのは何なんだ!!」

「落ち着けよ、時代がそうなっちまってんだよ。お前のせいでもあるんだぜ?

キレて言葉遣いが変わるのは相変わらずだな」

「すまん・・・。気をつける・・・」

そう言って、目的地に着くまで寺田は一言も話さなかった。

すぐにカッとなってキレてしまうこともそうだが、伊藤の放った言葉が心に残っていたのだ。

(―お前のせいでもあるんだぜ?―)

この大痴漢時代を招いたのは他でもない、自分自身。

(そんな男が痴漢免罪をどうなど言える立場なのか?)

よく言われるが、罪を犯した人間は罪を犯したという事実は一生消えないものだ。

寺田は早くも、再び全うな人生を送ることの難しさを、感じ始めていた。