雪男は物心つく前から、悪魔が見えていた。
母親の胎内で燐からの魔障を受けてしまい、いつも、その姿に怯えて、泣いていた。
大好きな燐にも見えなかった黒い悪魔、もう怖いものを見たくないと
慰めてくれていた獅郎に訴える。
「どうして姉さんには見えないの?双子なのに・・なんで?」
身体も先に生まれた双子の姉の方が強く、他人から似ていない双子といつも言われている。
もしかしたら、血が繋がっていないのかもと思い始めていた。
「・・・・・・・燐は数十年後、もっと恐ろしいモノを見ることになるんだぞ」
獅郎は予言した。
燐は雪男以上に恐ろしい世界を、理不尽な扱いを受けると。
もしかしたら、誰も守ってはくれない無情な世界を燐は見ることになってしまう。
「姉さんが・・僕よりも」
そう考えると、今の雪男が見ているものなど大したことない気がしてきた。
涙を拭かず泣き続ける雪男に、獅郎は
怖いものに恐れず、将来燐を守れる方法を提示する。
「父さんと一緒に強くならないか?悪魔に怯えるなんて・・男らしくないぞ。
燐は女の子だ、男のお前が・・たとえ弟であっても守ってやらなきゃいけないんじゃないのか?」
いつも、僕は守られてばかりだった。
姉さんは傷だらけになって、僕を守ってくれていて・・「弱くて、ごめんね」と
泣いて謝るしか、僕には姉さんのためにできることなんてなかったけど。
もしも、姉さんを守れる力が手に入るのなら・・・−−−。
僕は・・・・−−−−。
黒くて大きな背中に燐は守られていた、雪男の大きな背中だ。
雪男が羽織らせてくれたコートは大きくて、頼もしい男の香りがする。
「邪魔をするな、祓魔師どもが!!」
悪魔は爪を鋭く伸ばし、獅郎は呪文なような言葉を唱えつつ銃を発砲。
燐はあまりにも怖くて、二人が戦うシーンを固く目を瞑り・・目を逸らしていた。
どうにか、悪魔を巻くと雪男は燐を抱えて、南正十字商店街を真下に見下ろせる場所を進んでいく。
途中、黒い虫みたいな生き物が襲ってきたが獅郎の呪文?で追い払う。
「魍魎までっ・・・うぜっ!!」
あの黒い虫は魍魎〈コールタール〉というらしい、固まりとなって何度も襲ってきている。
空は、太陽が沈み・・・本格的な夜が訪れようとしていた。
「神父さん!!もう時間がないよ!!」
悪魔は活発的に動き始める夜が、近づいている。
先頭を走っている獅郎に焦ったように雪男が言う。
「わかっている!!急げ!!」
横抱きに、抱えてくれている雪男の服を燐は震える手で、握り締める。
それに気付いた雪男は腕の中の燐を見た。
最初、雪男も悪魔が見えてた時は、こんな感じだった。
しかも燐は自分が悪魔の、しかも魔神の落胤だと知り、大きすぎる衝撃に怯えるしかない。
(無理もない・・)
そのために、僕は・・・−−−。
先を走る獅郎の足が止まった。
背中越しに前を見ると、犬の屍に憑依した悪魔達が唸り声をあげていた。
『お迎えに上がりました、・・・・・・どけ祓魔師どもが!』
今にも、噛みついてきそうな勢いの悪魔達。
獅郎は持っていた聖水を投げつけると、硫酸を浴びたような悪魔達は溶けて倒れていく。
「此処が日本でよかったぜ、火葬万歳!!」
でなければ、野良犬ではなく人間が襲ってくるところだったと言いながら階段を下りていく。
地上に到着すると、修道院に向かって走っていく。
修道院の門の前には、修道士達が燐達を待っていた。
共に中に入ると門を閉める。
「藤本神父、修道院の周りには三重の結界を貼っておきました!」
「倍にしろ!!悪魔達を率いているのはアスタロトだ、そんなんじゃ朝までもたないぞ!!」
あの白鳥の憑りついていた悪魔の名前に、修道士達は驚く。
しかし、こんなのまだ序の口だ。
聖水を入れたタンクを手に、皆慌てた様子で走り回っている。
燐は雪男に下されたが、状況が理解できず、一人混乱していた。
「燐!!」
突然、獅郎が刀を投げつけてきた。
思わず受け取る燐。
「神父さん!!これは・・・」
雪男は驚いたように、獅郎に問う。
「万が一のためだ、雪男!お前は鍵を使って早く逃げろ!!
燐、それは持っているだけだ!!絶対に抜くな、抜いたら最後・・・・
もう、平穏な日常には戻れなくなる」
まだ何の説明を受けていないのに、抜いちゃいけない刀を持って雪男と逃げろとか
自分の気持ちを無視されているようで、燐は獅郎に言い寄った。
「待てよ、俺はまだ何も聞いてないんだ!!それに魔神の落胤って・・何だよ、それ!!」
「・・魔神と人間の女性の間に生まれた子供、それがお前達だ。
ずっと隠してきたが、とうとう・・悪魔達にバレてしまった。
魔神の落胤の証、あの青い炎だ」
ハッと、襲われた時に体から現れた、青い炎。
悪魔の血を引いてる証、魔神は悪魔達に命じ、燐を虚無界へと連れ帰ろうとさせている。
「皆っ・・皆、知っていたのかよ、俺が普通とは違うって・・雪男も・・そうなのか!!」
「姉さん・・っ・・」
興奮気味の燐を宥めようとするが、燐は止まらない。
一番許せないのは、自分にだけ秘密にされていたこと。
(僕は炎を継げなかった、継いでしまったのは・・・・・・姉さんだけだ)
獅郎が渡した魔剣に、悪魔の心臓を移していたが燐が成長するにつれて
力が増し始めて、押さえきれなくなってきたのだ。
「ふざけんな!!守るためとか言って、一番大事なことなんで黙ってたんだ!!
このまま何も聞かずに、安全な場所に行けるわけないだろう!!」
何も聞かされず、何も知らされず。
全部知っている獅郎達に、手をただ引かれて移動させれるなんて嫌だった。
まるで親に手を引かれている、無知な子どもみたいだ。
「ずっと・・悩んでいたんだぞ・・どうして皆と違うのかって・・」
大切な人形を壊してしまった時も。
傷つけるつもりじゃなかったのに、コントロールができなくて大きな傷を負わせてしまった時も。
双子の弟の雪男からも、遠く感じていた。
「こんなものっ!!」
燐は刀を、床に投げつけた。
ガシャッンと刀が転がる。
「姉さん・・」
なんて声をかけていいか、わからない雪男。
燐の身体は震え、今にも泣きそうだった。
「燐・・・・」
何かを獅郎が、言いかけた時だった。
ピクリッと何かに自分の身の異変に、気付いたように獅郎の身体が揺れる。