作・飛田流
「――テツヤ、おまえがエロビデオに出たいだぁ?!」
口一杯にミートスパゲッティを詰め込んでいたのも忘れ、オレの口から勢いよく吹き出した麺の切れ端が長テーブルの上に無残に広がった。
昼下がりの大学の学食でそれをやっちまった当然の結果として、周りでメシを食ってるヤツらの冷たい視線がオレに容赦なく突き刺さる。オレはそいつらにバツの悪い顔を作ってペロリと舌を出すと、真向かいにいる当の爆弾発言の主、テツヤに、
「おいっテツヤ、ティッシュティッシュ!」
「ちょ、ちょっとリュウスケ、さっきから声大き過ぎ……」
真っ黄色のパーカーを着たテツヤは、色白でぷっくりとした頬を赤らめてパニクりながら、隣に置いていた黒のレザーのビジネスバッグを開け、中から取り出したポケットティッシュで、汚れたテーブルの上を自分からせっせと拭き始めた。
(まったく……)
この、いかにも気の弱そうな――まあ、実際に弱いんだけどな――ぽっちゃりデブの大学生、テツヤはオレの幼なじみで、小・中・高とクラスは違っても、ずっと一緒の学校に通い、何の因果か大学まで同じになっちまった。つまり、オレたちは六歳から二十歳の今に至るまでの十四年間、ほぼ同じ場所で育ってきた、ってことになる。
そこそこ大手のガラス会社の社長を親父に持つお坊ちゃん育ちのテツヤは、どこかおっとりとしてて、自己主張も少ない。しかも、昔からすっげえマジメで、中学・高校とヤリたい盛りの時でも、エロ系の話題はこいつの口からまったく聞いたことがなかった。
それが、大学二年の初夏にして、まさかのエロビデオ出演宣言、ときた。オレじゃなくたって、誰でも口から心臓が飛び出すぐらいには驚く、ってモンだろ?
「で、でもよぉ……」
少々落ち着きを取り戻したオレは、テーブルを拭き終えて、食べかけのハッシュ・ド・ビーフの皿が置いてある自分の席に戻ったテツヤに、
「テツヤおまえ……ど、童貞なんだろ。その……カメラの前で女とできんのか。っていうより、そもそもヤリ方わかってんのか、おまえ」
と、あらためて身を乗り出した。
「いや、あの……」
左手の甲で額にびっしりと浮かぶ汗を何度も拭ったテツヤは、鼻からずり落ちそうな縁無し眼鏡のブリッジを太くて短い指で押し上げてから、誰かが聞き耳を立ててないか確かめるかのように、きょろきょろと辺りを見回す。
「たしかに……僕、これまで、『そういうこと』したことない、よ。でもぉ、僕……ソレを今『経験』しておかないと、ずーっと『このまま』な気がするんだ」
「『気がするんだ』、って、おまえなあ……」
高校の生徒会長に立候補する決意を、放課後にファミレスで打ち明けられたときと同じまなざしでまっすぐに見つめられても、なぜそれがエロビデオ出演につながるのか、オレの頭の中ではまだ結びつかない。
「そんなの、さっさとフーゾクに行きゃいいだけの話だろ。おまえ小遣いだって、親からたんまりもらってんだしさ」
オレの月のバイト代の三倍をな、とオレはつい心の中で皮肉をつぶやいた。悪意はないんだろうけど、テツヤはオレの心の中にある地雷を時たま平気で踏みやがるんだ。
……まあ、テツヤに「彼女がいない」前提で話してるオレも、我ながらどーかとは思うけどな。
「そうじゃなくて……ぼ、僕……基本的に、いっ、一対一で女の人と向かい合うのってダメなわけで……。す、すっごく、き、緊張して……」
真っ赤な顔を汗だくにしたテツヤは、目をさんざん泳がせた末に下を向いて言葉を詰まらせた。
(――そりゃそーだろーな)
こいつ、女とはもちろん、男でもまともに相手の目を見て話せないうえに、いっつもオレの背中の後ろに隠れてるんだ。それでいて、ヘタレな自分を克服したいと思うのか、さっき言った高校の生徒会長立候補の時みたいに、突然大それた発言を口にすることがある。
「そ、それに……」
そう、おずおずと語り始めたテツヤの説明によると、だ。
こいつが出たいって言ってるのは、たとえば素人がすぐAV女優とヤレる――らしい「逆ナンパ」もののビデオとかではないらしい。
素人が出られるエロビデオには他に、「ぶっかけもの」というジャンルもある。一人の女優に対して、素人男優が複数で大量のザーメンをぶっかける、というやつで、どうやらテツヤは、この「ぶっかけ男優」に興味を示しているようなのだ。
「こ、こういう『システム』なら、ぼ、僕だけ目立つこともないと思うんだ。そ、それに、いきなり、さ、『最後まで』しちゃうのも、ふ、不安だし」
「……かなぁ」
今回もまたこいつは、オレの想像を超えた突拍子もないことを言い出し始めた。ただ、それを口にするのはオレの前だけで、らしいんだけど。
「ま、いんじゃね。何事も経験だし」
そうオレがお気楽に答えて、スパゲッティを再び口に含んだ直後。
オレの耳に、またもやテツヤのとんでもない言葉が飛び込んできた。
「リ、リュウスケも、ぼ、僕と一緒に、ビデオに出てくれないっ」
「――って、オレも……ぐはっ」
スパゲッティの切れ端が、オレの口から再噴射した。
当然の結果として、周りのヤツらのさらに冷たい視線が、オレに容赦なく突き刺さった。
その日から二週間ほど経った水曜日の午後。
大学近くのコンビニでバイト中のオレの尻ポケットで、ケータイが震えた。
「登録男優のみなさまへ・次回撮影にあなたが当選しました☆」
撮影日時:七月△日(日)
集合場所:新宿駅東口前広場
朝九時までに集合のこと。その後当社の車で撮影場所に向かいます。
撮影場所:○○区某スタジオ
監督:コマンターレ宮崎
女優:中出(なかで)えみる
内容:女教師ぶっかけレイプ物(みなさんは男子生徒・父兄役です)。集団ぶっかけの後、希望者の中から数名手コキ・フェラあり
ギャラ:千円(交通費込み)。なお、現場での射精一回ごとに三千円ずつギャラアップ
持参する物:印鑑、身分証明書、領収書
※顔はモザイク処理しませんので、不都合のある方はご自分でサングラスを掛けるなどしてください。
「!! ……あいつ!」
オレはレジにいた同僚の男に、腹が痛くて漏れそうだと言い残し、ダッシュでトイレに駆け込むと、速攻でテツヤのケータイに連絡を取った。
電話に出たテツヤは、いつもののんびりとした声で、
『ああ、リュウスケ。当選メール来たぁ? 僕も来たよぉ』
「『来たよぉ』じゃねえよ、なんだよこれは! オレ、こんなんに登録してねえっての!!」
『だってぇ……』
途端にテツヤの声が、少し鼻にかかったようになる。
『リュウスケ、僕と一緒にビデオに出てくれるって言ってくれたよね。だから僕が代わりにリュウスケの分も……』
「つーか、なに勝手にオレまで男優に登録してるんだっての! 『考えとく』って言ったんだよ! んな約束してねーっての!!」
すると、テツヤはお得意の泣きそうな声で甘えてきやがった。
『そんなぁ……僕、楽しみにしてたんだよぉ。リュウスケと一緒にビデオ出るの』
それをやられちまうと、底抜けのお人好しのオレとしてはどうにもできなくなっちまう。
「わ、わかった、わかったって! ――今回だけだからなっ」
ったく、こいつは普段おどおどしてるくせに、こういう時だけはちゃっかりしてるっていうか……。
だけど……。
あいつ、オレと一緒にエロビデオ出るの、そんなに楽しみにしてたのか。
その時オレは、なぜだかわかんないんだけど。
心のどっかがちょっとくすぐったい気持ちになったんだ。
それから四日後の日曜日。
待ち合わせに指定されていた新宿駅東口の広場前には、まだ朝の八時半だってのに、すでに二十人ぐらいの野郎たちの姿があった。
それは何かのサークルの集まりに見えなくもないけど、ガリガリにやせたオタクっぽいやつ、つむじの薄い中年オヤジ、見るからに性欲むき出しできょろきょろしているアーミールックの筋肉野郎などなど、その“メンバー”はあまりにも個性的すぎる。
さらに、その中にはいわゆるイケメンは一人もいねえ。――オレを除いて、だけどな。
けっこうオレ、これでも高校の時から女子にモテてきたんだぜ。今は……その、バイトのほうが忙しいから、ちょっと……アレだけどな。
それにしても、遠目でもこの集団から放出されている異様な濃いオーラがだだ漏れだ。
(オ、オレ、これから、こいつらと一緒にマス掻くのかぁ……)
少々恐れをなしたオレは、とりあえずこのむさい集団の中にテツヤがいるか探した。だが、その姿はない。もしかして気が変わったんだろうか。
(なんだよ……あいつから誘っといて)
なんかむかっ腹が立った。テツヤがビビってバッくれた末にオレ一人だけで出演するという最悪の事態にならないよう、昨日わざわざオレからケータイで念を押しといたってのに……。
もう一度テツヤに連絡取ってみるか、と、オレがズボンの尻ポケットの中のケータイを探ったその時。
ふと、野郎たちの中の一人とオレの目が合った。
そいつはオレやテツヤと見た目同世代で、不精ヒゲに坊主頭、色黒でがっしりとした体格だった。体にぴったりとフィットした黒のタンクトップと裾が擦り切れたデニムのショートパンツからは、濃い体毛がはみ出してる。夏とは言え、なぜか肌の露出度が異常に高い。
全身から男臭さをむんむんと発散させているそいつから、オレは速攻で目をそらしたものの、男はずんずんオレに近寄ってきた。
「おいっ、あんたも、えみるちゃんにぶっかけに来たのかっ」
「い、いや、オレは……」
こ、こいつ異常に声でけえ……ベタベタの体育会系だ。
オレは身長一七三センチ・体重七十一キロで、まあ中肉中背ってところだけど、こいつはかなり鍛え上げられた体をしていて、がっしりとした胸板、びっしりと毛が生えた太い腕、どっしりとしたケツ、オレの一.五倍はありそうな太股――と、見るからになんらかのスポーツをやっていたであろうことは明らかだ。顔はオレのほうが完全に勝ってるけど、体格は……まあ悔しいけどオレには勝ち目はなさそう、ってとこだな。
野郎のくせにオレに興味でもあるのか、こいつオレのことをじろじろ見回している。別に知り合いってわけでもないし、何かオレの格好に問題でもあるんだろうか。
オレもボーダーのタンクトップを着てるけど、さすがにその上に五分袖のカーディガンは羽織っている。下はチェックのクロップドパンツで、オレ定番の格好なんだけど、どうせすぐ脱ぐわけだし、こいつのほうが正解なのかなぁ……。
とにかくオレ、こういう筋肉バカっつーか、暑苦しい男は本能的に苦手なんだ。なにかテキトーな言い訳を考えつつ、こいつから離れるチャンスを窺っていると、
「ごめーん、リュウスケ」
背後から掛けられたのんびりとした声に、やれやれとオレは振り向く。
「……ぶっ」
同時にオレは、口から唾のしぶきを盛大に噴き出した。
地下道からどたどたと階段を掛け上がってきたテツヤは、これまでオレが一度も見たこともない、カーキ色のブランド物っぽいジャケットを着て、しかも、おはぎみたいに真っ黒ででっかいサングラスまで装着している。
オレより背が五センチは低いテツヤがどたどた走ってくる姿を見て、一昔前のカンフー映画に出てきたデブ俳優を思い出したけど、もちろん口には出さない。
色黒坊主は、オレとデブ……いや、テツヤを見比べつつ何か話しかけようとしたけど、オレは逃げるようにテツヤに駆け寄った。
「おっせーぞ、テツヤぁ」
心の中で感謝しつつも、オレがちょっと不満げにテツヤに言うと、テツヤはハンカチで汗みずくの顔を拭き拭き、
「ごめんね、気に入った服が見つからなくって」
「んなもんどーせすぐに脱ぐ……」
そこへ小さなマイクロバスがやってきて、ビデオ会社のスタッフジャンパーを着たひょろっとした若い男が降りてくると、
「すいませーん、じゃみなさん、このバスで移動しますんで乗ってくださーい」
そう、オレたちの誘導を始めた。
そのままバスに乗っけられたオレたちは、そこから三十分ほど掛けて某スタジオに移動したものの、午前中はスタジオの隣にある控え室でずっと待機させられていた。その間、男たちは言葉を交わすこともなく、持参したマンガを黙々と読んだり、用意されたスナックやサンドイッチに手を伸ばしたり、イヤホンを耳に当てて音楽を聴いてたり、スマホをいじくったりしている。
(なんか、妙に慣れてるよな……こいつら)
そして、あの坊主頭の黒タンクトップ男は、と言えば。
(……な、なんだぁ……)
目をつぶってニヤニヤ笑いながら、股間をショートパンツの上から何度も撫でさすっている。
よく見ると坊主男の「その部分」、明らかに膨らんでるような……。
(め……目ぇ合わせねぇでおこ……っと)
そんなヤル気満々の男がいる一方、テツヤはオレの隣で顔をうつむけて座ったまま、膝をガクガク震わせていた。
だけどオレは、そんなテツヤに声を掛けることもせず。
このあとの撮影を想像して、ギンギンに突っ張ったズボンの前を隠すのに必死だった。
そんなこんなで午後一時、いよいよオレたちが参加するシーンの撮影開始だ。
控え室で服を脱ぎパンツ一丁になったオレたちは、教室のセットが作られたスタジオに集められた。冷房はそこそこ効いてるけど、スタッフも入れれば三十人以上の男たちがひしめく空間では、むさい男臭さが嫌でも鼻に付く。
オレたちの目の前には、白のブラウス・紺のタイトスカートを穿いた眼鏡姿のAV女優、中出えみると、日焼けした全裸に首からホイッスルを下げただけのマッチョ中年男優、ミルクボール安西がスタンバイしていた。えみるは初めて見る顔だけど、男優のミルクボールは時々レンタルするAVによく出てきて見覚えがある。モザイク越しでもわかってたけど、
(やっぱ体と同じでチンポもでっかいおっさんだなぁ……)
生徒用の椅子に座り、メイク担当らしき女に髪をセットさせているえみるは、その気だるげな表情から、オレたちのことなんか全然眼中にないってのが丸わかりだ。それでも、今からこの女の裸がナマで拝めるっつーのは、健全な男子から誰しもコーフンしちまうってもんだ。だろ?
左右を見回してみると、たぶんオレとおんなじことを考えてるであろう野郎たちが、みんなアホみてえに口を開けてえみるを見つめていた。ヤツらの股間もオレと同じく、膨らみが鈍角から鋭角に近付きつつある。
そして、テツヤはこの場に至ってもまだ恥ずかしいのか、サングラスを掛けたままブリーフ一丁でオレの背中に隠れていた。
「じゃあ、これからぶっかけシーンの撮影に入りまーす。みなさん、用意はいいっすかー」
二十代後半ぐらいのスタッフの男の指示に、オレたちの「うーっす」という、応援団のような野太い返事が響きわたる。
さっき控え室で説明された段取りによると、今から撮影されるのは、まず体育教師役のミルクボールがえみるを犯し、顔射してから、オレたちも次々にザーメンをぶっかけていく、というシーンらしい。
「じゃ、えみるさんとミルクボールさんのエッチが始まったらみなさん、オナニーを始めてください。で、発射しそうになったら、カメラの前に出て、えみるさんの顔中心でぶっかけお願いしまーす。あと、なるべくカメラにケツ向けないようにお願いしまーす」
スタッフの男がオレたちにそう声を張り上げたあと、長髪でヒゲぼうぼうの男、監督のコマンターレ宮崎が「じゃ始めて」と、えみるたちにぼそりとした口調で指示をした。すると、軽薄にも愛想笑いにも見えるそれまでの笑顔から一転、ミルクボールはいかにも下卑た表情をえみるに向けた。
「中出先生、もうお忘れですか。うちの野球部が全国優勝したら、生徒たち・後援会の方々全員の『祝い酒』を飲んでくれる――そうおっしゃったでしょう。ねえ」
「そ。そんな約束、してませんっ」
両手を差し伸べながら近寄る全裸のミルクボールから、同じ距離だけ後ずさるえみる。ベタすぎる展開の上にどっちもどっちの大根演技だけど、さっきまでうなだれていたミルクボールの股間……早い話チンポが、この数分の間にギンギンに勃っていて、
(さすがプロだよなぁ……)
妙なところでオレは感心してしまった。
ミルクボールはにたりと笑い、
「もう『祝賀パーティー』は始まっているんですよ、先生」
と言うが早いかえみるに飛び掛かって、なぜか体操用のマットが敷いてある教室の床に押し倒し、手早くえみるのブラウスのボタンをはずしていった。
それをきっかけに、オレたちは一斉にパンツを降ろし、それぞれチンポをしごき出した。辺りに汗と体臭と陰部の臭いが入り交じった、きつい男臭さが漂う。
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