あるところに、小さく身も心傷つけられた可哀相な少女がいました。
そんな少女の前に、王子様が現れて一枚の『ガラスの靴』をプレゼントしてくれたのです。
立ち向かえる勇気を。
勇気を力に。
少女は王子様に、そんな高価なものはもらえないと返すそうとすると。
『いつか、そのカードを持って俺の前に現れろ。それが最高の恩返しだ』
せめて名前を・・と、振り絞るように声を出す灰をかぶったようにボロボロの少女に。
「俺の名前は櫂トシキだ、次に会う時は」
立派なヴァンガードファイターに、なれよ。
太陽のような輝いた櫂の顔は少女には、光となり、勇気をくれた・・・−−−−。
世界でも、瞬く間に広がったカードゲームといえば、誰もがヴァンガード!と声を揃えるだろう。
その中でも発祥の地とされている日本でのヴァンガードファイターの数は年々増加し
ヴァンガード専用ショップ。
デッキ強化のセミナー。
数多くの大会、関連イベントも毎日のように各地で開催されているが
此処に一人、世間の流行に遅れている男がいた。
「ケッ、どいつもヴァンガード、ヴァンガードって・・そんなに面白いのかね!」
制服はセレブが通うと言われている宮地学園だが、第一ボタンは外し、ネクタイは緩め、カバンは背にかけるように持つ。
絵に描いたように不良の彼は、石田ナオキ。
(進学一とか言っているわりに、右も左もヴァンガード・・ヴァンガードって・・・)
教室に入ると、どがりっと椅子に腰かける。
片手に教科書、片手にヴァンガードのカードを手にして、異様な光景だ。
友達に何度か絶対に面白いからやろうと誘われたが、カードを見せてもらっても特別面白そうにも感じず
生まれた時から、常に衰えずに人気独走中のヴァンガードにみじんこ一匹分の興味もない。
(おっ・・あいつは興味ないそうだな)
この春に編入してきた、隅の方で教科書のみを机の上に広げているのは地味系眼鏡女子先導アイチ。
長い前髪と、大きな四角眼鏡が邪魔をして顔がよく見えないが大した容姿ではないだろう。
地味と不良の共通点、ヴァンガードの興味なし。
「HR始めるぞ、カードはしまえよ。デッキの調整は昼休みにな」
先生は最近レアカードを手に入れたぞとなどと、自慢げに話すと生徒から笑い声が聞こえる。
一人面白くなさそうなナオキと、小さく笑うアイチであった。
欠伸の絶えない授業を終えると、ナオキはつまらなそうに家路へつく。
家に帰っても寝るだけだと、いつのように街を歩いていた、アイチはナオキとは正反対の方向へと歩いていくが
その二人の道が、この後交わるなどアスファルトを歩く、二人は予想もしなかったであろう。
退屈そうに街を歩いていると、見たこともない制服の男子とぶつかる。
パサリッと、何かが地面が落ちると、ぶつかってきた男子達は慌て始めた。
「なんだ・・・こりゃ?」
最近発売された新クランのブースターパックだ。
興味なくともTVをつければ、発売予告をこれでもか!!とCMでされれば、嫌でも覚えていて
地面に落ちた未開封のトライアルデッキを拾う。
「コラー、君達!それを返しなさいーー!」
随分と息を切らせて走ってきたのは、黒に近い緑のような色の髪のメガネ大人男子。
着ているエプロンからカードショップ店員らしい、エブロン。
「まさかっ・・万引き!」
デッキを持ちつつ、男子達を目を向けると。
「ちっ・・違う!!こいつが盗んだんだ!」
指差したのは、ナオキだった。
通行人達も通りすがりながらも、こちらを見ている。
「はぁ!!なんで、俺が!!つーかヴァンガードに興味もねーのに盗んでどうするんだよ!」
「興味なくても、レアカードには相当な値がつく!!お前、金目当てで盗んだんだろう!!」
人にぶつかられて、そいつの拾ったものを手にすれば万引き犯。
店員はこんなところでまずいと、一先ず場所を変えることに。
連れてこられたのは、小さなカードショップでカードキャピタルだ。
店にはたった一人しか客がいない、あとカウンターに猫が一匹。
しかもナオキが驚いたのは、たった一人の客がてっきりヴァンガードに興味のないと思っていたアイチだった。
「・・・石田君?」
始めて聞いたアイチの声は、小さく消えそうな音量だ。
手にはカードがあり、一人でデッキ調整をしていたのであろう。
「だから、俺らはやってないって言っているだろうが。盗んだのはお前だろ」
「違うって言ってるだろうが!!俺はただ拾っただけで」
「まぁまぁ、アイチ君も。えーと・・石田君がこの店に来たの見た事ないですよね?」
店員が隅にいるアイチに話しかけると、小さく頷いて「店の来たのはそっちの方々です」と
耳を澄ましてでないと聞こえない声で証言。
盗難防止のために店内には防犯カメラも設置されており、犯行は全て記録されている。
言い逃れてなど、できない。
「ケッ、こんなデッキ盗みやがって。どうせ大した実力はねーんだろう?」
とんだ騒動に巻き込まれたぜと、店員が彼らの学校に電話するか、警察に通報するか考えていると
ナオキの言葉にキレた、彼らの中で一番強いファイターがデッキを構えて。
「今時、ヴァンガードをしたことのない流行遅れの奴に言われたくないね?俺が弱いか、ファイトして決めねぇか?
まっ・・お前なんか、数ターンで簡単に勝つことができるだろうがな」
「んだとっ!!」
ナオキは財布を取り出し、まだ手にしていたトライアルデッキの金額分を店員に渡すと
パッケージを破いて中身を取り出すし、テーブルに叩きつけた。
「やってやろうじゃねーか!」
話が変な方向へと進み始めて、店員の頭が混乱し、あたふたしている。
しかしナオキは初心者で、ほぼ流れるようにルールブックを読んだだけで彼に勝算は奇跡でも起こらない限り。
「俺が親切にもルールを説明しながら、戦ってやるよ」
「おっ・・・おう、意外にも親切だな」
にやにやと、それが罠とは知らず、ナオキは簡単に彼らの罠にはまってしまう。
囲むようにテーブルに立っていることも、店長に手出しをさせないように。
だが、アイチの存在だけは忘れていた。
集中するかのように、耳を澄ませ、隙間からわずかに見えるカードとルール説明を時折、眉を動かし
レンズと青い髪のカーテンに隠れた、青い瞳は全てを見抜いていた。
「・・・お前のダメージは6枚、俺の勝ちだ」
勝ち誇ったように笑う男、ナオキは項垂れるように机に手をついた。
やはり初心者のナオキなどが、勝てるわけがなかった、それは自身もわかっていたが負けたくなかった。
「ちょっと待ってください」
聞いたことがあるけど、聞いたことがないように凛とした声。
椅子が動く音と、歩く足音。
マイデッキを手に現れたのは、アイチだった。