自称普通の女子高校生藤本 燐の父、獅郎は教会で神父をしている。
その影響か、小さい頃から燐も教会に通っていた、白い聖母の形に掘られた石造に祈りをささげる。

神様は燐の見えないところで、燐のことを見守っているんだぞ。
大きい手で燐の頭を撫でながら、見えない世界に神様はいるというけど


本当のいるのか?いつも疑問だった。




神父を父に持つ燐は、清楚で可憐な聖女には程遠しい成長を遂げた。
一体何処で間違ったとか、神父を父に持つ設定が生かされていないとか言った奴は天国に送られると恐れられていた。

体力底なしの剣道の腕がピカ1の少女に成長していた。

「くらいやがれーーー!!」
「一本!」
いつもの調子で、燐は重い防具を本当に持っているのか疑うぐらいの動きで、相手選手に圧倒的な勝利。
剣道部員達の歓声にピースサインをするのは短髪の青黒髪のサファイヤの瞳をした藤本 燐。

「これでうちの部、全勝だね」
「そうだな、これからカラオケに行って祝杯あげよう!」
全国大会もこの勢いのまま、優勝しようと話をしている。
着替えを終えてブレザーの制服に着替える、肩には防具一式。

カラオケで盛り上がっていたら、陽が落ちかけていた。
皆と別れた後、燐は同じ方向の友人とおしゃべりをしながら歩いていたが。


・・・−−−・・・・−−−!!


「んっ?」
誰かに呼ばれたような気がして、燐は足を止めた。
辺りには友人と燐しかいないのにおかしいなと首を傾げている。

「どうかしたの?」
「いや・・・なんだ、誰かに呼ばれた気がして」
夜道でやめてよっと、あまり怖がっていない様子で友人は言う。
空耳かもしれないが、燐に霊感はないはずだし、特に気にせずに友人と別れて家に帰る。

教会の管理もかねて、住み込んでいるが家に帰って早々に仁王立ちをした獅郎が出迎えた。

「ジ・・・ジジイ・・・なんだよっ・・・」
「燐、寄り道しないでまっすぐ帰ってこいとあれほど言っただろうがーーー!!」

以前、変質者に襲われかけて、逆に返り討ちにして警察に「お宅のお嬢さん、過剰防衛し過ぎ」とか
哀れ変質者が救急車に運ばれた歴史があってか、何処の時代の娘か日が落ちるまでに帰ってこいとか毎度言ってくるのだ。

「神父、本音は燐がいないと誰も飯作る奴がいないって言えば良いじゃないですか?」
「やかましい!さっさと準備しろ、お前の仕事だろうが!!」
呆れ顔で、神父仲間の一人が獅郎の本音を漏らしていた。
帰ってきたらうがい手洗い、制服をハンガーにかけて、エプロンをして、調理開始。

「今日は簡単でいいか、さんまを解凍しといたから、まずそれを焼いて」
独り言を言いながらテキパキと調理開始、口よりも手が早い燐だが女の子らしいところも
一応一つだけ神様は授けてくれたらしい。

「今日は肉じゃがと、さんまに、漬物!!それから生姜焼きかぁ!!」
並べるのを神父が手伝ってくれて、テーブルには豪華な夕食が並べられる。
神様に感謝の言葉を述べた後に、全員の箸も進んでいく。

夕食を食べ終えて、片づけをしていると神父の何人かが紅茶を飲みながら話をしていると。

「そういえば、お前・・・この間貸した本貸せよな!」
「借りたっけ、そんな前のこと、えーと・・・忘れたかも?」

昔の事を忘れた。
それを聞いた燐はダァンッと引き出しを閉める、大きな亀裂が入ったのは気のせいではない。

しぃ・・んと辺りが静かになり、二人とも燐の前では失言だったと今更後悔。

「先に風呂入ってくるから、片づけておいてくれ」
「おっ・・・おう・・・」
女の子だものなと、神父の一人が驚きつつも一言言った燐は食堂を後にする。
やばい、今のはまずい。

燐は10年前の記憶が一切ないからだ。
今まで生きてきた6年分の記憶しかなくて、医師にもそのうち思い出せると言われているが
確実にとは言われなかった、いつになったら記憶が戻るのか、親の顔も思い出せない。

親代わりの獅郎も燐を引き取ったのが10年前なので、それ以前のことは知らないと聞かれた。
一体燐は何者なのか?ずっとわからないまま。

「ふぅっ・・・」
嫌な記憶はシャワーの水と一緒に流れてしまえ。
別の燐は今の暮らしが嫌いなわけじゃないが、昔を知らないまま生きるというのは不安だ。

小さい頃は?
家族はいるのか?

「俺は・・・誰なんだろうかな・・・−−−」

いつも、そのことが心配だ。




部屋に戻ると、携帯を軽くいじって就寝。
燐の気持ちよさそうな寝姿を見て、獅郎は音を立てないように扉を閉めた。

(大丈夫・・・みたいだな)
子供を心配する、親の表情をして・・・良い夢がみれればいいと願って。




次の日になり、昨日のことを振り払うようにして朝食を済ませると洗濯を乾す。
教会の仕事も渋々手伝っているため、洗濯機を三回も回さなければいけないのは面倒だ。

「あれ、燐ちゃん?制服なの、今日は学校休みじゃ?」
通りかかった神父の一人が話しかけてくる。

「午後から練習があるんだよ!もうすぐ大会だからな」
洗濯を干してから、学校に行く予定だ。

籠に入った洗濯済みの衣類を干し終えると
そろそろ二回目の洗濯も終わっているだろうと籠を持って歩いていると。


ーーに・・・ぃ・・・・・・−−−


(また、あの声だ!)

「誰だ!」
籠を置いて、身構える燐。
辺りには誰もいない、神父達も今はミサの打ち合わせのために教会内にいるはず。

此処は裏庭だから、部外者も入れないはず。
ザワッと気味の悪い風が燐の髪を揺らすが、声に反応はない。

「・・・また気のせいか?」
籠を持って、歩くの再開。
真横には今は使っていない古い井戸がある、昔のホラー映画を思い出すから絶対に近づかなかったが今はさほど怖くない。

洗濯を干し終えて、靴を持ち、カバンを横抱きに防具と竹刀を持つと「行ってくるから!」と一声かけて家を出るが。



ーーーにいる・・・ーー!!・・・−−−


「また、あの声かよ!」
やっぱり誰かいる、変質者なら竹刀で一発KOだと防具は道の隅に。
竹刀を袋から取り出して、カバンは地面に置くと竹刀を構えて警戒しつつ、辺りを歩く。

「何処にいやがる・・・出てこい!!」
まっぷたつにくるぐらいかち割ってやると、声のする方向へと進んでいるとその横を
燐の横を変な黒い虫みたいな生き物が通過した。

「何だ・・・今の?」
尻尾の生えていたような気がする、虫って普通羽が生えていないか?
変な虫が飛んできた方向へ歩いていくと、そこにはあの古井戸があった。

「誰か・・落ちたのか?」
よくニュースで小さな子供が落ちたとか
報道しているが、教会にも小さな子供も親と一緒にくることがあるし
古井戸を燐は覗いてみるが、人らしい影のないし、底がまったくわからない。

「何、やってんだ?燐」
そこへ偶然通りかかった獅郎。
「あっ・・・ジジイ、実は」

ガシッ!!

突然、大きな手が燐の腕を掴んだ。
ぞわっと体中の毛が浮き立つくらいに気持ちが悪い!!それに人の形をした腕なのに人の体温を感じない。

「燐!」
慌てて獅郎が駆け寄る。

「離せっ!てめぇっ・・・何しやがる!」
火事場の馬鹿力で、脱出しようとするが力が強すぎて抜けない。
恐怖を感じたのは久しぶりだ、人ではない何かに燐は古井戸の中に引きづり込まれていく。


ーー・・ようやく見つけた・・・・離すものかっ・・・俺の・・・−−−−−


「燐ーーー!!」
獅郎の腕よりも、引きずる力の方が強い。
燐はそのまま古井戸の中に引きずり込まれていく、何も見えない暗闇の中・・・燐は意識を失った。