かつて、平民達から賢王と呼ばれる王が治めていた後江ノ国。
国は民無くして、王にはなれないと他国とも良好な関係を築き、また国そのものを豊かにすることに人生を捧げていました。
彼の死後、息子が彼の跡を継ぎ、さらに暮らしは良くなると平民達は信じていたが現実は違った。
賢王に次期王として、選ばれるがために良き王の仮面を被り、民も大臣達すらも騙し、己の欲のままに国の豊かさを喰い
刃向う者達の首を跳ねていく、そんな恐ろしい国になってしまったのです。
王は国中から、自分の目に留まった女達を集め、母の違う王子や姫の数は二桁を超えたという。
その中に、とても小さく、いつも異母兄弟にいじめられていた姫様がいましたが
数多にいる王の子供達の中で、彼女だけが国民に愛されていたのです。
その姫が住んでいるのは城ではなく、緑豊かな領地の屋敷でもなく
平民が暮らすしているような、小さな家でした。
身の回りのことは全て一人で行うという、もはや姫など形だけでしかなく
あまりにも酷い処遇でしたが、姫は不幸を嘆くことなどなかったのです。
「おはよう、今日も良いお天気だね」
朝起きるとベージュ色のワンピースのようなパジャマを脱いで
蒼いワンピースを着て朝食作りを始めると、足元にぽめるがるとうぃんがるが身体を摺り寄せてくる。
「もう少し待ってて、あと少しで出来上がるから」
近所のおばさんからもらったパンと、牧場を営んでいる老夫婦にもらったウィンナーを
二匹にあげるとアイチは出かける準備を始めた。
古着の青いワンピースに着替えると教材や朝作ったランチの入った小さな籠を手にして
向かう先は小さな学校だ。
歩いていると後ろから、姫の姿を見て子供達が明るい笑顔で駆け寄ってきた。
「おはよう、アイチ先生」
「おはようございます」
「おはよう!皆」
青い髪のショートカットの小柄な女の子、それが先導アイチ姫。
後江ノ国の第12王位継承権をかつて持っていた姫君。
アイチは子供達の楽しそうなおしゃべりしながら、築40年以上の古い校舎に入ると
いつものように城で学んだ知識を子供達に解りやすく教えていた。
「本当に・・・良いお方ですね」
「ええ・・若い先生達は皆戦場に取られてしまいましたから」
初老の校長と中年の女性教師がアイチの働きにいつも感心している。
この学校、この領地には若い男は戦争へ駆り出されて、若者で残っているのは女性のみ。
しかし、辺鄙なこの村で人に教えるほど勉学を学んだ者もなく、自らアイチがその役目に名乗りを上げた。
戦争はいつまで続くのか、子供達の父親はいつ帰ってくるのか?この戦争は誰の目から見ても無謀ともいえる戦いで
早く決着がつかないかと、勝敗がすでにわかっているというのに長引く戦争に誰もが疲れていた。
「・・・・戦争か・・・」
昼食を終え、アイチは一人この間のテストの答案にサインをしつつ、一本の木の下に座りながら生徒からの質問の答えに悩んでいた。
「いつ戦争は終わるの?」と一人の生徒が質問、さらに。
「先生はお姫様なら知っているでしょ?」と言った瞬間に周りの子達から一斉攻撃されていた。
中にはノートを丸めてバカかお前!!と大声で怒鳴りながら、質問した生徒を叩く子もいる。
何故姫のアイチがこんなところにいるのか、正直に言うべきかと悩んでいたところで、昼食を知らせる鐘が鳴った。
「・・本当に何時に終わるんだろう?」
空を眺めながら、こんなにも雲一つなく晴れている空の下で戦争をしているなんて想像ができないと
考えていると草を踏む音がした。
「お久しぶりです、アイチ姫様」
「・・・・君は、カムイ君?」
後ろにはカムイの部下のエイジとレイジ、片膝をついて頭を深く下げているのは14歳の少年騎士。
異母妹のエミの護衛をしていて、城にいた時も親しかった彼らが守るべきエミの傍を離れて何故こんなところに?
「エミに何かあったの?」
「いいえ、エミ姫はご無事です・・・。しかし危険なのは貴方様の方です、アイチ姫」
「その通りなのです!!」
焦っている理由がわからない、エミは高貴な母から生まれた正真正銘のお姫様。
たまたま通りががった時の目に留まった庶民の母を持つアイチとは違って、狙われる理由が検討もつかない。
カムイは膝をついたまま、まずは後江ノ国がドラゴン・エンパイヤに負けてしまったことを伝えた。
この戦争は、側室の美女が王を機嫌を取るために言った言葉が原因だ。
『貴方様の手腕なら、あのドラゴン・エンパイヤの王の首も簡単に取られるでしょう』と言ったことから始まった。
ドラゴン・エンパイヤの王は若いがとても強いと聞く。
戦場で傷一つ負わず、侵略してくる敵に対しても容赦のない圧倒的な力で殲滅。
あらゆる物質も、王の愛竜ともいうべきドラゴニック・オーバーロードの炎を防ぐこともできないと言われている。
王は冷静な判断力を失ったまま、側室の言葉を本気にして、ドラゴン・エンパイヤに宣戦布告を突きつけた。
しかし、好戦的かと思われていたが冷静な判断をするようにと促す警告のみ。
敵国の方が冷静であった、すでに王の器の違いが見えていたのかもしれない。
だが、王には根拠もない自信があったのか、自国軍に国境を攻撃させると相手も本気になってきたが
ドラゴン・エンパイヤのもっとも信頼する片腕の指揮だけで、後江ノ国はあっという間に形勢逆転。
他国も援助をしてくれたが、最初から勝敗が明確であった戦に大した援助もなく
増税で苦しめた民を兵士として送り出し始めたのだが、屈強な兵士が多くいるドラゴン・エンパイヤに勝てるはずもなく
完全敗北し、この国はドラゴン・エンパイヤの領地となった・・・−−のだが
勝者となった敵国の王はとんでもない要求をしてきたという。
後江ノ国で、もっとも可愛らしい姫であるアイチを花嫁として差し出すこと。
それが、後江ノ国の王が王で居させてやることの条件だった。
「僕が・・・・ドラゴン・エンパイヤの王様の・・・・妻に??」
「そうです!!ですから早く逃げなければ、もう敵国の使者団がアイチ姫を迎えにすぐそこまで来ています!!」
そのことを知ったエミがカムイにアイチを他国へ逃がすようにと命じて、早馬を飛ばしてカムイ達は来てくれたという。
しかしアイチは二つ返事ができない、アイチが逃げればこの国はどうなる?
「でも・・僕は・・」
「こんな国に未練なんて感じることないッスよ!!戦争を反対して城を追い出されて、姫と言う立場まで奪われて
次は好きでもない男の嫁になれなんてひどすぎますよ!!」
「HNッス!!」
エイジとレイジは叫ぶようとして、一緒に他国へ逃げようと手を引っ張る。
城をアイチが追い出された時、異母妹として何もできなかったとベットで一人泣き崩れているエミを見て
カムイはエミの願いを絶対に叶え、他国へ亡命させると決めたのだ。
「エミ姫の願いでもあるのです!!
それに姫なら、腐るほどいるんですよ、エミ姫やアイチ姫にも比べる価値もない奴らが!」
苦々しく、着飾ることと、プライドばかりを重視する外見のみの姫でもくれてやればいい。
ドラゴン・エンパイヤの王は、それは男らしく美しい男だと聞く。
こっちは姫なんておつりが出るくらいに余っているんだ、いくらでもくれてやる。
本当は、このままドラゴン・エンパイヤの使者団を待って丁重に断ろうとも考えたがカムイからエミの願いだと聞いて
今はいろいろと混乱しているし、一時他国へ逃げた方がいいかもしれないと、アイチはカムイ達の手を取ることにした。
すぐに校長達に事情を話すと馬や当面の食料も用意して、口裏も合わせてくれるとまで言ってくれた。
手綱を握り、気を付けてと手を振る村人達と一緒に暮らしていた二匹の犬達に別れを告げると急いで国境を目指す。
日が暮れ初めていたが、逆に好都合だ。
暗闇なら、闇に隠れて移動ができると森の中を先頭がエイジ・レイジと後ろにカムイとアイチが馬を走らせていると
カムイが何かを感じたのか、剣を取り出し、アイチに向かって放たれた矢を切った。
「何者だ!!」
三人はアイチを守るようして、前を固めると崖の上から現れたのは豪華な作りの馬車に乗った異母姉の一人だ。
近くには大金で雇った傭兵達がいる、彼らの目的なんて聞かなくてもわかる、アイチの命。
「異母姉様・・・・!」
「気安く姉様なんて呼ばないで、汚らわしい!!貴方に姫などと名乗る資格なんてないわ!!
そうよ・・・!!あのお方・・ドラゴン・エンパイヤの王の花嫁になるのは美しいこの私、あの方は誤解しているのよ」
でなければ、身分が一番低くて、姫など仕方なくつけていたも同然のアイチなど選ぶはずがない。
大国に敗戦し、城へやってきた時に一目見た時から彼以外の男などゴミ同然だ。
「貴方は不慮事故で死んだってことにしてあげるわ、前々からのろまの貴方にはつくづく腹が立っていたからね!!」
煌びやかな扇子を振ると、傭兵達はアイチ達に襲い掛かっている。
カムイ達は剣を取り出すが数が多すぎる、守るようにして戦っているがやはり数が上回っているせいで
鋭い剣がアイチに紙一重で襲い掛かってきた。
「逃げてください、アイチ姫!此処は俺達が・・」
「ガキが・・・!!さっさと死ね!」
「カムイ君!!」
逃げることなんてできない、カムイに何かあったらエミが悲しむ。
彼はこれからも必要な人間だ、アイチはもう守ってあげることができず、傍にもいてあげられない。
「あっ・・・!!」
右の二の腕に剣が掠り、バランスを崩して馬から落馬する。
斬られた個所からは血が流れている、アイチは急いで起き上がろうとするが傭兵の方が早い。
「あんたに恨みはないが、死んでもらうぜ」
「・・・・・・・!!」
三日月のような大きな剣がアイチに振り下ろされた。
そのまま殺される、・・・・−−−そう覚悟したが、誰かが剣を受け止めてくれた。
「誰だ・・・!!」
「この方は、我らがドラゴン・エンパイヤの王の花嫁となる姫だ。殺されるわけにもいかない・・・傷つけたその罪・・命で償え・・!!」
金髪の兵士は、たった一人で大の男を倒した。
地面に座り込んだまま、固まっているアイチの元へエイジが駆け寄ってきて手を貸してくれる。
「・・あの人は・・・・?」
見たこともない顔だが、かなり強い。
一度に三人も同時に相手していて、息を切らしていない、よく見るともう一人増えていた。
こちらは黒髪短髪の男でこの男もかなり強い、カムイは相当な鍛練と戦闘での経験の高さに冷や汗を流す。
「あの高みの見物している姫の方は俺が行こう、三和はそっちを」
傭兵は全滅、姫の方は真っ青になってこちらを見つめ、逃げようともしない。
逃げたとしても、逃げ込む先など簡単に絞り込めるし、手間も省けそうだと男は姫の元へ。
「ああ・・・・さてと・・・」
傭兵達を二人だけで倒すと、アイチを見た。
剣を収めると戦う気はないらしいが、いつでも剣は抜けるような・・・そんな空気を感じる。
「まー・・・突然、俺らの国の王様の奥さんになれって突然すぎるのはわかるけど、悪い話じゃないんだよな。
聞いた話じゃ、もう姫じゃないらしいし、うちにくれば以前よりもいい暮らしはできるし・・・でもなぁ・・あいつの嫁さんは・・」
なんだか三和と言う男、アイチを連れて行くのに迷っているらしい。
義姉はあんなにドラゴン・エンパイヤの王を称賛していたというのに、このまま逃がしてやってもいいのかもと悩んでいる様子。
「このまま、見逃してくれ!!アイチ姫は、王家の人間じゃないんだ!!姫ならエミ様以外ならいくらでもくれてやるから、頼む!!!」
交渉の余地があるとカムイは頭を下げた。
三和は頭を数回掻いて考えたが、やはり彼はこのまま見逃してやることなどできなかった。
「やっぱ王の命令は絶対だ、悪いけど来てもらうぜ、アイチ姫様」
丁寧に頭を下げて、紳士のような胸に手を当てて空いている手を差し出してきた。
この手を取ってしまったらドラゴン・エンパイヤに連れて行かれる。
(知らない男の妻にされるなんて、・・・そんなの嫌だ!!)
脳裏によぎったのは、まだ城にいた時のこと。
エミと過ごした以外で優しくて、温かな思い出の記憶にいる・・・・アイチの初恋の男の子だ。
「アイチ姫!!」
「ちょっ・・・・おい!」
突然走り出したことに、カムイも三和も慌てて追いかけるが目を瞑りながら走っていたアイチに崖など見えていなかった。
「・・・ぁっ・・・・・・!」
そのまま身体は下へと落ちていく。
死ぬのだと、それでもいいとアイチの瞳から涙が零れた。
どうせ三和に強引でも連れられて敵国へ連れて行かれるのなら。
「・・・・・・トシ・・キく・・・っ・・・・・・・・」
消えそうな声で、始めて優しくしてくれた男の子の名前を呼ぶと
誰かがそれに答えるようにして、アイチの身体を受け止めてくれた。
薄れていく意識の中で、大きな羽音と、男の端整な唇が見えた。
アイチの名前を呼んでいるように気がしたが、そのまま意識は闇へと落ちて、心が眠りについた。