プロローグ
「……笹本くん、ちゃんと働いてよ。このままじゃ、いつまで経っても仕事が片づかないじゃない!」
私が目を離していた隙に、またしても部下の笹本が仕事をサボっていたらしい。
明らかに動きが鈍っている彼の手を、じっくりと睨みつける。
まだ資料も山積みなのに、一向に手を動かそうとしない様子など見ているだけで焦れったくてたまらない。
「はいはい、分かりましたよ……ちぇっ。どうしてこんな面倒なこと、押しつけられなきゃいけないんだ……」
ゴソゴソゴソッ……
私の目力と注意が利いたのか、笹本は気だるそうに資料を持ち運ぶ。
どうやら業務時間が終わった後も、私に言われるまま残業させられているのが不服でたまらないようだ。
そんなに嫌なら、さっさと片づけを済ませれば早く帰れるはずなのに。
(まったく、あなたを指導する羽目になった私の身にもなってよ……!)
笹本のお守りをさせられて、私――奥田 知里は心底疲れ切っていた。
社長に頼まれるまま、息子の笹本を指導する役割をずっと押しつけられていたのだ。
教育係を任されてしまったばかりに、ここまで時間も労力も費やされる羽目になるなど思いもしなかった……まだ学生気分が抜けてない人間を相手にさせられて、正直言うと嫌気が差してくる。
いくら新人だと言っても、ここまで世話を焼いてあげなければ自分からまともに動こうとしない人間が、将来は自分達の上に立つような役目に立ってしまうなど、あまりに想像出来そうにない……
「本当に、これ全部片づけなきゃいけないのか……このままじゃ寝る時間がなくなっちゃうよ?」
私の目を盗んで、笹本が小声で独り言を呟いている。
どうやら私の元で一日中働き続けたせいか、相当堪えているらしい。
彼のことを思って色々な業務を与えてあげたのに、どうやらお気に召さなかったようだ。
当分は私の助手を務めさせる予定だったのでせめて資料の整理くらいはこなしてもらいたいのに、本当に最近の新人はやわな人間ばかりでこっちが困ってしまう……
「お疲れさま。今日はそろそろ戻りましょう……」
何とか資料の整理もやり終えたので、私は笹本を引き連れて職場に戻ることにした。
エレベーターに向かっている間も、あまりにだらしない笹本の素振りなど苛立たずにいられない。
あまり初日から厳しく接して会社を辞められても困るので、私なりに手加減してやっているのに、こんな程度でへこたれているようだと正直言って先が思いやられる。
……ガタンッ!
「きゃんっ……!」
あと少しで職場に引き返せるはずだったのに、私達は思いも寄らないアクシデントに見舞われる。
何の前触れもなく、エレベーターの中がおかしな物音を響かせてきたのだ。
突然足元が揺れ動いたせいか、あっけなく体勢が崩れてしまう。
笹本もいる前なのに間抜けな格好など見せられそうになかったので、転ばないよう脚を踏ん張っているだけで精一杯だった。
カチッ、カチッ、カチカチッ。
「や、やだっ! 本当に動かなくなっちゃったの……!?」
周囲が物静かになった後、私は必死にエレベーターのボタンを押し続ける。
職場のある階にも辿り着いてないのに突然エレベーターが止まってしまうなど、どう考えても異常としか思えそうになかった。
何度もボタンを押しているはずなのに、少しも手応えが感じられない。
どうやら先ほどの振動で、エレベーターが故障してしまったらしいのだ。
「故障ですね、申し訳ございません。すぐ修理いたしますので……」
「えぇ、お願いいたします。ちなみに、どれくらい時間が掛かりそうですか……?」
いつまでもエレベーターに閉じ込められているわけにもいかないので、私はすかさず警備員に連絡を取ることにした。
手順に従って非常用ボタンを押すと、すぐに整備員が話し掛けてくる。
事情を明かしている間も、つい焦らずにいられない。
どうやら相手が言うには、エレベーターの復旧にかなりの時間を要してしまうらしいのだ。
「あの、課長……いつになったらここから出られそうですか?」
どうやら笹本もエレベーターの様子が気になったようで、私に質問をぶつけてきた。
整備員への応対も全部私に任せていたくせに、本当に頼りない。
こんな時くらい、少しでも男らしく振る舞えないのだろうか……?
「私にも分からないわ。でも、しばらく掛かるって言ってたみたいだし……うぐっ!?」
モジモジモジッ。
仕方なく笹本に返事を返そうとした矢先、私は途中で言葉を詰まらせてしまう。
とっさに両脚を重ね合わせたまま、つい呻かずにいられない。
ただでさえエレベーターに閉じ込められて困っているのに、別の事態がいきなり押し寄せてきたのだ。
あまり間抜けな格好など人目に晒したくないのに、つい腰をくねらせてしまう。
ヒクヒクヒクッ……
(どうして、こんな時に……急にオシッコしたくなってきちゃうの!?)
下半身から続々と湧き上がってくる感覚に、私はあっけなく意識を奪われてしまう。
狭い密室に閉じ込められたまま延々と立ち往生している間に、気づいたら尿意を催してしまったのだ。
大事な部分がひとりでに疼いてきて、とにかく辛くてたまらない。
当分はエレベーターから抜け出せそうにないのに、どうしてこんな時に限って不都合な出来事ばかりが押し寄せてくるんだろうか……?
ギュッ。
(とりあえず、エレベーターが動くまでは我慢しなくっちゃ……!)
突然の尿意に困り果てている中、私はひたむきに我慢を続ける。
職場に戻る途中でトイレに駆け寄るつもりだったのに、まさかこんな所で足止めを食らってしまうなど考えられない事態だった。
エレベーターの起動パネルをじっと見つめたまま、つい焦らずにいられない。
ただでさえ身体の内側からおかしな感覚が押し寄せてきて大変なのに、エレベーターは相変わらず物静かなまま、なかなか思うように動き出そうとしなかったのだ。
「……あの、課長。一体どうなさったんですか?」
エレベーターに乗る前にトイレに立ち寄るべきだったと悔やんでいた矢先、傍にいた笹本がいきなり話し掛けてくる。
どうやら、私のおかしな素振りに気づいてしまったらしい。
「べ、別に何でもないわ。ずっとこんな場所に閉じ込められて、ちょっと疲れちゃっただけよ……」
フルフルフルッ……
おかしな気まずさに苛まれる中、私はとっさに返事を返す。
なかなかトイレに行けずに困っているのに、情けない格好など笹本の前で見せられそうになかった。
腰を引っ込めたまま、つい縮み上がらずにいられない。
彼が向けてくる視線の行方が気になる中、未だにエレベーターから出られそうになかったのだ。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……だ、駄目ぇっ!?」
ピクピクピクンッ、ジョワジョワジョワッ。
ひたむきに尿意を堪えていたはずなのに、私は徹底的な瞬間を迎えてしまう。
ずっと両手で押さえ込んでいた部分がひとりでに緩んで、ついに粗相をしでかしてしまったのだ。
股間の周辺が段々と生温かくなってきて、つい焦らずにいられない。
トイレに行くどころかエレベーターから抜け出せないうちに、まさか失禁を引き起こしてしまうなどあまりにあり得ない事態だった。
(お願いだから、これ以上は出てこないでってば! このままじゃ、笹本にも気づかれちゃうじゃない……!?)
シュルシュルシュルッ、グシュグシュグシュッ。
こんなに強く願っていたはずなのに、私の意志とは無関係にオシッコが続々と湧き上がってくる。
無理に我慢を続けたのがいけなかったのか、緩んだ部分をなかなか引き締められそうになかったのだ。
エレベーターの片隅に立ち尽くしたまま、つい思い悩まずにいられない。
はしたない液体がショーツの内側を着々と行き渡ってきて、排尿の勢いをどうしても遮られそうになかったのだ……
チョロチョロチョロッ……ジュワワッ、ピチャピチャピチャッ。
「そ、それ以上は本当に駄目ぇっ……あうぅっ!?」
延々と失禁を繰り返すうちに、私はさらにとんでもない事態を招いてしまう。
気づいたら下着の裾部分からオシッコが零れ出してきて、脚の内側を次々と伝い始めてきたのだ。
はしたない液体の行方が気になるあまり、つい両膝をくねらせずにいられない。
股間の辺りから止め処なく溢れ出してくるオシッコによって、徐々に下半身が濡れていく始末だった。
「か、課長。一体どうしたんですか……あっ!」
ただでさえ困っているのに、私はさらなる窮地に立たされてしまう。
思わぬ拍子に引き起こした失禁を、ついに笹本にも見られてしまったのだ。
わざわざ身を乗り出しながら、濡れている部分に下半身を思い思いに覗き込んでくる。
「や、やだっ! お願いだから見ないでぇっ……あうぅっ!?」
チョボチョボチョボッ、ビタタタタタッ。
笹本の視線を避けようとした矢先、私はさらにみっともない格好をさらけ出してしまう。
勢い良くオシッコを零し続けるうちに、気づいたら足元に水溜まりまで広げてしまっていたのだ。
とっさに俯いたまま、少しも顔を持ち上げられそうになかった。
ストッキングの内側をはしたない液体が這い回るだけでなく、スカートの奥底から薄黄色い液体が続々と零れ出してきて、小気味良い水音が響き渡ってくる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……きゃんっ!?」
カシャッ。
どうやって粗相を取り繕えば良いかも分からない中、別の物音が私の耳元に飛び込んでくる。
笹本のいる方向から、いきなり無機質な機械音が聞こえてきたのだ。
とっさに縮み上がった後も、つい思い悩まずにいられない。
何が起こったのかをすぐにでも確かめたい反面、目の前にいる笹本の様子を少しも窺えそうになかったのだ。
カシャッ、カシャカシャッ。
「課長、そのまま動かないでくださいね……ふふっ。まさか課長がこんな所でお漏らししちゃうなんて。他の奴が知ったらきっとびっくりするだろうなぁ?」
機械音に混ざって、笹本が思い思いに言葉をぶつけてくる。
どうやらオシッコで濡れた下半身を、笹本が携帯で撮影しているらしいのだ。
タイトスカートに滲み出した染み具合や太股や足首に張りついている滴、さらには足元に出来上がった水溜まりまでわざわざ画面に収めてくる。
「ちょ、ちょっと! 一体どう言うつもりなのよ……くうぅっ!?」
ワナワナワナッ……
あまりに考えられない笹本の行動に、私は茫然とさせられる。
尿意を堪え切れなかった挙げ句に人前で粗相をしでかしてしまった、致命的な瞬間をついに彼に掴まれてしまったのだ。
慌てて注意をぶつけている間も、つい言葉を詰まらせずにいられない。
どんなに頑張っても、目の前に差し向けられている携帯のカメラを避けられそうになかったのだ。
機械音が聞こえてくるたびに、ひとりでに脚がすくんでしまう。
「残念ですね、課長……散々オレを扱き使ってきたんだ。これからはオレの言いなりになってもらいますからね……!」
私の注意を少しも聞き入れず、笹本はとんでもない宣言を始める。
エレベーターの中でしでかした粗相をネタにして、どうやら私を脅してくるつもりらしい。
携帯を自慢げに見せつけながら、生意気にも服従を誓うよう言い放ってくる。
「そ、そんなこと……本当に許されるなんて思ってるの、はうぅっ!?」
カシャッ。
何としても笹本に言い返さなければいけないのに、なかなか思うように反論をぶつけられそうになかった。
あまりに卑劣な行為を跳ね除ける間もなく、またしても濡れ尽くした下半身を撮影してきたのだ。
耳元に響いてくる機械音に、つい縮み上がらずにいられない。
すぐにでも目の前にある携帯から恥ずべき姿を消し去らなければいけないのに、彼の元に歩み寄ることすら出来そうになかった。
粗相をしでかした証拠をものの見事に握られた出来事が原因で、私は彼の手によってとんでもない目に遭わされてしまうのだ……