体験版 第1話
「ここは重要な点だからしっかり覚えておくといい。この時点でこの物質Aには抗力、つまり垂直抗力が働いていて……」
ある私立学園の物理室で、普段どおりに授業が繰り広げられていた。
男性教師の芦辺が延々と説明を述べているうちに、段々と周囲の空気が淀んでくる。
大して面白味もない話を延々と聞かされているせいで、生徒達も徐々に集中力を削がれかけていたのだ。
「先生、そこ間違ってませんか? さっきの説明、ちゃんとやり直した方がいいんじゃないんですよ?」
退屈な授業に全員が飽き飽きしていた矢先、一人の女生徒がいきなり口を挟んでくる。
左右を可愛らしいリボンで飾っている、鮮やかな桃色をしたショートボブが特徴の少女――桃原 來花が、芦辺のおかしな発言に気づいていたのだ。
席から立ち上がったまま、先ほどの説明をすぐ訂正して欲しいと言い放つ。
ただでさえ周りにいるクラスメート達が退屈している上、間違った説明まで教えようとしていたのをどうしても聞き逃せそうになかったのだ。
「も、桃原……一体どう言うつもりだ?」
思い掛けない來花の言葉に、芦辺は思わずひるんでしまう。
まだ説明をやり遂げていないのに、まさか誰かに授業内容を指摘されるなど考えもつかなかった。
來花に聞き返す間も、先ほど繰り広げていた説明のどこに不手際があったのかと頭を捻らずにいられない。
「この場合だと垂直抗力だけじゃなくて、摩擦力も働かないと絶対におかしいんです……分かりやすく言うと、物体との設置面が滑りにくい材質だったり、逆に滑りやすい材質に変わるだけで、実際の抗力も全然違ってきちゃうものなんですよ?」
驚いている芦辺の様子も構わず、來花は平然と説明を繰り広げる。
例を交えながら、先ほどの説明で明らかにおかしな部分を率直に言い放つ。
仮にも物理教師として教壇に立っているはずなのに、どうして間違った物理法則などを平然と教えてしまうの、あまりに初歩的な不手際など決して見過ごせそうになかった。
淡々と説明を告げた後、芦辺がどんな返事を返してくるのか気になってたまらない。
「ねぇ見てみてよ。來花ちゃんが芦辺に何か言い返してるみたいだよ?」
「それじゃ芦辺の奴、今まで間違ったことを教えてたってことなのかな……?」
「芦辺の奴もさっきから黙りっ放しみたい。もしかして図星だったのかも……本当にいい気味よね?」
二人のやり取りに、周りにいるクラスメート達も次々と注目を寄せていく。
退屈な授業内容にうんざりさせられていた矢先、來花がいきなり席から立ち上がって間違いを指摘してくるなど思いもしなかった。
どうやら芦辺が間違った内容を説明していたらしいので、どんな言い訳を返すつもりなのかと期待せずにいられない。
「ぐうぅっ……そ、それはだな……」
次々と向けられる注目に、芦辺はさらに困り果ててしまう。
授業中にしでかした不手際を、こうも簡単に暴かれてしまうなど思いもしなかった。
気まずい雰囲気に苛まれるあまり、つい言葉を詰まらせずにいられない。
どんな風に弁解すればこの場を収められるのか、どんなに考えても思いつきそうになかったのだ。
「簡単に例を出すと、ガラスみたいにつるつるした材質だと滑りやすくなるし、逆に絨毯みたいな材質だったら、全然滑りにくいので『抗力』の数値も大きくなっちゃうんですよ?」
戸惑っている芦辺とは裏腹に、美都はさらに説明を続ける。
先ほど芦辺が口走っていた言葉の内容を思い返しながら、間違っている部分への指摘を淡々と語り出す。
周りにいるクラスメート達にも分かりやすいよう、具体的な例もしっかりと織り交ぜながら説明をやり遂げていたのだ。
「さすが來花ちゃん。芦辺の退屈な授業に飽きてきたから、とっても助かっちゃうよね?」
「もしかしたらさ、芦辺なんかよりよっぽど先生に向いちゃってるんじゃないかな?」
「間違ったことなんかを教えられるくらいなら、來花ちゃんに聞いた方が断然早いかもね?」
來花の言葉に聞き入った後、周りにいるクラスメート達は次々と賞賛を送っていた。
先ほどまで繰り広げられていた退屈な授業内容とは段違いなほど、來花の説明があまりに分かりやすかった。
芦辺をものの見事に言い負かした來花の行動を、夢中になって褒めちぎっていたのだ。
「す、済まなかったな。桃原……確かにこの場合は垂直抗力だけでなく、接地面に対する摩擦力も考慮しなければいけないのであって……」
周りの雰囲気に気圧されるまま、芦辺は思わず頭を抱えてしまう。
自らの不手際を仕方なく訂正する間も、つい言葉を詰まらせずにいられない。
生徒達の視線が突き刺さる中、いつ來花に説明の内容を指摘されてしまうかも分からないのだ。
(それにしても厄介な奴だ……こんな些細な程度の間違いをいちいち注意されたんじゃ、授業もまともに進められないじゃないか! どうして、こんな厄介な生徒をうちの学園に招いてしまったんだ……!?)
間違った部分を訂正する間も、芦辺はなかなか覇気を取り戻せそうになかった。
飛び級で学園に入学するほどの天才少女である來花に、まさかここまで手を焼かされる羽目になるなど思いもしなかった……本来なら教えを乞う立場の相手によって、自らの威厳を台無しにさせられるような事態などあまりに悔しくてたまらない。
言い表しようのない苛立ちに苛まれる中、何とかしてこの場を乗り切るしかなかった。
どんなに認めたくなくても、來花が告げてきた指摘をどうしても覆せそうにないのだ……
* * * * * *
「ふーっ、さすがに疲れちゃった……來花ちゃんもお疲れ?」
「さっきの來花ちゃん、すっごくカッコ良かったわよ? 芦辺が間違ったことを私達に教えてたの、もし來花ちゃんがいなかったら絶対気づかなかったし……」
「注意された時、芦辺の奴ったらすっごいビックリしてたみたい……普段からネチネチうるさくてたまらなかったし、本当にいい気味よね?」
物理の授業が終わった後、クラスメート達は次々と物理室から飛び出していった。
教室へ引き返す間も來花の周りに集まりながら、先ほどの出来事を口々に話し合う。
來花の指摘にすっかり頭が上がらなくなっていた芦辺の様子など、傍から見ているだけで愉快でたまらなかった。
「べ、別にこれくらい大したことじゃないよ。みんなも、そんなにからかわないでってば……」
モジモジモジッ……
周りにいるクラスメート達に返事を返す間も、來花はすぐに顔を火照らせてしまう。
明らかに間違っている芦屋の説明をどうしても見過ごせなかった思いからほんの少し口を挟んだだけなのに、ここまで周りから賞賛されるなど思いもしなかった。
恐る恐る返事を返す間も、さすがに照れくさくてたまらない。
あまり変に目立ちたくなかったのに、周りから次々と注目を浴びせられて、少しもこの場から抜け出せそうになかったのだ。
(ただでさえ頭が良いので目立っちゃってるのに……やっぱり、こんな格好なんて恥ずかしいかも。胸もお尻の形も丸見えになっちゃってるし、本当にずっとこんな制服を着なきゃいけないのかな……?)
何気なくクラスメート達と触れ合う間も、來花は自らの格好を気にしていた。
來花は学園に入学する際、奨学生の証しと称して学校指定のセーラージャケットをアレンジしたボレロとローレグのレオタードの着用を義務づけられていたのだ……薄い生地越しにしっかりと浮かんでいる、未熟な身体つきを周りからどう見られているかと気になるあまり、つい恥じらわずにいられない。
他人より頭が良いと言うだけで、自分より背も高く年上なクラスメート達に取り囲まれる状況になかなか気持ちが慣れそうになかったのだ……
「どうしたの、來花ちゃん。さっきから顔を赤くしちゃって……」
「もうそろそろ休み時間も終わっちゃうし、すぐ教室に戻っちゃおうよ?」
「來花ちゃん、もしさっきみたいに間違ったことを言ってきたら、また私達に教えてくれるかな?」
困り果てている來花をよそに、クラスメート達は気兼ねなく話し掛けてくる。
まだ周りの環境に慣れてないようなので、自分達なりに來花を気遣うつもりでいたのだ。
來花と手を繋いだまま、一緒に教室まで行こうと誘い出す。
(まだ入学したばかりだから勘弁してやろうと思っていたが……いちいち授業のたびに楯突いてこられちゃ、もうたまったもんじゃない。ちょっと早いかもしれんが、いい加減、計画を実行に移してしまおうか……!)
クラスメート達と触れ合っている來花の後ろ姿を、芦辺は物陰から鋭い目つきで睨みつけていた。
勝手に授業の妨げをするような真似など、あまりに許し難い行為だった。
いくら周りが天才少女だと持て囃していても、所詮は周りの生徒達より年下な小娘などにどうして辱められなければいけないのか、先ほどの出来事を振り返るだけで腹立たしくてたまらない。
段々と遠ざかっていく來花の後ろ姿を恨めしそうに見つめながら、生意気な態度を叩けないよう、前々から練っていた計画を遂行してしまおうと思い立っていたのだ……
* * * * * *
ガチャンッ。
「ふぅっ……」
芦辺のとんでもない決意も知らず、來花は帰りのホームルームも無事にやり過ごした後、すぐに寮へと引き返していた。
鞄を置き去りにして、すぐにベッドへと腰掛ける。
一人きりになれたので、やっと肩の荷を下ろせるのだ。
「ふぁっ、あふぅっ……」
ググッ……
緊張を解しているうちに、來花はひとりでにあくびを洩らしてしまう。
学園での生活にまだ慣れてないせいか、寮に戻った途端、一気に疲れが押し寄せてきたのだ。
思いっ切り背伸びをしながら、つい唸らずにいられない。
気を抜いた途端、どれだけ全身が疲れ切っていたのかをありありと思い知らされていたのだ。
(それにしても今日は本当にくたびれちゃったな……大体、先生の間違いをどうして私が訂正しなきゃいけないんだろう。こんな内容じゃ、聞いてるみんなが可哀想じゃない……?)
ベッドに寝そべったまま、來花は今日の出来事を振り返る。
物理の授業中に、自分でも分かるほど芦辺の説明があまりに下手だったのがあまりに気懸かりだった。
元々は芦辺がおかしな間違えさえしなければ、あまり周りから目立つような行動も取らずに済んだはずだと思い悩まずにいられない。
クラスメート達に変な期待を抱かれても困る反面、退屈な授業展開などどうしても見過ごせそうになかったのだ。
(これから予習だってしなきゃいけないのに、一体どうしちゃったんだろう? さっきから本当に眠くってたまらない。やっと学校も終わったばかりなのに、一体どうしてなの……?)
段々と考えを巡らせるうちに、來花はとんでもない事実に気づかされる。
明日の予習も兼ねて図書館で下調べするつもりだったのに、ベッドに横たわったまま、なかなか思うように身体を持ち上げられそうになかったのだ。
頭の中が回るような感覚に苛まれるあまり、ついうろたえずにいられない。
このまま無理に起き上がっても、どこかに出歩くどころかまともに動けそうになさそうな感じだった。
(もしかして、身体の調子でも悪いのかな? まだ早いかもしれないけど、ちょっとだけ寝てた方がいいかな。このままじゃ頭も働かないみたいだし……)
猛烈な全身のだるさに、來花はますます弱り果ててしまう。
何とかして用事をこなしたい反面、どうしても気力を振り絞れそうになかったのだ。
まだ外も明るいはずなのに、あまりにだらしない自分自身の素振りを思い悩まずにいられない。
意識を保つことすら辛くなってくる中、別の考えが不意に脳裏をよぎってくる。
「う、うぅん……」
クラクラクラッ……
全身に襲い来る眠気を取ろうと、來花はほんの少しだけ仮眠を取ることにした。
ベッドに身体を預けているうちに、自然と意識が遠のいていく。
もしかしたら制服が皺になってしまうかも分からないはずなのに、部屋着に着替える気力すら湧きそうになかった。
強烈な身体のだるさや頭の中がぐるぐると回っていくような感覚とともに、段々と視界がぼやけてくる……
* * * * * *
「どうやら拒絶反応も出ないようだし、どうやら無事に完成したようだな……ふふっ。こうして見ると、桃原も寝顔だけは案外可愛いものなんだな?」
來花がうたた寝を初めてから数時間後、芦辺は学園に用意されている自分専用の実験室に篭もっていた。
椅子に座ったまま眠り続けている來花の様子をじっくりと眺めながら、思わず笑みをこぼしてしまう。
つい先ほどまで生意気な口を叩いていたとは思えないほど、來花が可憐な表情を浮かべている。
小さな身体を僅かに揺らしながら寝息を立てている様子に、すっかり夢中にさせられていたのだ。
「……どうやら、部屋に散布しておいた催眠ガスが効いているみたいだな。おかげで手術もやりやすくて大助かりだったぞ?」
夢の世界にいる來花の様子をじっくりと窺いながら、芦辺は先ほど繰り広げていた行為をそっと振り返る。
放課後に寮の部屋へ引き返してきたのを見計らって、來花に特殊な気体を吸引させて眠らせていたのだ……部屋で寝ている隙を狙って、自らのテリトリーである実験室へ連れ込んだ後、特殊な施術を施していたのだ。
見事に施術をやり遂げた自らの腕前を、つい褒め称えずにいられない。
丸一日掛けての大手術だったにもかかわらず、來花自身まだ何も知らずに眠り惚けている様子など面白くてたまらなかった。
「まだ教えてやれないのが残念だが、桃原の身体がどんな風になってしまったのか、たっぷり見せてやるからな……ふんっ!」
グリュグリュグリュッ……カポンッ。
來花の寝顔をじっくりと見つめながら、芦辺は次なる作業へと取り掛かる。
無事に出来上がった施術の成果を確かめようと、來花を特別な格好にさせるつもりでいたのだ。
しっかりと腕を掴んだまま、二の腕部分に巻きつけている金属製のバングル部分に手を掛けて捻ると、あっけなく腕が身体から離れていく。
もぎ取った片腕の断面を見つめながら、つい興奮せずにいられない。
(どうだ、この見事な腕前を……人の身体を作り替えてやるくらい、私にとっては朝飯前なんだ。私を単なる物理教師だと思って見くびっていたのが、そもそも大間違いなんだ!)
金属製の蓋が覆い被さっている腕の付け根部分をじっくりと覗きながら、芦辺は陶酔し切っていた。
來花が意識を失っている間も、身体の一部を機械に作り替えてしまったのだ……授業中に散々辱められた分、これからたっぷり仕返しが出来ると思うだけで嬉しくてたまらない。
もし身体を作り替えられた事実を本人が知った時、來花がどんな表情を浮かべてしまうのか、おかしな期待が沸々と湧き上がってくる。
「さて、次はどこを外してやろうか……もう二度と威張れないよう、桃原をこれから面白い格好に変えてやるからな?」
キュリッ、キュリッ、キュリッ……ガポンッ。
片腕を取り上げた後、芦辺は別の部分へと手を伸ばしていく。
順調に切り離すことが出来たので、もう片方の腕や両脚も同じように取り外すことにしたのだ。
バングルで結合されている部分を軽く捻るだけで、両手や両脚が面白いほど身体から離れていく。
両手足を奪い去った後、四肢をすべて失ったまま椅子に腰掛けている、あまりに間抜けな格好に注目せずにいられない。
「すぅっ……すぅっ……すぅっ……」
とんでもない事態が引き起こされた後も、來花は未だに眠り続けていた。
椅子の背もたれに身体を預けたまま、静かに寝息を立てていく。
思わぬ拍子に両手足を取り上げられた後も小さな胸を僅かに動かしながら、決して目覚めようとしないのだ。
(いくら麻酔のおかげで眠っているとは言え……本当にのんきな奴だ。両手も両脚もなくしてしまって、まるで達磨そのものじゃないか?)
四肢を失ったまま眠り惚けている來花の姿を、芦辺はじっくりと鑑賞する。
あらかじめ施術前に打っておいた麻酔の効果によって、ここ数日間は決して意識を取り戻さないはずなのだ。
普段の生意気な態度では考えられないほど可憐で愛らしい寝顔に、つい興味を抱かずにいられない。
自ら施した改造手術によって、生きた人形と化している來花をどう弄んでしまおうか、考えるだけでおかしな興奮が昂ぶってくるのだ。
(折角、身体をおかしな風に改造してやったんだ。授業中に生意気な口を叩いた分、これからたっぷり桃原を可愛がってやらんといかんな……)
レオタード越しに浮かんでいる來花の未熟な体型を、芦辺は舐め回すように視線をぶつけていた。
気づかぬうちに四肢を失って、文字どおり手も足も出なくなった來花の姿を鑑賞するだけで思わず胸を躍らせてしまう。
授業中に他人の不手際を指摘するような、あまりに不躾な態度を取ってしまう少女をこれからどんな風に貶めてしまおうか、考えるだけで愉快でたまらなかった。
もう二度と自分に刃向かえないよう、意識を取り戻す来週の月曜日までにしっかりと再教育の計画を練っておくつもりでいたのだ……
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