(01/05)
 不安で眠れぬ一夜を明かしたありすは、覚めない眠気に朦朧としながらも、少し早めに学校に向かった。

 「嘘と思うなら、明日の朝、誰よりも早く学校に行けばわかります」というwhite_rabbitのメールの一文が気にかかった。
 昨晩のメールがただの悪戯で、それきりで済んでくれたなら……とありすは願った。
 しかし誰かも判らぬ相手で、何が目的かもわからない。
 不安に苛まれながらも学校に着いたが、嫌な予感に足がすくんだ。

 学校はまだ賑やかという程ではなかったが、部活の朝練などの生徒が登校している様子だった。

 玄関に近い掲示板の片隅に人だかりができていた。
 男子生徒ばかりの人だかりの合間から、見覚えのある写真が見えて、ありすは悲鳴をあげそうになった。


 「こんな変態の女子が、この学校にいるのか?」
 「この未発達な身体なら、1年の誰かだろう」
 「見ろよ、胸も無いのに露出狂だぜ」
 「こんなガキみたいな身体なのに露出狂だぜ」
 「きっとド変態のヤリマンなんだよ。絶対ヤッてるよ」

 ありすの目の前で、ありすの裸の写真を見つめる男子たちの言いたい放題の言葉が放言されていた。
 男子生徒たちは顔を近づけてありすの裸を凝視し、携帯で撮影し、写真を持ち帰ろうと手を伸ばすが、恥ずかしさで結局は写真が持ち去られる事は無かった。結果そのまま写真は晒されたままで、次々と他の生徒の目に留まる事となった。

 誰もはっきりとは口にしていなかったが、誰もが「この子は誰なのか?」という犯人探しに似た事に好奇心を滾(たぎ)らせていた。

 羞恥と屈辱に、ぽろぽろと涙がこぼれて止められなかった。
 ありすは顔を隠してその場を去り、人気のない場所で声を殺して泣いた。

(02/05)
 気持ちが落ち着き涙が止まると、この人気のない場所がwhite-rabbitの指定した場所に近い事に気付いた。
 すぐ近くに、旧校舎の男子便所があった。

 まだホームルームの時間まで数十分の時間があった。
 周囲には誰もいない。
 すぐに男子便所に飛び込んでwhite-rabbitの命令を実行すれば、誰にも気付かれないかもしれない。
 しかし先ほどの掲示板での悔しさや恥ずかしさが、ありすを混乱させた。

 (どうしてわたしが、こんな酷いイジメをされなきゃならないの?)

 ありすは学校でも目立たぬ存在で、いじめを受けるような心当たりもなかった。
 なのにありすの目の前で、大勢の男子生徒達にありすの裸を見られて好き勝手な事を言われたのだ。恥ずかしさと悔しさで死にたくなるほどの気分だった。

 ……しかし謎の「white-rabbit」の命令に従わなければ、次は取り返しのつかない事をされるかもしれない。
 掲示板に貼り付けられた写真にはありすの顔が写っていなかったが、次はそうはいかないだろう。

 ありすは再び周囲を見渡した。
 朝の旧校舎には誰もいないようだったが、少し離れたグラウンドから何かの部活が朝練をしている声が聞こえてくる。

 (迷っている時間、ないかも……)

 ありすは旧校舎の男子便所にこっそりと飛び込んだ。


 男子便所の中に誰もいない事を確認して、ありすは急いで服を脱ごうとした。

 コンクリートの壁のせいか、外の音は殆ど聞こえず、静寂そのものだった。
 服を脱ぐ衣擦れの音さえ大きな音のように思えるほどだった。
 薄汚く汚れたトイレはここが掃除もされないほど人の来ない場所である事を物語っていた。
 しかし片隅には数本の煙草の吸殻が落ちていて、誰かがここを隠れ場所にしているようにも思われる。

 (とにかく……はやく済ませないと……)

(03/05)
 シャツを脱ぐと、朝の冷たい空気が肌に触れた。
 掃除されていない男子便所の鼻を突く臭いと、ひんやりした空気が朝日に輝く美しさは、どこか非現実的な感じに思えた。


 しかし遠くから聞こえる生徒たちの声が、ホームルームの時間が近づくにつれ次第に増している事が、普段と変わらない日常である事をありすに痛感させた。
 男子便所には誰もいなかったが、掲示板に張られてしまった写真がそうであったように、どこからwhite-rabbitに監視されているのかもわからない。
 躊躇していても時間は過ぎていくばかりで、遅刻をすれば無駄に目立ってしまうかもしれない。  もう迷っている時間は無かった。

(04/05)
 (こんなところに、こんな時間に、誰も来ないはず……きっと)

 ありすはスカートを脱いで、袋に押し込んだ。放課後に買い物をする時のエコバッグとして持ち歩いていた袋だ。こんな汚い男子便所の床に制服を脱ぎ捨てるわけにはいかなかった。

 自室以外での脱衣はまるで温泉に入る時のような気分だったが、暖かさとは程遠い肌寒い空気と、薄汚れた臭い匂いが、非現実的な事をやっているのだと痛感させた。


 そして、男子便所で全裸になるだけがwhite_rabbitの命令では無かった。
 ありすは全裸になった後、この薄汚い男子便所でオナニーをして、絶頂に達しなければならないのだ。

 きっといまこの時も玄関前の掲示板に張り付けられたありすの全裸写真を男子生徒が眺めている事だろう。
 もしここでwhite_rabbitの命令を実行できなければ、明日の朝にはありすの顔も映し出された写真が人目に晒されてしまうだろう。

 (はやく……はやくオナニーしなきゃ……!)

(05/05)
 誰もいない場所とはいえ、年頃の少女が男子便所で全裸になるという事は、とても出来る事ではなかった。
 ましてやありすは内向的で大人しい少女だ。

 しかしwhite_rabbitの命令に従わなければどうなるかわからない。


 ありすは泣きたい気分を抑え込み、下着だけの格好になった。
 まだ女らしさの片鱗も無い、未成熟の体型が露わになる。
 
 (こんな格好だと、逃げ出す事も出来ないわ……)

 乳房も身体つきも未熟な体型は、ありすにとって大きなコンプレックスだった。
 クラスメイトの殆どはありすより年頃の女っぽさのあるのに、ありすの身体はそれに比べて貧相にしか思えなかったからだ。

 ……ふと、何かの気配を感じた。

 (な、何っ?!)

 どこか遠くから人の気配が近づいてくるような気がした。

 (旧校舎のこんなトイレに、誰も来ないよね?)

 しかし人の気配は次第に大きくなってくる。
 ありすの心臓がドキドキと大きく早く脈を打つ。

 ありすは慌てて荷物を抱え、男子便所の奥の個室に飛び込んだ。
 鍵を閉めるのと同時に、男子便所に複数の何者かが入ってきた音が響いた。