「さすがは熾天使様、仲間を逃がすための囮になるなんて、相変わらず"アツい"天使なのねぇ」

 神剣を振るうマヤの姿を窓辺から眺める姉淫魔は、大戦の折に魔宮へ攻め込んできたマヤの姿を重ね合わせていた。
 あの時は天界側が魔宮の常駐戦力を正確に把握していなかったこともあり、突如現れた使い魔の襲撃でマヤの引き連れていた天使たちは次々と倒されていった。
 そんな中で、傷を負った仲間を庇いながら孤軍奮闘を続けた熾天使マヤの気迫は目を見張るものであった。
 いいや、気迫はあの頃と一切変わっていない。変わったのは……、マヤの戦闘力だ。

「ねぇねぇおねーちゃん、マヤってまだ戦ってるの?」
「ええ、使い魔の連中とやりあってるわよ」
「使い魔たち勝てそう? 負けちゃったらここもマヤに攻撃されちゃうんだよね?」
「大丈夫よ、負けないから」
「えー、なんでそう言い切れるの? マヤってすごく強いんでしょ? もしかしたら……」
「あー、もう……!! そんなに気になるなら自分の目で見なさいな。いちいち伝えないといけないこっちの身にもなってちょうだい」
「えー、……って、おわっ!! 窓際は危ないよおねーちゃん!!」
「ちゃんと抱っこしてるから危なくないわよ……、ほら、見てみなさい」

 テーブルの下から引きずり出したチビを抱えて、姉淫魔はマヤの姿が見える窓際に立つ。

「……遠くてよく見えないよぉ」

 不満そうにつぶやくチビは、あまり視力が良くなかった。
 いや、それでも並みの人間よりは優れた視力を持ってはいるわけで、どちらかというと天使や魔族の視力が桁外れに優れているというべきだろう。
 故にチビにはよく見えなくとも、姉淫魔にはハッキリと見えていた。ショコラのコスチュームを着た使い魔たちに囲まれ、苦戦を強いられる熾天使マヤの姿が……

「力の一部が封じられてるとは聞いてたけど、まさか本当に……、これは冗談抜きで天魔の立場が逆転するかもねぇ……」

***

 地上に群れる魔物たちの怒声が響く中、熾天使マヤは使い魔の残党相手に神剣を振るい続けていた。

「はぁぁぁッッ!!」

 背後を取ろうとするショートカットの使い魔に対して気迫と共に振られた一筋は、奪われたショコラのコスチュームを容易く切り裂いて使い魔の脇腹に切り傷を刻んだ。

「いってぇ! また斬られた!」
「……後ろから奇襲するのに、大声出しちゃうのって意味あるんですかー?」
「戦いは気合だっ!」
「……なるほどぉー」
 騒ぐ使い魔たちの声が頭の中に反響する。
 魔力の低下に伴う疲弊は、身体の動きを鈍らすだけでなく意識までもを混濁させていた。
 今のカウンターで与えた一撃も、万全であれば使い魔の身体を容易く二等分にできていたはずだ。

(せめて……、せめてこいつらだけでも……!!)

 マヤの放った魔法攻撃をかわし、生き残った使い魔はおよそ十数匹……
 この使い魔たちを始末しておけば、再編成して攻め込んでくるミアたちの負担はかなり軽減できるはずだ。
 気力を振り絞ったマヤは、白手袋の両手で神剣の柄をしっかりと握りなおす。

「遠慮しないでかかっておいで。一匹ずつでも、一斉にでも、キミたちの好きなようにね」

 使い魔たちもマヤの魔力が枯渇しかかっていることには気付いているようだが、にも関わらず衰えない気迫に及び腰になっている様子だった。

「お、おい、次はオマエがいけよ!!」
「いやですよぉー。ワタシ、これ以上斬られたら、お手々と足とバイバイしちゃいますー」
 そう言うオカッパの右腕と左脚には、神剣による惨たらしい傷が刻まれている。
「オレだって嫌だよ! 見ろよ、この目! 治るのにしばらくかかるぜ!」
 ショートカットの勝気な顔は、右半分が焼け焦げていた。
「戦いは気合じゃありませんでしたかー?」
「ぬぬぅう! 気合でなんとかなるなら、オレは今頃魔界のニューリーダーだ! オマエを顎で使ってやる!」
「じゃあ戦いの手本を見せてくださーい、ニューリーダー」
 何やら口論を始めた使い魔たちの中で、一匹がそれを制止するように大きな声を上げた。

「いい加減になさい。仲間同士で見苦しい。誰も行かないのでしたら、私が相手をしますわ。その代わり、熾天使サマを最初に犯す名誉は頂きますわよ」

 そう口にしたのは、先ほど背後から奇襲してきた一団のリーダー格であった使い魔だ。
 マヤの放った火竜の魔法で全滅したはずであったが、どうもこのリーダーと、オカッパ、ショートカットの3人だけは難を逃れて生き残ったらしい。

「へぇ、‶あの時〟といい、キミは骨があるみたいだね」

 不意打ちではなくわざわざ名乗りをあげてきたその使い魔は、不敵な笑みを見せながら翼を大きく羽ばたかせる。
 マヤが神剣を構えると、僅かに上昇した使い魔は滑空の勢いで加速し、真正面からの攻撃を仕掛けてきた。

(……速い……!!)

 使い魔は元々からして飛行能力の高い種族であるが、今しがた突進してくるリーダー格の使い魔はそれに輪をかけて飛行速度が速い。
 どうも、ショコラから奪い取った魔力の『正しい使い方』を知っている様子である。
 カウンターを合わせられないことはないが、しかしマヤは神剣を構えた姿勢から一転し、身を翻して使い魔の突撃を回避した。

「消えた!? ――いけないっ!」
「あわわっ! あぶなっ!!」
 文字通りの肩透かしを食らった使い魔は、マヤの背後から忍び寄っていたもう一匹の使い魔とあわや正面衝突するところでギリギリそれを回避する。
 一方で、正面から来るリーダー格の使い魔が囮であることを見抜いていたマヤは、背後から接近していた使い魔を返り討ちにするべく咄嗟に身を翻す、が……

(……っっ!! 神剣が……、こんなに重いなんて……!!)

 いつもなら等身ほどある神剣を軽々振り回せているはずであるが、剣を握る右腕がいう事をきかない。

「すっとろいぜ、熾天使っ! 死にやがれ!」

 敵を真正面に捉えた絶好の機会であるにも関わらず立ち尽くすことしかできないマヤに、背後を突こうとしていた使い魔は勢いそのままに突撃してくる。

「……くそっ!!」

 止むを得ない選択であった。マヤが左腕を差し出すと、たちまち手の平に炎弾が形成され使い魔めがけて放たれる。

「あっぢぃ! にゃろう、やりやがったな!」

 怯んだ使い魔は攻撃を中断したが、しかし戦闘不能に追い込むには威力が足らなかった。
 使い魔たちの扱うクレスケンスの射撃がマヤのコスチュームに吸収されるのと同じで、マヤの放つ魔法も使い魔の身に纏っているショコラのコスチュームに阻まれているのである。
 もちろん、本気で魔法を放てばその程度の防御は関係なく焼き払えるはずだが、しかし……

(身体が……、思うように動かない……!!)

 マヤの身体はもはや、炎弾を一発放つことすら満足にできないほど魔力を失ってしまっていた。
 光の翼を制御できずバランスを崩したマヤを見て、リーダー格の使い魔が咄嗟に追撃を仕掛けてくる。
 フェレスティア・ショコラは、クレスケンスによる射撃攻撃よりも魔力で手足の筋力を活性化させ近距離で戦うスタイルを得意としていた。
 事実、ショコラの魔力は肉体の活性化を非常に行いやすい性質を持っていたが、この使い魔はどうやらその性質に気づいていたようである。

「まさか、もう疲れただなんて抜かしませんわよね?」
 魔力により活性化された脚力から繰り出されるのは、
「隙だらけですわよっ!」
 目にも止まらぬ足技の一撃……、青のロングブーツに包まれたつま先がマヤの側頭部を捉えて、強烈に打ち据えた。

「がっ、あ゙……ッッ!!」

 視界が途切れ、バランスを失ったマヤの身体は頭から急降下してゆく。

(ダメ……、このままじゃ……!!)

 みるみる接近する地表を前にして、しかしマヤには再び上昇に転ずるだけの力は残されていない。翼を広げて落下のスピードを抑制するのが精一杯であった。
 勢いを殺した上で、翼で可能な限りの衝撃を吸収できるよう受け身の姿勢を試みるマヤだったが……、擦れた視界に、猛然と降下してくる使い魔の姿がぼんやりと映る。

「しまっ……、がはぁぁッッ!!」

 マヤの眼前まで急降下してきてくるりと前転した使い魔は、そのままの勢いを保ったまま、露出する熾天使の下腹部を蹴りつける。

「ハイ、これにて熾天使サマの敗北ですわ」

 使い魔の憎らしい笑みがやけにハッキリと映ったその直後、マヤの身体は地面に叩きつけられ、同時に使い魔の全体重で腹部を踏みつぶされる形になった。







「げぁ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁッッッ!!!」

 絶叫と共に吐き出された嘔吐は使い魔の腰ほどの高さまで吹き上がり、コスチュームの股間部分には小水と糞汁のシミがじわりと広がった。
 光の翼は衝撃で粉砕され、細かい光の粒となり霧散する。

「かっ……、かぁっ……!! へっ、へっ……!! かはッッ……!!」

 遂に地上へ墜とされたマヤは、苦しそうにか細い呼吸を繰り返しながら全身をビクビクと痙攣させる……
 すると踏みつけた腹の上で大きく跳躍した使い魔は、両足を曲げて勢いをつけた上で、もう一度マヤの腹を踏みつぶした。

「や、め……、え゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」

 断末魔のような叫びと共に血泥交じりの胃液が吐き出される。
 ロングブーツの両足は突っ張ったまま痙攣を繰り返し、引き攣る太腿の付け根から噴き出した汚物がコスチュームから溢れ、スカートにまで汚らしいシミを広げて見せた。

「さすがに天界の最高戦力でも、お腹を潰されたら苦しそうですわね。死なれたら困りますし、これからは手加減しながら虐めて差し上げますわ」


※体験版はここまでとなります。続きは製品版でお楽しみください。





<<前 あとがき>>