「おら、そこだっ!」
「甘いでっ!」
穏やかな昼下がり――小さな訓練場にて、少女たちの掛け声が響く。
退魔スーツに身を包んで組み手をするのは、
火翠と
桜姫。最強の正義のヒロインたちだった。
漆黒と純白の長手袋が残像になり、同色のブーツが乱舞する。
常人が瞬きする一瞬の間に、何十もの攻防が繰り広げられ、空気を縦横無尽に切り裂いた。
相手の手足を最小限の動きで
躱しつつ攻める動きは、まこと見事であり、組み手というよりは舞踏に近いものがある。両者から飛び散る汗すら美しい。
「もう疲れたんとちゃうん? 終いにしてもええでっ!」
首を傾けて手刀をやり過ごした桜姫が、旋回させた肘を送り込む。
「いいぜっ! そっちが参ったって言ったら……よっ!」
それを火翠は前傾姿勢になって避け、地面を削り取るかのような回し蹴りを放った。
桜色のブーツが飛び上がり、その足元をオレンジ色のブーツが凄まじい速度で通過する。
飛翔した身体が重力に引かれたとき、火翠は背中を向けた状態だった。
火翠は素早く反転し、こちらを押し倒そうとする相棒を迎撃しようとする。転身の勢いを乗せた右フックが、鍛え抜かれた脇腹へと撃ち込まれ――空振りした。
桜姫が空中で全身をスピンさせ、飛んできた一撃をすれすれで回避したのだ。彼女はあらぬ方向へ突き進んだ右腕を掴み、そのまま火翠の背後へ着地した。
「どや? 参ったか? 腕力じゃあ、ウチには勝てへんで?」
右腕を捻り上げた桜姫が、顔を半分だけ振り向かせた火翠に告げる。
勝ち誇った笑みを浮かべるも、汗だくの顔には深い疲労が刻まれていた。退魔スーツもびしょ濡れである。訓練とはいえ、最強同士の戦いは体力と気力が大きく削られるのだ。
「腕を捕まえたぐらいで、なんだ。ぶっ殺せる時にぶっ殺さねぇで、べらべらおしゃべりするのは二流のやることだぜ……!」
猛獣よろしく歯を剥いた火翠の表情からは、骨を折ってでも抜け出そうとする気迫が
窺えた。もし、これが実戦だったら
躊躇なく腕を捨てている。
職業上、戦姫というのは負けず嫌いが多いが、火翠は随一だ。
それは彼女の長所であり、時に短所となる。
「はぁー、やめやめ。ウチの負けや。対戦者がやる気のーなったってことで、判定負けやで」
それをよく知っている桜姫は、掴んでいた腕をあっさり手離した。本格的な訓練でもないし、たかが組み手で大怪我を負っても負われても困る。
「おい、てめっ、桜姫……! なに勝手に終わらせようとしてんだっ!?」
捻った腕をさすりながら、火翠が食ってかかった。こちらの退魔スーツも汗に塗れ、背中にいたっては肌が透けて見える。
「もぉーう堪忍してぇ。こーなるから火翠と組み手すんのは、しんどいねん……」
桜姫は首を振り、降参したかのように両手を挙げた。
「悪党どもとの戦いに判定なんざねぇ。ヤるか、ヤられるかだ。さぁ、こいよ! オレはまだまだ元気だぜ!」
対戦結果に不満な火翠は、相棒の気遣いを受け入れず、ファイティングポーズを取ってから手招きした。琥珀色の瞳は闘志で燃えている。
「助けてぇ、
瑠風ぁ。こんのスポ
魂戦姫の相手、アンタがしたってーな」
組み手以上の疲労で歪んだ顔が、訓練場の端に置いてあるベンチへ向けられた。
そこには、3人目の戦姫――瑠風が猫背になって
座していた。
「……ボクはずっと疑問に思ってたです」
手首で重ねた両手に載せられた美貌は、どうしてか神妙な面持ちだ。
「あ?」
「はン?」
火翠が眉を
顰め、桜姫が首を傾げた。
「どうして桜姫は、そんなにおっきいんでしょうか? これは世界のミステリー……いや、宇宙の神秘なのです」
怒りとも哀しみとも取れる〝何か〟を宿した緑と蒼の瞳は、ずっと桜姫へと
注がれている。
「……いったい何の話だ、チビ宇宙人」
宇宙語がわからない現地人が、眉の角度をより鋭くした。
「おっぱいですよっっっ!」
突然、瑠風が声を荒げ、ベンチから立ち上がった。
しばしの沈黙。
桜姫と火翠は困惑した顔を見合わせたのち、
「なんて?」
それを瑠風へ戻してから異口同音に尋ねた。
「
絶対おかしいですよ! ボクたちは同じ戦姫なのに、ここまで違うなんてっ! なんなんですかっ!? 組み手の間も〝ぶるんぶるん〟って、これ見よがしに揺らしてっ! 何を食べたらそうなったんですかっ!?」
呪いの言葉を吐きまくる貧しき者が、どたどたと音を立てて近づいてくる。
「同じや、同じ。火翠ちゃんの愛の手料理や」
目頭を指でつまみ、桜姫が半笑いでツッコんだ。
「〝ちゃん〟も愛も余計だっ!」
すかさず火翠がツッコミを加える。
「いーや、嘘ですねっ! 何か秘密があるはずですっ! そのわがままな身体にっ!」
成長の個人差という哀しき事実を認められない瑠風は、桜姫に飛び掛かると、その富める美身を両手でまさぐり始めた。
「ここですかっ!? えぇ!? ここですかっ!?」
コスチュームのあちこちを引っ張り回し、ありもしない秘密を探しまくる。
「もぉーうっ! なんやねんっ、ほんまにぃ! 任務続きで、みんなおかしゅーなっとるわぁ!」
桜姫の苦言と身体は、嵐に
翻弄される大樹の如く左右に揺れた。力づくで引き剥がそうとしないあたり、日頃から瑠風を可愛がっていることがわかる。
組み手で既に乱れていたコスチュームは、暴風を受けてさらにグチャグチャになった。
健康的な太ももが見え隠れし、腰の帯が外れ、上着がズレて――
ぶるんっっっ♡
汗で濡れたインナーの胸部分がずるりと滑り、その横から右の乳房がまろび出た。
「あれまぁ……」
大事な場所が丸出しになった本人の反応は薄い。
次いで、瑠風が抱き着いたまま「ほえー……」と感動の声を漏らす。
過剰な反応を見せたのは、傍観者の火翠だった。

「お、お、お、おまっ……るっ、瑠風っ!? え゙っ……あ゙っ……! でかっ……!? いっ、いや……ゔぇ!」
真っ赤になった顔を片手で隠し、奇妙な呻き声を上げながら後ずさる。
遮りきれなかった目には、戦闘でもあまり見られない動揺が浮かんでいた。超強力な爆弾を前にしたかのようだ。
「なーにを
童貞みたいにキョドってるんですかねぇ、火翠くん」
同僚の
狼狽ぶりに、瑠風は乳への怒りを忘れてニヤニヤとする。
「つれへんわぁ。そない離れんとってぇな。火翠だったらぁ、拝ませてもええんやで? うふん♡」
悪ノリした桜姫が艶っぽく微笑んだ。
照れに怒りが追加され、火翠の顔が赤みを増した。
「う、う、うるせぇ! そ、そういや、オ、オレはテメェらと遊んでる暇はなかったんだっ! に、任務があるからよっ!」
湯気でも出しそうな怒りっぷりは、炎の霊術を操る戦姫に
相応しい。
「任務? あぁ、
幻夢堂の話か? あれって緊急じゃないんやろ? べつに疲れとるときに行かんでも……」
相棒の体力を心配し、桜姫が笑みを消した。3人の中で一番お姉さんだけあって、彼女は暴走しがちな火翠と瑠風のストッパー役を務めることが多い。もっとも、止まるかどうかは別の話である。
「い、い、いいんだよっ! 悪りぃ奴らに泣かされてる奴がいるかもしれねぇってのに、正義の味方が休んでるワケにはいかねぇだろっ」
今回に関しては、残念ながら役目を果たせそうになかった。
「だいたい、いつまで……っっっぅぅ!」
桜姫を睨みつけようとした火翠は、張りのある美乳を目に入れてしまい、続く言葉を飲み込んでしまう。
「もういいっ! テメェらは、ずっとそこで乳繰り合ってろっ!」
と、捨て台詞を吐くと、大股歩きで訓練場を後にした。
「……いってもーた。あとで謝らんとな。度が過ぎたわ」
「ですです。おいしいご飯を作ってくれなくなったら困るですしね」
残された戦姫たちが視線を交わす。若干の後悔が見て取れた。
火翠はあれでいて純情な乙女だ。負けず嫌いと同じく、それもまた長所と短所を兼ね備えた魅力だった。
しばらくの間、2人は火翠が消えた方向を無言で眺め続けていた。
「んで、乳繰り合うです?」
それに飽きると、瑠風が上目遣いで問う。
「……ほんま堪忍して」
桜姫は可愛い同僚を見下ろし、疲れきった笑みを返すのであった。
*
――そこに行けば、自分の妄想を疑似体験できる。
これが「幻夢堂」と呼ばれる店について、コロニー内で
囁かれている噂だ。
人類を悪から守る組織――機構は、違法な幻術が使われているのではないかと、諜報部を使って調査した。若き少女の諜報員によれば、運営やサービスに特に問題はなく、妖怪や魔族の影もないという。噂の疑似体験とて、低レベルの幻術による音や光で、感覚を軽く混乱させる程度らしい。
さらなる調査を行うか否かは、その諜報員が別の任務で死亡したことにより、保留となった。
死亡の原因と幻夢堂は無関係。体力、精神力ともに不調だったところを小鬼の群れに襲われ、凄惨な凌辱の果てに命を落した。
不調の理由は、彼女は金の問題を抱えていたようで、機構の預かり知らぬところで身体を売るほど追い詰められていたそうだ。正義の味方が貧するのはよくある話で、戦姫とて
薄給に嘆くことは少なくない。
機構の幹部のひとりは、精鋭とされる諜報部の人員が「身持ちを崩した」という点が引っかかったらしい。こうして、戦姫に再調査を依頼した次第である。
訓練場を飛び出た火翠は、人から人へと話を聞いて渡り、幻夢堂とされる建物の場所を突き止めた。それは郊外にあり、こじんまりとした旅館の外観を構えていた。妖気もなければ、
強面の用心棒が控えてもいない。
いささか拍子抜けした火翠は、客として正面から入ることにした。そもそも今回の任務は調査であって、襲撃ではないのだ。正当な理由なく攻撃すれば、戦姫の品位を下げるどころの話ではなくなる。
ちなみに、いまの火翠の服装は私服だった。
黄色い
法被と、だぼっとしたズボンを身に着けた姿は、彼女を少年だと誤認させる。
木製の引き戸を開けると、出迎えたのは薄暗いロビーだった。
店員と
思しき
萌葱色の着物を着た少女が、カウンターに頬杖をついて座っている。来客に気づいた彼女は、やる気の無さそうな目を持ち上げた。
それが客の顔を認めるなり――
「どぉっっっっ!?」
店員は奇声を放ち、席から転げ落ちそうになった。
「どぉ?」
変わった挨拶に、火翠が小首を傾げる。
寝不足で居眠り中に驚かせてしまったのか、店員の両目には
狸のような黒い
隈をこしらえていた。
「い、い、いらっしゃいませー。げ、げ、幻夢堂へようこそっスぅ」
バランスを戻した店員は、両手を忙しなく揉みながら挨拶した。
「お、お、お客さん、初めて見る顔っスねぇ……。ウ、ウチは紹介制かつ会員制でございやしてぇ……。も、もしぃ、ご新規というんでしたら、ご案内の方はちょっとぉ……あはは……」
媚びた笑みを見せるも、頬を引き攣らせているし、怯えた目は明らかに火翠を歓迎していない。怪しさ満点だ。
「おう、会員証はねぇし、紹介人もいねぇ」
火翠は何故か自信満々に言い放ち、硬貨で膨らんだ財布をカウンターにどんと置いた。
「けどよ、ちゃんと金は持ってきてんだ。テメェは金が貰えてハッピー、オレはサービスを受けられてハッピー。なんも問題はねぇよなぁ? それとも、なんか不都合でもあるってのか? おい」
チンピラみたいな物言いには、「悪党には容赦しない」という想いと、訓練場の憂さ晴らしが含まれている。無論、男勝りの性格も要因ではあるが。
「真っ当なワケを聞かせてくれなきゃ、てこでも動かねぇぞ、コラ」
いずれにせよ、美少女が凄むにしてはヤクザも泣き出す迫力があった。
「う、うへぇぇぇ……そんなご無体なぁ」
実際、店員は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
それと同時に、ロビーの空気が僅かに変わる。発端は頭上からだった。
――来るか?
火翠は店員を視界から外さず、ちらりと闇が支配した天井を見やる。用心棒が現れて戦いになれば、任務は完了も同然だった。元来、火翠はこの手の心理戦が苦手だ。怪しい奴がいたら、まずは斬る――それが彼女のモットーである。
「……わかりやしたよぉ。特別にご案内させて頂くっスぅ……」
好戦的な戦姫の読みに反して、相手が根負けした。
周囲の空気は、気のせいだったかのように元へと戻る。郊外はコロニーを守るシールドの境目にあるため、妖気の影響を受けやすい。店員の小者ぶりを見ていると、本当に勘違いだと思えてきた。
「他の誰かに教えちゃダメっスよぉ? お店が好意でルールを曲げたことがバレると、アイツにやったんだから自分にもやれーとか、コンプライアンス違反だーとか言って、すーぐ炎上するんスから」
哀れな
三下はぶつくさ言いながらカウンターを出て、奥の廊下を先導した。
「安心しな。炎についちゃ、オレは専門家だ」
後ろに付いた火翠がニヤッとし、わけのわからないことを保証する。
「……消防団の人なんスかねぇ」
着物の背中越しに、店員のつぶやきが聞こえた。
退魔忍は悪党の命の火を消すゆえ、あながち間違いでもないのだろうか。
案内されたのは八畳ほどの広さの個室だった。
外観に似合わず、床も壁もコンクリートの打ちっぱなしで、家具もない。
唯一あるのは、中心にぽつんと置かれた金属製の椅子だ。無骨な背には、バイザー付きのゴーグルがかけられている。
「これぞ、お客様の夢を叶える最新技術! 使い方はとっても簡単でしてぇ。まず――」
いつの間にか火翠に対する怯えを
拭い、店員は「最新技術」とやらの操作方法を身振り手振りで説明した。
「時間になったら自動で解除されるんで、カウンターにお越しください。そいじゃ、いい夢をっス♥」
そう告げて退室する頃には、不思議と上機嫌そうだった。
独りになった火翠は、ゴーグルや椅子をぺたぺたと触って調査を開始する。
「たしかに低レベルの幻術だな。反映型……術をかけた相手の精神や記憶を探査して、幻影を見せるって感じか。深いところに浸食するやつでもねぇし、支配する力もありゃしねぇ。他におかしなところもない……な」
椅子の肘置きと足には、ベルト式の拘束具が接続されていた。夢に驚いて転げ落ちないためと説明されたが、戦姫の腕力なら簡単に引きちぎれる。加えて、利き腕は拘束されないらしい。理由を聞いても、店員は「そりゃ絶対に必要になるっスから♥」と妖しく笑うばかりだった。
チェックが終わると、火翠は椅子に座ってゴーグルを被る。
顔の半分をバイザーが覆い、視界は暗黒に包まれた。それから電子音と機械の唸り声が響き渡り、右腕を除く手足がベルトに封じられた。
「さぁて、見せてもらおうじゃねぇの。いい夢ってやつをよぉ」
バイザーの下にある口元が、挑戦的な笑みを浮かべる。
そして、世界は虹色の光で
煌めいた。
*
最初は
朧げだった映像が鮮明になり始めたとき、火翠は「己の願望はなんだろうか」と、今更ながら考えていた。
紙幣で満たされた風呂に入る自分、豪勢な料理を前にした自分、いま住む部屋よりも大きなベッドで寝転ぶ自分……。
正義の味方にしては俗っぽいが、〝らしい〟と言えば〝らしい〟夢である。
構築された世界は、どの予想にも該当しなかった。
均された地面、
霊木で組まれた
人形、手裏剣やクナイが刺さった的――見慣れた景観。そう、戦姫の訓練場である。
「なんだぁ?」
仁王立ちをする火翠の顔には、バイザーが装着されていなかった。私服は消え、戦姫の正装姿になっている。

「……これがオレの夢だって? あの機械、ぶっ壊れてんじゃねぇのか……」
たしかに身体を動かすのは好きだが、夢に見るほどではない。
疑惑の目が辺りを見回すと、誰かがベンチに脚を組んで座り、こちらを眺めていることに気づいた。
これまた馴染みの顔――

「まいど~、火翠♥ ご指名、おおきになぁ♥」
退魔スーツを着た桜姫が、桜色の唇を吊り上げて微笑んだ。
「なっ、桜姫っ!? ど、どうしてっ……?」
意外な人物の登場に、火翠は口をあんぐりと開けて驚愕する。
「どうしてって、そら〝ウチ〟が火翠の願望やからやで♥」
幻影の相棒がブーツに包まれた脚を組み替えた。スカートが崩れ、インナーの股間部分が見えてしまう。「あっ……」と小さく叫び、火翠は反射的に視線を反らした。
「ここには、ウチと火翠のふたりっきり♥ これから何が起きるか……わかるやろぉ?」
その反応を知ってか知らずか、桜姫は悪戯っぽい笑みを深める。
正義のコスチュームを纏った美躯からは、本物よりも艶っぽいオーラが漂っていた。
「あぁ、なるほどな。そういうことかよっ」
なんとか威勢を取り戻した火翠は、すべて承知したように頷く。
ゴーグルが生み出す幻影は、対処者の精神と記憶を反映させる。となると、先の訓練場の一件に影響されたわけか。
「さっきは不完全燃焼だったもんな。こりゃ、いい機会だ。どっちが強ぇか、白黒はっきりさせようぜ!」
ニヤリと笑った火翠は、漆黒の長手袋ごと拳を握り込み、いつでも飛び出せるように膝を
撓めた。
冒険者や一般の退魔忍と異なり、戦姫に序列は存在しない。彼女たちこそが、人類の最高到達点なのである。ただ、どんなジャンルにでも所謂「最強議論」というのは起きるもので、火翠も好きな話題だった。
「どっちが強いか? ぷっ……ふふふふふふっ♥」
上品な仕草で口元に手指を添え、桜姫は笑い声を抑える。
「何をボけたこと言っとるんや。ちゃうやろ、火翠……♥」
色香を増した戦姫は、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
どこか危険な雰囲気に、火翠は思わず身構える。
そこから先は一瞬の出来事だった。
「――強いウチに、思いっきり負かされたいんよな?」
桃色の退魔スーツがブレたかと思うと、数メートルあったはずの間合いが消失する。瑠風に匹敵しかねない神速だった。
「……なぁっ!?」
火翠は対応する暇もなく両肩を掴まれ、そのまま押し倒される。
ぐらりと世界が弧を描き、再び虹色の光が乱舞した。
身体の両面で柔らかい感触を得る。
前面は桜姫の美身、背面は――ベッドのクッション。訓練場の景色は、火翠の簡素な部屋に切り替わっていた。
「やっ、やめっ……なっ、なにしてっ! どういうつもりだ、桜姫っ……んむぅぅぅっ!?」
抗議の声は、くぐもった驚きのそれに変わる。
桜姫の
瑞々しく艶やかな唇が吸い付いてきたのだ。
「ぐむぅっ!? うっ、嘘だろっ!? ふんんっ!? にゃっ、にゃんでっ!?」
予想だにしない〝攻撃〟に、火翠は
瞼をかっ開いて目を白黒とさせた。
覆いかぶさる身体を突き飛ばそうとしたが、その前に手首を握られる方が速い。無理やり両腕を広げられ、赤子の如くつるりとした腋が全開になる。
「はっ、離しぇっ! んむぅっ! やめろっ! どっ、どうしてこんなこと……ふんんんんっっっ!」
なぜ?
混乱する火翠の頭の中では、その問いばかりが繰り返された。
相棒とキスをしているという事実に加え、幻影とは思えぬ感触と刺激が思考をバラバラにする。
コスチューム越しに伝わる体温、唇や乳房の柔らかさ、手首を拘束する両手の力強さ、それに甘い体臭……。
これが幻覚だと理解していても、すべての感覚器官が本物であると訴えていた。
「むっ……むぅゔゔゔゔっっ!?」
抵抗らしい抵抗もできぬまま、新たな刺激が加わる。
桜姫の舌が唇を割り広げ、口内へと侵入した。唾液に塗れた粘体が、今日まで清らかであった領域を我が物顔で暴れ回る。
「ちゅっ……ちゅっ……! やめろぉっ! はぷっ! マジで……んんっ! だ、だめだからっ! うぁぁぁ……ちゅぅっ!」
重ねた唇の間より、2人の唾液が混ざりあう水音が漏れる。
ナメクジと化した桜姫の舌が火翠のそれに絡みつき、けっして逃さない。2枚の舌が踊る
様は、キスというよりも一種の交尾だった。
といっても、愛し合う者たちの営みではなかろう。
それは、強き者が同意なく弱者を嬲る――レイプであった。
「やめりょってんのが……んぷっ! きっ、聞こえねぇのかっ……ふひゅっっ!? い、い加減にしねぇと……ぢゅぢゅっ!」
こくっ……こくっ……こくっ……。
唾液の混合物を絶え間なく飲まされ、弱者の呼吸は「はふっ♡ はふっ♡」と荒くなる。体液にアルコールか媚毒成分でも含まれていたかの如く、身体が次第に熱くなっていった。腋や首筋に汗の玉が浮かぶ。
「ふふっ、ごっそさん♥」
唐突に桜姫が唇を離し、両者の間で銀色の糸が引かれた。
「はへぇぇぇぇぇ……! あぁっ……! はぁぁ……!」
やっと呼吸が楽になった火翠は、金魚のような赤い顔でパクパクと口を開閉させる。ベタベタになった唇からは、唾液と一緒に舌もだらしなく零れた。
桜姫はそんな息も絶え絶えの相棒を見下ろし、
「ざっっっこ♥」
と、
嗤った。
本物であれば絶対にしないような、じつに陰湿な表情で。
「ちぃーとばかしキスしただけで、そないメロメロになるなんて……とんだ正義の味方もおったもんや♥」
呆然としていた火翠は、それを聞いて歯を食いしばった。
「ざっ、ざけんじゃねぇ……! はぁ……はぁ……幻影の分際で、ちょ、調子に乗りやがって……! はぁ……はぁ……!」
目の前にある偽物の顔を睨みつけるも、いつもと比べて鋭さが落ちている。全身の力が抜け、たったいま桜姫が左手を解放したにもかかわらず、持ち上げることができなかった。
「その幻影に組み伏せられてんのは、どこの誰やろなぁ?」
戦姫を圧倒する高性能な幻影は、見せつけるかのように自分の右手をワキワキとさせてから、人差し指で獲物の脇腹を優しくなぞった。
くすぐったさに似た快感が背骨を走り、火翠は「くふっ……!」と吐息を漏らす。
「本物だけやなく幻にも負けるなんて……ウチやったら、恥ずかしゅうて泣いてまうわ♥」
人差し指が腋まで進む一方で、もう一方の手が痛みを覚えるほど手首を締め付けた。見た目は細い指だというのに、圧倒的な力が伝わってくる。
「ぐぎぎっ! オレは負けちゃいねぇ、クソ幻影がっ……! 勝負してやっから、さっさと離しや……っあ゙ぁぁぁ!?」
威嚇の声が途切れた理由は、鋭い痛みだけではなかった。
貧しい乳房に到達した桜姫の指が、乳首をピンと弾いたのだ。そこは、上着を押し上げるほど勃起している。
「なんや、ピンチやのに硬くなっとるで♥ 興奮したんか? そりゃそうやろなぁ♥」
何もかも承知しているとばかりに桜姫は頷き、その心得顔を火翠の耳元へ近づけた。
「ほんまは嬉しいんやろぉ、火翠? 愛しの相棒に、こうやって力づくで押し倒されて♥ こうなることを夢見て、いっつもシとったんやろぉ?」
甘い吐息が耳朶をくすぐる。
「ウチをオカズにした……オ、ナ、ニぃー♥」
びくびくびくびくっっっ……♡
これに、歴戦の戦姫は面白いぐらい動揺を見せた。雷に打たれたかのように全身を震わせ、唇を
戦慄かせる。
「ちっ、ちっ、ちがっ……!? なっ、なん……なに言って……! オ、オ、オレ……! オレは……!」
どもりまくった否定は、それを認めたようなものだった。
相棒を想像して自慰に
耽るという、正義の味方にあるまじき罪を。
「知っとるんやでぇ? ムラムラしよったら、『桜姫……あぁ、桜姫ぃ』ってウチの名前、たぁくさん呼びながら腰をヘコつかせとること♥ そんで大事な力を含んだエロ汁、びゅーびゅー飛ばしとるんよなぁ?」
桜姫が
厭らしく囁けば、火翠はさらにビクビクと痙攣した。
寒気とも、恐怖とも、背徳とも取れぬ何かが、身体の芯を駆け抜ける。羞恥でピンク色になった首筋には、鳥肌が立っていた。
「ムラムラがひどうなると、ラブラブなシチュエーションより、わるーいウチから強引にエッチに誘われる方が興奮するんやろ♥ キスも初めても無理やり奪われるのがええなんて……ほんまドスケベやわぁ♥」
純白の生地に包まれた指が踊り、火翠の薄い胸で円や線を描く。その度に快感を伴う電流が
奔り、肉体と精神を麻痺させた。
「あ゙うっ! あ゙っ、あ゙ぁっ……! な、なんでだっ……ひぅぅっ! なんでだよ、ちくしょうっ……!」
相棒にすら――いや、だからこそか――明かしたことのない秘め事が、どうしてバレたのか。
火翠はベッドの上で悶えつつ、戦姫の意地でもって思考を巡らせる。
――そうかっ! こいつ、オレの記憶を……!
ゴーグルを装着する前に調べたとおり、幻術は対象者の記憶を反映するものだった。
となれば、秘密などあってないようなもの。何もかもお見通しというわけだ。
「はっ! ようやっと気づいたんか♥ アンタって腕力だけやのうて、オツムの方も弱いんとちゃうん?」
火翠の精神より生み出された悪しき幻影が、唇をニンマリとさせて嘲った。
悪意に満ちた指が、胸から腹へと降りていく。
「これでわかったやろ? 火翠がウチを呼んだんや♥ 力づくで無茶苦茶に責めてもらうためになぁ♥」
幻術の効果を考えれば、その台詞は真実味を帯びていた。
「ち……がう……! オレは……! これは、なんかの間違いだっ……! オレが、そんな……ヘ、ヘンタイみたいな……!」

対して、顔を反らしながら放たれた小さな声は、お得意の軽口どころか説得力も皆無なものだった。
「〝みたい〟やのうて、アンタはヘンタイや、火翠♥ いまからウチがワカらしたる。優しゅうすんのは、もう終いやで♥」
臍の辺りを横切った指が、インナーの股間部分を掻き分ける。
「やっ、やめっ……んあ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁっっっ!?」
火翠は鼻にかかった悲鳴を上げ、顔と上半身を反らした。
ぐちゅりっ……!
粘着質な水音が響き渡る。
鉤の形を取った中指を咥え込んだ膣穴は、愛液でしとどに濡れていた。
「ほれみぃ。触られる前からドロドロや♥ いったい何を期待しとったんかなぁ、このドスケベ戦姫は♥」
桜姫は両目を細め、指を曲げたり伸ばすのを繰り返す。
じゅぐっ! じゅぐっ! じゅぐっっ……!
膣壁が激しく摩擦され、雌汁が白く濁った。その小さな泡が弾けるのに合わせ、快感も連続して爆発する。
「うあ゙あ゙ぁっ! やめろっ! あ゙あ゙ぁっ! そ、そんなとこ……あひぃっ! さ、さわるなぁっ……!」
激感の連なりに
曝された火翠は、頭を左右に振り、スカートを巻いた腰を揺らした。しかし押し倒され、片方の手首を掴まれた状態では
逃れられない。正義の味方の躯体を打ち据えるのは、快感よりも敗北感の方が大きかった。
「ぢっ、ぢぐじょう……! ん゙あ゙ぁっ! ぜってぇテメェは……くふぅっ! たたっ斬ってやる……うぁあ゙あ゙あ゙あ゙っっ!」
そんな非力な少女に許されるのは、できもしないことを叫び、自由な手で桜姫の肩を殴りつけるぐらいである。小鬼程度なら簡単にぶち抜く剛力を秘めた拳は、この〝世界〟では見た目通りでしかないようで、ポコポコと軽い音を立てた。
「ぷっ♥ ヨワヨワやなぁ、自分♥ 赤ちゃんかいな♥」
桜姫が吹き出す。
「まったく、気持ちよーさせとる相棒を殴るなんて、悪い子でちゅねー♥」
そう小ばかにすると、反抗のお仕置きとして指の動きを早めた。

「っあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あっっ!? やめぇっ! あ゙っ! あ゙っ! お゙ぉお゙お゙お゙お゙お゙っっ!」
自分では試したことのない猛スピードのマンずりに、火翠は恥汁だけでなく声も濁らせる。幻影を殴る余力も失い、快感に耐えるべくベッドのシーツを握り締めた。
「どめろっ! ゔぁあ゙あ゙っっ! どめやがれぇえ゙え゙え゙っっ! お゙っ! お゙っ! んお゙ぉぉっ!」
への字になった眉の下にある両目は、天井を映すのみだ。瞳は
霞んでおり、その様子から与えられている快感の凄まじさが窺える。
「なに
余所見しとるんや♥」
桜姫は上体をズラし、その豊満な乳房を火翠の目の前へ移動させた。
同性すら惑わせる魔性の球体が、純情な少女の視界を占拠する。こうなると退魔スーツは、正義を執行するための正装というよりも、
淫靡さを際立てるラッピングであった。

「くほっっ!?」
巨乳を見せつけられた火翠は奇声を上げ、秘裂から愛液が「どぴゅっ……!」と鼻血の如く飛び出す。
「ほれほれ、火翠が好きなウチのパイオツやで? ちゃんと拝みぃ♥ アジトにおるときも、訓練中でも、隙があればチラチラ見よるもんなぁ♥」
記憶を走査した幻影が、よろしくない習癖を明かす。
「あひっ……! ち、ちげぇよ……お゙ぉっ! それは〝テメェ〟が……あ゙ううっ! みっ、見せつけるみてぇに、ブラブラさせっから……っくぅぅっ!」
あくまで己の非を認めない火翠の申し分は、喘ぎ声で切れ切れになった。
言ったあとで、幻を本物の桜姫として扱ったことに気づく。それに「本物も視線に感づいていたのだろうか」と考えて、
暗澹たる気持ちになった。
「おーおー、せやせや♥ 弱いアンタは、なんも悪くあらへん。戦姫なのに自由になれへんのも、ドロドロのオメコを
穿られて感じとんのも、ぜーんぶウチが強いせいやんね♥ ほんなら、アンタは安心して受け入れたらええ。こうやって、オンナの弱点を――」
桜姫の中指が膣内で蠢き、そこを探し当てる。
クリトリスの裏側――Gスポットと呼ばれる場所だった。
「どちゃくそにイかせたるからなぁっっ!」
ぐちぐちぐちぐちぐちぐちっっっっ!
純白の長手袋が残像になるほどの速度でもって、しなやかな指が容赦なく擦り上げる。
「ほぉお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙っっっ!?」
目や口、鼻の穴までも大きく広げ、火翠は弓なりになって絶叫した。
己の肉体でありながら、知らなかった弱点。そこを研磨される感覚は、想像を絶するものだった。苦痛を伴う快感が若き肉体で駆け巡り、「我慢」や「耐える」という言葉を粉々に破壊する。
「お゙ぉぉぉっっ!? やめっ! やめろっ! やめろぉお゙お゙お゙お゙お゙っ! なんだそれっ!? そこっ、だめっ! だめだぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっっ!」
唇や雌穴が決壊し、だらしなく嬌声と体液を溢れさせた。
「イグっ! これっ、もうイグっ! すぐイっぢまぅゔゔっっ! お゙っ! んお゙ぉぉっ!」
視界がだんだんと白くなり、股間の奥で熱いものが急速に高まっていく。
絶頂。自慰の経験があるゆえ、こちらは知れた感覚だ。
「ぜったいヤバいっ! こんなのでキメたらっ、オレっ……! やめろぉお゙っ! ゔあ゙あ゙ぁぁぁっっっ!」
とはいえ、幻の桜姫によるGスポット責めで至る極楽は、普段のオナニーよりも壮絶なものであろう。それを本能的に悟り、火翠は恐怖と――ほんの僅かな期待を抱いた。
「そらイケっ! 愛しの相棒にオメコの泣き所メチャクチャにされて、無様にイってまえっ!」
涙や鼻水で崩れた正義の味方の顔を覗き込み、桜姫は指を加速させる。
「あ゙ぁぁっ、イグっ! イグぅっ! マジでイグっ! だめだっ! だめだぁっ! だめっ……」
濡れたスカートを引き連れて、股間がぐぐっと持ち上がり――
「イっっっっグぅぅぅゔゔゔゔゔっっっ!」
極大絶頂を示す鉄砲水を噴き出した。
あまりの勢いに、ピーンとロングブーツまでもがVの字に跳ね上がる。

ぶしぃぃぃぃっっ! ぶしっ! ぷしっ! ぶしゅううううっっ!
腰をガクガクと振りたくり、撒き散らされたイキ潮は、火翠の髪と同じくオレンジ色に輝いていた。霊力が含まれているのだ。
はたして火翠は幻覚に勝てるのか? 続きは製品版で!