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「さぁて、子ギツネちゃん。これから楽しい楽しいゲームを始めるわ」

 人形遣いの少女が生意気な笑みを浮かべた。
 すると、礼服を着た人形が近づく。そいつが手にした真鍮製の円盆には、不気味なデザインの香水瓶が載っていた。

「これ、なんだかわかる? そう、吸ったらお人形になっちゃうガスが入ってるのよ」

 瓶を掴んだ人形遣いは、天井に向かってひと吹きする。いかなる仕組みか、ふわりと舞った桃色の雲は空中で形を変え、歪んだハートを作った。

「これをアンタに吸わせるんだけど、ただ吸わせるだけじゃ面白くないわよね」

 少女は空いた手の指を蠢かせる。

 ぎゅちっ! ぎゅぅううううっ!
 瑠風を拘束する糸の締め付けが強くなり、「くっ……!」という苦鳴を絞りだした。
 網目を付けた太ももは、縛られたハムのようだ。長手袋やニーハイにも糸が食い込み、じゅわりと生地から汗が溢れる。







「そこでゲームよ。アンタは退魔忍なんだから、呼吸を整えたり、息を止めるのは得意よね? わたしはガスを吹きかけながら身体中を責めまくるわ。アンタは吸っちゃわないように我慢なさい」

 人形遣いは「簡単でしょ?」と首を軽く傾け、また香水を虚空に吹きかけた。
 先ほどまで饒舌だった瑠風が返すのは、重い沈黙。
 たしかに退魔忍の肺は、常人よりも優れている。だが、いつまで止めていればいいのか。また、少女の責めに耐えられるのか。

 ――責めって、きっとエッチなことですよね……。ついに、ボクにこの時が……。

 魔に囚われた者の末路は、よく知っている。人の身に余る快感は精神を壊し、救助に成功しても日常生活に戻るのは難しい。日夜問わず自慰に耽り、最後は自ら命を絶った被害者は少なくなかった。

「ふふっ♥ なーに、不安そうな顔してんのよ。わたしだって鬼じゃないわ」

 俯いた瑠風の顔を人形遣いが覗き込む。

「だ、誰が……ぶっ!?」

 マスクに包まれた鼻を人差し指で弾かれ、反論は呻きに変わった。

「だからマスクをキレイにして、着け直してあげたのよ。何の素材か知らないけど、それって霊術とか呪いを防ぐんでしょ。それがあれば、ちょっとぐらい吸っても人形にはならないんじゃない?」

 作り物の指が、漆黒の覆いを摘まんで引っ張る。怒りで皺の寄った鼻と、歪んだ唇が露わになった。

「ハンデよ、ハンデ。わたしって、ちょー優しいっ。ほら、ありがとうございますは?」

 真性のサイコパスにしてサディストが、感謝を強制する。

 ――ほんと、あったまにくるですっ! 敵に情けをかけられるなんて!

 退魔忍の矜持を傷つけられた瑠風は、悔しそうに歯噛みする。
 情けは無用と、拒絶するのは簡単だ。
 けれど、そうしたことでマスクを剥がされ、窮地に陥るのは得策ではない。

「ボクが感謝するとしたら、オマエが今すぐ地獄に落ちてくれたらですね」

 悩んだ末、瑠風は正義の味方の有様を示した。
 何があろうとも悪には屈しない、と。

 それに対し、人形遣いは「あっそ」と肩を竦め、指を離した。
 勢いよく戻った生地に鼻を打たれ、瑠風が「ぶぅっ!?」とまた呻く。屈辱ではあるが、感謝せずともマスクを奪われなかったのは僥倖だ。

「じゃ、そろそろ始めるわよ」

 人形遣いが糸を操り、瑠風の姿勢を変える。床に直立させて、両手と右脚を吊り上げた。バレリーナの如く開脚した右脚より、汗の雫がポタポタと落ちる。
 それから人形遣いは瑠風の背後に回り、戦姫の細い腰に身体を押し付けた。

「わかってるわね。ガスを吸っちゃダメよ。吸ったら、お人形になるんだから」

 少女は香水瓶を瑠風の顔の前でちらつかせてから、礼服人形に手渡す。顔無き仮面を被った人形は、瑠風たちの傍で瓶を構えた。

「はい、大きく息を吸ってー」

 後ろの言葉に合わせ、瑠風は「はっ! はっ!」と、まずは小刻みな呼吸で肺の中身を吐き出す。次いで深呼吸をして、できるだけ多く酸素を取り入れた。

 悪女の悪趣味なゲームが始まる。
 最初に指が伸びた先は、退魔装束のインナーに守られた胸だった。

「わーっ、ちっちゃい。くすっ♥ わたしのより小さいんじゃない?」

 悪意を籠めた両手が、瑠風の乳房を無遠慮に揉みしだく。

 瑠風の成長は戦姫の中でも遅く、日頃から気にしていた。
 同じ貧しい胸を持つ火翠と、どちらが大きいかで言い争いになったこともある。その哀しき戦いは、桜姫の介入で決着がつかなかったが……。「けっ! 胸がでかいやつは、器もでかいってか……」という火翠の捨て台詞が忘れられない。

「うーん……これは将来性ゼロね。かわいそっ」

 乳房の形を確かめるように揉みながら、人形遣いは大きなお世話な同情をかけた。

 ――オマエの方が、断然ちっちゃいじゃないですかっ!

 そんな突っ込みを飲み込み、瑠風は胸からの刺激に耐える。好きでもない相手、それも大量殺人鬼に触れられるなんて不快でしかなかった。
 しかし少女のタッチは、マッサージ師のように巧みで優しく、それが長く続くと――

「んっ……んっ……んっ……」

 噤んだ口の端より、熱い吐息がほんの僅かに漏れる。

「あらら? 気持ち良かったら、声を出していいのよ」

 呻きを聞き咎めた人形遣いは、さらに胸へ指を食い込ませた。力の強さの分だけ心地良さも高まり、吐息も「んふっ!」と大きくなる。

「ほらほら、ココも気持ち良いでしょ?」
「んふぅぅぅぅっ!?」

 電撃の如き感覚に、悶え声に驚愕が混ざった。乳房の先端を捻られたのである。
 神経の塊である乳首は、戦姫とて鍛えられない場所。そこをコリコリと甚振られる瑠風は、快感を逃がそうと身体を揺すった。

「んふっ! んっ……んんっ! ふんぅっ!」

 全身に絡みつく霊力糸が脱出を邪魔し、甘美な電流がダイクレトに脳へと伝わる。

 ぷしゅうぅぅぅぅぅ!
 乳首責めに合わせて、礼服人形が香水瓶をプッシュした。
 吸った者を人形に変化させる、恐ろしき呪いの霧が瑠風へ殺到する。すぐには霧散せず、生きているかのように蠢いて、マスクの口元で漂った。

「んふぅっ! ふんっ! ふんんっ!」

 瑠風はいっそう唇を強く閉じる。息が漏れるのは仕方がないとして、平常心を保つことに専念した。
 その間も乳頭は刺激し続けられ、次第に硬く充血していく。法悦の電波を受信する突起は、インナーを、さらには上着をも押し上げた。

「ピンピンに尖らせちゃって♥ これじゃ、お外を歩けないわよ? そんなに気持ち良いの?」

 くりくり……かりかり……。
 人形遣いはインナーの生地を巻き込むようにして、勃起乳首を擦ったり引っ掻いたりし、その尖り具合を確かめる。
 ピンピンという言葉に、瑠風が思わず視線を下げた。上着の胸元に2つのポッチがあるのを目にし、恥ずかしくなってしまう。

 ただでさえエロティックな退魔装束が、もっと淫靡なものになっていた。これでは外からでもわかってしまう。乳首が勃起している――自分の身体が興奮していることを。

「くふっ! ふぐぅうっ……! んんぅぅっ!」

 退魔装束のサラサラとした感触がまた気持ち良く、甘い電圧が倍化した。乳首が熱を持ち、全身へと広がっていく。我慢を溶かす淫熱は、脳髄を焦がし、子宮を炙った。

「そもそも、アンタのコスチュームってエッチすぎない? スカートは短いし、腋も全開だし、わるーい奴に襲われても知らないわよ。それとも……‶そういう〟こと?」

 まさにその悪い奴が、豪快に開いた腋へ顔を寄せ、舌を這わせる。死人を連想させる冷たさに、瑠風は鳥肌を立てた。
 厭らしい水音を奏でて、腋のみならず二の腕まで唾液でコーティングされる。ヌメりを帯びた冷たさは、身体の熱ですぐさま中和された。それどころか舌技によって、ジンジンと火照り始める。

「ふぐっ……! あふっ! ふぅううっっっ……!」

 緑と蒼の瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。マスクを貫く声も切なげである。それが「気持ち良い」といった肯定の台詞になっていないことが、退魔忍の矜持の証だった。可愛い抵抗とも言える。

「……おかしいわねぇ。どうして声を上げないのかしら。わたし、下手かなぁ?」

 困った顔で首を傾げる人形遣いの技巧は、乳首や腋だけで絶頂に至れるのではないかと思うほど達者だ。少なくとも、瑠風は普段の自慰でこれほど感じたことはない。これに比べたら、子どものお遊びのようなものだった。

「あっ! ごめんなさい、わたしったら……。そう言えば、口を開いちゃダメだったのよね」

 人形遣いは唐突に右手を離し、己の口元を押さえる。いま気付いたみたいな態度だが、自分から言い出したゲームではないか。どこまでもふざけた悪女だ。

「さぁ、次はお待ちかねの場所よ。どこだかわかるかしら?」

 それを聞いた瑠風は、ぴくんと肩と尻を震わせる。‶お待ちかねの場所〟の熱が強まった気がした。

 ――あぁ、ダメですっ! 触らないでっ! 今は……! 今はっ!

 拒絶を口にできない瑠風は、霊力糸が身体に食い込むのを厭わず暴れる。
 戦姫は、自分の身体の‶変化〟に気づいていた。
 言い訳のしようのない変わりぶりを、その場所と左脚の太ももで感じていた。

 胸を弄くっていた左手が下がり、お腹を撫でつつ股間へ移動する。人差し指と中指がインナーの股布をずらし、秘められた内側へ潜り込む。

「くっ……うぅぅぅんんんっ……!」

 ぐちゅり。
 噛み締められた艶声とともに広間で響く水音は、腋舐めの時よりも大きく、じつに淫らであった。

「あははっ♥ なによなによ、もうビショビショじゃないっ!」

 人形遣いに変化を指摘され、瑠風は耳まで赤くする。この色は怒りと羞恥のうち、後者の方が大きかった。
 そう、瑠風の股間――男を知らない蜜壺は、太ももまで垂れるほどの量の愛液で濡れていたのだ。2本の指が陰裂を掻きわけると、「くちょっ! くちょっ!」と粘着質な音を出し、銀色の糸が床へと垂れる。

「えっ? これって、どういうこと? まさか敵に触られているのに、エッチな気分になっちゃったワケ? アンタは正義の味方でしょ?」

 指を曲げたり伸ばしたりしながら、人形遣いは瑠風を問い詰めた。

「くぅううっ! ううっ! んんんっ! ふぅうううっ!」
 
 その答えは、激しい呻きである。
 乳首責めで整えてからのマンズリの快感は、戦姫の余裕を剥ぎ取った。

「おかしいわよねぇ? アソコがこんなに濡れてるなんて。退魔忍って、みんなこうなの? あぁ、だからエロい恰好をしてるのかしら。露出狂のヘンタイなのね」

 好き勝手に自問自答する人形遣いが、かき混ぜる速度を上げた。

「くっ……あ゙ぁっ! うっ! んんんっ! あ゙うっ!」

 くちくちくちくちくちっっ……。
 愛液が白く泡立つ。小さな泡が生まれては弾け、その度に瑠風の頭で快感が爆ぜた。声のオクターブが上がっていく。

 ――くっ! どうしてボクの身体……! こんなに熱くなって……!

 厳しい訓練で鍛え上げた肉体は、いつだって自分の期待に応えてくれた。それが今はどうだろう。主を裏切り、敵が齎す快楽に歓喜を示した。攪拌されたものが太ももを伝い、ニーハイやブーツをドロドロにする。その感触にすら、背徳の肉悦を覚えるのだった。
 
「見なさいよ、これ。わたしの手がベタベタ。どんだけ感じてんのよ?」

 愛撫を止めた人形遣いは、左手を瑠風の顔の前に持ってきた。五指を閉じたり開いたりして、糸を引く‶証拠〟を見せつける。
 真っ赤になった瑠風の顔が、ぷいっと横を向いた。生理的反応、防御機構などと言い訳はできるが、事実は変えられない。正義の味方である退魔忍が感じているという、事実は。

「やっぱりね」

 ニタリとした人形遣いが瑠風の耳元で囁く。

「この濡れっぷり……アンタ、かなりオナってるでしょ。それも、妖怪に襲われたりだとか、エっぐいのをネタにしてるんじゃない?」

 びくんっっっっ!
 瑠風の震えは、これまでで一番大きかった。

「ち、ちがっ……! ボ、ボクは……あっ!? ぐぅぅぅっ……!」

 彼女は不用意にも口を開き、否定しようとする。途中でミスに気づいて唇を封じたものの、その慌てぶりは、冷酷なプロである戦姫らしくない。
 少しだけガスを吸ってしまったことで、瑠風はケホケホと軽く咳き込む。マスクが無ければ危なかった。敵の言葉に精神を乱し、自ら状況を悪くするとは何たる失態か。

「よかったわね、マスクがあって。わたしの恩情でセーフだったのよ? おバカさん」

 恩着せがましいが、その通り。だからこそ瑠風は「ぎりりっ!」と歯を軋らせ、両の拳を握り締める。

 戦姫にあるまじき狼狽。
 その原因は、人形遣いの追求が真実の一端を突いていたからだ。
 超人とはいえ、瑠風もまた年頃の少女である。
 性について興味を持つのも致し方ない。

 ただ、性癖を構築する‶教材〟に問題があった。



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