###お人形
「もったいぶらずに、そろそろ、『お人形』を見せてくれよ」
　訓練所の応接室で、所長が少し苛立って煙草に火を点けた。所長の脂ぎった団子鼻がライターの炎で赤く照らされた。
「ヒヒ、そうですね。本題に入りましょうか」
　山森は鞄の中からＡ４サイズのタブレットを取り出した。山森は、節くれだった太い指で、不器用にタブレットを操作して、タイトル『ケント』のフォルダーを開く。画像や動画のサムネイルが並んでいる。山森は、画像アイコンの一つをタッチした。
「こんな『お人形』なんですがね」
　山森はタブレットをテーブルに置き、１８０度回転させて、所長の方に差し出した。
「ほう……これは……」
　所長が言葉を失うのも無理はない。画面に映し出されたのは、天使のような絶世の美少年なのである。くっきりした端麗な眉と、愁いを帯びた大きな瞳。すっきり通った鼻筋。柔らかそうな艶のある唇。透き通るような肌……。
「いかがでしょうかね？」
　山森は自信ありげな顔で所長の反応を伺う。
「いや、これは文句のつけようがない上玉だな」
　所長は、シミだらけの丸顔でタブレットを覗き込み、目を細め、鼻の下を伸ばして何度も頷いた。
「そうでしょう。実物は写真以上のタマですよ。ヒッヒ」と山森は厭らしく笑い「ケントと言います。昨年まで私の生徒でしたが……」と続け、下卑た上目遣いで所長に視線を向けた。

###三年前
　山森が勤めるＡ校にケントが入学すると、ケントはたちまち学校中の噂となった。新学期に入れば、新入生の中で誰がカワイイ、誰がカッコいいと学内がしばらくザワザワするのは毎年のことであるが、ケントは別格だった。数十年に一人現れるかどうかと言えるほどの美少年なのだ。
　そのケントの担任となった山森は、早速ケントに目をつけた……と言っても、山森が男子生徒に性的関心があるわけではない。いや、むしろ、山森は、美少年だとかイケメンだとかと騒がれる生徒を嫌っていた。山森は、自分にない長所を持つ生徒を毛嫌いしている。つまり、優等生と美少年を毛嫌いしている。山森は、圧倒的暴力で彼らを『わからせる』ことが好きだった。美貌も、学力も、暴力の前では無意味だと、生意気な生徒たちにわからせることが山森の生きがいなのである。
　理事長のコネで体育教員として当校に潜り込んだ山森は、当校の最古参である。教師でありながら、闇社会から政治家まで、様々な権力者と通じており、校長であっても山森をコントロールすることはできない。
　山森は、教師以外に幾つもの裏の顔がある。その一つが『斡旋屋』である。我が国には徴兵制がある。すべての健康な男子は、１８歳から２５歳までの間で、連続した２年間、兵役に就くことが定められている。どのタイミングで徴兵されるかは、本人もわからない。徴兵の令状が届けば、大学生であれ、社会人であれ、徴兵に応じる義務がある。大学や職場は、休学、休職に協力する。
　男ばかりの社会に長くいると自然に男色家になるのか、あるいは元々男色家だから好んで男社会に進むのか、その点には議論の余地があるが、わが国の軍関係者には、同性を性的な対象にする者が多いという。
　そんな男色家の中でも、特に若い男子を好む者は、若い兵を教育する部署に勤めることを希望する。軍では、上官の命令が絶対である。その規律を利用して、好みの若者を慰み者にする、といったことが我が国の軍部で横行しているのだ。その慰み者は、『お人形』という隠語で呼ばれている。
　山森は、教師という立場を利用して、『お人形』の候補となりそうな生徒のファイルを作成している。若い『お人形』の需要は高い。生徒のうちから目を付けておけば、卒業後すぐに徴兵することも可能である。山森は、いわば、そんな『お人形』を青田刈りして、斡旋しているわけだ。
　男色家の好みは様々である。少年を好む者、中年を好む者、熊のような体形を好む者、痩せた青年を好む者……。その中でも美形の青年は、需要が多い割に供給が少ない。希少価値があるのだ。ケントを見た瞬間、山森は、ケントの価値を認めた。山森自身は美少年に性的関心はないが、その『目利き』には自信があった。これは滅多にない『掘出物』だ。高値で売れるに違いない。そういう意味で、山森はケントに目を付けていたのである。

###陰湿な虐め
　ケントの入学当初から、山森はケントの高い『商品価値』を認めながらも、ケントをからかい続けた。皆の前で「男に言い寄られたことはあるか？」「男に痴漢されたことはあるか？」などとケントに問いかけ、ケントが頬を赤らめると「図星だな」などと言って下品に笑うのである。山森が乱暴にケントの股間や尻を触ることも度々あった。ケントが反射的に体を逃がすと、山森は「男の癖に」「オカマか？」などとケントを蔑み、罵るのである。その時のケントの悔しそうな反応が、山森にとっては面白かった。山森は、ケントの卒業と同時に、ケントを『お人形』として高値で売る予定である。山森は、それまでの間、このケントをネチネチと虐めて楽しもうと決めたのだ。ケントを虐めればファンたちからの反感を買うが、そんなことを気にする山森ではなかった。
　ケントに全く責任がない理由でケントを毛嫌いし、ケントを虐めようとしたのは、山森だけではない。ケントの同級生、戸田照彦。その猿のような面相から、「サル彦」とあだ名される悪辣な生徒である。サル彦は、強者には徹底的に媚を売り、弱者を虐めることで己の地位を確立しようとする、典型的な下衆野郎である。
　サル彦がケントを虐める理由は嫉妬以外にない。サル彦は、ケントと同じクラスで、同じバスケ部に所属した。容姿、人気、学力でケントに圧倒的に劣るサル彦は、バスケだけには自信があった。しかし、バスケのセンスでも、サル彦はケントに勝てなかったのである。
　サル彦は、ただただケントの不幸を願いケントを陥れる計画を練った。子供の頃から弱い者いじめを続けてきたサル彦は、悪知恵の塊である。サル彦は、巧みに嘘をついて、仲間を集める。
　人間は、それぞれ、自尊心を持っている。自分が賢いと思っている者、自分が面白いと思っている者、自分にセンスがあると思っている者……。そんな自尊心を揺さぶることで、サル彦は仲間を増やす。
「オマエ、頭いいな。でも、ケントは、オマエのこと、頭が悪い奴だと陰で言ってるぞ」
「オマエ、面白いな。でも、ケントは、オマエのこと、つまらない奴だと陰で言ってるぞ」
「オマエ、イケてるな。でも、ケントは、オマエのこと、ダサい奴だと陰で言ってるぞ」
　優秀で美しいケントに嫉妬を感じ、さらに自尊心を傷つけられた男たちは、サル彦の嘘に乗せられて、ケントのアンチとなる。
　もちろん、ケントとまともに付き合っていれば、そんな嘘は信じないだろう。ケントは、何があっても人の陰口などは言わない。裏表がなく嘘もつかない。弱い者虐めは嫌いだ。どこまでもサル彦とは真逆の好男子なのである。
　サル彦の仲間になった生徒たちは、本当にサル彦の嘘を信じたのか、元々ケントに抱く嫉妬心が強かったのか、その点については不明であるが、とにかく、サル彦は、幾名かの嫉妬深い仲間を集めることに成功した。
　彼らは毎日のようにケントを虐めた。それも極めて陰湿なやり方で……。
　彼らは、誰もいない教室でケントの机や持ち物に唾をかけるのだ。何も知らないケントは、机に手を置き、机の湿りに気付く。そして、その液体の匂いから、それが唾液であると知る。ケントがティッシュを取り出そうと鞄を手に取ると、その鞄も唾液で濡れている。地味ではあるが、綺麗好きなケントには『効果的』な虐めである。
　虐める方は楽なのだ。ケントの隙を狙って、唾を吐くだけなのだから。ケントの筆箱に、ケントの弁当箱に、ケントの椅子の座面に……サル彦たちは容赦なく臭い唾を吐く。そして、唾液を必死に拭き取るケントを見ながら、ケントの前でわざと耳打ちをして、嘲笑の視線をケントに向ける。
　耐えかねたケントがサル彦に「もう、やめろよ」と言うと、サル彦は、「何の話だ？」ととぼけて仲間たちと笑い合うのである。

（続きは本編で）
