氷の騎士団長は三年分を一晩で
～離婚届を出したら、朝まで抱かれました～
著者　齋藤あいり

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＃１　三年の不在

結婚三年目の秋、わたしはようやく、自分の使い方を理解した。

この屋敷でのわたしの仕事は、置いてあることだ。

朝は六時に起きる。誰も起こしに来ないから、自分で起きる。庭を見て、花の名前を数えて、朝食をひとりで食べる。使用人たちは丁寧で、優しくて、決してわたしの目を見ない。哀れんでいるのを見せないための、優しさだった。

昼は帳簿を見る。侯爵領の収支は、この三年でわたしが整えた。夫が戦場にいる間、この家を動かしていたのはわたしだ。誰にも褒められないけれど、数字は嘘をつかないから、わたしは数字が好きだった。

夜は、寝室にひとりで入る。

天蓋つきの、大きすぎる寝台。左半分は三年間、一度も乱れたことがない。

シーツを替える侍女が、いつも申し訳なさそうに片側だけを丁寧に整えるのを、わたしは見ないふりをしていた。

夫の名は、グレアム・ウェルズリー。

王国騎士団長。「氷の剣」と呼ばれる男。北方の戦線で三年、雪の中に立ち続けて、この国の国境を守ってきた英雄。

そしてわたしの、名ばかりの夫。

結婚は政略だった。父の借財と、ウェルズリー家の空席になった女主人の椅子。取引としては公平だったと思う。わたしは家格を差し出し、彼は爵位と屋敷を差し出した。婚礼の日、祭壇の前で初めて顔を見たとき、思ったのだ。ずいぶん背の高い人だ、と。それから、ずいぶん、こちらを見ない人だ、と。

初夜は、来なかった。

彼は寝室の扉の前で「今夜は書類がある」と言って、それきりだった。

翌週、彼は北へ発った。

三年。

彼が屋敷に戻るのは、年に数度、長くて十日。

その十日の間も、彼はわたしの部屋の扉を叩かない。食卓では向かい合うが、話すのは領地のことばかり。目は、決して合わない。わたしがワインの瓶を取ろうとすれば、彼の手が先に伸びて、注いで、すぐに引っ込む。触れないように。まるで、火傷を恐れるみたいに。

愛されていないのだ、と結論を出すのに、三年もかかったのは、わたしが往生際の悪い女だからだ。

最初の一年は、慣れないだけだと思った。無口な人なのだと。

二年目は、努力した。彼の好きな料理を調べ、彼の帰る日に髪を結い、彼の使う剣の手入れの仕方まで覚えた。夜着を新しくして、寝台の左半分に、いつでも彼が入れるように、掛布を折り返しておいた。

三年目に、その折り返しをやめた。

やめた日、わたしは泣かなかった。泣くほどの何かが、まだ始まってすらいなかったから。

その秋、彼が帰ってきた。

玄関で出迎えたわたしを、彼は一瞬だけ見た。

三年ぶりに、まっすぐ。

息が止まった。青灰色の瞳。雪の匂い。革と鉄と、遠い血の匂い。背は記憶よりさらに高く、肩は厚く、剥き出しの右手の甲には、新しい傷が走っていた。

「……ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ、旦那様」

わたしが差し出した手を、彼は取らなかった。

ほんの一瞬、その手が持ち上がりかけて――止まって、そのまま、剣帯を外すために腰へ落ちた。

三年前と、同じだった。

同じ場所で、同じ手が、止まる。

その夜の食卓は、いつも通りだった。

北方の情勢。今年の麦の値。橋の修繕費。彼は正確に相槌を打ち、わたしは正確に報告した。よくできた事務会議のようだった。

燭台の火が、彼の頬の輪郭を撫でている。整った、疲れた顔。この三年で、目の下の翳が深くなった。この人は雪の中で何を見てきたのだろう、と思って、思ったそばから、自分を嗤う。

訊けるはずがない。

わたしは彼の妻ではあるが、彼の人生に、入る許可を貰っていない。

「エヴリン」

名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。

彼が食事の席でわたしの名を呼ぶのは、年に一度あるかどうかだ。

「はい」

「……いや。何でもない」

グラスを置く音。会話は、そこで死んだ。

部屋に戻って、わたしは机の引き出しを開けた。

三月前に書いて、封をせずにしまってあった紙。

――婚姻解消申請書。

自分の署名は、もう入れてある。あとは、彼の署名だけ。

紙を光に透かして、わたしは自分に確認した。悲しいか? いいえ。腹が立つか? ……少し。

いちばん強い感情は、それらのどれでもなかった。

こんなに近くにいる人の体温を、三年間、一度も知らないままでいる。その事実の、途方もない滑稽さ。

わたしはもう、置物でいるのに飽きたのだ。

紙を胸に抱いて、廊下に出た。

寝室の左半分に、彼が入ってくることは、この先も永遠にない。

なら、寝台ごと、返してしまおう。


＃２　離婚届

書斎の扉を叩くと、少し間があってから「どうぞ」と返ってきた。

グレアムは机に向かい、報告書を読んでいた。上着を脱いで、シャツの袖をまくっている。ランプの光で、腕の筋肉の陰影と、無数の古い傷が見えた。

わたしが入ってきたのを見て、彼は立ち上がった。

立ち上がってから、どうすればいいかわからない、という顔をした。三年間、この人はいつもその顔をする。妻が視界に入ると、姿勢だけ正しくなって、行き場をなくす。

「夜分に、失礼いたします」

「……何か、不都合が」

「ええ。三年ぶんの不都合を、片づけに参りました」

机の上に、紙を置いた。

彼が視線を落とす。

文字を読む一秒、二秒、三秒。

――そして、右手からグラスが滑り落ちた。

安物ではないガラスが、絨毯の上で鈍く跳ねて、赤い酒が広がっていく。彼はそれを見もしなかった。紙から目を離せずにいた。

「これは」

「離婚届です。婚姻解消申請書、と言うべきかしら。わたしの署名は済んでいます。あとはあなたが書いて、王都の役所に出せば、それで終わります」

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――続きは、製品版で。

『氷の騎士団長は三年分を一晩で』～離婚届を出したら、朝まで抱かれました～
著者　齋藤あいり　／　X　@NotHumanDesire