鈴の音
昼過ぎから雨が降り出した。小雨ではあったが降りやまない雨は足元の土を泥にし、滑らないように慎重に歩くことになる。さらに濡れた小袖が体力を奪い、さらに山道を辛いものにした。雨を避けて早めに出たが、途中で郎党と賊の諍いがあり足止めと遠回りを強いられ徒に時を過ごすことになった。
連れていた今年五歳になった倅は町での生活も長く山道には慣れていない。我慢強く後ろをついて来ていたが、雨でぬかるんだ泥に足を取られ転んでからはさらに口数を減らした。何も言わず立ち上がろうとしたが、再び体勢を崩したため体を支えた。山影ですでにあたりは薄暗くなり、この雨空ではあっという間に暗くなる。町までは三里ほどある。今日は家まで帰るのはあきらめた方がよいだろう。
そういえば、この山道を少し入ったところにある寺に母方の叔父が身を寄せているはずだ。長いことあってはいないためお互い顔を見ても分からないかもしれないが、珍しい名前の村出身だ、それだけでも大丈夫だろう。お堂の隅でも貸してもらえたらそれだけでいい。倅にその寺のことを話し、もう少しだと励まして背負って歩く。落とさないように簡易的なおんぶ紐で体をくくるれば、負担にならないようにと健気に背中にしがみつく。
半刻ほどで寺の入口についた。石段を上がると門前に僧兵がおり事情を話すと中で待つようにと通された。門からは見えなかったが、本堂は修繕をしたばかりなのか古い木材と修繕部分の新しい木材とがはっきりと分かれている。古い木目も磨き上げられ、堂々とした佇まいをしていた。
お堂の隅で待っていると事情を聞いたらしい上位の法衣を着た僧侶が現れた。初老だが骨太の体格で左頬に古い火傷の痕があった。母の出身の地名を告げると叔父の事を思い出してくれたが、叔父は数年前に還俗して寺から去ったという。しかし倅の疲れた様子と降りやまない雨空を見て、離れの一室でゆっくり休んでいきなさいと言ってくれた。
「ただし今日は来客がいるため本堂は騒がしいかもしれない」と一言あった。確かに門に入ったところから奥に見える馬繋場には馬が何匹か繋がれていたのは見た。毛艶がよく立派な馬だった。倅が疲れていなければ大いに興味を持っただろう。ここら一帯はなだらかな山の丘稜から平地にかけて開墾が進んだ貴重な土地で、収穫は多いがその分揉め事も多い。僧兵の姿を見ればこの寺が地域の治安の一端にいることは容易に分かる。この雨がまた新たな摩擦を生む前に夜が明ければそうそうに去るべきだろう。雨の音はさらに強くなった。
通された離れは客でもない一宿としては上等なものだった。古いが畳が一部に置かれ、厚手の茣蓙まである。温かくして倅を寝かせてあげられそうだ。濡れた服を干したころに、木戸越しに声をかけられた。僧侶の指示でお茶と握り飯を持ってきたという。扉を開けると十五歳くらいのだろうか、細身の青年が立っていた。剃髪はしておらず長い髪をうなじの位置で一つに結んでいたことから稚児なのだろう。… 少年ともいえるが稚児にしては年を取っているように見える。青年は盆を持っており、その上には急須と茶碗、握り飯が二人分乗っていた。もともと私は小柄だが青年の顔を見るには少し顔を上げる必要があるほど上背もある。優しげで顔の整った美しい青年だった。盆を受け取り「ありがとう」と声をかけると少しの笑みを浮かべ「…… あの方には親切にしていただきました」と返事が返ってきた。叔父がいた頃からいるらしかった。
「わたしも長いこと会って無いのですが、子供の頃は良く遊んでもらった記憶があります、気持ちの良い人だったと」
「私もずいぶんお世話になりました」
「還俗したとは知らず、いきなりの訪問でご迷惑をおかけしました」
「いいえ、旅の方や檀家の皆様もよくここを訪ねてくださいます。和尚様も困った人には進んで手を差し出される方ですから。この雨の中を歩くのはお疲れになったでしょう」
「わたしは山向こうの里の生まれなので歩くのは慣れているのですが、まだ山歩きに鳴れていない倅には無理をさせてしまました」
「雨も朝方には治まりそうですよ」
「それはよかった。こんないい離れも貸してもらって本当にありがたい」
「おとうさん」奥で休んでいた倅が土間に降りてわたしの後ろに立った。訪ねてきた人が気になった様子で顔を半分出し青年を見上げた。
「このお兄さんが握り飯をもってくれたんだよ」
「… … ありがとう」
青年はしゃがみ倅と同じ目線の高さになった。
「疲れた?」
「すこしだけ。おとうさんと牛の世話をしたんだよ、ね」
倅がわたしの顔を見上げて笑った。頭を何度か撫でて返事代わりにする。
「そう。楽しかったんだね。この離れは静かだからゆっくり休むといいよ」
優しい労りの声とともに小さく青年が微笑む。
「もしよければ、これも食べてください」立ち上がった青年はそういって懐から小さな紙の包みを出し盆の上に置いた。
「お茶が冷めてしまいます、温かいうちに召し上がってください」とわたしの手に持っていた盆を軽く押し付けてきた。
「ありがとう」
「私はこれで」
青年は背を向けて本堂に向かって歩き出そうとする足を止めて、顔だけこちらを向けた。
「そうだ、雨のあとこの峠は濃い霧が出ます。お帰りの際は足元に気を付けてください」
青年は厠の場所や朝餉の時刻を告げ、足早に本堂に戻っていった。飛び石に乗り上手く水たまりを避ける。
障害があるようにも見えず、修業を始めたばかりでもない。ここに数年いるにも関わらず、稚児のまま僧にはなっていないということか。もしくは僧にならせてもらえないのか。
盆の上を改めて見ると、小さな包は紙の切れ端で、開けて見ると金平糖が四つ。大きな寺とはいえ容易に手に入るものではあるまい。疲れた倅を知って置いてくれたのだろうか。
少年の優しさを相伴にして、疲れてうとうとしはじめている倅に握り飯を渡した。金平糖を口に含むと頬が溶けてしまうと喜んだ。この調子だと今日休めば大丈夫そうだ。
鈴の音が聞こえた気がする。疲れもあってうつらうつらとしていたが湿気の肌寒さで眠っていられなくなった。おそらく少しは眠ったはずだ。薄着で寝たことも原因だろう。暗闇で自分の着物を掛けて眠る倅の姿を確かめる。丸くなって寝ているが寒さに震えていることはなさそうだ。その間にも鈴の音は聞こえた。やはり聞こえる。小雨になった雨音の間をぬって短くリンと鳴り、続けてリンリンと何度も鳴る。一度だけなら聞き逃していたかもしれないほどの小さな音。暗闇では耳が音をさらに拾う。鈴の音は決して小さく鳴ることも大きくなることもない。こちらに近づく様子も無い。ここは寺なのだから誰かが修業の一つとして鳴らしている可能性だってある。しかしお経は聞こえず不規則に鈴の音のみが時折聞こえるのみ。雨と山歩きで疲れた体だ。敵意のない鈴音を無視して眠ることは可能だろうが、一度聞き取ってしまった音は雑音として耳に居座る。
倅を起こさないようにそっと離れの戸を開ける。外はまだ暗く、時刻は分からないがこの暗さでは朝の明るさは程遠い。リン、と。雨の音で鈴の音は多少かき消されているが確かに聞こえた。厠の途中に音の原因があれば確かめてやろう、その程度に考えていた。
あの青年から説明を受けた厠の位置は本堂を半周した右手に見える小さな納屋の隣にあるという。晴れていれば敷地を横切っても行けるが水たまりが多いため濡れるのを避けて置き石の上を歩き本堂を目指した。一晩だけ宿を借りただけの人間が回廊を歩くのは憚られたため、回廊に沿って軒先を歩くことにした。立派な寺院なだけあり、濡れ縁の下にも石が敷かれ水たまりを踏むことはない。回廊の角を曲がり厠があると思わしき建物が見えてきた時に、鈴がリンとなった。離れとは異なり明らかに音が近い。その音とともに男達の話し声が聞こえた。笑っている声もする。豪快に、というよりはあざ笑うような、色街で聞くような下卑た音だ。本堂を囲むこの回廊の、厠への道を曲がらず真っすぐに歩き、もう一つ曲がればおそらくこの鈴の音が聞こえる部屋の位置がわかる。
鈴が鳴るたびに、男たちの話し声が聞こえる。鈴の音に近づくたびに、色々な音が一つ、一つと増えていく。その中に一つだけ、すすり泣くような声が混じる。
厠には行かなかった。もともと強く尿意があったわけではない。厠への道をやめて本堂の濡れ縁に沿って歩く。角を曲がると灯りのついた部屋を一つだけ見つけた。
雨が降っているにもかかわらず雨戸が開けられ光が漏れていた。そして、やはり音はその部屋から聞こえた。リンリンと鳴り、再びリンリンリンリンと間を置かず鳴った。
「お許しください、あ、、ああ」
吐息の混ざった声がすすり泣いている。素肌と素肌が密着しては離れる音に合わせて。その音に返事をするように男達の笑い声が起こった。
リンリンと鈴の音は止まない。
部屋の前にたどり着いた。部屋の中で何が起こっているかはすでに分かっている。ただ、吐息交じりの声が聞き覚えのあるものだったため、確認せずにはいられない。あの青年で無ければよい。心優しい青年は何かしらの事情があり稚児のまま、この寺に身を寄せているのだろう。まさかこのような「使われ方」をしているなど。ただそれだけを思いながら肩の高さまである高欄の隙間から部屋の中を覗き込む。
雨戸はニ尺ほど開けられており、部屋の中を見渡すことはできないが、さほど広くない十畳ほどの部屋に男たちが一重の輪を作るように肩が触れる近い位置で隣り合って座っているのが見える。
男達は中心にいるであろう者を見ては笑い、隣同士で耳元で話している。その男達が壁になって男達が見ているものまでは見ることができない。だが部分的に見える男達の着物は光沢があり絞り染など贅沢なことがわかる。
「どれ、そろそろ若い侍の相手も疲れたのではないか」
背を向けて座っていた男が立ち上がった。その瞬間、一人分の円が欠け、中心が見えた。
「かわいそうに、血気盛んなやつらの相手を1人でさせるなど、疲れたであろう」
「…… い、いいえ」
あの青年が座っているのが見えた。立ち上がった男を見上げている。青年は服を身につけておらず、髪は結い上げた1つ結びであることに変わりはなかったが、うなじで結んでいた髪は先ほどとは違ってつむじの高さまで結い上げている。艶のある黒髪は乱れており、汗をかいた肌に髪が張り付いていた。肩で息をしており、気だるげに体を動かしながら
「かわいがって、くださいませ」
立ち上がった男の帯に手をかけて寛げようとしている。そうするように躾けられた犬のように着物に鼻をうずめる。その姿を見下ろした男は満足げに笑い、自ら帯を取り、着物の合わせを寛げた。既に立ち上がっているものを躊躇うことなく口に含んだ。青年が動いたその瞬間、リンと鈴の音がした。
男の陰茎を口の奥まで含むことで、顔の一部しか見えなかった青年の頭部がすべて見えた。結われている髪から赤い紐が二本垂れていた。その紐の両端には小鈴がつけられていた。奥まで咥えたものを口をすぼめ愛撫する。口から離したかと思えば突き出した舌をぐるりと動かし亀頭を舐め、鈴口を唇で吸い上げた。青年が一連の慣れた仕草をするたびに、鈴がリンと鳴る。
「美味いか」と聞いてきた男の言葉は無視して、口淫を続ける。青年の口は今はしゃべるためのものではないとでも言うように。その代わりに、リンリンと鈴の音が鳴る。
周りの男達が鈴の音で返事する青年を生まれながらの男好きだと褒める。
この者のおかげで集いの質が格段に上がった、我々の結束が強くなる、さすがーー様(聞き取れなかったがおそらく住職のこと)ですな、青年は言葉は発しないが、その度に同意するように鈴の音がなる、その度に男達は満足そうだった。
「見事な舌技。もう達してしまうではないか」
青年の口淫は止まることがない。男の息遣いが荒くなる。青年がこのまま口内で吐精を促したことを察したのか、男は「歯を立てるなよ」と言い、青年の頭を掴んで腰を打ち付ける。深く咥えていたものが更に奥に至る。青年は一瞬苦しそうに動きを止めたが、すぐに男の動きに合わせる。リンリンと鈴の音が部屋に響く。
「しっかりと受け止めよ」
男はぐっと力を込めて、青年の頭を固定し、何度か腰を突き上げると手を離した。陰茎は首をもたげており、精を出したようだった。青年は男の手から解放されたあと喉の刺激からか何度か咳き込み、苦し気に舌を向いた瞬間
「まさかーー殿の寵愛を吐きだすのではあるまいな」
「そなたのために出したものを無礼であろう」
と、周りの男達が青年を責める。青年はその瞬間口を抑えた。
「顔を上げて、飲み干せ」
吐精した男が青年に声をかけた。青年は声に従い男の顔を見上げた。男を見る目には涙が浮かび、精の臭いと味に顔をしかめていたが、やがて意を決したのかごくりと喉仏が上下し飲み干した。
「どうだ」
「… … これでーー様のような一人前の男に近づける気がします」
けふ、と小さい咳をした声は震えており、表情は見えなかったが小さな弱弱しい声音。
「よしよし、次は後ろの穴に注いでやる」
興奮した様子を隠さない男は大きな声でそう言った後、青年を押し倒した。畳が擦れる音がすると青年を囲んでいた人の輪が動き、中の様子は男達の壁で再び見えなくなった。青年の様子を伝えるものは、リンリンと泣く鈴の音と、青年の吐息が混じる涙声と、同じ間隔でぬちゃ、ずちゃと響く濡れた音、そして「菊座がーー殿の魔羅を飲み込んで美味だと泣いておる」と笑う男達の笑い声。
侍や僧が尻の穴で交わることは知っている。茶屋や草陰で睦みあっていたであろう男子二人が現れて去っていった所も見たことがある。しかし、眼前のこれは余りにも趣味が悪い。稚児という立場の弱い者に犬や猫のように鈴をつけて弄び、下卑た笑いで見下し人を人のように扱わぬ外道ではないか。…… とたんに離れで独り寝かせている倅のことが気になった。誰かに気づかれる前に、この場を立ち去らねばならない。さいわい中にいる男達は外の様子など気にしている様子もない。
音をたてないようにゆっくりと来た道を歩く。直後、雨が戻ってきたが、いくら濡れようとかまわない。急いで離れで戻らねば、その一心で慎重に本堂の角を曲がったあたりで
「おい、こっちは誰もないぞ」
と声が聞こえ、回廊を足早に歩く数人の足音が聞こえた。あの部屋の前で足音が止まる。
「見ろよ、今日はあんなに足を広げて魔羅に貫かれる」
「昼間は澄ました顔して、あの色狂いめ」
気づかれないように高欄の間から顔を出して様子を見る。数人の僧侶が回廊から部屋を覗き込んでいた。リンリンと鳴る鈴の音に呼ばれて。