﻿氷の神官は聖女を穢せない
〜穢れを祓う「浄化の儀」で神官様に毎晩抱かれていたら、いつのまにか孕むまで注がれて、手放してもらえなくなった話〜

齋藤あいり

※これは体験版です。本編の冒頭のみを収録しています。

・本作品には成人向けの性的表現が含まれます。18歳未満の方の閲覧はできません。
・無断転載・無断複製を禁じます。


＃１　選定

　聖女に選ばれた、と言われたとき、わたしは村のパン屋で釜の前にいた。

　エルシア。二十歳。父は死に、母も死に、パン屋の主人に拾われて六年。焼くのは下手だが、粉をこねるのだけは誰より速い、と言われていた。

　迎えの馬車が来て、大聖堂に運ばれて、三日で全部が変わった。

　選定の儀は、あっけないものだった。

　大聖堂の中庭に、国じゅうから集められた娘が三十人ほど並ばされた。貴族の令嬢が半分、商家の娘が半分。わたしのように粉だらけの手をしていたのは、一人だけだった。

　祭壇の上の水盤に、順番に手を浸していく。

　二十九人めまで、水は透明なままだった。

　わたしが指を入れると、水が――白く光った。

　悲鳴を上げたのは、わたしではない。並んでいた令嬢たちのほうだった。

「聖女様が、あんな娘」

　その声を、わたしはよく覚えている。

　◇

　白い部屋で、老いた司祭が説明をはじめた。

「――穢れについて、説明します」

「この地に溜まる穢れは、聖女の体に集まります。集まったぶんは、祓わねばなりません」

「どうやって、ですか」

「神官が、聖力を注ぎます」

　わたしは、意味がわからなかった。

「注ぐ……お祈りで?」

　司祭は、目を逸らした。それから、はっきりと言った。

「交わることで、です」

　部屋が、静かになった。

「聖力は、神官の体の中にあります。それを聖女の体の奥へ直接注ぎ込むことでしか、穢れは中和されません。……五百年、そうしてきました」

「拒んだら、どうなるんですか」

　聞いてから、聞かなければよかったと思った。

「拒んだ聖女は、二人おります」

　司祭は、静かに答えた。

「そのどちらの代にも、穢れが溢れました。村が三つと、二つ。……以後、拒む者はおりません」

　わたしは、それ以上、何も聞かなかった。

　パン屋育ちの娘が、村を三つ、天秤にかけられるはずがない。

　わたしは、その日のうちに、湯を使わされ、白い衣を着せられ、香を焚かれた。

　そして夜、儀式の間に通された。

　◇

　その人は、燭台の下に立っていた。

　ライナルト・ヴェルナー。二十八歳。この国でいちばん若い筆頭神官で――誰もが「氷の神官」と呼ぶ男。

　灰銀の短い髪。氷のような青い目。神官衣の下の体は、祈るためというより、立ち塞がるために鍛えられたように見えた。

「エルシア嬢」

　声は、驚くほど平らだった。

「これから行うのは、儀式です。私も、あなたも、これを情愛の行為だと考えてはいけない」

「……はい」

「痛みや不快があれば、すぐに言うこと。中断します」

　わたしは、頷いた。

「もう一つ」

　氷青の目が、わたしを見た。

「私は、あなたに情を持ちません。持ってはならない決まりです。……冷たいと思うでしょうが、それが、あなたを守ります」

　その言葉の意味を、わたしはこのとき、まるでわかっていなかった。

＃２　最初の儀

　寝台は、儀式の間の中央にあった。

　白い布が敷かれ、四隅に燭台が立ち、香が焚かれている。祈りの場所であることを、部屋の全部が主張していた。

　わたしは、白い衣の紐を、自分でほどいた。

　手が震えた。

「エルシア嬢」

　彼が、わたしの手首に触れた。手袋はしていなかった。

「震えているなら、今夜は見送ります」

「……いえ」

　わたしは、首を振った。

「わたし、パン屋で六年、粉をこねてました。……なんの役にも立たない人間だったんです。今日、初めて、わたしにしかできないことがあるって言われました」

　顔を上げた。

「だから、やります」

　氷青の目が、ほんの一瞬――ほんとうに、瞬きひとつぶんだけ、揺れた気がした。

「……わかりました」

　彼が、神官衣の留め具を外した。

「手順を、説明します」

　彼は、寝台の脇に立ったまま言った。

「まず、体を慣らします。次に、繋がります。最後に、あなたの最奥へ聖力を注ぎます。……注ぎ終えた時点で、浄化は完了です。ここまでで、質問は」

「……ありません」

「では、横になってください」

　白い布の上に、横たわった。天蓋の代わりに、聖堂の高い天井があった。祈りの場所で、これから、わたしは。

「衣を、開きます。よろしいですか」

「……はい」

　白い衣の合わせが、開かれた。

　素肌が、燭台の灯りに晒される。生まれて初めて、男の人の目の前で。反射的に隠そうとした腕を、彼は咎めなかった。ただ、待った。わたしが自分で腕を下ろすまで、急かしもせずに。

「触れます。よろしいですか」

「は、はい……」

　大きな手のひらが、肩に置かれた。

　温かかった。氷の神官、という呼び名から想像していた手と、まるで違った。手のひらは、肩から二の腕、脇腹へと、ゆっくり滑っていく。強張ったわたしの体の、こわばりを解いていく順番で。

「呼吸を、止めないでください」

「……はい……っ」

　手が、乳房に触れた。

　包んで、ゆっくりと、形を確かめるように動く。指の腹が先端を掠めた瞬間、体がびくりと跳ねて、知らない声が漏れた。

「あ……っ」

「痛みは」

「な、ないです……」

「では、続けます」

　顔色ひとつ、変わらなかった。変わらないまま、指は的確だった。尖っていく乳首を、布でも掠めるような優しさで転がされて、腰の奥に、じわりと熱が溜まっていく。これは儀式だ。儀式のはずだ。なのに、体は、儀式と思ってくれない。

「んっ……ぁ……」

「声は、我慢しなくて結構です。体が緩んでいる証拠ですので」

　事務的な声で、恥ずかしいことを言う。

　手が、下りていった。腹を撫でて、脚の付け根へ。

「脚に、触れます。よろしいですか」

「……はい」

　膝が、ゆっくり割られた。誰にも見せたことのない場所に、氷青の目が、静かに落ちる。恥ずかしさで消えてしまいたかったけれど、彼の顔には、欲も嘲りも、何もなかった。ただ、確認だけがあった。

「濡れはじめています。正常な反応です」

「い、言わなくていいです……っ」

「報告は、儀式の一部です」

　長い指が、秘裂に触れた。

「ひゃ……っ」

　くちゅ、と小さな音がして、指が割れ目をゆっくりなぞる。溢れたものを塗り広げるように往復して、それから、敏感な粒に触れた。

「あっ、そこ……!」

「痛みは」

「ちが……っ、いた、くない……っ」

「良い反応です。続けます」

　花芯を、指の腹で円を描くように転がされる。声が抑えられない。祈りの間に、わたしの声だけが響いて、香の煙が揺れる。指が一本、蜜口にゆっくり沈められた。狭い内側を、傷つけない速さで慣らしていく。二本目。関節の一つぶんずつ、丁寧に。

「あ……っ、ん、あ……」

「痛みは」

「……ないです……っ、へん、な感じが、するだけ……」

「変な感じ、の内容を」

「き、聞かないでください……!」

　初めて、彼の目が、瞬きひとつぶん、緩んだ気がした。

　指が抜かれて、彼が自分の帯を解いた。神官衣の下から現れた体は、鍛え抜かれていて、その中心のものは――思わず目を逸らした。硬く、反り返って、燭台の灯りに濡れて見えた。あれが、聖力の器。あれを、わたしの中に。

「これより、繋がります」

　彼は、わたしの膝を割り直して、濡れた蜜口に、熱い先端をあてがえた。

「初めての場合、痛みがあります。耐えられなければ、言ってください。中断します」

「……中断したら、穢れは」

「残ります。ですが、あなたの体のほうが優先です」

　その一言が、なぜか、胸のいちばん深いところに落ちた。

「……大丈夫です。来てください」

「では――失礼します」

　腰が、進んだ。

「……っ、あ、ああ……!」

　純潔が、押し開かれていく。太いものが、狭い隘路をみちみちと割って、奥へ。破瓜の痛みに、シーツを掴んだ。その手の上に、大きな手が、そっと重ねられた。手順書に、あるのかないのか、わからない仕草だった。

「痛みは」

「……いたい、です……っ」

「止まります」

　彼は、本当に止まった。半分も進んでいないのに、微動もせずに。額に、うっすら汗が浮いていた。平静な顔の下で、この人も何かを堪えているのだと、そのとき初めて思った。

　痛みが鈍って、わたしが小さく頷くと、また、少しずつ進んだ。止まって、進んで、止まって。最奥に届くまで、どれだけ時間をかけてくれたのか、わからない。

「……全て、収まりました」

　繋がりきって、彼は言った。

「これより、注ぐための律動に入ります。……よろしいですか」

「は、い……っ」

　律動が、始まった。

　ゆっくり、深く。引いて、沈んで。一往復ごとに、痛みの向こうから、さっき指で教えられた疼きが顔を出す。張り出した先端が内側の襞を擦るたび、声が、勝手に甘くなっていった。

「あ……っ、ん、あ……」

「痛みは」

「もう……っ、きかないで、くださ……っ、あ……!」

「では、聞きません」

　律動が、少しだけ深くなった。

　祈りの間に、寝台の軋みと、濡れた音と、わたしの声が響く。彼は最後まで、顔色を変えなかった。変えないまま、その額から、汗が一筋、わたしの胸に落ちた。

「――注ぎます」

　やがて、彼は静かに宣言した。

「最奥で受け止めてください。それで、浄化は完了します」

「はい……っ、あ、あ……!」

　律動が速くなり、体の奥で熱が膨らんで、わたしは初めての波に呑まれた。達して痙攣する内側に、深く、彼が沈み込んで――弾けた。

　熱いものが、いちばん深い場所に、注ぎ込まれていく。どく、どく、と長く脈打って、お腹の奥が、聖力の熱で満たされていく。体の中に溜まっていた重いものが、その熱に溶かされていくのが、本当に、わかった。

「……っ、は……」

「――これで、祓われました」

　彼は、静かにそう言って、ゆっくりと身を離した。

　白い布で、わたしの汗を拭いてくれる。額、首筋、胸元。その手つきも、丁寧で、事務的で――

　胸元を拭いていた手が、ふ、と、止まった。

　一瞬だった。布を持ったまま、彼はわたしの顔を見て、何かを言いかけるように唇が動いて、動かないまま、閉じた。すぐに手は再開されて、何事もなかったように、儀式の後始末が続いた。

　彼は身支度を整えて、寝台から離れた。

「――湯を、運ばせます」

　その夜、わたしは自分の体を抱えて、眠れなかった。

　祓われた、という実感はなかった。

　あったのは、あの人の手の丁寧さと、最後の一瞬、止まった動きの意味を考えてしまう、わたしの頭の悪さだけだった。

＃３　必要量

　浄化の儀の翌朝、ライナルトは記録簿を持って現れた。

　分厚い、革表紙の帳面だった。

「昨夜の分を記録します。……体調に異常は」

「ありません」

「痛みは」

「……少し」

　彼は頷いて、羽根ペンを取った。わたしは、その手元を覗き込んだ。

　几帳面な字で、日付と、数字が書かれていた。

　――必要量、一。実施、一。

「必要量?」

「穢れの量に応じて、注ぐべき聖力の量が決まります。これは、その記録です」

「一、というのは」

「一回、という意味です」

　彼は帳面を閉じた。

「次は、来月の同じ頃になります。それまで、儀式はありません」

　月に一度。

　わたしは、なぜか少しだけ、ほっとして――そして、なぜか少しだけ、落ち込んだ。

　その理由を考えるのは、やめた。

　◇

　聖女の日常は、退屈だった。

　朝に祈り、昼に人と会い、夕に祈る。触れてはいけないものが多く、行ってはいけない場所が多い。パン屋のほうが、はるかに忙しかった。

　唯一、楽しみがあった。

　ライナルトが、日に一度、必ず様子を見に来ることだ。

　彼は三分しかいない。体調を聞いて、食事の量を確認して、帰る。会話は業務だ。それでも、わたしはその三分のために、朝から髪を整えるようになっていた。

　三分の中身は、いつも同じだった。

　「昨夜は眠れましたか」「食事は残しましたか」「痛みは」――質問は三つ。答えるとき、彼は必ずわたしの顔ではなく、少し下、鎖骨のあたりを見ていた。

　一度だけ、わたしが焼いたパンを持っていったことがある。厨房を借りて、六年ぶりに窯の前に立った。

　彼は、それを両手で受け取って、しばらく黙って見ていた。

「……焼き色が、均一です」

「それ、褒めてますか」

「褒めています」

　真顔だった。

　翌日から、三分の質問が四つに増えた。「昨夜は眠れましたか」「食事は残しましたか」「痛みは」――そして、

　「今日は、何を焼きましたか」

　わたしは、その一つが増えたことを、誰にも言わなかった。言えば消えてしまう気がしたからだ。

　――情を持ちません、と彼は言った。

　持たれていないのは、わかっている。

　持ってしまったのが、どちらかだけだというのも。

＃４　二度目の月

　次の儀は、二十九日後だった。

　その次は――十四日後に来た。

「今月は、二度です」

　儀式の間で、彼はそう言った。

「え……あの、月に一度では」

「穢れの量が、増えています。一度では中和しきれない」

　彼は記録簿を開いて、数字を見せた。

　――必要量、二。

　几帳面な字だった。疑う理由が、どこにもなかった。

「わたしの体、どこか悪いんでしょうか」

「いいえ」

　彼は、即答した。

「あなたの体は、正常です。……穢れの側の問題です」

　その声が、ほんのわずかに、速かった。

　わたしはそのとき、その速さの意味を、まだ知らない。

　二度目の儀式は、同じ手順で始まった。

　白い衣。燭台。香。「衣を、開きます。よろしいですか」の声。

　同じはずだった。

　違ったのは、わたしの体だった。合わせを開かれただけで、肌が期待に粟立った。一月前に教えられたことを、体は全部、覚えていた。

「触れます」

　よろしいですか、が、なかった。

　手のひらが乳房を包んで、先端を転がす。一度目より、確信のある指だった。どこに触れれば、わたしがどんな声を出すか、この人ももう、覚えている。

「あ……っ、ん……」

「……感度が上がっていますね」

「い、言わないでください……っ」

「観察は儀式の……いえ。すみません」

　言い直した。一度目には、なかったことだった。

　指が下りて、脚の間に触れる。もう濡れていたそこを、指はゆっくり、ゆっくり、なぞった。花芯を転がして、蜜口の縁を辿って、また花芯へ。慣らすというより、味わうような遅さで。

「あっ、あ……ヴェルナー様、あの……」

「なんですか」

「今日は……その、長い、です」

　指が、ほんの一瞬、止まった。

「……必要量が、多いので」

　平らな声だった。平らすぎる声だった。

「量が多いぶん、体を深く慣らす必要があります。浅いままでは、負担が大きい」

　理屈は、通っていた。通っていたから、わたしは頷いて、その遅さに身を任せた。指が二本、中に沈んで、お腹側の弱いところを、教え込むように押し上げる。一度目には触れられなかった場所まで、丁寧に、執拗に。

「あ、あっ、そこ、や……っ、なにか、来ちゃう……!」

「達してください。慣らしの仕上げです」

　一度目の波が、指の上で弾けた。

　達して震えるわたしの膝を割って、彼が、繋がってきた。二度目の体は、痛みではなく、待ちわびた充足で彼を呑み込んだ。最奥に届いた瞬間、内側が勝手に、きゅうと締まる。

「……っ」

　彼の息が、詰まった。

「す、すみません、勝手に……」

「……いえ。正常な、反応です」

　声が、掠れていた。

　律動が、始まった。一度目より、深かった。一度目より、長かった。奥を突かれるたび、覚えたばかりの快感が積み上がって、わたしはシーツを掴んで、ただ声を上げた。

「あっ、あ、や、おく……っ」

「ここ、ですね。……先月、覚えました」

「おぼえなくて、いい……っ、あ、あぁ……!」

　波が来て、達して、中が彼を絞り上げて――最奥で、一度目の熱が弾けた。どく、どく、と注がれる聖力に、お腹の奥が満たされていく。

「……一度目、完了です」

　彼は、繋がったまま、言った。

「本日の必要量は、二。……続けて、よろしいですか」

「え……あ、はい……」

　抜かれないまま、律動が、再開された。

　達したばかりの内側を、硬さの戻ったもので突かれて、目の前に火花が散る。一度目の余韻の上に二度目が重なって、感じたことのない深さまで、波が届いた。

「あっ、や、いったばかり、なのに……っ、だめ、へんに、なる……!」

「なって、構いません。……儀式ですので」

　儀式ですので、の言い方が、少し、乱れていた。

　二度目は、長かった。彼の呼吸も、一度目より乱れて、額の汗が、何度もわたしの肌に落ちた。奥を突かれ、乳房を掴まれ、波が三度目に膨らんだとき――

「エル……」

　彼が、言いかけた。

「……いえ。聖女様」

　言い直された名前の残り半分が、どこにも行けずに、香の煙の中に溶けた。

　わたしは、聞かなかったふりをした。聞いてしまったら、この儀式が終わってしまう気がしたから。代わりに、彼の背中に腕を回した。手順書にあるのかないのか、確かめもせずに。

「あ、あっ、ヴェルナー様……っ、いく、また……!」

「……っ、私も、です。……受けて、ください」

　最奥で、二度目の熱が弾けた。

　一度目より長く、重く、注がれていく。達した内側がそれを絞り上げて、二人分の乱れた呼吸だけが、祈りの間に残った。

「……これで、二。……本日の必要量を、消化しました」

　彼は身を離して、いつもの手順で、わたしの汗を拭いた。衣を直して、燭台の一つを消して、机に向かう。

　革表紙が、開かれる音がした。

　羽根ペンの音を、わたしは寝台の上で聞いていた。

　――必要量、二。実施、二。

　その几帳面な字が、わたしの体に起きたことの、唯一の記録だった。

＃５　氷の神官

　下級神官のトビアスは、十九歳の、まだ声変わりの途中みたいな少年だった。

　中庭で薬草を干していると、勝手に喋る。わたしが聖女だということを、彼はあまり気にしていないようだった。

「ヴェルナー様は、すごい人なんです」

「……そうなの」

「二十四で筆頭になったの、三百年ぶりですって。あの人が来てから、穢れの被害がゼロなんですよ。それまでは、毎年どこかの村が」

　少年は、そこで声を落とした。

「でも、みんな怖がってます。笑わないし、怒らないし。だから氷の神官って」

「昔から、そうだったの」

「いえ。俺が来た頃は、まだ少し笑ってました」

　トビアスは、薬草の束を結びながら言った。

「三年前に、前の聖女様が亡くなって。……あの人、たぶんそれからです」

　手が、止まった。

「亡くなった?」

「病気です。穢れとは関係ないって、司祭様は仰ってました。……でもヴェルナー様、三日間、祭壇から動かなかったんです」

「……その方に、情を」

「あ、それは違うと思います」

　少年は、慌てて首を振った。

「前の聖女様、六十過ぎのお婆さまでしたから。ヴェルナー様が十五で神殿に来たとき、拾ってくださった方だそうで。……あの人にとっては、母親みたいなものだったんじゃないかって」

　わたしは、干した薬草の匂いの中で、その話を聞いていた。

　十五で拾われて、二十四で筆頭になって、二十五で唯一の身内を亡くした男。

　それから三年、この人は誰にも情を見せていない。

　わたしは、干した薬草を束ねながら、聞いた。

「ヴェルナー様は……その、情を持たない決まりだって仰ってたけど」

「あ、掟ですね」

　トビアスは、あっさり答えた。

「神官が聖女に情を持つと、聖力が濁るって言われてるんです。だから、情が疑われた神官は、その場で解任です。……聖女様は、別の神官に引き渡されます」

　手が、止まった。

「引き渡される」

「はい。過去に何度かあったって、記録に」

　少年は、無邪気に続けた。

「だからみんな、儀のあとで聖女様と口をきかないようにするんです。ヴェルナー様が三分しかいらっしゃらないのも、たぶん」

　――そのためだ。

　わたしは、その日の午後、ずっと薬草を握りしめていた。

　情を持たないのではない。

　持っていることを、絶対に見せられないのだ。

　……いや。

　都合のいい解釈をするな、エルシア。

　持っていないから、見せないだけかもしれない。

＃６　三度目、四度目

　その月、儀は三度になった。

　翌月は、四度。

「必要量が、また増えています」

　記録簿の数字は、増え続けていた。彼の字は、相変わらず几帳面だった。

　わたしは、何も聞かなかった。聞けば、この回数が減るかもしれないと思ったからだ。

　そして、儀の中身が、少しずつ変わっていった。

　最初の夜は、確認の言葉が七回あった。二度目は五回。いまは、二回。

　代わりに増えたものがある。

　彼が、わたしの髪を耳にかける。祈りの前に、額に一度だけ触れる。終わったあと、汗を拭いてくれる布を、自分で絞る。

　どれも、手順書には書いていない。

　わたしは、それを数えていた。羽根ペンで書かれる数字と同じくらい、正確に。

　その夜の儀は、四度目の月の、三度目だった。

「衣を――」

　開きます、まで言わずに、彼の手はもう、紐にかかっていた。確認の言葉は、この頃には、始まりの一度きりになっていた。

　代わりに、増えたものが、今夜も増えた。

　衣を開く前に、髪を耳にかけられた。横たわる前に、額に、一度だけ指が触れた。燭台の位置が、わたしの顔に灯りが直接当たらないよう、いつのまにか変わっていた。

　どれも、手順書にはない。

　どれも、わたしは、数えている。

「触れます」

　手のひらが、素肌を辿りはじめた。

　もう、儀式の触り方ではなかった。乳房を包む手は形を確かめる必要などとうにないのに、毎回、初めてみたいに丁寧で、先端を転がす指は、わたしの声のいちばん甘くなる速さを、正確に選んでくる。

「あ……っ、ん……」

「……今夜は、三度になります」

「……はい」

「負担が大きければ、途中で」

「大丈夫です」

　わたしは、微笑んだ。

「……慣れて、いますから」

　彼の目が、一瞬、揺れた。慣れている、という言葉の罪深さを、たぶん、二人とも知っていた。三百年、どの聖女も知らなかった回数に、わたしの体だけが、慣らされている。

　指が脚の間に触れて、濡れた音を立てる。花芯を転がされ、中を慣らされて、一度目の波が来る。達したわたしの膝を割って、彼が沈んでくる。もう何十度目かの重さが、いちばん深いところに、届く。

「あ……っ、ふかい……」

「……っ、締めすぎです」

「わ、わざとじゃ……!」

「知っています」

　律動は、深く、長かった。

　必要量、という言葉が、月を追うごとに嘘くさくなっていくのと同じ速さで、この人の行為は、儀式から遠ざかっていた。奥を突きながら、彼はわたしの手を探して、指を絡める。手順書に、指を絡めろとは、書いていないはずだった。

「あっ、あ、ヴェルナー様……っ」

「……声が、変わりましたね。最初の頃と」

「だ、誰のせいですか……!」

「……私の、せいです」

　否定しなかった。その素直さに、胸の奥が痛くなって、内側が、勝手に彼を締めつけた。彼が低く呻いて、律動が速くなる。一度目の熱が、最奥で弾けた。注がれる聖力の熱に、体の重さが溶けていく。

　二度目は、横向きに抱かれて、ゆるやかに。三度目は、また正面から、深く。

　波を重ねるごとに、彼の呼吸から、儀式の平静が剥がれていった。汗が落ちる。指が食い込む。奥を穿つ律動に、隠しきれない飢えが混ざる。わたしはそれを、全部、気づかないふりをして受け止めた。指摘したら、終わる。この夜が、この回数が、この人の手つきが、全部。

　三度目の波が、頂点に来た。

「あ、あっ、いく、いっちゃう……!」

「……っ、エルシア様……!」

　様、がついたまま、名前が漏れた。

　最奥で熱が弾けて、わたしも達して、二人分の震えが重なって――

　その、余韻の中で。

　唇に、何かが触れた。

　柔らかくて、熱くて、一瞬で離れたそれが、何だったのか、わかるまでに数秒かかった。

　口づけ、だった。

　浄化の儀に、口づけの工程は、ない。触れる場所も、順番も、全部決まっているこの儀式の、どの頁にも、唇に触れろとは書いていない。

　彼も、気づいていた。離れた顔が、自分のしたことに、凍りついていた。

「……ヴェルナー様」

　わたしは、静かに聞いた。

「いまのは、儀式の手順に、ありますか」

　沈黙が、長かった。

　燭台の火が、爆ぜた。

　彼は、答えなかった。答えられないまま、視線だけが、わたしの唇から、逃げるように外れた。嘘の得意な人なら、「聖力の伝導です」とでも言えばよかったのだ。この人は、嘘の分量を、記録簿の数字にしか書けない人だった。

「……後始末を、します」

　掠れた声で、それだけ言って、彼はわたしの体を清め、衣を直した。

　それから――寝台の脇に、腰を下ろしたまま、動かなくなった。

　背中が、こちらに向いていた。広い背中だった。立ち上がって、記録簿に数字を書いて、扉を開けて、帰る。いつもの手順が、今夜は、どこかで止まっていた。香が一本、燃え尽きるまで、その背中は、動かなかった。

　帰りたくないのだ、と、わたしは天井を見ながら思った。思って、何も言わなかった。言えば、終わる。この共犯を、続けるために、わたしたちは二人とも、黙る技術ばかり上手くなっていく。

　やがて、彼は立ち上がった。

　机に向かって、革表紙を開いて、羽根ペンを取って――一度、止めて。

「――記録します」

　絞り出すような声だった。

　その数字が、嘘だと知ったのは、翌週のことだった。

＃７　古い記録簿

　大聖堂の書庫に入ったのは、単なる好奇心だった。

　自分の前に、どんな聖女がいたのか知りたかった。それだけだ。

　棚の奥に、革表紙の帳面が並んでいた。歴代の、浄化の記録簿。ライナルトが持っているものと同じ体裁で、背に年号が入っている。

　わたしは、いちばん新しい――先代の聖女の一冊を、抜き出した。

　開いて、目を疑った。

　――必要量、一。実施、一。

　次の月も。その次の月も。

　一年分、めくった。全部、一だった。

　その前の聖女も。さらに前も。三百年ぶんの記録簿を、わたしは震える手でめくった。

　どの聖女も、月に一度だ。

　例外は、疫病の年に「二」が三回あっただけ。

　わたしは、床に座り込んだ。

　――四度。

　先月のわたしの記録は、四だった。

　三百年、誰ひとり超えなかった数字を、わたしだけが、毎月超えている。

　もう一冊、めくった。

　先代の聖女――六十過ぎで亡くなったという、あの方の記録簿だ。最後の頁の日付は三年前で、担当神官の欄に、几帳面な字があった。

　ライナルト・ヴェルナー。

　その頁にも、数字は「一」だった。ずっと、一だった。

　わたしは、その字を指でなぞった。同じ手が書いた数字が、相手によって、こんなに違う。

　わたしのぶんの記録簿だけ、四なのだ。

　◇

　書庫を出るとき、司祭とすれ違った。

　わたしは、平静を装って聞いた。

「あの……穢れの量って、年によって変わるものですか」

「ほとんど変わりません」

　老司祭は、当たり前のように答えた。

「五百年、この地の穢れは一定です。ゆえに、必要量も一定。……だからこそ、聖女様の御身は、月に一度で済むのです」

　済むのです。

　その言葉が、階段を降りるあいだじゅう、頭の中で鳴っていた。

　彼は、数字を書き足していた。

　几帳面な字で、毎月、嘘を。

＃８　必要量

　その夜、わたしは儀式の間で、彼を待っていた。

　記録簿を、膝の上に置いて。

　ライナルトは、扉を開けて、わたしの手の中のものを見て、足を止めた。

　三秒。

　それから、いつもと同じ平らな顔で、部屋に入ってきた。

「……書庫に、入りましたか」

「入りました」

　わたしは、立ち上がった。

「先代の聖女様は、月に一度でした。その前も、その前も。……三百年、誰も、二を超えていません」

「……そうですか」

「わたしは、四です」

　声が、震えた。

「ヴェルナー様。わたしの穢れは、そんなに重いんですか。……わたし、どこか、汚れているんですか」

　彼の顔が、初めて――ほんとうに初めて、動いた。

「違う」

　一歩、詰めてきた。

「あなたは、汚れていない。三百年でいちばん、穢れの薄い聖女だ」

「……なら、なぜ」

「必要量だ」

「嘘です!」

　わたしは、記録簿を床に叩きつけた。

「何度も、何度も呼んで、わたしの体に、必要のないものを――」

　そこで、言葉が止まった。

　必要のないもの。

　自分で言って、自分で気づいた。

　三百年ぶん、誰も超えなかった回数。手順書にない口づけ。帰らない背中。三分の見回り。

　「情を持ちません」と、初日に宣言した男。

「……ヴェルナー様」

　わたしは、その顔を見上げた。

「あなた、わたしに」

「――言うな」

　初めて聞く、荒い声だった。

「言えば、聞いた者が出る。聞いた者が出れば、報告される。報告されれば、私は解任され、あなたは別の神官に引き渡される」

　彼は、わたしから一歩、離れた。

「だから、必要量だ。……最後まで、必要量ということにしておいてくれ」


――体験版はここまでです。
この続きは、製品版でお楽しみください。

齋藤あいり（@NotHumanDesire）
