第8話「先輩、来るってさ」


昼休み。
一年生の教室は、いつものように騒がしかった。
廊下からは別のクラスの笑い声が聞こえ、窓際では男子数人がスマートフォンのゲームを覗き込んでいる。
教室の後ろでは、机を四つくっつけて早紀、結衣、美咲、梨乃が昼食を食べていた。
早紀は椅子に横向きに座り、片手でスマートフォンを操作している。
結衣は机に肘をつき、ミルクティーの紙パックをストローでかき混ぜていた。
美咲はコンビニのサンドイッチを食べながら、梨乃と明日の買い物について話している。
「ねえ、明日さ、何時集合にする？」
「十一時くらいでよくない？」
「早紀、あのお店行きたいって言ってなかった？」
「うん。新作のバッグ見たい」
早紀はスマートフォンの画面を美咲に向けた。
「これ」
「えー、かわいい！」
梨乃も身を乗り出す。
「いいじゃん！　早紀っぽい！」
「でしょ？」
早紀が笑った。
「あと服も見たいんだよね」
「私も！」
結衣が顔を上げた。
「明日、結構歩きそうだねー」
「絶対歩くよ。あそこ広いもん」
美咲がサンドイッチの袋を丸めながら言った。
「しかも、いろいろ買ったら荷物やばそう」
「分かるー！」
梨乃が笑う。
「この前も帰り大変だったし」
その時だった。
「あ、そうそう！」
結衣が思い出したように声を上げた。
「明日さ、先輩も来るから！」
三人の手が止まった。
「……え？」
美咲が顔を上げる。
「先輩って？」
結衣はにっこり笑った。
「ほら、修一先輩！」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「ええっ！？」
美咲が大きな声を出した。
「ちょっと待って、あの先輩！？」
「そう！」
「え、ほんとに来るって？」
「うん！」
結衣は楽しそうに頷いた。
「しかもバイトのシフトずらしてまで来るって！」
「……っ！」
美咲が吹き出した。
「キャハハハ！　マジで！？」
梨乃も目を丸くする。
「えっ、わざわざ！？」
「そうだよー！」
結衣はスマートフォンを取り出した。
「見て見て！」
三人が画面を覗き込む。
そこには、数日前の水曜日に交わされたLINEが表示されていた。
結衣：先輩、今度の土曜日って空いてる？
修一：土曜日ですか？　午後はアルバイトが入っていますが……
結衣：そっかー。早紀たちと買い物行くんだけど、先輩もどうかなって思って
修一：えっ、早紀さんも一緒なんですか？
結衣：うん！　美咲と梨乃もいるよ！
修一：そうなんですね！
修一：でも、僕が行っても大丈夫なんでしょうか？
美咲が笑った。
「……あははっ！　何この聞き方！」
梨乃も口元を押さえる。
「『大丈夫なんでしょうか？』だって！」
結衣が笑いながら画面を下に送った。
結衣：もちろん！　買い物いっぱいするから、荷物持ってくれると助かるなーって
結衣：あと、写真とか動画も撮ってほしいし！
修一：あ、荷物持ちと撮影ですね！　それなら僕でもお役に立てると思います！
「……っ！」
美咲が机を叩いた。
「キャハハハ！」
梨乃も吹き出した。
「ちょっと待って！　荷物持ちってちゃんと言ってるじゃん！」
「言ったよー！」
結衣が得意げに笑った。
「隠してないもん！」
美咲は笑いながら言った。
「いや、普通さ！　休日に女子四人の荷物持ち頼まれたら、嫌じゃない？」
「ねー！」
梨乃が頷いた。
「しかもバイトあるんでしょ？」
「そうそう！」
結衣が画面をさらに下に送った。
修一：土曜日のアルバイトですが、シフトを交代してもらえるか確認してみます！
結衣：えっ、そこまでしてくれるの？
修一：はい！　せっかく誘っていただいたので！
美咲は声を上げて笑った。
「キャハハハ！　せっかく誘っていただいたので、だって！」
梨乃も笑いながら首を振った。
「先輩、何か勘違いしてない？」
「してるでしょー！」
美咲が笑った。
「私たちと遊びに行くつもりなんじゃない？」
早紀はスマートフォンから目を離さずに言った。
「でも荷物持ちって言ってあるんでしょ？」
「うん！」
結衣が頷いた。
「ちゃんと言ったよ！」
「じゃあいいじゃん」
早紀はあっさり答えた。
美咲が結衣を見る。
「で？　結局、シフトどうなったの？」
「それがさー！」
結衣は嬉しそうに画面を切り替えた。
木曜日の夜に届いたメッセージだった。
修一：結衣さん！　土曜日のシフト、交代してもらえました！
修一：なので、僕も行けます！
結衣：ほんと！？　ありがとう先輩♡
修一：いえ！　こちらこそ誘っていただいてありがとうございます！
「……っ！」
梨乃が笑い崩れた。
「キャハハ！　お礼言ってる！」
美咲も机に突っ伏す。
「いやいや！　荷物持ちに行くんだよね！？」
「そうだよー！」
結衣は笑っていた。
「なのに先輩、すっごい喜んでた！」
早紀が顔を上げた。
「へえ。ほんとにバイト休んだんだ」
「うん。代わってもらったんだって」
「そこまでするんだ」
早紀は小さく笑った。
美咲がまだ笑いながら聞いた。
「ねえ結衣、ちゃんと何してもらうか言ったの？」
「言ったよーー！」
結衣は笑顔で答えた。
「荷物持ちと撮影って！」
「それでも来るんだ？」
「うん！」
結衣は少し声を落とした。
「でもさ、それだけだと先輩、ちょっと迷ってたみたいだったから」
「え、何て言ったの？」
美咲が身を乗り出した。
結衣はにやりと笑った。
「『早紀にいいとこ見せるチャンスですよ』って言ったの」
「……っ！」
美咲が口を開けた。
梨乃も一瞬、固まった。
そして。
「キャハハハハ！」
二人が同時に吹き出した。
「ちょっと！　それ言ったの！？」
「言ったよー！」
「ひどーい！」
梨乃は笑いながら机を叩いた。
「振られたばっかなのに！」
「そうそう！」
結衣も笑っている。
「そしたら先輩、すごい感謝してた！」
「ええーっ！」
美咲が目を丸くした。
「何て！？」
結衣は画面を見せた。
結衣：先輩、早紀にいいとこ見せるチャンスですよ♡
修一：えっ、そうでしょうか？
結衣：うん！　先輩がいろいろ手伝ってくれたら、早紀も助かると思うし！
修一：そうですね！　ありがとうございます！
修一：結衣さん、いつも僕のこと気にかけてくれて、本当にありがとうございます！
修一：土曜日は頑張ります！
「……っ！」
美咲が顔を伏せた。
「キャハハハ！　無理！　ちょっと無理！」
梨乃も笑いが止まらない。
「『いつも僕のこと気にかけてくれて』だって！」
「キャハハ！」
「結衣、めっちゃ感謝されてるじゃん！」
「そうなのー！」
結衣は得意げに笑った。
「私、ただ荷物持ちお願いしただけなのに！」
「いや、早紀の名前出してるじゃん！」
「だって本当でしょ？　早紀も荷物持ってもらえたら助かるし！」
結衣は悪びれずに言った。
美咲が早紀を見た。
「ねえ早紀、先輩にいいとこ見せられたらどうする？」
早紀は一瞬、きょとんとした。
「どうするって？」
「だからさ、荷物いっぱい持ってくれて、写真も撮ってくれて、いろいろ頑張ってくれたら！」
早紀は鼻で小さく笑った。
「普通に助かるけど？」
「それだけ？」
「それだけだよ」
「キャハハ！」
梨乃が笑った。
「先輩、頑張っても意味ないじゃん！」
早紀は首をかしげた。
「だって、付き合うとかは別の話じゃん」
「まあねー！」
美咲が頷いた。
「先輩、まだ早紀に可能性あると思ってるのかな？」
「知らないよー」
早紀は笑った。
「ちゃんと断ったし」
結衣が言った。
「でも先輩、早紀のことになるとすぐ頑張るじゃん」
「そうだね」
「今回もそうだし！」
美咲が笑った。
「ねえ、もし先輩が明日すっごい頑張ったら、ちょっとくらい見直す？」
早紀は即答した。
「えー、無理無理！」
「キャハハ！」
「荷物持ってくれたからって、何で付き合わなきゃいけないの？」
「だよねぇ～！」
梨乃が笑った。
早紀は続けた。
「ていうか、あんな人とデートとか絶対無理だし」
「分かるー！」
美咲が大きく頷いた。
「隣歩くのも、ちょっと気まずくない？」
「だから明日は荷物持ってもらうんじゃん」
早紀は何でもないことのように言った。
「後ろ歩いてもらえばいいし」
「……っ！」
美咲が吹き出した。
「キャハハハ！　後ろ！」
梨乃も笑った。
「完全に付き添いの人じゃん！」
「だって私たち四人で買い物するんだもん」
早紀は笑った。
「先輩が来るからって、予定変える必要ないでしょ？」
「それはそう！」
結衣が頷いた。
「先輩も荷物持ちでいいって言ってるしね！」
美咲は笑いながら結衣のスマートフォンを指さした。
「ねえ、先輩ってさ、明日何着てくるんだろ？」
「えー、分かんない！」
結衣が笑う。
梨乃が言った。
「何か、めっちゃ気合い入れてきそうじゃない？」
「ありそう！」
美咲が笑った。
「早紀と休日に会えるからって！」
「キャハハ！」
結衣も吹き出した。
「先輩、絶対張り切ってくるよね！」
美咲が急に顔をしかめた。
「えー、でもさ、ちょっと待って」
「何？」
「先輩の私服って、やばそうじゃない！？」
「……っ！」
梨乃が吹き出した。
「キャハハ！　確かに！」
「何着てくるんだろ！」
「えー、何か変なチェックのシャツとか？」
「ありそうー！」
結衣が笑った。
「しかも、頑張っておしゃれしたつもりのやつ！」
「キャハハハ！」
美咲は笑いながら首を振った。
「やだー！　想像できちゃう！」
梨乃も口元を押さえた。
「普段あんな感じなのに、急におしゃれして来られても困るよね！」
「分かる！」
美咲が頷いた。
「ていうか、私、隣歩きたくないかも！　キャハハ！」
「ひどーい！」
結衣が笑った。
「えー、じゃあどうするの？」
梨乃が聞いた。
「五人で並んで歩くの？」
「えっ、それはちょっと……」
美咲が顔をしかめた。
「何か、先輩も私たちのグループみたいになるじゃん！」
「キャハハ！　確かに！」
早紀はレモンティーを一口飲んだ。
「じゃあ、後ろ歩いてもらえばよくない？」
「……あっ！」
美咲が顔を上げた。
「それいい！」
結衣も笑った。
「荷物持ってもらうんだしね！」
「そうそう！」
早紀は何でもないことのように続けた。
「私たち四人で歩いて、先輩は荷物持って後ろからついてきてもらえばいいじゃん」
「キャハハハ！」
梨乃が机を叩いた。
「完全に荷物持ちの人じゃん！」
「だって実際そうでしょ？」
早紀が笑った。
「先輩には荷物持ちと撮影お願いしてるんだから」
「まあねー！」
美咲が頷いた。
「じゃあ、私たちが買い物してる間、先輩は荷物持って待っててもらう感じ？」
「うん」
「で、写真撮りたい時だけ呼ぶの？」
「そうそう！」
結衣が楽しそうに答えた。
「先輩、呼んだらすぐ来てくれそうだし！」
「キャハハ！」
梨乃が笑った。
「先輩、ずっと後ろで待機してるの！？」
美咲は修一の口調を真似た。
「『……あ、何かお手伝いすることありますか？』」
「キャハハハ！」
結衣が吹き出した。
「似てるー！」
早紀も笑った。
「ほんとに言いそう」
美咲はさらに続けた。
「『……荷物、僕が持ちます！』」
「やだー！　絶対言う！」
梨乃は笑いながら机に突っ伏した。
結衣がにっこり笑った。
「でも先輩、そういうの頼まれると嬉しそうにするからねー！」
「じゃあちょうどいいじゃん！」
美咲が笑った。
「私たちは買い物楽しめるし、先輩も役に立てて嬉しいんでしょ？」
「そうそう！」
早紀はスマートフォンを手に取った。
「じゃあ、それで決まりね」
「はーい！」
四人は笑いながら頷いた。
その時、結衣が思い出したように言った。
「あ、そういえば先輩、集合場所ももう調べてるんだよ」
「えっ？」
「『駅からの道順を確認しておきます』って」
「キャハハ！　仕事じゃん！」
梨乃が笑った。
「しかも集合時間より早く来そう！」
「絶対来るでしょ！」
結衣が頷いた。
「先輩、遅刻とかしなさそうだもん！」
美咲が笑った。
「三十分前とかにいそう！」
「いや、一時間前じゃない？」
「キャハハ！　そんなに早く来て何するの！」
「私たち待ってるんじゃない？」
「えー、やだー！」
四人が笑った。
その時、美咲がふと顔を上げた。
「あっ！」
「何？」
梨乃が聞く。
「じゃあさ、先輩にあれ買ってもらおうよ！」
「何？」
「ほら、ドーナッツ・パレットの！」
美咲はスマートフォンを取り出した。
「今めっちゃ流行ってる、もちゅりんリング！」
「あーっ！」
梨乃が声を上げた。
「私もそれ食べたい！」
結衣も身を乗り出した。
「えっ、あのもちもちのやつ？」
「そうそう！」
美咲が画面を見せる。
そこには、丸く膨らんだ生地に色とりどりのクリームをのせたドーナツの写真が並んでいた。
「これこれ！」
「えー、かわいい！」
早紀も画面を覗き込んだ。
「私、これ気になってた！」
「でしょ！？」
美咲が嬉しそうに言った。
「私さ、あれ食べてみたって動画撮りたいんだよね！」
「いいじゃん！」
結衣が頷いた。
「四人で食べ比べとか！」
「そうそう！　味違うやつ買って！」
梨乃が言った。
「でもさ、あれ相当並ばないと駄目みたいじゃん！」
「あー、そうなんだよね！」
美咲が画面をスクロールした。
「見て！　昨日行った人、一時間以上待ったって！」
「えー！」
早紀が眉を寄せた。
「そんなに並ぶの？」
「そうらしいよ！」
「やだー。そんなに待ちたくない」
結衣が笑った。
「私も嫌！」
梨乃も頷いた。
「せっかく買い物行くのに、ドーナツで一時間も使いたくないよね」
「そうそう！」
美咲は残念そうに画面を見た。
「でも食べたいんだよなー」
その時、結衣が口を開いた。
「……あ、じゃあさ！」
三人が顔を上げる。
「先輩に先に行って買っといてもらえばいいじゃん！」
一瞬、沈黙。
「……あっ！」
美咲が目を丸くした。
「それいい！」
梨乃も笑った。
「確かに！　どうせ早めに来るんでしょ？」
「そうそう！」
結衣は楽しそうに頷いた。
「だったら、その時間使って並んでもらえばいいじゃん！」
早紀も笑った。
「あー、なるほどね」
美咲がスマートフォンを見た。
「でも一時間以上待つんでしょ？」
「うん」
「売り切れたりするみたいだし」
梨乃が言った。
「じゃあ、もっと早く行ってもらったほうがよくない？」
結衣が笑った。
「じゃあ二時間くらい先に行って買ってもらう？」
「キャハハ！」
美咲が吹き出した。
「えー！　二時間！？」
梨乃も笑った。
「さすがに早すぎない？」
「でも先輩、来るんじゃない？」
結衣があっさり言った。
早紀も頷いた。
「頼んだら来そう」
「キャハハ！　確かに！」
美咲は笑いながら首を振った。
「でも二時間前に来てって、ちょっと言いづらくない？」
「えー、そう？」
結衣が首をかしげる。
「だってさ、私たちが十一時集合なのに、先輩だけ九時に来てってことでしょ？」
「そうだよ」
「キャハハ！　完全に買い出し係じゃん！」
梨乃が笑った。
「まあ、実際そうなんだけど！」
「やだー！」
四人が笑った。
結衣はストローをくわえながら、少し考えた。
そして、にっこり笑った。
「じゃあさ、一時間前にお願いすればいいんじゃない？」
「一時間前？」
「うん。先輩には十時に集合って言うの」
美咲が頷いた。
「うんうん」
「で、私たちは十一時くらいに行けばよくない？」
「……っ！」
美咲が口を開けた。
次の瞬間。
「キャハハハハ！」
梨乃も吹き出した。
「ちょっと待って！　それ先輩だけ一時間待つじゃん！」
「そうだよー！」
結衣は笑った。
「その間にドーナツ買ってもらえばいいし！」
「でもさ、もし一時間で買えなかったら？」
美咲が聞いた。
結衣は少し首をかしげた。
「じゃあ私たち、もうちょっと遅く行けばいいじゃん」
「キャハハ！」
梨乃が机を叩いた。
「先輩、ずっと並んでるの！？」
「うん！」
「で、私たちは買い終わる頃に行くんだ？」
「そうそう！」
結衣は嬉しそうに頷いた。
美咲は笑いながら言った。
「えー、でもそれ、先輩怒らない？」
早紀がすぐに答えた。
「怒らないでしょ」
「だよねー！」
梨乃が笑った。
「先輩、怒ってるところ想像できない！」
結衣も頷いた。
「むしろ『買えました！』って嬉しそうに報告してきそう！」
「キャハハハ！」
美咲が修一の口調を真似た。
「『……あ、皆さん！　無事に買えました！』」
梨乃が吹き出した。
「似てる！」
美咲はさらに続けた。
「『……一時間半並びましたけど、大丈夫です！』」
「キャハハハハ！」
四人の笑い声が重なった。
早紀も笑いながら言った。
「じゃあ、ちゃんと褒めてあげなきゃね」
「そうそう！」
結衣が頷いた。
「『先輩すごーい！　ありがと♡』って！」
美咲が笑った。
「それだけでいいの？」
「うん！」
結衣はあっさり答えた。
「先輩、絶対喜ぶよ！」
梨乃が笑った。
「また結衣のしつけ始まった！」
「キャハハ！」
結衣も笑った。
「違うってばー！」
美咲がスマートフォンを見ながら言った。
「でもさ、もちゅりんリングって一個結構高いんだよね」
「いくら？」
「三百円から四百円くらい」
「へえー」
「四人で何種類か食べ比べするなら、結構買わないとだよね」
早紀が言った。
「私、二種類食べたい」
「私も！」
梨乃が手を上げた。
「じゃあ八個くらい？」
美咲が数える。
「そうだね！」
結衣が笑った。
「先輩にお願いしよっか！」
美咲が顔を上げた。
「え、買うお金は？」
「え？」
結衣がきょとんとした。
「先輩じゃないの？」
「……っ！」
美咲が吹き出した。
「キャハハ！　そこも！？」
「だって先輩、いつも買ってくれるじゃん！」
「確かに！」
梨乃も笑った。
「この前も四人分の飲み物買ってくれたし！」
早紀がスマートフォンをしまいながら言った。
「じゃあ、結衣からお願いしといて」
「はーい」
結衣はすぐに修一とのLINEを開いた。
美咲が身を乗り出す。
「何て送るの？」
「んー、ちょっと待って」
結衣は画面を見ながら文字を打ち始めた。
結衣：先輩♡ 明日ちょっとお願いがあるんだけど！
数秒後。
既読がついた。
「早っ！」
美咲が笑った。
「もう読んでる！」
修一：はい！　何でしょうか？
「キャハハ！」
梨乃が吹き出した。
「返事も早い！」
結衣は笑いながら続けた。
結衣：今流行ってるドーナッツ・パレットのもちゅりんリングって知ってる？
修一：すみません、知らないです……
結衣：私たち明日それ食べて動画撮りたいんだけど、すごく並ぶみたいなの！
結衣：先輩、ちょっと早めに行って買っておいてもらえないかな？
「……っ！」
美咲が笑いをこらえながら画面を見つめる。
梨乃も結衣の肩越しに覗き込んだ。
少しして、返信が届いた。
修一：分かりました！　何時頃に行けばいいでしょうか？
「キャハハ！」
美咲が声を上げた。
「もう引き受けてる！」
結衣は笑顔で返した。
結衣：10時くらいにお願いできる？　私たちもそのくらいに行く予定だから
修一：はい！　大丈夫です！
修一：何個買えばいいですか？
結衣が三人を見る。
「何個だっけ？」
「八個！」
美咲が答える。
結衣：とりあえず8個お願い 味はいい感じに選んで！
修一：承知しました！
修一：売り切れないように、もう少し早く行って並んでおきますね！
一瞬。
四人が画面を見つめた。
そして。
「……キャハハハハ！」
美咲が机に突っ伏した。
「ちょっと待って！　自分からもっと早く行くって！」
梨乃も笑いが止まらない。
「もう十時より早く行くつもりじゃん！」
結衣は笑いながらスマートフォンを持ち上げた。
「ほらー！　言ったでしょ！」
早紀も小さく吹き出した。
「ほんとに自分から行くんだ」
美咲は笑いながら言った。
「え、じゃあ私たち十一時に行けばいいんだよね？」
「うん！」
結衣が頷いた。
「先輩、買えたら連絡してくれると思うし！」
「じゃあその頃に行こ！」
梨乃が笑った。
「えー、楽ちん！」
美咲はまだ笑っていた。
「先輩だけ朝から並んで、私たちはゆっくり集合？」
「そうそう！」
結衣はにっこり笑った。
「先輩、早紀にいいところ見せられるんだから、きっと頑張ってくれるよ」
「キャハハハ！」
早紀はレモンティーの紙パックを持ち上げた。
「じゃあ、明日はドーナツ楽しみにしてよっと」
「うん！」
「動画も撮ろうね！」
「絶対バズらせたい！」
四人は再び、明日の動画の構成について話し始めた。
どの味から食べるか。
誰が最初に感想を言うか。
どんなサムネイルにするか。
その話し合いの中で、修一が何時に起きるのか、どれほど長く並ぶのかを気にする者は一人もいなかった。
「……でもさ」
「ん？」
「先輩、バイトのシフトまでずらして来るんでしょ？」
「うん」
「その日、バイト入ってたらお金もらえたんだよね？」
「そうだねー」
「なのに休んで、私たちの荷物持つの？」
結衣が笑った。
「そうだよ！」
美咲は口元を押さえた。
「……何か、すごくない？」
梨乃が笑う。
「自分からお金もらえる仕事休んで、タダで荷物持ちに来るんだ」
「しかもドーナツまで買って撮影もしてくれるんでしょ？」
「うん！」
「キャハハ！」
美咲がまた笑った。
「何それ！　先輩にとって、私たちの荷物持つほうがバイトより大事なんだ！」
結衣は楽しそうに頷いた。
「そりゃそうだよ。先輩が私達と遊べるなんて、それくらいの価値があるの当然だよ」
「キャハハハ！確かにそうだよね」
それで当然という空気が広がっていく
早紀はレモンティーを一口飲んだ。
そして、何気なく言った。
「まあ、それに無理に誘ってるわけじゃなくて、先輩が来たいって言うならいいんじゃない？」
美咲が頷く。
「そうだねー」
「別に無理やり呼んだわけじゃないし」
早紀は続けた。
「本人がバイトまでずらして来たいって言ってるんだから」
「確かに！」
梨乃が笑った。
「じゃあ遠慮しなくていいか！」
結衣がにっこり笑った。
「そうそう！　先輩、明日すっごい楽しみにしてるみたいだし！」
美咲が首をかしげた。
「……でも、私たち先輩と遊ぶつもりないよね？」
「うん」
早紀が即答した。
「私たち四人で買い物するんだよ」
「だよねー！」
「先輩には買い物とか荷物持ってもらうだけ」
「写真もね！」
結衣が付け加えた。
「そうそう！」
美咲は笑った。
「じゃあ先輩、一日中働くんだ！」
梨乃も笑った。
「しかも無料で！」
「キャハハハ！」
四人の笑い声が、教室の後ろに広がった。
近くの席にいた女子が振り返る。
「何？　何の話？」
美咲は笑いながら手を振った。
「いや、何でもない！」
結衣も笑顔で言った。
「明日の買い物の話ー！」
「いいなー！」
「今度一緒に行こー！」
そんな会話を交わしている間に、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「あ、やば！」
梨乃が立ち上がった。
「次、移動教室じゃん！」
「えー、面倒くさい！」
美咲も慌ててパンの袋を片付ける。
早紀はスマートフォンを鞄にしまった。
結衣は最後にもう一度、修一とのLINEを開いた。
画面には、昨夜のメッセージが残っていた。
修一：土曜日はよろしくお願いします！
修一：皆さんのお役に立てるように頑張ります！
結衣は小さく吹き出した。
「……ふふっ」
早紀が振り返る。
「何？」
「いや、先輩さ」
結衣は画面を見せた。
「『お役に立てるように頑張ります』だって」
早紀は画面を覗き込んだ。
そして、少し笑った。
「……じゃあ、頑張ってもらおっか」
「うん」
結衣はスマートフォンをしまった。
四人は教室を出ていく。
明日、どの店から回るか。
何を買うか。
どこでお昼を食べるか。
楽しそうに相談しながら廊下を歩いていった。
その会話の中に、修一と一緒に楽しむ予定は一つもなかった。


――第8話・終わり。
