現在のセーラーヴィーナスは、代替わりして一年と経っておらず、今のセーラー戦士の中では最年少でもあった。
これは先輩のセーラー戦士が、クイーン・セレニティを守護するセーラー戦士であるのに対し、代替わりしたばかりのセーラーヴィーナスは、プリンセス・セレニティを守護するセーラー戦士としての役目を受けていたためであった。
いずれ残りのセーラー戦士も、プリンセス・セレニティの成人までには、代替わりを完了するだろう。その時のセーラー戦士のリーダーとして、ヴィーナスがいつもいち早く代替わりするのである。
そのために、今のセーラーヴィーナスは、セーラー戦士の中でも、まだ成人さえしていない少女であり、プリンセス・セレニティと共に成長していくセーラー戦士でもあったのである。
それゆえに、セーラー戦士としての能力は、訓練によって先輩のセーラー戦士と引けは取らなくても、精神的にまだまだ子供の部分が大きく残り、早く一人前になろうと虚勢を張っていた部分があったのである。
だから、今、目の前の男に対し、不安と恐怖がまざまざと心に染み込んできてしまっていた。
それでも、セーラー戦士として誇りは保ち続けていた。
「な、何を始めるというのです!」
虚勢を張り、ヴァルカンに向かって叫ぶ。
「なに、簡単なことです。処女検査を行なうだけですよ」
ヴァルカンの言葉に、ヴィーナスは血の気を失せた顔に、急激に血の気が戻ってきた。
「な、何馬鹿なこと言っているの! そんな事できるわけがないじゃない!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
金星のマゼラン・キャッスルで、プリンセスの一人として王室の中に快適に育ち、セーラーヴィーナスを引き継いでからも鍛錬に勉強に勤しんだヴィーナスは、当然男性経験はなかった。
一般に月の王国や金星などの各惑星の国家の住民は、男性も女性も性の営みを行なうのが許されるのは成人後であり、それ以前は不徳とされていた。それゆえに異性に裸身などをさらすのは恥ずべき行為とされ、性交渉などなおさら不浄とされていたのである。
セーラー戦士のように、二の腕や脚、首筋や胸元をさらけ出すのは戦士の様相のためという名目があるために認められていたが、それ以外の肌は出さないほうが良いとされる風潮があった。
「できるわけがないじゃない、ですか………そう、あなたにとってはそうでしょうね」
ヴィーナスの反論の叱責にも、ヴァルカンは口元を歪めながら言い放った。
「だから、最初は皆さん抵抗されると言ったでしょう」
ヴァルカンの目は異様な光を放ち、ヴィーナスに襲いかかった。
ヴィーナスは咄嗟に、ヴァルカンの突進を横に交わし、部屋の中央へ逃げた。
「冗談じゃないわ、こうなったらあなたを倒して、何とかこの部屋から抜け出してみせるわ!!」
ヴィーナスは、目の前の男を倒すことでしか、この貞操の危機から逃げ出す事はできないと考えた。
一応ヴァルカンも同じシルバーミレニアムの住民の一人でもあり、あまりいい気分ではなかったが、自分への理不尽な行為を許しておけるわけにはいかなかった。幸い今のヴァルカンの突進から、彼があまり動きに機敏性がないと判断し、セーラー戦士最強を自負する自分なら、余裕で勝てる気がしていた。
一番の年下といっても、すでに先輩のセーラー戦士との模擬戦では、セーラーマーキュリー、セーラーマーズにはすでに勝利し、現セーラー戦士最強を自他共に認めるセーラージュピターには引き分けに持ち込んだほど、優れた戦闘能力を持っていたのである。
「わたしを倒す、ですか。いいでしょうお相手いたしましょう」
しかし、ヴァルカンも余裕を見せるように、ゆっくりと振り返る。
「セーラー戦士のわたしに勝てるはずがないわ、ヴィーナス・ラヴミー・チェーン!」
セーラー戦士に勝てる力を持つ者は、銀水晶を操れるクイーン・セレニティしかいないはずであった。それは、王国の住民ならみな知っているはずである。だからこそ、目の前のヴァルカンの余裕に、強がりを言っていると思ってしまった。あるいは、長い間この地に住み、王国の情勢に疎くなってしまったのかとさえ哀れんだ。
ヴィーナスは動けなくして、扉を開けさせようと考え、黄金の鎖をその指からヴァルカンに向かって解き放つ。………はずだった。
「!?」
目の前にいる男をただ指差しているだけの姿勢のまま、ヴィーナスは言葉さえ詰まらせてしまった。
黄金の鎖、ヴィーナス・ラブ・ミー・チェーンが、放出されなかったのだ。指先にその気の集中さえなかったのである。
「フフフ、無駄ですよ。ここは特殊な結界の中です。あなたの能力は、全て封じられております」
そのヴィーナスの様子に、ヴァルカンが勝ち誇ったように声を出した。
「そんな………クレッセント・ビーム!!」
驚きの表情を浮かべヴィーナスは別の技を繰り出そうとした。
だが、やはり何も起きなかった。
――――中略――――
ヴィーナスは、悔し涙が滲んできそうなのを必死に耐え、口元を歪めるヴァルカンを、きっと睨んだ。
「いかかですかな、まだ歯向かうおつもりですか? 素直に私と一つになりましょう」
降伏勧告をしてくるヴァルカン。ヴィーナスがそれに従えるはずはなかった。
無言のまま、ヴァルカンを睨みながら、体内に襲う激痛に耐えて起き上がる。
「そうですか、まだやると仰るのですか? まだ、私の実力の半分も出していないというのに」
ヴィーナスは睨んだまま内心動揺した。今のでまだ半分以下の力だというのである。もし全力のヴァルカンが襲ってきたら、自分はまったく付いていけそうもなかった。
「仕方ありません。方法を代えます。いえ、心配はご無用。今のような奴を全力でやるとなると、あなたのその美しい躯を壊してしまいますからね」
ヴァルカンは、ぞっとするような笑みをこぼした。
ヴィーナスの背筋に冷たいものが走った。
目の前の男に対し、本当の恐怖を感じた。自分以上の力を持ち、自分を辱めようとする言葉と行動に、単なる戦いでの圧倒的不利への恐れではなく、女性としての本能からの恐怖を感じてしまったのである。
ヴァルカンは、しばらく何も仕掛けてこなかった。その間に、ヴィーナスはもう一度何とか身構えることができ、じっとヴァルカンと対峙する。