まったく女の子ってのは、つくづく厄介な生き物だと思う。 それは何も、一センチ一グラムの増減で一喜一憂してみたり、寝過ごした慌ただしい朝に限って髪の形が決まらなくてイライラしたり、周期ごとに決まって訪れる月の巡りに煩わしさを感じたり、とかそういう話だけじゃない。 そもそもその程度の事象は、わたしにとってはさしたる問題でも無いことだ。女としての緊張感を以て、見た目を優雅に保つのはそれなりに楽しいことでもあるし、月毎に来る憂鬱な期間も、それが女の肉体として正常に機能している証なのだから、鬱陶しくはあっても、逆に無ければ困るだろう。 ──わたしは魔術師だ。自己の理論の追求を至上の命題とし、その為には時に、私情を切り捨てる事を要求される彼の者の眷属と、遠坂凛は生まれる前から定められている。 その結果、わたしには本来女の子が自然に持っているはずの柔らかさとか、素直さとか、そういう資質が見事に欠け落ちてしまっているのだ。色香が足りない、優雅さも不足だ、何より可愛さが分かりづらい──と言いたい放題一方的に言ってくれた挙げ句、見返す暇さえ残してくれずに消えてしまった何処かのひねくれ者には今でも腹が立つのだが、奴の言った言葉はそのままわたしに当てはまる。そう認めるのはちょっとだけ悔しいけど、確かにアイツはわたしのことを良く理解していた。アレは皮肉屋な彼なりの、当を得た忠告ではあったのだろう。 だからせめて、外見や立ち居振る舞いだけでも女の子らしくあれるように。 そうやってわたしは、魔術師としての自分と女の子である自分とにバランスを取りながら生きてきたし、これからもそうやって生きていく筈だったのだ。 そう。 こんなに突然に、それまでの完璧な人生計画すっかり書き換えてしまうような邂逅が待ち受けているなんて、まったく予想だにしなかったことなのである。 ──別に、それでわたしの本質までが変わったとは思わない。彼にそういう想いを抱いた所で、今までの遠坂凛の在り方を崩してしまうような自分を、わたしは到底許せそうにないし、アーチャーだってそんなわたしに士郎を預けてはいかないだろう。 それに何より、そうした遠坂凛の姿に、士郎がずっと憧れを持っていてくれた──ということは、わたしのひそかな喜びでもあり、誇りでもあり──そしてちょっとだけ、士郎をからかって楽しむ時のこの上ない材料でもあるのだから。 でも、それはそれとして。 士郎とそういう関係になってから、わたしの中に新しく芽生えた数多の感情が確かにある。 それは大概跳ねっ返りで暴れん坊で、わたし自身の手にも負えないほど面倒だ。 ……例えば、士郎のお布団で目覚めた朝、隣に彼が居てくれなかった時。 ……例えば、士郎がわたしの知らないことを楽しそうに桜と話している時。 ……例えば、わたしの技量では遙か及ばない領域で、士郎とセイバーが真剣に手合わせしている時。 ……例えば。例えば。例えば───── 瑣末なことまで指折り数えればキリが無い。 そのたびに、わたしの胸の中でじたばたとみっともなく暴れる、今まで覚えたこともないような厭わしい想いがある。 それは我が儘で自分勝手で、そう分かっているのに涙が出るほど士郎のことが腹立たしくて、それにもましてそんな自分が鬱陶しい。 その在り方は、女の子と言えばこれ以上ないほど女の子らしいものなんだろう。 まったく皮肉だ。士郎を好きになっても、肝心な所は全然女の子らしくなれないわたしが、士郎を好きになったことで、イヤなところだけ女の弱さを露呈していく。 ああ。 本当に女の子ってのは、我ながらつくづく厄介な生き物だ───── 「……し、ろぉ……ん、は、ぁ……」 「遠……坂、」 背伸びをして、無理やり奪うようにわたしの方から始まった口づけは、気がつくと随分と深くなっていた。士郎の唇は、その鍛え上げられた四肢の逞しさからは想像もつかないくらい柔らかく熱くて、キスしていると時々、不意に強く噛んで苛めてしまいたくなってくる。 「ん、ふぅ……」 未だ何処となく及び腰の士郎を、外に続く玄関の扉にぎゅっと押しつけて、その首に腕を絡ませた。ここのところ急激に伸び始めている彼の上体には、少し背伸びをしなければ手が届かなくなっている。学園指定の革靴を履いたままの両足で、うん、と爪先立ちすると、足元できしりと革の軋む音がした。 「士郎……もっと、して……」 「ん──どうした、んだよ、遠坂……」 熱い吐息交じりに唇に触れる士郎の言葉は、まだ僅かに戸惑いを帯びている。それでも彼は、一心に体をすり寄せるわたしのことを、その両腕でちゃんと抱き留めてくれてはいるけれど。 キスの合間にそっと瞼を押し上げて、すぐ傍にある士郎の顔を窺うと、彼は少し困惑の滲む面差しで、わたしと唇を重ねていた。 汗ばんだ額と、ほんのり赤く上気した頬は子供みたいで可愛いのに、きつく寄せた眉には妙な色っぽさがある。 ──こんな士郎の顔を知ってるのは、間違いなくわたしだけ。 そう思うと、もっと良く彼の表情を見たくなって、わたしは瞳を開けたままのキスを続けながら、更に士郎に顔を近づけた。 「……遠坂……?」 と。 わたしの視線に気づいたのだろうか。士郎が目を開いて、わたしから唇をそっと離す。大きな琥珀色の瞳が、士郎を見つめるわたしのことをじっと見下ろしていた。 「どうかしたのか? 遠坂……こんな、いきなり──」 広い手のひらが、背中に流れ落ちた黒髪をゆっくりと撫でる。それは決して恋人の愛撫ではなく、どちらかと言えば、だだをこねる幼子を落ちつかせるような優しい動きだ。 「遠坂」 わたしの名前を確かめるように呼ぶ士郎の声にも、キスの名残りの熱さより、わたしに対する心配の色が幾分濃い。 ──まあ、それも無理は無いだろう。 そもそも今日は一緒に帰る約束なんてしてなかったし、下校途中に道で偶然顔を合わせた士郎を、半ば強引にわたしの家まで引っ張って来てしまったのも、お互いまったく予定外のことだったんだから。 玄関に入って二人っきりになった途端、鼓動が弾けるように高鳴ったのを覚えている。 気がつけばわたしは、制服姿の士郎をそのまま扉に押しつけて、彼の唇を奪っていた。 「……魔力が足りないの」 その腕に身を預けたまま、そう漏らしたわたしの言葉に、士郎が小さく息を飲む。 「え、だって昨日──」 そう言いかけて、彼はそのまま口を噤んだ。見れば、いきなりのキスにただでさえ上気していた士郎の顔が、照れて真っ赤に染まっている。きっと今の一言で、夕べのいやらしい光景をありありと思い出してしまったんだろう。 昨日も士郎はわたしの家に泊まっていって、魔術の鍛練と講義を終えた後は、貪るように彼と抱き合った。空っぽになりかけていたわたしの体は、士郎が与えてくれる瑞々しい魔力を欲しがって、夜が白むまで何度求めたかよく思い出せないくらい。 ──それは半分ほんとで、半分は嘘。 だってわたしが望んでいたのは、決して士郎の魔力だけでは無かったから。 一度性の快楽を覚えてしまうと、女の体は呆れるくらい貪欲だ。あれほど痛くてつらかった男の挿入も、今ではその圧迫感を思い浮かべるだけで、じんじんとソコが痺れてくるみたい。日頃から鍛えていて体力のある士郎は、わたしの願いに応えきれないことは一度も無かったけれど、でも、足りない、足りない──って、心の何処かでワガママな気持ちがいつだって騒ぎ立てる。 だから、こうやって口実を見つけて士郎を求めてしまう。セイバーを維持する魔力提供の為、って言えば、セイバーを大切にしている士郎は絶対にそれを断れない。 「分かってる。でも、足りないの」 「遠坂──」 「わたしの魔力が無いと、セイバー、消えちゃうんだから。士郎だってそうなったらイヤでしょ……?」 嗚呼。我ながら、みっともない言い訳だ。 士郎がなんて答えるのか聞きたくなくて、彼の唇をキスで塞ぐ。尖らせた舌で口内をまさぐると、彼ももうそれ以上は言わずに、わたしの口づけに応えてきた。 ──やっぱり士郎は、セイバーの為になら、ちゃんとわたしを抱いてくれるんだ。最初はあんなに困ってたくせに、わたしが魔力の不足を訴えた途端、こんなに強く、激しくわたしの唇を求めてくれるのだから。 胸の底にじんわりと冷たいものを残したまま、体は勝手に熱を上げていく。よけいな事を考えるのは止めにして、士郎の体にもたれ掛かり、粘り気を増してゆくキスを楽しんだ。 「……ん、ふ、あ……しろ、う……」 「遠坂……」 士郎の指先が中々肌に触れてきてくれないのが焦れったくて、彼の手を取り、指を絡ませて強引に胸元のリボンをほどかせる。結び目を失った細長い布地は、さらりと言う衣擦れの音を立てて、二人の足元に落ちていった。 |