第一話





「…やっと着いた…
ここが、アディリッドの城下町ね」



生まれ育ったイナの村を出発して、ちょうど三日。

山を五つと谷を四つ越えた末に、あたしはようやく
アディリッド城へと辿り着いた。



「おい、止まれ。
見慣れない顔だな…なんだ、お前は?」



城下町へと続く門を潜ろうとしたあたしは
突然、番兵に呼び止められた。



「ぁ…はい。
あたしはイナの村から来たルカっていいます。
傭兵募集の立て札を見てやって来ました」

「ああ、そうであったか。それは、遠路はるばるご苦労だったな。
しかし、また女か…これで今日、二人目だな。
…まあ、人手不足はどこも同じだろうから贅沢は言えんか。
城門を入って右手にある砦に傭兵採用試験の受付窓口がある。
詳しいことはそこで聞くといい」







今年、イナの村は歴史的な大飢饉に見舞われた。

暴風で牛は牛小屋ごと潰れてしまい、麦も大豆も全滅…。
畑を耕し、牛の乳を搾りながら自給自足の暮らしをしているあたしたちにとって
本当に命に関わるほどの大打撃だった。

しかも、今年ほどではなかったとはいえ去年もイナの村は不作に見舞われていた。
それでも昨年は備蓄していた干し野菜をかじって
村人全員で助け合いながらなんとかひと冬を乗り越えたのだが、
飢饉も二年連続となると、もう節約で凌ぐことは限界だった。

もはや食べる物もままならないこの厳しい現実に直面し、
多くの村民が近隣の村に暮らす親戚を頼ったり
安定した生活を求めて大都市に引っ越したりしてしまった。

そして、あたしの家にもまた
あたしとパパとママ、それに幼い弟たちふたりの家族五人が
この冬を越せるだけの備蓄などまるでありはしなかった。

だが、両親とも孤児として育ったうちには
こんな時に頼れる親戚さえいない…。

そんな中、どうやって
この苦境を乗り越えるべきか?


幼いふたりの弟たちとママの三人だけなら、まだなんとか
贅沢さえしなければこの冬を越せるであろうだけの備蓄が、かろうじてうちにはある。

そのことを踏まえて家族で話し合った結果、
父はこの冬の間だけ北の山の炭鉱へ出稼ぎに行くことに、
あたしは国が募集している傭兵隊に志願することになった。

これで、この冬の一家の食い扶持を減らせるだけでなく
いくらかの銀貨を得ることもできる。

少しの間とはいえ家族が離れ離れになるのは寂しいが
これも生活の為だから仕方が無い。

こうして、あたしとパパは
それぞれの目的地に向かって出発したのだった。







本当は、あたしもパパと一緒に炭鉱で働くことを希望していた。

しかし、昔からこの地方では
慣習的に女が炭鉱に立ち入ることは良くない事とされている為、
あたしは炭鉱夫の採用試験で案の定、不合格とされてしまった。

そこで少し危険ではあるが、あたしはアディリッド城で募集している
傭兵の仕事に挑戦してみることにしたのだった。


あたしはただの村娘だが、剣の腕には多少の自信はあった。
畑仕事の合間に村勇者のコリンズ爺から剣の指導を受けたりもしていたので、
基礎だけはしっかりとできているつもりだ。
家畜を襲いにやってきた下級モンスターを相手に剣を振るったこともある。

だけど、あたしの剣の技術は他人と比べてどうなのか。
コリンズ爺は大丈夫と言ってくれていたけど、
あたしの剣は本当に世間に出ても通用するだけのものなのだろうか。

そんな、生まれてから一度もイナの村の外へ出たことのなかったあたしが
不安半分の状態で受けた傭兵採用試験だったのだが…



「よし、そこまで!」


「ハァ…ハァ……」


「3番と11番と…それに17番の女。
お前たち三人が合格だ」


「はいっ!」

「おおぅっ」


「…ぁ……ありがとうございます!」



あたしは、なんとか無事
傭兵採用試験に合格できたのだった。



「合格者はこの後、二階にある事務窓口で
傭兵としての登録を済ませてから、宿舎に移動するように。
…ああ、17番のお前…イナの村のルカと言ったか?
お前は、事務窓口に行く前に
そっちにある右の階段を下りて、地下室を訪れるように」


「…ぇ……ぁ、はい。わかりました」







あたしは、試験官の指示に従い
石階段を下りた先にある地下室へと足を運んだ。



「…ここでいいのかな…?
…失礼します…」





ざわ…ざわ……





あたしが地下室へ入ってみると、
なにやら部屋の中心に人だかりができていた。

いったい、何をしているんだろう…?

あたしは、人だかりの中心へと目を向けてみた。




「…なに…これ……?」




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