静まり返った調整室にガチャガチャと扉のノブが動かされる音が響いたんだ。 音の方向に目を向けるとガラス窓の向こうで扉が開き、職員室に居るはずのあの人の姿が見える! 放送室に帰ってくるなんて思ってなかった僕は、慌てて封筒を元の位置に戻すと部屋の奥に身を潜めるっ。 そこにも扉があって、開けて入ると放送機材が置かれいた。 2つ目の扉を開かれるのと僕が機材部屋の扉を閉めたのは同時だった。 僕に気付くことなく紀子先生が入れ替わりで調整室に入ってくる。 心臓が今にも飛び出そうになりながらガラス窓越しに様子を見ると、さっきと違って先生は肩からショルダーバックを下げていてこのまま帰宅しそうな出で立ちだ。 そして部屋に入ると先生は真っ先にテーブルの上の封筒を手に取る。 そのままバッグにしまうのかと思って見ていると、封筒の中からメールの束を引き出した。 もう収録が終わったはずのメールなのに、丁寧に一枚一枚目を通していく。 何をしてるんだろう・・・。 ガラス越しに先生が熱心にメールを再確認してる様子を窺ってると、またため息をついている。 もちろん声は聞こえてこないけれど、頬が少し紅潮してるように見えてとても色っぽい。 メールの中にはイヤらしい質問も多いはずで、それに恥じてるだけだと思ったのだけれど・・・。 しばらくして先生はメールの束を並び替えてひとまとめにして全部を抱えた。 封筒はそのままテーブルに置いて、バッグすらも置いたままで収録が行われる小部屋へと入っていく。 僕は機材室から出ると、身を屈めて 調整室と収録ブースを隔ててる大きなガラス窓に顔を近づけた。 その奥で先生は椅子に座り、 机にメールの束を置いて一番上のメールを手に取って読み上げてる。 もう収録は終わってるはずで、 機械だって動いてないから追加で収録してる様には見えない。 だけど、しっかりした防音ガラスに遮られた向こう側で紀子先生が 何かを喋ってるのは確かだった。 そうしてる内に先生は2枚目のメールに手を伸ばす。 ああ、聞きたい! きっと没になったメールを、先生自身の優しさでこうして時間があれば読んで答えてあげているんだ。 放送はされないけれど、それが投稿したみんなへの紀子先生の感謝の気持ちなのかも。 だからますます聞きたくなるっ。 ひょっとしたら没になった僕のメールを読み上げてくれているのかも知れないんだっ。 調整室の機械を前にしてそれが破滅へ繋がる罠かも知れないのに、僕はよく知りもしないスイッチのいくつかを操作して紀子先生の声を聞こうと足掻いたっ。 でも、どれも先生の声を僕に伝えてくれない! メールは3枚目になって、紀子先生も気持ちが乗ってきたのか紅潮した頬をさらに赤らめてメールに目を落としてる。 身体が揺れて少し酔っ払ってるようにも見えた。 時折、舌を小さく出して唇を濡らす仕草が頻繁に繰り返されてくる。 瞳も熱を帯びたように輝いてて、メールの一言一句を追いかけている。 メールが4枚目になった。 先生が椅子をずらして身じろぎする。 僕の視界から外れる位置に動いてしまったから、先生の表情が見られない! 身体の揺れは大きくなってて、まるで船に揺られているよう。 なにかとても秘密めいた雰囲気に、僕は再び目を機械に向けてスイッチを操作しまくった。 先生の声・・・聞きたいっ、聞きたいよっ! ねぇ、僕に聞かせてよ!! そして何度目かの幸運が僕に微笑みかける。 やっぱり今日の僕には神様が降りて来ていたんだ。 偶然に触った目立たないボタンとスイッチの組み合わせで突然調整室に紀子先生の声が響いた。 |