「「1、2、3、4!」」
覚悟は決めたがどうしても集中しきれない。周りからの視線の集中攻撃をうけな
がらも、どうにか気を逸らして、ストレッチの掛け声をあわせていた。
「どうした荻原?準備運動をしっかりやっておかないと怪我の原因になるぞ」部
員たちを監視するように歩き回っていた先生が、いつのまにかあたしの後ろにい
て、注意してきた。う・・・部活始まって早々に怒られるなんて。
他の部員のせいだとも言えず、大人しく注意を受け入れた。何よりへたに波風が
立つような言動はとりたくない。
「う〜ん」何が気になるのか先生はあたしの横でしゃがんで、身体と顔を交互に見
てきた。
何処を見ているのか知らないが、こっちとしては胸を見られてるとしか思えない
わけで、気が散ってしょうがない。「あの、何か?」
「いやなに、対したことじゃないんだがな」と前置きしてから「俺は長年格闘技
に関わってきたが、そんなに膨らんだ大胸筋を見たことがないから、身体に負担
じゃなかろうかと思ってな」
見たことがない・・・そんなの当たり前だった。だってこれはそもそも大胸筋じ
ゃない。だけど、男としての扱いを条件に入部したあたしにはそれをおっぱいだ
と主張することはできない。
「屈強な筋肉は結構だがこれだと、念入りに解さんと危険だろう」
「は、はあ」ただあたしの胸を見たいだけだと思ったが、そうじゃなかった。あ
たしは油断していた。
「部員の怪我は俺の責任にもなるからな、よし、俺が解してやろう」
「へ?」言葉の意味が飲み込めなくて、ポカンとしていたら、
「お前はストレッチを続けてていいぞ、どれ」
「んな!?」
あろうことか、後方から伸びてきた手はあたしの“大胸筋”を握ってきたではな
いか!?
「んん?以外に柔らかいな、だが念には念を入れて、もう少し解したほうがいい
な」
モミモミと遠慮なく指を動かされて鳥肌がたつ。「せ、先生!?やめっ」
「どうした荻原?遠慮はいらんぞ、俺は部員との距離を縮めた直接指導を心が
けているからな、ストレッチを手伝うくらい気にすることはないぞ」
そんなことじゃない、むしろ気を使ってほしいのはこっちのほうだった。さすが
にいき過ぎだと思った。これじはどう考えても通常の指導じゃない。「先生っや
めてください」
「ん?何をだ?」
「何をって・・・」聞き返されて言葉に詰まった。胸を揉むのをとは言えなかっ
た。男として扱われるあたしにおっぱいなんてついているわけはなく、ならどん
な理由で止めてもらえばいいのか思いつかない。
「理由をいえたら止めてやってもいいが、たとえばこれはおっぱいです、とかな
。それなら止めざるをえない、俺はセクハラをしていることになっちまうからな
」道場内に部員たちの笑い声が響いた。あたしが反論できないことを知っている
のは明らかだった。悔しいけどあたしは明確な理由を提示できなかった。だから
、大人しく先生に“大胸筋”を解してもらうしかなかった。
無視だ。無視すればいい。自分に言い聞かせる。先生の言うとおり、あたしには
おっぱいなんてついていない。なら揉まれようがなにしようが関係ないじゃない
か。そう思ったのもつかの間、
「おお?どうした荻原?揉み解しているって言うのに逆に硬くなってないか?」
「そこは!?」先生の手が伸びようとしている部分に気付いたけど、あたしに拒
否権はなかった。「んんっ」
「どうしてここは硬くなってるんだろうな?」アタシの顔を覗きこんでくる先生
。あたしは顔をそらした。
「し、知りませんっ」
「わからんのか、それじゃあとりあえず解しておかんとな」
乳首を重点的に弄られ、あたしは歯を食いしばって変な声を出すのを堪ええるの
がやっとだった。
「んっ・・・う・・・くうっ」それでも少しもれてしまう声は、ストレッチの掛
け声の中で明らかに浮いていた。
屈辱のストレッチと簡単な準備運動が終わり休憩になったとき、あまりに無遠慮
な男子たちの視線に耐え切れなくなったあたしはトイレにかけ込もうとした。と
にかく一度落ち着ける場所にいきたかった。それでトイレならと思った。
「ションベンか?」男同士ならなんてことのない問いを部長からかけられ、一瞬
言葉につまった。
「そ、そうです」というのがやっとで逃げるようにトイレに向かおうとした。
「俺もションベンしたいし、連れションといくか」にこやかに、本当ににこやか
に、優しくフレンドリーな先輩然といってきた。お断りしたかったが、肩を組ま
れてトイレに連れていかれ逃げ場を失った。当然の如く女子トイレなど設置され
ていなくて、中に並ぶのは小便器と・・・個室!あたしは楽園を見つけた気持ち
で、小便器に向かう部長とは別に個室に入ろうと、ドアノブに手を掛けようとし
たが、「おいおい、ションベンはこっちだろ」部長の手に遮られた。
「いや、あの、急に大きいほうが・・・」何とか言い逃れをしようとしたが、
「先輩の誘いを断るなよ、交流の一環だろうが、ションベンしてからウンコをし
ても構わないだろう?」逃がしてはもらえなかった。
生まれて初めて小便器の前に立った。男として生まれたらとは何度も夢想したこ
とがあったけど、小便器の前に立つ姿は思い浮かべたことがなかった。
ある意味男としての象徴ともいえる立っままする行為は、あたしの憧れからは外
れていた。
「どうした?パンツのままじゃできないだろ?」
「!?」あたしの横に立った部長はパンツを下ろして、アレを・・・例のぶつを
取り出していた。慌てて目を逸らした。ちょっ、ちょっと待て、心臓が飛び出る
かと思った。は、初めて見た。あ、あれが男かよ・・・。女としての恐怖と、男
になりたい憧れとが混じって、とにかく焦るしかなかった。
「荻原どうした?女の子じゃないんだ、何恥ずかしがってるんだ」
あたしは女だ!とは口が裂けても言えない。きっとその瞬間に退部になってしま
うから。だからといってそう簡単にパンツを下ろす決心は付かなかった。決心を
付けさせたのは部長の一言。「早くしないと皆が来て混んじまうぞ」
他の部員全員に見られながら、立ち小便をする自分を想像して、悪感が走った。
それだけは嫌だと思った。そのことを考えれば、そうそうにトイレに誘ってくれ
た部長はそれほど酷くもないのかとも思った。
あたしは・・・意を決して、パンツに手を掛け、(どうせ逃げられないんだ!)
足首まで下げた。
男として扱われるあたしでも、身体が女であるあたしはパンツを下まで下げなけ
れば、パンツにかかってしまう。
部長の視線が痛いけど、そんなことよりさっさと済ませてしまうのが一番だと自
分に言い聞かせる。
だけど運命は残酷だった。あたしがきばってオシッコを出そうとした時に、トイ
レの入り口が開いて、ぞろぞろと部員が入ってきたときにはどうしようも無かっ
た。慌ててパンツを穿こうとして、トイレのタイルの上で転ぶよりも、小便器の
前で堂々と仁王立ちを続けることを選択した。・・・実際はただ動けなかっただ
けだけど。
「お、部長・・・と荻原、連れションですか?」
「俺たちも一緒さしてくださいよ」
部長の下に、いや実際はあたしのまわりに部員たちが集まってきた。パンツを足
首まで下ろしたあたしは裸同然の恰好のまま固まっていた。何処に視線を逸らそ
うとも、かわしきれずに、小便器を見つめる他にない。
「おうおう、皆集まっちまった、まあいいか。可愛い一年と皆で交流といこうか
」
あたしの両隣で、男子が次々と放尿をしていく。「どうした、荻原?」出し終わ
った部員があたしをせかしてくる。小便が終わっても、トイレを出ようとしない
部員たちに、あたしは諦めるしかないことを悟った。
緊張のせいか尿意も丁度限界にきていた。
あたしは、あたしは・・・男なんだ。そうだ!そうに決まってる。心の中で叫ん
で、あたしは生まれて初めて立ちションをした。
びしゃ〜〜〜〜〜〜〜!
「お〜〜〜!すげえ勢い、やるな一年!」
「こりゃ確かに期待の新人だ!」
超えるべき先輩たちに賞賛される。本来なら嬉しいはずなのに、今のあたしは恥
かしさしか感じられないのはどうしてだ?そんなの決まってる。あたしが女だか
らとか、裸同然の恰好をしているからとかそんなこと以前の問題だ。オシッコな
んて褒められたって嬉しいわけがないじゃないか!くそ!
男子と違って、このままパンツを穿いたのでは濡れてしまうのに気を利かせて、
ペーパーを持ってきてくれた部長に、礼を言わざるをえないのがまた悔しかった
。
「う・・・どうもっ」