いなくなる では、誰からも忘れられてしまったとき、その存在はなくなってしまうのだろうか。 数年前のこと。 多分、大学を卒業してから二、三年ほど経ってからの話だ。 朱莉が「妙な写真を見つけた」と私を呼び出した。 喫茶店で受け取った写真を見ると、大学時代の友人数人と阿蘇に行った時の写真だ。 私と朱莉とりえさん、そして中山君、市村君。 五人が並んで笑っている。 確か、展望台にいた老夫婦に朱莉の使い捨てカメラで撮影をお願いしたのではなかったか。 「懐かしいね。みんな、男二人は元気にしてるのかなあ」 そういえばあの時、焼とうもろこしを買って食べたけど、市村君は一口かじってすぐ落としたんだ。 あんまりかわいそうだからかじりかけをあげたっけ。 そんなことを思い出してると、朱莉が私の手から写真を取り上げ、テーブルの上に置いた。 「ここ。変でしょ」 「どこ?」 朱莉が指差したのは、中山君と市村君が並んで写っているあたり。 だが、どんなに目を凝らしても何も不審なものは写っていない。 中山君と市村君の間には晴れ渡った空がばっちり写っている。 「何も写ってないけど」 「何も写ってないからおかしいんじゃない」 さっぱり意味がわからない。 その私の顔色を読み取ったのか、 朱莉が中山君と市村君の二人を交互に指差して、最後に二人の間を指差した。 「ここ、もう一人くらい入りそうじゃない?」 そう言われれば、そのくらいの間は空いている。 たまたま……と言うには、他の四人はぴったりくっついているのだ。 そういえばあの時、カメラマンをしてもらった紳士から 「もっとくっついて!」としきりに言われていたことを思い出した。 でも…… 「たまたま……じゃないの?」 だって、ここに誰かいたなら覚えているはずなのだ。 けれど、記憶の中にはこの五人のメンバーしかない。 「うーん……でも、おかしくない?」 「じゃあ……他の参加者に聞いてみるしかないかな」 他の参加者とは、この場合、りえさんを指す。 私はその写真を朱莉から預かると、後日りえさんと会う約束を取り付けた。 後日、写真を見たりえさんはちょっとだけ顔をしかめてなるほど、と頬杖をついた。 「何か、おかしいことある? 何も写ってないよね?」 「この場合、写ってないことが問題なんでしょ?」 確かにその通りだ。 「でも、メンバーはこれで間違いないし、たまたまだよ」 そう言った私に、りえさんは額を指先でもむとそのまま人差し指を立てた。 「思い出してみて」 「何を?」 「あの時、私たち誰の車に乗った?」 「市村君と私の車」 「ねえ、五人だったら、市村君の車だけでよかったよね?」 そう言われればそうだ。 軽自動車に乗っていた私はともかく、 あの当時、市村君は中古で買った大きめのハードトップセダンに乗っていた。 五人乗りの。 そして、旅行じゃないからたいした荷物もない。 では、何故二台にわざわざ分乗したのか? 「えーと……男女で分かれたかったとか……」 「そんなこと、気にする連中?」 ではないことは、自分が一番よく知っている。 悩んでいると、写真をつき返してりえさんは言った。 「もしかしたら、消えちゃったケースかもね」 「……どういうこと?」 「いた人間が消えちゃったかもって事。 神隠しとか、いろいろ言い方はあるけど、 その人間が“いなかったこと”になるケースも結構あるのよ」 そんなことがあるのだろうか。 私が抱いた疑念など構わず、りえさんは続けた。 「いた証拠がない代わりに、いなかった証拠もないのよ。 あるのはこの不自然な隙間だけ。でも、この隙間はあるってこと」 まるで謎かけのようだ。 「だって。もし祐が私のことを忘れたら、 祐にとっては、私なんていなかったのと同じことになっちゃうと思わない?」 そう言ってりえさんは立ち上がった。 記憶のよすがを失ったとき、人はその存在を失う。 そう考えると、なんとも言えぬ不安がこみ上げてきて、 私は慌ててその写真をしまいこんだのだった。 TOP |