鳴らないオルゴール




トラブルは、本人の好むと好まざるとに関わらずやってくる。
当人が避けていてすらやってくるのだから、
自ら向かっていく人間はどれだけ抱えるのだろう。

これまでに何度か出て来たりえさんの妹。
ややこしいので仮名でもつけておくれと言ったらありがたく賜ったので
ここではその名で呼ぶことにする。
しおりがまだ昌司と結婚する前の話。
もう、5年位前になるだろうか。

以前も書いたとおり、彼氏である昌司はオカルト好きで、
行くなと怒られても別れると脅されても心霊スポットに行くことをやめなかった。
それだけじゃ飽き足らず、骨董屋を回っていわくつきの品物を集めたり、
オカルト系のチャットサイトや掲示板を廻っては怪しげなオフ会に行くこともしばしばだった。

「だった」と言うのは、さすがに懲りて、今は以前ほどではなくなっているからである。
その、「懲りた事件」について書きたいと思う。

あるとき、昌司から誇らしげな写メが送られてきた。
一見、何の変哲もない木箱……に見えた。
ただ、見たとたんにとてつもなくいやな気分がしたことだけは覚えている。
何でも、行きつけのオカルトサイトの常連から譲り受けたとかで、呪いのオルゴールなんだとか。
持っているだけではたいした害がなくて、音を鳴らすと呪われる、と言うものだったらしい。
ふーん、とその場は流して携帯を閉じたのだが、すぐにりえさんから電話が入った。

曰く「その写メはすぐに削除しろ」

見て気持ちがいいものではなかったため、すぐに削除した。
後で昌司からりえさん姉妹に揃って怒られた上、
しおりからは泣かれてしまったという愚痴メールが来たのを読んで、
この件は終わったと思っていた。

最初の写メから、4、5日過ぎた頃だったと思う。
りえさんと食事をしている最中に、彼女の携帯が鳴った。
しおりからだ。

オルゴールの音が聞こえる。
怖い。
助けて。
気持ち悪い。
誰かが見てる!

私はりえさんからは例のオルゴールは処分したらしいと聞いていたので、
とっさにはそのことには思い当たらなかったが、彼女は違ったらしい。

「あんの、馬鹿すけ!」

りえさんは、普段滅多に怒鳴ったりはしない。
どちらかと言えば怒るときもクールに責め立てるタイプなのだ。
そのりえさんが、携帯片手に怒鳴りながら立ち上がった。
こういうときのりえさんの扱いは、それほど難しいものじゃない。
食事は途中だったが速やかに伝票を持ってレジに向かい、
彼女を外に押し出して支払を済ませる。
すると、払い終わって店を出る頃には
少し離れた場所で携帯に向かって怒鳴っている彼女がいると言う寸法。
理性的ではあるので、店を出るまでそれ以上怒鳴るのは待ってくれるが、
店を出るのに時間がかかると後のヒートアップが凄まじい。
なので、こういうときはそばにいる人間が外に押し出す役割を担う。

といって、それがあるのは一年に一度とか二年に一度とか、そんなレベルの話だった。

さて。
電話を切ったりえさんの話を彼女の自宅経由で昌司の家に行く道すがら聞いた。
昌司は、怒られたその翌日、確かにオルゴールを「捨てた」そうだ。
よりによって、ゴミ収集車に放り込んだらしい。
ところが、翌日の朝には昌司の部屋にあった。
さすがに気味が悪くなって、今度は少しはなれたショッピングモールのゴミ箱に押し込んだそうだ。
ところが、翌日にはまた部屋にあったという。

「オカルトにかぶれてるわりにああいうものの処分の仕方を知らないとはどういうことよ!」
と怒れるりえさんは言ったが、意外と一般人はそんなものだと思う。

途方にくれた昌司だったが、
一晩たつと、あけて音を鳴らすわけじゃなければただのインテリアじゃないかと言う気分になったらしい。
これがこの男がこの男たるゆえんで。
すると、このオルゴールを実用的に使ってみようという気分になったそうだ。
何故そうなったかはわからない。
やはり、この男がこの男たるゆえんだったかもしれないし、
りえさんがいうには「魅入られた」のだそうだが。
とにかく、実用的に使うことを考える以上、蓋が閉じていては話にならない。
そこで、開けたそうだ。

だが、音は鳴らなかった。

ぎちぎちとぜんまいは回るのに、メロディらしい音はちっともしなかったというのだ。
なんだ、ただの壊れたオルゴールか。
そう思ったその少し後に、しおりの部屋にオルゴールの音が鳴り響いたというわけだ。

まさかしおりにとばっちりがいっているとは思わなかったらしい。
アパートに行くと昌司は青ざめた顔で出て来た。
無言で手を出したりえさんに、古ぼけた木製の箱は渡った。

「でもこれさ。ただの壊れたオルゴールなんだけど……」

この後に言葉が続いたんだと思う。
でも、唇をわなわなと震わせて睨み付けるりえさんを前にして昌司は黙り込んだ。

「オカルトにかぶれて死ぬなら勝手に一人で死んでちょうだいよ。
無責任に周りを巻き込むなら今、この場で私が呪い殺してやる」

付き合いの長い私ですらぞっとした瞬間だった。

その後、呆然と黙り込んだ昌司の前で用意してあったお札をオルゴールに貼ると、
りえさんは一分の興味も失せたように踵を返した。

以下は、後から聞いた話。

オルゴールの由来はよくわからないが、元の持ち主はおそらく、
一人の男をとり殺した経歴があるんではないか、とりえさんは言っていた。
まあ、多分、色恋沙汰関係。
その念がオルゴールに憑いてしまったらしい。
だから、持ち主が女性ならたいした害はないが、
持ち主が男性だとその男性と縁がある女性を排除して自分のものにしようとする。
だから、昌司にオルゴールが聞こえずに彼女であるしおりにオルゴールが聞こえたというわけ。

そのオルゴールがどうなったかはわからない。
ただ一言、彼女は言った。

「どこにでも好事家はいるからね」




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