なんなんだ、あんた 研修生のハイディ君が職業訓練校に帰る日の話。 りえさんの上司……つまり所長だが、 彼はハイディ君を採用すべく訓練校の担当と本人に打診したらしい。 もちろん、本人も担当者も大喜びで、四月からの採用が決定したそうだ。 それまでは試用期間扱いでアルバイトに入ることになったらしい。 それで、歓迎会を兼ねて事務所のみんなで飲みにいったそうだ。 みんなと言っても、人数はそれほど多くない。 所長以下、三人の会計士とパートの事務員さん、そしてハイディ君。 会計士の中には、もちろんりえさんも入っている。 その6名で食事を兼ねた一次会の後、 パートさんと子持ちの女性会計士が抜けて居酒屋での二次会となった。 所長には悪癖があって、飲みすぎると 「世の中って言うのはな、厳しいものなんだ。厳しくて当たり前なんだ」 と言う説教を始める。 たいていその餌食になるのは下っ端なのだが、 なぜかりえさんは犠牲になったことがないらしい。 今回の犠牲者は当然と言えば当然だがハイディ君で、 聞いてるのか聞いてないのかよくわからないハイディ君に向かって 所長は延々とお説教を繰り返していた。 その説教の途中で、ハイディ君は唐突に立ち上がった。 はじめに言っておくが、彼も相当飲んでいたことは認めよう。 だが、この出来事はそれだけでは説明がつかないのだ。 一行が飲んでいたのはついたてで区切られたボックス席で、 外からは見えにくい構造になっている。 なので、一行以外の誰かがいればはっきりとわかる。 が、誰もいない所長の背後に向かってハイディ君はドスの聞いた声で言ったのだった。 「なんなんだ、あんた」 その言葉に、ボックス席がしんとなる。 悪癖炸裂中には空気が読めない所長ですら黙り込んだ。 「どうしたんだ?」 恐る恐るそう言った会計士の平田さんに、ハイディ君はつっけんどんに言ったそうだ。 「どうしたって、このおっさんがいつの間にか入ってきてずーっと所長に文句垂れてるじゃないですか。 なんで追い出さないんすか? って、あんた黙れよ! なんか言いたいならわかる言葉で言いやがれ」 繰り返すが、ハイディ君が指差す方向には所長以外には誰もいない。 少なくとも、平田さんと所長にはそう見えてるはずだった。 りえさん自身はもちろん見えているものはあるが、いい加減なことも言えないので黙っていた。 「いや、誰もいないだろう? 飲みすぎだよ」 そう言った平田さんと所長は、次にハイディ君が言った言葉で青ざめた。 「いや、そこにはげた爺がいるじゃないですか。 たまに日本語じゃないみたいな言葉喚いてるのが。 所長、耳元で喚かれてわかんないっすか? 今も真っ赤になってわけわかんねえこと怒鳴って……って、うるせえよ!」 そこまで聞いて、りえさんは止めに入ったそうだ。 「その人、今は塀の中にいる人だから。ここにいるはずはないのよ」 正月明けに事務所に猫の死体を投げ込んだ在日の元社長は、 それから数日して婦女暴行未遂で逮捕され、実刑が確定となっている。 ハイディ君とりえさんが見たのは、その元社長の生霊にも近い思念だった。 ちなみに、その思念はハイディ君が怒鳴った途端に消えたそうだ。 TOP |