(5)魔法の仕組み
 アンフィビウムにおける魔法と、それにまつわる事柄。

『魔法』
 神々の人間への『愛』を、様々な現象や物体として具現化することをいう。神々の人間に与える『愛』は一種の超自然的な「関数」であり、実際に行使するためには術者は様々な変数とエネルギー源である魔力を入力してやる必要がある。また、あらかじめ契約によるアクセス権の確保が必要な神もいる。
 契約や変数制御の必要のない単純な魔法は魔力さえあれば誰でも使えるが、契約の必要な神の魔法には契約が、制御が必要な高等魔法には魔法能力や技術が必要となる。天羽達の掲げるプロパガンダは「自分達が魔法を独占しているのは神々に愛されているからであり、またそれゆえに世界を支配することが正当である」というものであるが、実際にはこうした魔法行使の技術や契約プロトコルを他種族に対して秘匿することで魔法を独占している。
 魔法を行使する際には実行状態を表示する紋様が、術者の身体に浮かび上がる。
 魔法の強弱は、出力としての強さのほかに、その源となっている神の序列も関係する。『ラーナベルディ』は序列4位と、他の活動中のどの神よりも高いため、彼女の堕落魔法を他の魔法で上書きすることは不可能である。

『愛』
 神々は人間の望ましい姿、幸福のありようを各自で定義しており、その定義を実現しようとして働く超自然的秩序が『愛』と呼ばれるものである。神々『愛』を魔法として利用するためには、その一部を取り出して関数化する必要がある。
 なお、神々がほんとうに感情として人間を愛しているのかどうかは不明である。また、この愛のベクトルを逆にしたものが『憎悪』である。

『供物』
 魔法の行使者には、それぞれの神々が定義する「人間の幸福」の達成に向けて尽力する義務が生じる。これを供物と言う。
 『至高のグロウディナス』の魔法を使う者は自らを高める努力をしなくてはならないし、武勇神『血まみれマヴェオン』の契約者は定期的に戦いの場に身を晒す必要がある。そして、『奈落のラーナベルディ』に手を出した者はその身が破滅するまで快楽の深淵に堕ち続けなくてはならない。
 供物は、魔法を自分にも掛ける、ということで達成できる神もいる。その例としては、『常若のサルーリア』であれば抗老化魔法を自分に掛け続けるだけで良い。そして、人間の幸福は死のみであると定義する『枯骨のケフェド』の死の魔法を使う者は、魔法をかける相手が誰であろうと、その場で供物として自分自身も死ななくてはならない。

『呪詛』
 神々の人間への憎悪を術として具現化したもの。咒寇だけが操ることができる。呪詛は対応する神の魔法とは正反対の属性を持ち、同じ神の魔法と呪詛は相殺し合う。『ラーナベルディ』だけは人間を憎まないので呪詛が存在せず、序列の関係から魔法による対抗も不可能である。ラーナベルディに汚染された疑いのある人間を全て殺す以外に、堕落の蔓延を防ぐ方法はない。