■南海旅行前夜祭
MARS-G
信号が赤にかわる。
見通すことのできるかなり先まで、進行方向の信号機が赤く点灯しているのを見て取り、助手席から大きな溜息が聞こえた。
「ふう、こんなんじゃ遅刻だわ」
ハンドルを握る藤原和王(かずお)は、次にどんな言葉が飛び出してくるか待ちかまえた。
「信号無視でブッ飛ばして!」
それとも、
「今日はサボるから、つきあって」
かもしれない。
なんにせよ、スマートに対応しなければ、この子猫のような少女のご機嫌を損ねてしまう。
「……ふん!」
少女、島原夕姫(ゆうひ)は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、シートベルトの内側でスルリと身体を丸めて寝息をたてはじめた。これではシートベルトの意味がほとんどない。
「あれ、夕姫ちゃん。寝ちゃった?」
春の陽射しの暖かさに誘われて穏やかに眠っているように見えても、不機嫌そうに寄せられた眉間のシワから、それがタヌキ寝入りであることが和王にはわかる。
長いつきあいだ。なにしろ、初めて会ったときには赤ん坊だった。
「眠り姫は、どこに行きたいのかな?」
ついでに今では教師と生徒という関係でもある。
「お花見〜。上野不忍池〜」
寝たふりを続けながら、夕姫は生返事をする。
「了解、眠り姫さま」