淫魔の狙いは僕に触ることだ。

 淫魔に触れられると、人間はまともに動けなくなる。

 世界には精気と呼ばれる力が存在する。

 人間はそれを取り込み、一部を霊気へ変換して魂へ供給している。

 淫魔はそれを取り込み、淫気に変換して一部を魂へ供給している。

 元が同じものだから、霊気と淫気は似ている。

 例えるなら、ヘモグロビンに対する酸素と一酸化炭素のように。

 そして人間にとって一酸化炭素が毒であるように、淫気もまた毒なのだ。

 淫気を流し込まれると身動きが取れなくなる。

 逆に、淫魔にとっては霊気が毒。

 流し込まれると魂を灼かれることになる――それこそが、僕のような退魔師が淫魔を撃退できる理由。

 僕は右手を懐へ入れ、常備している退魔札に触れた。

 同時に、左手を腰の後ろへ忍ばせる。

【サキュバス】
「ふうん……キミ、やっぱりそうなのね」

 赤い瞳が油断なく光った。

 やはり、このサキュバスは退魔師のことを知っている。戦ったことすらあるのかもしれない。

 彼我の距離が十分に縮まったところで、僕は右手を懐から出した。

 指に挟んだ退魔札は青白く輝き、すでに霊気が込められていることを示している。

【冬真】
「はっ!」

【サキュバス】
「――甘いわよ、退魔師のボウヤ」

 機敏な動きで、僕が投じた札を躱した。

 間髪入れずに攻め入ってくる。

 それは正しい判断。

 人間は霊気を多量に作ったり、外に出して使うようには進化していない。

 だから、霊気を操る素養のある退魔師であっても、かなり無理をしている。

 魂への霊気供給を減らし、その分を攻撃に使っているのだ。

 そのため、普通の退魔師は霊気による攻撃を連発することはできない。――でも。

【冬真】
「甘いのはそっちだ」

 淫魔の前進に軽い後退で応じた僕の左手にあるのは、退魔札だった。

 僕自身の血で書いた字は発光し、すでに霊気が込められていることを示している。

【サキュバス】
「そんな、まさか――」

 僕は生まれつき淫気に対する抵抗力が強く、体に蓄積できる精気量も、精気から変換する霊気量も多い。

 伸ばされた淫魔の手が届く前に、僕の放った退魔札が淫魔を捉える。

【サキュバス】
「――ヒッ!? ア、ギャアアアアアアァァァァァッッ!?」

 淫魔は己の体に張りついた札を剥がそうとするが時既に遅し。

 あっという間に全身が蒼く燃え上がり、魂を供にその肉体は焼失していった。

【冬真】
「……はぁ」

 


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