<1>
漂う酒の香りと売春婦の色の香を振り払い、ゾンビの如くにふらつく酔いどれとほろ酔いの流れを
躱し、本流から傍流へと入り込む。
陽のある内はゴーストタウンもかくやの有様であるが、夜ともなればどこからともなく人が現れ、一帯は活気と賑わいに溢れる。経験上、歓楽街と言うのは国や地方どころか洋の東西南北を問わずそんなものだが、このスラグポートのそれは特に昼夜の差が著しい。
そんな風に考えつつ、入り組んだ路地を歩くと、すぐに<蛇蠍の楽園>の看板が見えた。暗くジメジメとした路地裏の雰囲気に適合した、うらぶれた酒場、いや曖昧宿である。
「ここで最後だな」
誰に聞かせるともなく独りごち、酒場の扉を開いた。
目当ての女がいることを願いながら。
俺はこの街の親分連中から依頼を受け、2か月ほど前からこの街で多発している不可解な連続殺人の犯人を捜していた。
この一連の殺人の最大の共通点であり、最も奇抜な点は被害者の遺体だった。被害者は全てが男で、まるでミイラのようにカラカラに干乾びた状態で発見された。さらに、性器が露出し、精液や愛液と思しき粘液が付着していることから、性交の最中に死亡したことは明らかだった。
16人の被害者の種族は人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、ワービースト……とさまざまだった。つまり、この街にいる星動人形以外の全てのヒト(広義の意味における)と言って差し支えなかった。年齢は12歳から67歳。いずれの被害者にも共通の知人は無い。犯行現場も路上、倉庫、自宅、宿と人目に付きにくい場所という以外に一致しない。つまり、上述した共通項以外はてんでバラバラだったのである。
だが、被害者が男性で性交中に殺されているという統一性と、犯行現場の不統一性から、路上売春婦の中に人殺しの毒婦が潜んでいるという噂が巷間に流れるのに時間はかからなかった。しかも、その風評被害は公的な娼館にも及び、結果として娼館の主、即ちこの街の裏稼業のボスの一人は、腕の立つ冒険者に事件解決を依頼したという寸法である。
どうやって被害者をミイラにしたかは分からない。冒険者なぞという荒事を10年近くも生業にしている俺にしても初めてだった。魔術によるものか、或いはそういう特殊な力を持った魔物か。ヴァンパイアに血を吸われ尽くすとそのような姿になるとも聞くが
――。
ともあれ、何にしても今回ばかりは巷間の話どおり、私娼が絡んでいるのは明白だった。
というのも、依頼主の代理人として現われた鋭い目つきをしたエルフ族の男が語る所によれば、被害者のうちの何人かが、死亡する前夜、黒いローブを身に纏った女と一緒に歩いている所を目撃されているというのである。警備隊の連中にも探りを入れたが、間違いはないらしかった。
さらに俺は手がかりを得るために、旧知の情報屋を訊ねた。こいつは千の耳と眼を持っていると
嘯く男で、街中に独自の情報網を張り巡らせており、とくに金になりそうな情報には聡かった。
情報屋は高い金と引き換えに警備隊も掴んでいなかった新たな事実を教えてくれた。それは、二か月ほど前、つまり事件発生直後から街で見かけられるようになった人間の私娼もまた、いつも黒いローブを身に纏っているというものだった。女はジュリアと名乗っているそうだ。
確かに一見すればこれらは、有力な手がかりだった。
そして、今夜は「黒いローブを着た女が歓楽街の北側でワービーストの男と歩いていた」という証言を手掛かりに付近の連れ込み宿をしらみつぶしにしていたのだが
――
「すまねえなあ兄ちゃん。そんな女は来てないよ」
<蛇蠍の楽園>の受け付け兼バーテンは、手の中のチップの手触りに満足しつつ、そう答えた。
畜生。これで、この辺りの連れ込み宿は全滅だ。また振り出しに戻った。それに、最前の証言が正しければ今夜中にまた一体、ヒトの干し物が増えることになる。
「その女、あんたのいい人なのかい?」
肥った受付の男は同情めいた調子で言った。
むっつりと黙って肩を落とした俺を見て、勘違いをしたらしかったが、訂正するのも面倒だった。
俺はやれやれと肩をすくめて、
「ああ。だが、どうにもつれない女でね」
「へっへ。諦めた方がいいんじぇねえのかい? 兄ちゃんは色男なんだから、一人に執着してちゃあもったいねえや。いや、なにね。この店にも、いい娘はいるんでさ」
と、男がカウンター席の端の方にニヤニヤ顔を向ける。
釣り込まれるように同じ方を向くとそこには女の姿があった。
ウェーブがかったクリーム色の髪を顔の右半分に垂らした女は、俺の視線に気がつき赤いルージュを引いた口元に意味ありげな微笑を湛え、ウィンクを飛ばしてきた。
身に纏うドレスは色こそシックだが、肩や胸元の大きく繰り開かれた扇情的なものだ。
年は少なくとも25を過ぎているだろう、そのために化粧は濃いが
――かなりの美人だ。といっても、酒場の薄暗い照明の下であれば十人並みの女でもそれなりに栄えるものだが。
ともあれ、ここで俺が愛想笑いとカクテルの一杯でも女に奢ってやれば、交渉は成立だ。
考えても見れば、ルクセンの王都で依頼を受け、はるばるこのスラグポートへやってきて、例の女を追いかけ回して
――もう長いこと女を抱いていない。
この街には森の木ほどにも商売女がいるというのに。
そこへきて、安い酒を呷り、名前も知らない
婀娜花を相手に鬱憤を晴らすという想像は大いに魅力的だった。
しかし。
「遠慮するよ。今の俺は彼女にゾッコンでね」
俺は冗談めかしてそう言うと、受付の男にもしそれらしい女が来ても自分が来たことを黙っていてくれるように頼んで再び店の戸を潜った。
薄暗い路地に出る。店の脇で老犬が疲れきって眠っていた。
通りの方から、酔漢の笑いやいがみ合う声が雑踏に混じって聞こえてくる。
一体、この街にはどれだけの人間がいるのだろうか。
黒いフードと名前という情報があれば、女の一人くらいすぐに見つけられると思っていたのだが、考えが甘かったと痛感させられる。
そもそも、怪しい私娼を探すというのは黒いカラスを探すのと同じだ。
このスラグポートという街はルクセン王国最大の港を有しており、ザモン、ペシャワルとの貿易が盛んに行われているだけでなく、グーラ、トゥラーンの2つの国との国境からほど近い。
そのため、人種も種族も文化もごちゃごちゃに入り混じった、いわば地獄のスープのような街である。
私娼の数は誰も把握し切れてはおらず、その中にどのような素性の女がいても、
聊かも不思議はない。
名前や風貌から住処を探ろうにも、定まった家を持たない者ばかりで、目星の女にしてもそうだった。
加えて、よくよく考えてみれば黒いローブを身に纏った女といえば、遍歴の修道女だ。
彼女らは単身で国を超えて放浪を続ける存在で、路銀を得るためにしばしば背徳の行為に及ぶのは周知の事実だ。
要するに、黒いローブを被った私娼はありきたりな存在なのである。
ジュリアなんて名前も、如何にも娼婦にお似合いの安っぽい名前だ。
ふと、枯れ草の塚の中から針を探しだすという古い喩えが頭に浮かび、思わず自嘲気味に唇を歪めた。もう少し、報酬を吹っかけてやればよかったか。
「さて、どうしたものか」
口に出して言ってみれば何か上手い考えの手がかりが得られるかと期待したが、出てくるのはありきたりで地道な方法ばかりだった。
人海戦術
――。
いや、役立たずを増やして犯人を取り逃がしては意味が無い。
囮作戦
――。
だめだ。腕の立つ冒険者を揃えるには金がかかり過ぎる。囮を立てるにしても、犯人がそれに食いつくかどうかは分からない。男であるという事以外は獲物を選り好みしないやつなのである。
結局自分独りでせこせこやるしかないのか
――そう考えるとどっと疲労感が押し寄せてきた。
お前らがかろうじて使える戦士であるためには十分な睡眠が必要だ。
トゥラーンで傭兵をやっていた時に聞かされた、隊長殿のお言葉が頭に浮かんだ。
今晩はあきらめて宿に戻って寝てしまうがいいか
――そう思った刹那。
突然、路地の奥から奇妙な声が聞こえてきた。
それは、罠にかかった動物の弱々しい吠え声に似ていた。
しかし、耳を澄ませてみると、その声は荒い息遣いを交えながら断続的に繰り返されているのが分かった。
なんとも御盛んなことだ。こんな人目につかない場所だ、そういった行為に及んでいても何ら不思議はないが
――そう考えてから俺はハッとなった。
犬走りのような隘路を覗き覗き、耳を頼りに声の出所を探した。
右へ、左、そして右と角を曲がった。
果たして、南の通りへ続く路に出た。
いる
――路肩に黒い影がうずくまっている。
と、見るやそれはゆっくりと伸びあがって、こちらを向いた。
黒いローブを身に纏った背の高い女だった。
女の白い顔が夜闇とローブの黒の中で、薄く光って見えた。
女は俺の姿を認めると、後ずさり、背を向けて走り出した。
「待て!」
俺は本能的にその女を追いかけていた。
と、女がうずくまっていた所を通り過ぎようとすると、そこにまだ黒い物体が存在しているのに気が付いた。
立ち止まって見ると、体液を全て失ったかのように干乾びた男だった。
骨格から考えて、ワービーストなのは間違いなかったが、彼らの特徴の一つである体毛は無惨に抜け落ち、皮膚は羽を毟られた鶏のようになっていた。
異様だったのは下半身の様子である。服を着たままズボンをずらされ丸出しになったそこだけが、ミイラ化していなかった。ヌラヌラと粘液で塗れながら、異様なほど充血し反り返っていた。まるで、その部分だけが男の生命の全てであるようだった。
落ちくぼんだ眼窩から、白い眼球が俺を覗いていた。
男は爪の伸びた手を伸ばし、
「ジュリア……」
擦れた声で言い、それきり動かなくなった。最後の力を使い果たしたのである。
いよいよ間違いは無かった。
俺はミイラとなったワービーストをその場に打っ棄って女を
――愛しのジュリアを追いかけた。
女の足は速かったが、鍛え上げた冒険者のそれには敵うはずもなく、すぐに黒いローブを捕捉できた。そのまま、捕まえるのはたやすかった。しかし、人通りの多い所で捕り物をやるのは避けたい。女の正体が危険な存在であれば、けが人が出る恐れもあったし、歓楽街での無用な混乱は依頼主も良い顔をしないだろう。
そこで、俺はつかず離れず一定の距離を保ちつつ、こちらの心算を悟られないように注意を払いながら街の南側、即ち湾口方面へ女を追い立てた。
理由は2つあった。1つは、湾口付近は、夜の間ほとんど人がいないことだ。
案の定、当直の見回りも無く
――おそらくサボっていたのだろう
――道の脇でルンペンか死体か分からない者が横になっているばかりだった。ここなら、魔物が暴れても人的被害はないだろう。
第二に、俺がこの辺りの街並みに通暁しているからだった。というのも、別な仕事をこなした時にこの辺りの建物の並びや道なりは地図に書き表せる位に記憶していた。どこを通れば近道か、逃げる相手を袋の鼠にするにはどこへ追い立てればいいか手に取るようにわかるのである。
はたして、鬼ごっこの決着は、肩すかしなくらい簡単についてしまった。
「残念だったな。そっちは行き止まりだ」
港の倉庫街の通路のどん詰まりに追いつめられた女は、正面のレンガの壁と左右の倉庫、そして背後の俺を順番に見回した。
「もう逃げ場はないぜジュリアさん。それとも、飛んで逃げるかい?」
「ふふ、それも良さそうね。だけど、その必要はないんじゃないかしら……」
フードの下に余裕の笑みが浮かぶ。
ハッタリか、それとも俺をどうにかする自信があるのか……後者であればおもしろい。地味な調査ばかりで、少し鬱憤が溜まっていたところだ。
腕の筋肉が、ピクッと
痙攣した。
「ふふふ、誘い込まれたとも知らずに……馬鹿な男」
そう言うと女はローブに手をかけ、奇術師はだしの速さで脱ぎ捨てた。
漆黒の布が宙にはためき、バサバサと音を立てて地面に
蟠った。
「ほう」
思わず感嘆の声が漏れる。
修道女のようなローブの下に隠されていた女の正体に、二重の意味で驚かされた。
驚きの一つはその美しさだ。
腰まで伸びたボリュームのある赤色の巻き毛。常夜の国から来たかのように白い肌。その肢体はスレンダーでありながら豊満という、男の欲望の夢から抜け出てきたも同然の非現実の魅惑を備えていた。胸元が大胆に抉れたレオタードのようにピッチリとした装いが、はち切れんばかりにたわわな胸や、艶めかしい腰の線をエキゾチックに誇張している。しなやかに長い足にはニーハイブーツ、肘から先はロンググローブを着けているため、肌の露出は決して多いとは言えない。だのに、
猥褻なまでにいやらしく感じられた。ここまで魅力溢れる女を、俺はどんな街でも見たことがなかった。しかし、その美しさは魔的と呼ぶべき種類のもの
――そう、文字通り人外の美しさだった。
それもそのはずだった。女は美しさの他に人間では有り得ないものを備えていた。
――それは、頭に冠した黒い巻角だった。
――それは、背後に広がる禍々しい翼だった。
――それは、腰から伸びる尖端が矢尻型になった長い尾だった。
「サキュバスというやつか」
絶世の美貌と艶めかしい肢体を兼ね備え、その魅力と快楽によって男を恍惚の夢に誘う女悪魔だ。だが、俺も書物や伝説まがいの噂でこそ知っていたが実際に目にするのは初めてだった。なんでも50年前に魔王が征伐されて以来、遭遇報告がめっきり減っているらしい。
そんなものに出会うとは
――それが二つ目の驚きだった。
「なるほどな。男が皆ミイラになったのに合点がいったよ。交わった人間の精気を吸い上げるのが、サキュバスというあばずれのやりくちだったな。エナジードレインと言ったか」
俺はサキュバスの魅力に引きずり込まれそうになる雄の本能を理性で抑えながら、書物に記されていたことを思い出していた。確か、他に彼女らが得意とする技があったな。
「ご名答。よくご存じね。それじゃあ、こういうのは知っているかしら?」
言いながらサキュバスは右手をなよやかに踊らせた。その動きを、俺は反射的に追っていた。意味ありげに踊りくねる手は、ゆっくりと彼女の顔の高さまで上がって
――
「イイ子ね。さあ、私の眼をじっと見て……」
サキュバスの手と言葉に誘われるまま、俺は視線を合わせてしまった。その途端、深いエメラルドグリーンの瞳が妖しい輝きを放ち、眩くような感覚が襲い掛かってきた。サキュバスが得意とする、魔眼の一種だろう。
「ふふふ、これであなたは私の虜……さあこっちへきて私の前に、ひれ伏しなさい。そして、足を舐めるの。犬のようにね」
ふらふらとした足取りでサキュバスに近づいていく。そんな俺の様子を見て、サキュバスは愉悦たっぷりに笑った。この型に嵌ればどんな男でも、思うがままというわけだろう。だから、女悪魔は愚かにも気が付いていなかった。
「ふん。下らんな」
俺は間合いまで近づくと、素早く愛用の
曲刀を抜き放った。
「え……な!?」
サキュバスは慌てて後ろに飛びずさったが、野蛮な刃はヒュウと音を立てて赤い髪とその白い頬肉を切り裂いた。手ごたえは無い。かすっただけだ。俺は後ろに下がる敵に追いすがり、横蹴りを放った。今度は手ごたえがあった。サキュバスは体を折って自分の力で無しに後ろに飛び、レンガの壁にぶち当たった。それであっけなく終わってしまった。サキュバスは腹を抑え、膝を着いて地面にうずくまり、咳を吐き、苦痛と困惑の入り混じった表情でこちらを見上げてきた。
「ぐっ、ぐううぅ……なぜ、魅了の魔眼が効いていない? お前は確かに私の眼を見て……」
「いい事を教えておいてやろう淫魔。魅了の魔法などというのは、相手が格下か、さもなくば心が隙だらけの相手にしか通用しない」
「そのくらい知っているわよ!? でも、だからってどうして……」
「まだ分からないのか。俺はお前が餌食にしてきた男のように油断などしていないし、何より俺とお前では格が違うというのだ」
「そんな……」
「無駄口は終わりだ。観念しろ」
そう言って俺は
曲刀を相手の鼻先に突きつけた。
「わ、私を殺すの? そんなの、いや。お願い助けて」
「殺しはしない。依頼主からは、下手人の確保を命じられている」
「捕まったら、私はどうなるの?」
「引き渡した後のことなど知らん。だが、依頼主はこの街のやくざ者だ。おそらくただ殺されるだけでは済まないだろうな」
サキュバスの白い顔が、青ざめていく。実際、こいつを連れて行けば、奴らは目の色を変えて悦ぶだろう。ああいった連中は、悪魔よりも悪魔らしい。やつらの手に堕ちたこの美しい魔物が、どういった恥辱と苦痛を味わうか、想像するだけで胸がむかむかとしたし、
憐憫の情が湧いた。だが、そんなことは俺に関係無い。
「いや、いやよ。どうか、助けて……なんでも言うこと聞くから……」
媚びるような潤んだ瞳がこちらを見上げる。泣いていても美しい顔だ。心がグラつくのを意識し、俺は努めて冷たく言った。
「ダメだ。今までお前は何人殺した。その報いだと思え。それに、抵抗が激しければ殺してもいいと言われている」
殺せば報酬は割引される契約だったが、それはこいつに伝える必要もないことだった。
「……わかったわよ。連れて行けばいいじゃない」
サキュバスは溜息交じりにそう言うと、がっくりなだれた。自暴自棄になったのか、或いは
――用心は怠るべきではないかもしれない。
<2>
「ねえ。冒険者さん。お願いがあるの」
ベッドの上で縄に戒められたサキュバスは媚びた声でそう言った。
あれから俺は獲物を引き連れ揚々と依頼主の屋敷を訪ねたのだが、夜も遅い時間だからと門前払いを受けたのだった。三下奴など蹴散らして通ることも出来たが、これをネタに報酬の交渉を有利に進められるかもしれないと思い直し、滞在している宿までサキュバスを連れて引き下がってきたのだった。
「却下だ」
俺は椅子に腰かけ、得物の手入れをしながら短く答えた。
「あら、まだ何も言ってないじゃない」
「意味の無い会話は嫌いだ。逃がしてやるわけがないだろう」
「待って。早合点しちゃいやよ。そうじゃないわ。ただ、ちょっと……これきつくって……ねえ、緩めてくれないかしら?」
サキュバスは言いながら束縛された体を悩ましげにくねらせた。ベッドが小さく軋み熱っぽい吐息が、薄暗い部屋の中に艶やかに滲みていく。
「色仕掛けで油断させて逃げるつもりか? おりこうさんだな」
「あら、ばれちゃった? だけど、違うの。逃がしてくれなくてもいいの。私は、あなたとイイ事したいのよ……」
「は? 何を言っている」
「私はね、あなたが欲しいの……最後の思い出に、私を叩きのめした強い男に抱かれて、その熱い子種を受け止めたいの」
そう言ったサキュバスの面もちはあまりにも魅力的だった。
濃いまつ毛に縁どられた深い瞳がこちらを見ている。
薄く開かれた赤い唇から、妖しく濡れた舌が這い出す。
恍惚とした表情は男の情欲を計算高くくすぐる種類のものだった。
胸が高鳴ったのを隠すように、俺はそっぽを向いた。
こいつは魔物だ。人間そっくりの動物だ。
「お、お前たちは性行為で相手の精気を吸うのだろう? いくら美しくても、そんな化物と交われるかよ」
「あら、怖いのかしら。それだけの強さがあって、女が怖いなんて、笑っちゃうわね」
「なんだと?」
挑発なのは分かり切っていたが、思わず声を荒げてしまう。
「大丈夫。精気は吸わないわ。ただ、快楽だけをあげる……身も心も蕩けるような官能の夢を見たくはないのかしら?」
ねっとりと甘い声が耳朶に絡み付く。果実めいて甘い、どこか官能的な香りが鼻腔をくすぐった。
何の匂いだろう
――そうか、この魔物の身体から発する、フェロモンというやつか。
いつの間にか、部屋中に充満しているらしい。その本能に火をつける淫らな芳香に、体が火照っていくのを感じる。
ダメだ、これはよくない感じがする。だが、匂いを嗅ぎ続けてしまう。
いつの間にか、サキュバスの体をねっとりと舐めまわすように見ている俺がいた。
「直接交わりたくないというのなら、ふふ……こっちを使ってあげるわよ」
サキュバスの尻尾がゆっくりと頭をもたげる。と、思うや滑った光沢のある幹がムクムクと肥大化し、先端が膨張し花の蕾のような形状になった。
「サキュバスの尻尾って、凄いのよ。ここに挿入したら普通の女とのセックスなんか、比べ物にならないくらいの快感を味わえるわ……」
あんなところでも、男の性器を咥え込めるのかと、この悪魔の淫乱さに驚きながら、無言で尻尾を注視していた。
よく見ると、尻尾の先に切れ目があり、そこから透明な汁が零れていた。
セックス以上の快感。それは、一体どれほどのものだろうか。
無意識の内に生唾を飲み込んでいた。
ズボンの内で欲熱が隆起していくのを、抑えることはできなかった。
「ここなら、交わることにはならないでしょ? 手でするのとかわらない……ただあなたは私で性欲を処理してくれればいいの。折角仕留めた獲物だもの、性欲処理に使うくらい、普通じゃない……だから、ね? あなたの優秀な子種……私のナカに注ぎこんで」
濡れた瞳と熱っぽい声が織り成す甘美な誘惑
――。
理性が激しく揺さぶられるのを感じた。
心臓が強く拍動し、股間にさらに血液が流れ込む。
俺はむっつりと黙ったまま立ち上がると、出来るだけ無造作に見えるようにズボンから性器を取り出した。
「あは♪ もうすっかりガチガチのビンビン……私で、興奮してくれているのね、嬉しいわ……」
すでに臨戦態勢になっているそれを見て、サキュバスは淫蕩に笑う。
まだ何もしない内から感極まった淫乱そのものの表情を浮かべやがって。
自分の中の欲望が上手く操られているのに気が付いて悔しかった。だが、こんなセックスアピールの塊のような極上の美女を前にして、妖しく淫らに誘われて、欲情しない男がいるだろうか。それが、例え人外であるとしても。少しだけ、少しだけなら。
何を考えているんだ。こいつは悪魔だぞ。どんな悪知恵を働かせているか分かった者じゃない。警告が、頭の中で響く。
「大丈夫。心配しないで。あなたはとても強いんだから」
そうだ。そう、大丈夫だ。もし、コイツが危害を加えてこようとしても、それを後悔させてやるだけの実力差がある。
大丈夫だ。俺は冷静だ。ただ、仕留めた獲物で暇な時間を潰すだけ。性欲を処理するだけ。そこに危険などあるはずはない。
俺はベッドの側に椅子を運び、どっかと乱暴に腰を下ろした。
「早くしろ」
「もう、せっかちなんだから……うふふ」
サキュバスの尻尾がいやらしくくねりながら、こちらを向く。円みを帯びた先っぽが粘液を滴らせながらクパァ……と上下に裂け、じっくりと静かに俺のモノに近付いてくる。湿地帯の
蟒蛇が
羚羊を丸呑みにする時の様子にそっくりだ。そんな風に考えながら、俺は尻尾の内部を観察した。ピンク色の生々しい肉。その表面は粘液で湿潤で、幾筋もの襞が走っているのが見て取れた。
慄然とするほどおぞましく、同時に淫らがましい光景
――。嫌悪感と同時に、快楽への期待が高まるのをハッキリと感じた。
「それじゃあ、尻尾であなたのおちんぽ、食べちゃうわね……」
貪婪そのものの肉蛇が屹立した肉棒をぬぷぬぷと呑み込んでいく。湯気の立ちそうな程熱い粘液塗れの肉壁が、亀頭を四方から覆い包む
――と次の瞬間、
「あく……あ、う」
咄嗟に噛み殺そうとした歯の隙間から、情けない声が漏れた。
期待していた通り、いや期待していた以上の、凄まじい快感だった。
女の膣よりも湿潤で柔らかな尻尾内部の肉壁。それが、精妙な
蠕動を繰り返しつつ、敏感な亀頭粘膜にいやらしく吸い付いてくるのである。しかも壁にはびっしりと肉襞が
犇いており、その一筋一筋が粘液の助けを借りて性感地帯にヌメヌメと絡み付いてくるのだから堪らない。まるで、尻尾の中に何百枚という舌があり、その全てが意思を持って舐め奉仕をしてくるみたいだった。
肉悦がペニスの芯を走り、背骨をゾクゾクと駆けあがる。
快楽で身が強張るということを、生まれて初めて経験した。
ただ咥えられただけなのに、もう腰が抜けそうだった。
「あら、いきなり良い声を出しちゃって……でも、気持ち良いのはまだまだこれからよ……ほーら、ズブズブズブゥ……」
サキュバスは快楽に困惑する俺をクスクスと可笑しそうに眺めながら、尻尾を押し付けてきた。妖しく濡れた肉壁が
蠕動しペニスを奥へ奥へと引きずり込む。いやらしい肉襞が亀頭の裏側やカリ首を代わる代わる擦り上げ、舐め上げ、快感を刻み付けてくる。刺激は甘く鮮明で、襞の一本一本の心地までつぶさに感じ取れるようだ。
「ふあ、うぅ……」
挿入はじっくりと時間をかけておこなわれた。いや、快感の密度が濃すぎて、長い時間に感じられただけかもしれない。何にしても尻尾が少し進むごとに背筋が
戦き、脳内で恍惚の火花が弾け、意識が持って行かれそうになった。茎は芯からじわじわと痺れをきたし、欲望の内圧は意思とは無関係に高められていった。
「はーい。これで全部おちんぽ食べられちゃったわねえ」
そして、とうとう俺の分身は根元まで呑み込まれた。内部の肉が収斂し、淫らに蕩けた肉壁が奥の奥まで到達した亀頭に押し寄せる
――。
奥の肉壁は手前のそれと構造がまるで異なっていた。辿り着くまでの道行きを肉襞地獄とするならば、奥は大小いくつもの柔突起が並ぶ肉疣地獄。弾力を持ったツブツブの触感が亀頭部に集中的に襲い掛かってくるのである。その快感刺激は、想像を絶するものだった。多量の肉の
顆粒に尿道やカリ首といった性感帯を容赦なく責め立てられるあまりに甘美な心地に、俺はたちまち総毛だった。
「あ、あ、ああああぁ……!」
本能的に腰に力を入れたが、押し留めることは出来なかった。肉の詰まった尻尾の中で、肉棒が脈動を繰り返す。突き抜ける放出とは違う、我慢しきれずに漏れ出てしまった時の虚脱的な快感が腰の奥からじわじわと広がっていく
――。
「あらあら、これはとんだ早漏ボウヤねえ……挿れただけでドプドプ漏らしちゃうなんて……クスクス。サキュバスの尻尾の凄さ、理解出来た?」
淫魔の名に相応しいふしだらで妖艶な笑み。
「……でもね、これからさらに気持ち良いのが待ってるのよ」
突然、尻尾全体が這い進むミミズのような波打つ伸縮運動を見せ始めた。同時に内部の肉壁の密着感が高まり、ペニス全体に吸い上げる力が加わった。
「くあ、なんだこれ……なかで、吸われて……」
それは、考えるまでも無く吐き出した精液を吸入する生理的運動だった。いや、そればかりではなく咥え込んだ雄から根こそぎ精液を搾り取るための
――。
そう、サキュバスの尻尾というのはまさに、雄から精液を搾り出すための、搾精器官に他ならなかった。
その内部には軟体動物のように環状の筋肉が備わっているのだろう、濡れそぼった柔壁が肉襞を絡み付かせ、茎全体を根元から順繰りにキュウキュウと締め上げてくる。それと同時に与えられる、口達者な娼婦にされているみたいな甘美な吸引感。
ただ挿入しただけで、雄を絶頂に追い込む人外の搾精器官による容赦のない責め。しかも、絶頂直後のペニスはあまりにも過敏なのである。ひとたまりも無かった。刺激のすべてが狂おしいまでに快感だった。開いた傷口を炎で焼く痛みを、快楽にすり替えたらこんな感じになるだろうか。気持ちいのに辛く苦しい。その矛盾した感覚に、俺は獣のように吠えていた。
「く、ああああぁ……」
「ふふふ、気持ち良さそうに悶えちゃって。射精したばっかりの敏感おちんぽ責められるの最高でしょ? サキュバスはね、尻尾の中を自由に動かす事が出来るのよ。だから、ただ挿入しているだけで精液どんどん搾れちゃうの」
淫魔が自慢げな調子で語る間にも、尻尾はグジュグジュ……グッポグッポ……と耳を犯すような水音を部屋中にまき散らす。知能の無い動物さながらの貪欲さでペニスをしゃぶりたてる。牛の乳搾りの要領で、尿管に残った精液や新たに漏出した腺液が強制排出され、尻尾の奥へと吸い込まれていく。
「くあ、ああぁ……止せ、やめろっ……吸うなっ、くひっ、い……」
こちらの意思を無視した強制快楽に、俺は息も絶え絶えだった。しかし、サキュバスは悶える男を見るのが生きる楽しみだと言わんばかりに妖美な微笑を口元に湛え、さらにいやらしく肉蛇を動かしてくる。
「そんなこといって、あなたのおちんぽは嫌がってないわよ。尻尾の中でもっと犯して〜って震えてるもの。ふふ、今度は亀頭を集中攻撃〜♪」
先程の言葉通り、内部の動きは自由自在らしかった。イボ塗れの奥の肉が
蠢きを開始し、亀頭をグニグニと揉み込んできたのである。まるで、尻尾の奥に小さな手があるかのような的確な圧迫刺激だった。しかも同時に快楽のたっぷり詰まったあの凶悪な柔突起が、パンパンに張りつめた亀頭表面を容赦なく蹂躙してくるのである。
それはまさに、男殺しの快感だった。
瞬時に射精感が突き抜け、先端部が膨れ上がり、快楽が爆ぜた。
「ひいいっ……あ、あっ、ああああ……っ!」
「あっはは♪ またドクドク漏らしちゃったわね〜♪ それじゃあ、今度はあまぁく、吸い上げてあ・げ・る♪」
放出を促すように尻尾が
蠕動し、絶頂に
痙攣する竿や亀頭を甘く咀嚼してくる。それは、確かに精を搾るための運動なのだが、一度目の直後のようなきつさは一切感じられなかった。むしろ、うっとりするほどに心地が良かった。思わず、ああ、と溜息が漏れた。こういうやりかたもあるのか。サキュバスのテクニックに俺が驚く最中も、吐き出したばかりの精液は尻尾の奥へ吸引されていく。腹部の肉がトロトロに溶けて性器から滲みだすような甘ったるい放出感に酔い痴れながら、俺は腰を震わせて搾精刺激を甘受した。
「うふふ、沢山出たわね」
「はぁ……あ、あああぁ……」
「いかがだったかしら? サキュバスの尻尾は最高でしょ? ふふふ、こんなに凄いの知っちゃったら、普通の女じゃ満足できなくなるかもね」
誇らしげに笑いながら、サキュバスは尻尾を引き上げた。
グプグプッ、と卑猥な音と共に襞塗れの粘膜が、名残惜しげにペニスを擦り上げてくる。その刺激さえたまらなく心地よく、自然と体が震えた。
閉じた空間から解放された肉棒が、冷たい外気に晒される。
あまりに甘美で、そして短い一時だった。挿入してから、まだ数分と経過していない。にも拘らず、俺は2度も立て続けに精を搾られてしまったのである。
この、人外の魔悦をもっと味わいたい
――。
邪な考えが頭をよぎり、それを打ち消すように俺は頭を振った。
馬鹿なことを考えるな。魔物相手に自制心を失うな。
これはただの戯れで、溜まった性欲を処理したに過ぎない。もう、目的は果たした。
「あらあら、あなたはまだ、出し足りないみたいね?」
サキュバスのじっとりと潤んだ瞳が、こちらを見ていた。まるで心の底に渦巻く浅ましい欲望を見透かしているようだった。
「馬鹿な。もう、俺は十分……」
「あっはは。嘘。あなたのソレ、まだガチガチじゃない」
サキュバスの視線がゆっくりと落ちる。それに釣られるように俺は自らの下腹部を見た。俺のモノは得体のしれない粘液に塗れながら、硬く熱く反り返り、物欲しそうにビクビクと
痙攣していた。
「二回も出したのに、節操のないおちんちん。そんなに大きくしていたら、したくないっていっても説得力ないわよ」
「これは……」
否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。
「でも……私、そういうスケベなおちんちん大好きよ。だから……」
サキュバスはベッドの上に仰向けになると、はしたなく股を開いた。
「次は、ねえ……こっちを使ってくれない?」
長く黒い尾が蛇のようにくねりながら、サキュバスの脚の間に潜り込む。淫らな搾精器官はいつの間にか径が縮み形状も元通りになっていた。その、矢尻型の尖端が扇情的なショーツの上から、秘めやかな女をそっとなぞった。クチュクチュ……と、湿潤な音が漏れ聞こえ、ショーツにうっすらと卑猥な縦筋が浮き上がる。
「んっふぅ……あなたの悶える顔を見ていたら、すっかりここ……濡れちゃったの……ね……お願い、いいでしょ? 私とセックスしましょう。最後の思い出に、あなたの温もりが欲しいの……」
甘い吐息、潤んだ瞳、ほのめかしも何もない、剥きつけな言葉が劣情を焚きつける。気が付けば俺は、サキュバスの秘所を食い入るように見ていた。ショーツの向こうで涎を垂らす女の器官を想像すると、股間に更に血が流れ込んだ。
「尻尾であれだけ気持ち良かったのだから、おまんこはもっと凄いわよ……蕩けるような快楽の夢を見せてあげる……だからお願い、このロープを解いて……結構、くるしいのよ……んんっ……」
ロープできつく戒められた豊満な肉体を悩殺的にくねらせながら、淫乱で、淫蕩で、まさに淫魔そのものの表情でおねだりされると、俺の心に女体への浅ましい欲望が満ちていった。それに、あの尻尾以上の快楽
――一体どれほどのものだろうか。喉が不随意に
蠕動し、生唾を飲み下した。
「だが……」
「大丈夫よ。逃げ出したりなんかしないわ。あなたという男は、とても強いもの。私がどうこうしようとしても、無駄……そうでしょ?」
大丈夫。サキュバスの声が頭の中で反響する。
「ああ、そうだ。確かに……そうだな」
いざとなれば、素手でコイツをねじ伏せることも、痛めつけることも出来る。ロープを解いたとしても、立場はまるで変わらない。
静かな興奮が身体を支配する。さっき精を放ったばかりだというのに、やりたくてやりたくて仕方が無かった。ベッドの上でしどけなく股を開く淫魔と動物のように交わりたい。欲望が妄想を掻き立て、妄想が欲望を加速させた。俺は衝動に従って動いた。