男は菫子の脚を開かせると、顔を股座へと近づけた。たっぷりと臭いを鼻で味わう。すんすんと、いまや蹂躙を待つばかりの少女にも聞こえるほど大きく鼻を鳴らして息を吸い込む。濃厚な、怯えを含んだ雌の臭いを楽しんでいるのだ。
「近寄らないでよっ、この変態っ」
叫んでから菫子は我ながらなんと陳腐な言葉だろうかと思う。だが、普段こそあれほど機敏に動く頭脳は、いまや故障してしまったように動かない。この状況を打開する手立てなどまったく思いつかないのだ。だが男はあっさりと身を引いた。相変わらず顔にはニヤニヤとした笑いが張り付いている。この状況、これからどうなるかぐらい分かるだろう?そう表情が語っている。ギリッ、っと歯が鳴るのがわかった。だが現実として打てる手は殆どない。
「うーんレディに対して名乗らないのはご無礼でしたかねえ」
男は心にもないことを口にしたことを隠そうともせずそう言った。その目には、自分が絶対的優位を再度確信した光が浮かんでいた。
「どうも、私、光悦と申しましてね。ええ、若い女性は大好きなのですよ。仲良くしてくださいね。」
光悦と言ったか。こんなやつと仲良くできるわけがない。菫子は背筋に悪疫のような悪寒が走るのを感じた。
「どの道ここからあなたは逃げられないのです。それならせめて楽しもうとは思いませんか?」
ノリがわるいですねえ、といわんばかりの態度で光悦は肩をすくめる。冗談ではない。ノリでこんなことに付き合えというのか。第一自分にこれに付き合わねばならない道理などないはずだ。
「抵抗しますか。まあいいでしょう。それにですね、あなたも無関係ではないのですよ?ものごとには必ず理由があります。警告だってあったはずでは?」
光悦は口を開いた。その言葉は説明不足に思えるが、すべてを説明するつもりなど最初からないのだろう。菫子は回らぬ頭をフル回転させる。あの口ぶりは誰か裏にいることを示している。自分はこの幻想郷で誰の恨みを買ったのだろうか。だが、あのような男を差し向けてくる手合いの心当たりは多くはない、いったい誰が。
菫子の思索は唐突に中断された。光悦の手が、菫子の脚に触れたのだ。
光悦の手は、最上質の絹のように白く滑らかな菫子の脚をするするとすべるように撫で回していく。くすぐったいような感触。かつて、電車の中で加齢臭のする中年男に後ろから脚を触られた嫌悪感が唐突に蘇った。光悦の手は菫子の嫌悪など気にもとめぬように菫子の脚を這い回る。太ももの内側を撫でられた。背筋を何かが走り抜けるのを感じる。
「ふぅっ、んんっ」
口から息が漏れる。こんなにもじっくりと、他人に体を触られたことなどなかった。他人から肉体を触られるという機会は人間が成長すると失われる。自分で触るのと全く異なる感触。他人の体温、予想だにしない動き、くすぐるような、探るような動き。菫子は経験したことのない感覚に自分が戸惑っているのを自覚した。先ほどから手を何度も動かそうとはしているが、鎖がなるばかりで戒めはまったく外れそうにない。脚をバタつかせようとするが、光悦は抱え込むようにして脚の動きを封じてしまった。
制服のスカートを光悦は無遠慮にまくった。菫子の地味な下着が露わになる。男の視線が菫子の神聖な場所を守る、無防備に丸見えな状態の薄布に止まり、そしてすぐに離れた。菫子は自分の顔が羞恥で真っ赤になるのを感じた。あんな男に下着まで見られた。恥ずかしくて死にたくなる。だがその羞恥も長くは続かなかった。光悦の手はさらに上に進み、上着のボタンを外し、シャツをはだけさせた。脇腹からヘソのあたりまで菫子の白い肌が晒される。
「ちょっ、なにをっ」
菫子は思わず抗議の声を上げたが、理由など決まっている。光悦は先ほど脚を攻めたようにさらにそのあたりをまさぐるつもりなのだ。光悦の指が、未踏地を進む探検家のように脇腹を撫ではじめる。くすぐったさを感じ、菫子は身をよじった。菫子の注意が上にいった隙に、光悦はさらに舌を菫子の太ももへと伸ばす。ぺろりと、犬が餌皿を舐めるように、なめた。菫子は脚の上を生暖かいナメクジが這い回るように感じた。しかし、その嫌悪感も長くは続かなかった。脇腹、時にはさらに上の腋のあたりまで探るようにゆっくりと撫で回す光悦の手と、太ももの感触を楽しむようにその上を這い回る赤い舌の動きが、菫子の官能を徐々に掘り起こしつつあった。

男は決して焦らなかった。手を枷で戒められ、男の体重と体で脚の身動きを封じられた菫子の肉体を、美術品を愛でるようにゆっくりと愛撫し、眠っていた感覚や神経をじっくりと目覚めさせるように、官能を掘り起こし、初めての快楽感覚を刷り込んで行った。それは新鮮な食材に、熟練の料理人がじっくりと下ごしらえをする姿に近似していた。
光悦の手は、ただ撫でさするだけではなく、こねまわすような動きや揉みしだくような動きさえ取り入れ始めた。同時に光悦の口は脚の表面を舐めるだけでなく、吸い、ついばみ、上下の唇で甘噛みするかのように動く。明らかに「攻め」を一段階進めてきていた。菫子は光悦の動きの変化を知覚していた。肌を通して伝わってくる、ゾクゾクとした不快で、そして甘い感覚。それが強くなってくるのを感じる。抗議と不快の意思表示のために体を動かそうとするが、光悦は難なく押さえ込み行為を継続している。
「あっ、はぁぁっ」
それは非常に抑えた、油断していれば聞き逃していたであろう声だった。思わず菫子は漏らしてしまったのだ。口をつぐみ、何も感じていない、不愉快なだけだ、そんな態度をとり続けるつもりであったにもかかわらず、だ。光悦はその声を聞いただろうか。菫子が初めてあげた、高く、細く、甘い「女」に目覚めつつあるその声を。いや間違いなく耳聡く捉えたのであろう。その証拠に光悦がもたらす手と口によるくすぐったい、いやいまやそれ以上の感覚になりつつある刺激はさらに強くなった。強弱とリズムをつけ、手のひら全体の面の刺激から指から肌の上を滑る線の刺激、指先が優しくとんとんと跳ねる点の動き。めまぐるしく形を変えながら光悦の指が、菫子の体を愛撫する。光悦の指は白い女の肌の上をリングに見立てたフィギュアスケートの選手のように、緩急をつけ、カーブし、乙女の柔肌を優しく掘り起こし快楽の種を蒔くように土壌を整えていく。光悦の手はだんだんと大胆になりつつある。菫子のシャツははだけ、ブラジャーすら外されつつあり、秘められた白い肌は外気に半ば晒されつつあった。だがそのような状況だというのに、菫子の若い肉体は光悦の努力を素直に受け止め、スポンジが水を吸い込むように甘く切ない快楽を受け入れつつあった。いくら菫子の精神が光悦の行為を拒否しても、みずみずしい菫子の肉体は初めて砂糖菓子を食べた幼子のように甘い快楽に順応しつつあった。
菫子は気づいていた。光悦の手は、いまだ自分の敏感な場所を攻めてはいない。つまりまだ本気を出してはいないということだ。しかし、光悦はいまの状態ですら自分を翻弄しつつある。気を抜けば口から声が出そうになっている。腰の奥には甘く湿った熱がたまりつつあるのを知覚していたし、背筋を走り抜ける感覚はいまや弱い電撃のようで、無視できないレベルに成長しつつあった。
「くぅっ、んんんぅっ」
菫子は今までで一番大きな声を漏らした。それはたとえ耳を澄ませていなくても光悦の耳に届いただろう。光悦の舌が菫子の太ももの付け根、下着に覆われていないギリギリの場所を攻めたのだ。呼応するように光悦の手も菫子の比較的控えめな胸の麓をやわやわと撫で回す。だが、菫子にとってもうその感覚は不愉快ではなかった。
「(気持ちいい)」
内心しまったと思った。認めてしまった。快楽を感じていることを認めたのだ。いまだ肝心な場所には触られていないのに、自分はこの男の手によって快楽を感じてしまった。光悦は間違いなく自分を犯すつもりだろう。そして今は序盤も序盤、小手調べの段階に過ぎない。その状態で自分は感じてしまった。菫子は、これから先、自分はどうなるだろうかという真剣な不安が胸の中で膨らんでいくのがわかった。
そして、不愉快極まる事実を認めざるを得なかった。膨れ上がるものは不安だけではない、期待もそこに混じり込んでいたのだ。

光悦の手は、菫子の服の中へ潜り込むようにして好き放題に撫で回す。菫子がもはや本気で嫌がっていないことは承知の上なのだろう。舌が肌の上を這い回る。
「やっ、やめなさいっ」
菫子はせめて態度で拒絶を示そうとするが、光悦は見透かしたように動きを止めはしない。もう意志の力だけでは抑えることはできない、反応してしまう肉体が恨めしかった。光悦の手で、菫子の肉体は女の快楽を知りつつある。いや、それは正確ではない。光悦の手で、口に甘いメスの蜜の味のする快楽を流し込まれているのだ。口を閉じようとしても流し込まれてしまう。流し込まれた女の喜びは臓腑の全てに粘膜を通して染み込み、体の隅々までに行き渡り、肉体を不可逆的に変質させていく。

光悦の手が、菫子の敏感な場所へとついに伸びた。双丘の、麓のあたりから、そうっとゆっくりと登るように、そのなだらかな曲線美を愛でるように、憎たらしくなるほどゆっくりと登ってくる。菫子はじれったさすら覚えていた。

唐突に光悦が手を止めた。
「ずいぶん気持ちよさそうな顔をしていますね」
菫子はハッとして顔をあげた。自分でも分かるほどに顔が緩んでいた。顔が悔しげに歪む。反駁をしたいが、口元から垂れた涎は、下品さではなく妖艶さを菫子に与えていた。
「こんなこと、やめて欲しいとは思いませんか?」
菫子はいぶかしげな表情を作る。今まで散々好き放題してきた癖に、いまさら止めるはずがない。だから当然その言葉には何か裏があるのだろう。菫子の頭は、まだ鈍ってはいなかった。だが、何かあるにしても話くらいは聞いてもいいだろう。そう思う程度には、菫子は余裕をなくしていいた。
「言いたいことがあるなら早く言いなさい」
菫子は荒くなった息を整えながらかろうじて返答した。菫子は自分が思った以上に息が乱れ、そして体が熱くなっていることに驚いていた。
「ただ一方的に嬲るだけではおもしろくないですからね。ゲームをしませんか。」
光悦の顔にはただつかみどころのない表情だけがあらわれている。
「簡単な話ですよ。これをこれから10分間、吐き出さずに頑張ることができれば、それで解放してさしあげます。」
光悦の手には赤い飴玉のようなものが握られている。10分。おそらくこの男は邪魔をしてくるのだろう。だが、断ったところでこの状態は解決されないのだ。つまり、自分には拒否権などないのだろう。いいだろう、やってやろう。
「やるわ」
菫子はひときわはっきりとした声で応えた。光悦は唇をわずかに歪めると、口元に指で挟んだ飴玉を押し付けてくる。菫子は赤い唇を開いてそれを口内に迎え入れた。チラリと見えた舌の鮮やかな赤さに男は目を奪われた。菫子が口に含んだことを確認すると、光悦は満足したように部屋に置かれていた砂時計をひっくり返した。ゴングが鳴ったのだ。とにかくこの飴玉を口の中にとどめなくてはいけない。