摘まれし花の如く  <1> <2> <3> 

 

<1>

 いつもいつも、見る夢は決まって同じだ。

 眠る度に、あの日の絶望を、怒りを、何度も何度も、体験する。

 

 村を出て、冒険者になってから約2年。

 新米というほど浅はかでもなく、熟練と言えるほど老練でもない。

 まさに、ギルドにおいては中堅という扱いだった。

 この日も、簡単な依頼をこなした帰りだった。

 通い慣れた冒険者ギルドの扉を開ける。

 そこで、違和感を感じたことをはっきりと覚えている。

 いつもよりも、自分に集中する視線が多いという事に。

 だが、どいつもこいつも、目を合わせると気まずそうに眼をそらす。

 若干気分を害しながら、カウンターへと進み、窓口の女性に依頼事項の達成を報告する。

「確かに、依頼の完了を確認しました。報酬を用意しますので少しお待ちください」

 淡々と必要事項を確認し、報酬金を用意する女性職員。

 その間にも、背中にいくつもの視線を感じる。

 イライラしながら待っているうちに、女性がカルトンにお金を載せて差し出してくる。

「ありがとう」

 それを受け取り――踵を返そうとしたところで。

「レン」

 顔馴染みの1人が、意を決したように声をかけてきた。

「なんだ? 酒なら奢らないぞ」

 不機嫌を隠そうともせずに、ぶっきらぼうに言葉を返す。

 相手は一瞬怯んだ様に目を瞬いた後、決まり悪げに言葉を続ける。

「いや……知らないのか?お前の故郷の事」

「は? なんだってんだ?」

 聞き返しながら、胸騒ぎを覚えていた。

 相手は、しまったという顔をしつつ、

「いや、俺もさっき聞いたばかりなんだが」

「もったいぶらずに言えよ。何だってんだ?」

「いいか。落ち着いて聞けよ………。その、魔物に襲われたんだ。おまえの村――

 話を最後まで聞くことはできなかった。

 その時には俺は、ギルドを飛び出していたから。

 おいっ、とかなんとか呼び止める声には振り返ることもなく、ギルドの外に繋いでいた馬に飛び乗り、思い切り腹を蹴り上げる。

 自分の馬じゃない。誰の馬なのかも知らない。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 疾走する馬上で揺られながら、俺はどんどん膨らんでいく嫌な予感に唇を噛み締めていた。

 活動拠点にしていた町から、故郷までは馬を走らせれば3時間ほどで着く。

 そこで俺が目にしたものは。

 

 絶望だった。

 

 村のありとあらゆるものが破壊されていた。

 踏み荒らされた畑。

 突き倒された柵。

 崩れ落ちた家屋や作業小屋。

 無残に殺された家畜たち。

 そして漂う、吐き気を催しそうなほどに濃い血の匂い。

 それらの風景を、唇を噛み締めながら通過し、いつも子供たちが走り回り、賑やかだった村の中央広場にたどり着く。そこにはむしろがかけられた何十もの遺体。

 忙しそうに走り回っているのは町の騎士団の連中だった。

 担架に乗せて、いくつもの死体が、次々に広場に運び込まれては並べられていく。

――レン!」

 騎士団の知り合いが、俺を見つけて駆け寄ってくる。

 俺はきっと、相当ひどい顔をしていたことだろう。

 男は気の毒そうな表情を浮かべて、俺の肩に手を置く。

「なんと言っていいかわからんが……すまん。知らせを聞いて俺たちが駆け付けた時にはもう………」

「魔物に襲われたと聞いた」

「キョンシーだ。アンデット系の魔物だ。何体かは倒したんだが、ほとんどの奴には逃げられた。元々、本隊は撤収した後のようだった」

「キョンシー………」

「ここだけの話だが」

 男が身を寄せ、耳元で囁く。

 それを聞いて、俺は全身の血が沸騰するのではないかと思うほどの怒りを感じた。

 男はこう囁いたのだ。

「キョンシーには意志がない。だからこれは、人為的な襲撃だ」

「っ……誰が」

「わからん。周辺も探らせているが」

「……。生き残りは?」

「残念ながら……お前の家族も。だが、奇妙なことだが、若い女たちの死体がない」

「リズ……」

「リズ、おまえの恋人だったな。死体がないということは、若い女たちだけ逃げたのかもしれん。或いは犯人が連れ去ったか。いずれにせよ、まだ希望はある。だから――無茶はするなよ、レン」

 騎士団の男はそう言いおいて、仕事に戻っていった。

 俺は、自分の実家に行ってみた。

 筵をかけられた、両親の遺体を確認した。

 まるで、長い爪か何かで引き裂かれたような、無残な死体だった。

 恐怖と絶望に見開かれた目を、そっと閉じてやる。

 村の顔役を務めていた父だ。

 父も、そして母も。傷は体の前面にあった。

 逃げなかったのだ。

 勇敢にも、2人はキョンシーに立ち向かったのだろう。

 リズの家にも行ってみた。

 同じように、リズの両親の遺体があった。

 だが、リズの遺体はなかった。

 小さな村だ。

 村人の顔も名前も、好きな食べ物も嫌いな虫も、よく知っている。

 それらすべてを、一瞬にして奪われた。

 膝からくずおれた俺は、天を睨みつけながら、慟哭した。

 涙が溢れてくる。

 止めようとも思わなかった。

 

 ただ――決めた。

 誰が、何のためにこんなことをしたのかわからないが、必ず報いを受けさせてやる、と。

 

<2>

 夢から覚めて。

――

 無言で、天井を睨みつける。

 毎日毎日、飽きることなく、あの日の夢を見る。

 あの日、故郷の村は襲われ、皆殺しにされた。

 襲われた理由もわからなかった。

 若い女の遺体がなかったこと、周辺に逃れた形跡もなかったことから、騎士団は誘拐目的だったと考え、周辺の奴隷市場などを調査したが、手掛かりすら掴むことができなかった。

 あれ以来、他の村などがキョンシーに襲われたというような事件も発生していない。

 不思議な事件は迷宮入りし、やがて伝説やおとぎ話の様に歴史の狭間に埋もれていってしまうのかもしれない。

 だが、俺は諦めなかった。

 騎士団が捜査を打ち切った後も、俺は1人で復讐の方法を探し続けた。

 犯人については、皆目見当がつかなかったが、キョンシーについてはある程度調べることができた。

 道士という人々によって操られている死者だということ。

 かつて、東の大国では労働力や軍事力として使役されていたということ。

 その爪には強力な麻痺の毒があること。

 人間の体液を啜ること。それまで深く考えていなかったが、確かに村の遺体はどれも深々と切り裂かれ、村中に濃い血の匂いが漂っていた割には現場に残されていた血痕は少なかった。

 あれはおそらく、キョンシーに血を啜られたからなのだろう。

 そして、通常の物理攻撃では倒すことができないこと。

 たとえ、剣で斬ったとしても、痛覚もないキョンシーの動きを止めることはできないのだそうだ。

 キョンシーを倒すためには、これを操る道士と同じく、道術を身に着ける必要があること。

 そこから方々を探し回り、1人の道士を見つけた俺は弟子入りを志願した。

 最初はけんもほろろに断られた。地に頭を擦り付け、必死に願ったが、弟子など取るつもりはないと一蹴された。

 しかし、故郷の村がキョンシーによって皆殺しにされたことを話したら、どういう訳かすんなりと弟子入りを認めてくれた。

 後に弟子入りを認めてくれたのはなぜかと訊いたこともあったが、何も答えてはくれなかった。単なる同情だったのかもしれない。だが、同情でも憐みでも何でもよかった。

 力を得られるなら。復讐するための力を手に入れられるなら。

 厳しい修行にひたすら耐え、力を磨き続けてきた。

 そして――あの日から2年、俺は道士として一人前になるための最終試練を受ける日を迎えることになった。

 

 ***

 

 道場に入ると、師が待っていた。

 と、言っても見た目は20代半ばの妙齢の女性だ。

 赤い髪をした白皙はくせきの美貌。

 朱色の、異国の服に身を包んでいる。

 動きやすくするためにスリットが入っており、そこから覗く白い太ももが目に眩しい。

 常人であれば、一瞬にして心奪われてしまうであろう、妖しい美しさを持つ女だった。

 とはいえ、道術を極めたその年齢が、見た目通りとは限らない。

 それに、あの日、リズを失ってから、俺は一度も女性に対して心動かされるということがなかった。

「準備はよいか、レン」

 師――2年共にいるが、名すら知らない――が、静かに問う。

「はい」

 師のものとは少しデザインが異なるが、俺も黒の道服に身を包んでいた。

「為す事はわかっているな。そもそも、宇宙のあまねく森羅万象はみな、陰と陽の結びつきによって成り立っている。陰陽が平衡を欠けば消長盛衰し、調和すれば秩序が保たれる。天地万物の1つである人間もまた同じ陰陽の原理に従っている。一己の人間もその中に陰陽があり、陰陽の調和があればこそ秩序ある生活を営むことができる。即ち、平衡を欠けば病となる。男女においては男を陽に、女を陰とする。天地万物の陰陽が調和して初めて、人は死を乗り越え、死者をも使役することを可能とする」

「はい」

「気を練れ」

「はい」

 両手を複雑に組み合わせて、印を組む。

 呼気を整え、気を練り上げていく。

「試練を与える」

 師が、印を組む。

 その身から、練り上げられた膨大なまでの気が放たれるのを感じる。

 懐から2枚の反魂の札を取り出し、空へと放り投げる。

 反魂の札が空中にとどまり、光り輝く。

 徐々に輝きを増していき、頂点に達したところから徐々に弱まっていく。

 するとそこに、2体のキョンシーが出現していた。

 1体は橙色の道服に身を包んだ長髪の女。

 もう1体は青色の道服に身を包んだ短髪の女。

 2体ともが、出るところは出た素晴らしいプロポーションをした美女だったが、死者であるがゆえに、その肌はくすんだ灰色だった。

 これまで、何度も修行の相手をしてきた。

 生前はどんな女性だったのだろうか、と考えたこともあったが、いつしか、そんな感慨も覚えなくなった。

 額に貼られた反魂の札を通じ、師の道力によって操られている、この世の理に反し、蘇った存在。

 この世にあるべからざる存在。

 もはや、人間ではないのだ。

――さあ、可愛がっておやり」

 師の言葉を受けて、2体のキョンシーは両腕を前に伸ばし、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる。

 その度に、豊かな双乳が揺れる。が、こちらもやはりどことなく硬く、重そうだ。

「さあ、レン。精を漏らすことなく、耐えて見せよ」

 かつて――東の大国でも道士の修行に用いられていたとされる、房中術だ。

 簡単に言えば、精を放出しないようにしながら、女性を絶頂させること。

 そうすることで、女性の中に流れる陰の気を取り込むことができる。

 逆に、絶頂してしまえば、精とともに陽の気が女性に流れ込んでしまう。

 俺は全身の気を練りながら、近づいてくる2体を待ち受ける。

 先に俺の元にたどり着いたのは、長髪のキョンシーの方だった。

 両腕を伸ばしたまま、体当たりするようにぶつかってくる。

 俺の胸元で、豊かな胸がぐにゃりと歪む。

 反魂の札越しに、感情のない眼差しが俺を捉え、冷え、固まった唇を、俺のそれにぶつけるように当ててくる。

 俺は当然のごとく、それを受け止める。

 逆に、腰と後頭部に首を回し、冷たい体を抱きしめながら、より深く唇を重ね合わせ、舌で押し開く。

 舌を伸ばし、キョンシーの舌と絡ませながら、唾液を流し込み、あるいはキョンシーの冷えた唾液を啜る。

 死人であるにもかかわらず、どことなく甘い花のような味と香りがする唾液を飲み込み、お返しに俺の唾液を飲ませていく。

 何度も繰り返していくうちに、徐々にキョンシーの体温があがっていき、硬かった体が解れていく。

 俺の舌に応えるキョンシーの舌も柔らかく、滑らかに動いていく。

 房中術において、キスは基本とされている。

 相手の心を解すことが肝要なのだ。

 無理やりに犯したところで、気の交わりは生まれない。

 もっとも、心を持たないキョンシーに対し、どこまで効果があるのかは疑問だったが。

 だから、関節が硬くなっているキョンシーに対しては、その身を揉み解すことが重要だと俺は認識していた。

 片手でキョンシーの大きな胸を解すように揉んでいく。

 そうしながら、横目でもう1人の短髪キョンシーの位置を探る。

 ぴょんぴょんと跳ねながら、俺の背後に回った短髪キョンシーが抱き着いてくる。

 抱き着くというよりは、体当たりに近いが。

 毎回、遠慮のない衝撃によろめきそうになるが、ぐっと足に力を込めて耐える。

 冷たい唇が、俺の耳朶を咥える。

 冷たい唾液と舌が耳穴に侵入してきて、ぞくり、と身体が震える。

 キスをしながら胸を揉み解され、徐々に体温が上がってきた長髪キョンシーが、俺の股間に掌を這わせてくる。

 ズボンの中に侵入してきた長髪キョンシーの冷たい手に掴まれ、外に引っ張り出された俺の陽根は、練り上げた気が巡り、硬く隆起している。

 最初の動きからは想像もつかない滑らかな動きで、長髪キョンシーがしゃがみ込み、何の躊躇いもなく陽根を口に頬張る。

 たっぷりと唾液を絡めた舌が、陽根の先端を舐めしゃぶる。

 裏筋、カリ首、亀頭と敏感な場所を的確に責められ、快楽に声を出してしまいそうになるが、ぐっと堪える。

 俺は、長髪キョンシーには己の好きなようにさせつつ、背後にいた短髪キョンシーの手を掴んで、前に移動させると、先ほど長髪キョンシーにそうしたように唇を重ね、舌を絡め、唾液を交換していく。

 徐々に、短髪キョンシーの体温も上がり、動きが滑らかになっていく。

 短髪キョンシーは、俺の道服の上着を脱がせると、乳首を弄り始めた。

 冷たい指先で転がされる度、ぴくり、と身体が震えてしまう。

 2体のキョンシーは頬を上気させ、瞳を潤ませながら、情熱的に俺に奉仕をする。

 だが、それはあくまでも生理的な反応に過ぎず、彼女たちに、俺への好意はおろか、一片の感情すらもない。

 俺もまた、快感を感じてはいたが、流されているわけではなかった。

 気が乱れないように細心の注意を払いながら、2体のキョンシーの胸を揉みしだいていく。

 十分にキョンシーたちの体が解れたところで、俺は長髪キョンシーの口から陽根を抜き出し、仰向けに横にさせる。

 足を開き、股間に顔を埋める。

 陰唇にゆっくりと舌を這わせ、花弁が綻んできたところで、その奥へと侵入していく。

 短髪キョンシーが、股間の方に移動し、陽根を口に含んだ。

 唇をすぼめるようにして、吸い上げてくる。

 さらに、伸びた手が、乳首をくすぐってくる。

 俺はその刺激に、気を乱さないようにしながら、長髪キョンシーの陰唇に愛撫を続けていく。

 やがて、そこからはとろとろと愛液が溢れ出してきた。

 わざと淫らな音を立てながら啜ってやると、キョンシーの体もわずかにぴくぴくと震え、溢れ出してくる蜜の量も増してきた。

 舌を抜き、指を差し込んで解れ具合を確かめる。

 指の数を2本、3本と増やし、十分に襞が解れるまで中をかき回した後、引き抜く。

 指と陰唇の間に、白くねっとりとした愛液の糸が引いた。

 短髪キョンシーの口中から陽根を引き抜き、長髪キョンシーの陰唇にゆっくりと挿入していく。

 幾重にも重なり、愛液で十分に潤った陰唇が、絡みつき、陽根を扱き上げる。

 十分に解れ、柔らかくなったキョンシーの淫肉は、生者とは比べるべくもない快楽をもたらす。

 いつの間にか、俺の顔にはびっしりと汗が浮かんでいた。

 ともすれば、理性を押し流されそうなほどの快楽。

 それに耐えながら、気を練り上げ、ゆっくりと腰を動かす。

 短髪キョンシーが、背後から抱き着き、乳首を弄りながら、耳たぶをしゃぶってくる。

 背中で、大きくひしゃげる乳房の感覚も、今の俺にとっては悩ましい。

 空気を取り込む度、キョンシーたちの肌から匂い立つ香りに、くらくらとしてくる。

 いつの間にか、彼女たちの灰色だった肌までもが、薄桃色に染まっている。

 腰を動かすたび、ぐちゅっぐちゅっと卑猥な音が響き、脳天を貫くような快感に、身を任せたくなる。

 睾丸の中で、精が放出を求めて煮え滾っているのがわかる。

 長髪キョンシーの媚肉もまた、熱い迸りを求めて、陽根を絞り上げ、子宮口が吸いつき、吸い上げてくる。

 徐々に腰の動きを速めていく。

 ぱちゅんっ、ぱちゅんっと肉と肉がぶつかる音が、道場に響き渡る。

 傍目には、まさに淫らな饗宴と映る事だろう。

 言葉を交わすこともなく、互いに喘ぎ声を漏らすこともない。

 ただただ、肉を打ち合う音、そして湿った水音だけが周囲に響く。

 静かでありつつも、激烈な戦いである。

 それは、俺の頬を流れる汗でも知れる。

 師は、腕組みをしたまま、微動だにせず、じっと見つめている。

 突き上げる度、長髪キョンシーの胸が激しく踊る。

 俺は堪らず、腕をつかんで、その身を引き起こし、座位の形にして、桃色に色づいた乳首に吸い付いた。

 長髪キョンシーのやわらかな細腕が、俺の首に絡みつき、胸の奥へと頭を誘う。

 肩から背中に流れる長髪の、さらさらとした感覚すら心地いい。

 息をすれば、立ち昇る甘い色香が、肺の中いっぱいに広がっていく。

 油断すれば、思考を桃色に染められてしまいかねないほどの、濃密で淫らな女の香り。

 膣の中で、陽根がさらに硬く張りつめていく。

 ぎゅっ、ぎゅっと締め付けられる度、少しずつ、理性が削り取られていく。

 短髪キョンシーに弄られる乳首は固く勃起し、弾かれる度、甘い快楽が脳天を貫いていく。

 耳は、すでに、舐め続けられてすっかりふやけてしまっている。

 心が、快楽に絡めとられていく。

――負けて、堪るかっ……)

 放精を促すように、膣肉が甘く絡みついてくる。

 身を任せ、最奥に思いきり精をぶちまけてしまえれば、どれほど楽だろう。

 だが、歯を食い縛り、脳裏にあの日の故郷を思い描く。

 惨殺された人々。むしろをかけられた遺体。父や母の、村の皆の無念、絶望。破壊された家々。

 そして、恋人の姿を思い浮かべる。

 栗色の髪をした、笑顔の可愛らしいリズ。

 料理が得意だったリズ。

 仄かに、淡い恋心を抱いていたリズ。

 思いを告げた時、はにかみながら頷いてくれたリズ。

 帰りを、いつも待ってくれていたリズ。

 涙を流しながら、傷の手当てをしてくれたリズ。

 愛する恋人との、いくつもの思い出を脳裏に思い描き、それを奪った相手への怒りを滾らせる。

(俺は、こんなことで、負けて、堪るかッ………!!)

 気を練り上げ、沸騰するかのような情欲を無理やり抑え込み、そして強く、早く、雄々しく、キョンシーの最奥を突き上げる。

 キョンシーの体ががくがくと震え、のけぞり、硬直する。

 絶頂したのだ。

 その瞬間、媚肉が激しく収縮し、陽根をこれまでになく強く、搾り取るように締め付けてくる。

 精が、奔流となって迸るのを、俺は思い切り唇を噛んでぎりぎりのところで耐え抜く。

 口角を、血が流れていく感覚とともに、キョンシーの体から陰気が流れ込み、己の陽気と溶け合うのを感じた。

 横たわり、動かなくなった長髪キョンシーから、陽根を引き抜く。

 愛液にまみれ、湯気を立ててさえいたが、精は漏らしていない。

 硬く、硬く、そして雄々しく、屹立している。

 俺は、荒い呼吸を整えながら、短髪キョンシーに向き合った。

 

 ***

 

 絶頂を迎え、動かなくなった短髪キョンシーから、陽根を引き抜く。

 全身にびっしりと汗を浮かべながら、それでも俺は清々しいまでの達成感を味わっていた。

「見事、と言っておこう。よく、精を漏らさず、試練を耐え抜いたの」

 師に向き合い、一礼する。

「師の教えのおかげです」

「勘違いするな、レン。試練はこれで終わりではないぞ」

 印を組むと、動きを止めていた2体のキョンシーが起き上がり、再び両手を前に伸ばした格好でぴょんぴょんと師の両脇まで移動し、控える。

 そしてさらに、懐から反魂の札を取り出す。

 今度は1枚だけだったが、油断することなく、俺は気を練り上げる。

「お願いします」

 師の身から、練り上げられた膨大なまでの気が放たれるのを感じる。

 反魂の札を空へと放り投げる。

 札は空中にとどまり、光り輝く。

 徐々に輝きを増していき、頂点に達したところから徐々に弱まっていく。

 そして、再びキョンシーが現れる。

「っ………」

 そのキョンシーの姿を見て、俺は目を剥いた。

 生気のない灰色の肌。

 黄色の道服に身を包んだ、整ったプロポーション。

 そして――栗色の髪。

 感情のない眼差しを俺に向けていたのは、まさに先ほどの試練の際にも、何度も脳裏に思い浮かべた――いや、あの日から1日たりとも忘れ得たことのない最愛の人の姿そのものだった。

「リズ………」

 訳が分からなかった。

 説明を求める視線を師に向ける。

 師が浮かべていたのは、諧謔かいぎゃくの笑み。

 これまで、一度も見たことのない表情だった。

「おまえが、弟子入りを志願してきた時には驚いたよ。あの村の人間は、全員、きっちりと殺したつもりでいたからね」

 口調も、今までとまるで違う。

「どういう……」

「まだわからないのか? レン。お前が、倒したいと願っていた相手とは、すなわち私なのさ」

 驚愕の事実。

 どくんっ、と大きく心臓が跳ねる。

 俺は見を見開き、出てきた声はひどく掠れていた。

「っっ……なんで……」

 そんな俺の様子に、師はますます諧謔の笑みを濃くする。

「なぜ、村を襲ったのか。なぜ、リズをキョンシーにしたのか。なぜ、レン、お前を弟子にしたのか。質問はこんなところでいいかい? ふふっ、今の私はすこぶる機嫌がいいからね。全部答えてあげるよ」

 師は楽しそうに笑っている。

「まず、なぜ村を襲ったのか、だけど。キョンシーにするための死体を手に入れるためさ。リズでなくてもよかったが、あの村ではリズが一番可愛かったからね。ご覧の通り、素晴らしいキョンシーになったよ。次に、お前たちの村であった理由だけど、お前たちの体に流れている血が理由さ」

「血?」

「そう。お前もキョンシーについては調べたんだろう? 普通のキョンシーには意志がない。だけど、ある一族は意志あるキョンシーを作り出す秘術を代々継承してきた、と。あの村に住むお前たちは、まさにその一族の末裔なのさ。お前たちはかつて、その術を以て東の大国の皇帝に仕えていた。それが時の流れで流離し、あの村で細々と術を継承しながら生き永らえてきたという訳さ」

「っ、そんな………」

「とはいえ、お前は秘術を授けられる前に村を出てしまったから知らなかったんだろうがね」

 まさか、自分の一族が道士の末裔……?

「苦労したよ。私は意志あるキョンシーを作りたかった。私を馬鹿にし、蔑んだ王国の連中に、私の力を見せつけ、私に跪かせる為にね。そのために、ありとあらゆる文献を調べたのさ。そして、意志あるキョンシーは、お前たちの一族の死体でなければ作れないということに行き着いた。だから、襲った。他は邪魔だから殺した。これが、1つ目と2つ目の質問の答え。けど、誤算があった。リズをキョンシーにしても、意志あるキョンシーにはならなかったのさ」

 師は大仰に肩を竦めてみせる。

「調べなおしてみて愕然としたよ。お前たち一族の死体をキョンシーにした後、さらに、お前たちの一族と交わり、陰陽の気を合わせなければならなかったんだ。陰陽の調和があって初めて、その身に意志が宿る、とね。でも、もう一族の男は皆殺しにしてしまった。自分の迂闊さを呪う日々さ。1人ぐらい生かしておけばよかった、とね。そんな時だった。レン、お前が私に弟子入りしてきたのは。私は歓喜に打ち震えたよ。これで、意志あるキョンシーを作り出せると。だけど、お前は自らの体に流れる血のことも知らなければ、気を練る術すら知らなかった。お前に気を練る術を身に着けてもらう為、私はお前の師となったのさ。そして今、まさにお前は道士として認められるほどの術を身に着けた。今、まさに我が大願成就の時。さあリズ、思う存分、愛しき男を犯し貪れ」

「貴様ぁぁぁっ………!! 」

 俺は迸る怒りに身を任せて、地を蹴った。

 キョンシーの動きは遅い。

 だから、3体居ようが、無視しても問題ない。

 元々冒険者だった俺だ。後れを取ることはない。

 武器は持っていないが、単純なことだ。

 師――いや、もはや仇と言った方がいいだろう――に飛びつき、その細首をねじ切ってやる。

 思った通り、長髪と短髪、2体のキョンシーの動きは緩慢だった。

 だが。

 思いもよらぬ俊敏さで、リズが両者の間に飛び込んでくる。

「リズっ……」

「未完成品とはいえ、私の自慢のキョンシーだよ。そこらの不良品と一緒にされたくはないね」

 リズが、長い爪を突き出してくる。

 並のキョンシーとは比べるべくもない速さ。

「くそっ……」

 俺は何とか身を翻し、これを避ける。

 少し距離を開け、リズと対峙する。

「正気に戻れ、リズ!」

「無駄無駄。今のリズは意志のない、ただのキョンシーなんだからね。喋りたいならリズに精を与えな。そうすれば、意志あるキョンシーになれる。おしゃべりの時間ぐらいくれてやるよ」

「ふざけるなっ、リズ――っ!」

 リズが飛び込んでくる。

 その爪撃を、寸でのところで回避する。

 感情を一切感じさせない無表情のまま、リズが連撃を繰り出してくる。

「くっ、くそっ……」

 俺は道服のポケットから、呪符を取り出す。

 動力を込めて、呪文を唱えながら投げれば、リズを滅することもできる。

 ただの、キョンシーならば。

「できるのかい? 自分の恋人を殺すことが」

 仇が、笑みを浮かべている。

 できないと、侮っている。

 殺すわけではない。

 リズはもう、死んでいるのだから。

 何のために2年間、修行に明け暮れてきたというのか。

 キョンシーを、それを操る道士を倒すためではなかったのか。

 今、俺はその力を身に着けた。

 そして、目の前には倒すべきキョンシーと、それを操る道士がいる。

 何度も、脳裏に思い浮かべた光景だ。

 何度も、己の術で、キョンシーを、道士を、屠る日を夢見てきた。

 その瞬間が、今まさに目の前に訪れている。

 そうは思っても、攻撃することができなかった。

 ずっと。

 毎日、夢に見ていた恋人なのだ。

 攻撃できるはずがなかった。

 頭ではわかっている。

 もはやリズは、かつてのリズではない。

 憎い仇に操られる、人外の存在。この世あらざる存在なのだ。

 だが、その姿は、変わり果てたとはいえまごうことなきリズその人であった。

 リズの攻撃がだんだんと鋭さを増していく。

 身体を動かしたことで温まり、さらに動きが滑らかになっていっている。

 懸命に避けるが、いずれ避けきれなくなる。

 それは火を見るよりも明らかだ。

 だから、攻撃しなければならない。

 だけど、攻撃できない。

 そんな攻防がしばらく続いたのち、遂にその時がやってきた。

 すなわち、避けきれなかった。

 わずかに頬を切り裂かれる。

 なんとか距離を開ける。

 頬を流れる血の感触を感じる。

 と、同時に、全身から力が抜けていく。

「ぐっ………」

 思わず、膝をついてしまう。

「リズの麻痺毒も、他のキョンシーとは別格さ。それに、効果は麻痺だけじゃないよ」

 ほくそ笑む仇。

 身体の違和感にはすぐに気づいた。

 血流がいつもよりも早く、熱い。

 リズが、そして憎むべき相手であるはずの仇でさえ、より美しく見えてくる。

 そんな場合ではないはずなのに、陽根が勃起していく。

「媚毒。よく効くだろう?」

 ゆっくりと近づいてくるリズ。

 彼女が近づいてくるだけで、鼓動が早くなっていく。

「リズ、リズ! やめろ、やめてくれ――ぅあぁっ」

 懇願の声が、呆気なく喘ぎ声に変えられてしまう。

 歩み寄ってきたリズが、無造作に足先で、陽根を突いたのだ。

 たったそれだけ。

 それだけのことで、先ほどの試練においても口に出すことのなかった嬌声が出てしまった。

 肩を蹴られ、為すすべなく仰向けに転がされる。

 麻痺毒が、全身に広がり、身動きが取れない。

 媚毒が、全身を駆け巡り、体が、快楽を欲してしまう。

 隆々と、陽根が天を差す。

 俺を見下ろす、リズの目。

 かつては、くるくると目まぐるしく変化し、様々な感情を宿していた瞳が。

 今は、一切の感情を浮かべることなく、俺を見下ろしている。

 無感情の冷たい目に見降ろされているだけで、なぜか、先端から我慢汁が溢れ出してくる。

 見下ろしたまま、リズがゆっくりと靴を脱ぎ、右足を持ち上げる。

 道服のスリットから、美しい脚が覗く。

 艶めかしく、肉感的な脚から目が離せない。

 あさましくも、期待に打ち震える陽根に、ゆっくりと右足が乗せられる。

「おぉっ……あぁっっ……」

 それだけで、まるで踏みつけにされた蛙のように、びくびくと身体が震える。

 少しでも気を緩めれば、今の刺激だけでも精を放出してしまいかねないほどの快楽。

 俺は必死に気を練り、耐え続ける。

 精を漏らしてしまえば、敗北だ。

 だが、精を漏らさなければ、自分はまだ敗北してはいないのだから。

 キョンシーの麻痺毒は、持続時間がそれほど長くない。

 こうして耐えているうちに、やがて動けるようになる。

 それまで耐える。そして、反抗の機を――

「あぁっっ……」

 少し、リズが足を前後に動かしただけで、快楽の悲鳴をあげさせられてしまう。

 柔らかな足の裏に扱かれただけで、抵抗の意思にひびが入ってしまう。

「随分と気持ちよさそうな声を上げるね。もう諦めてしまうのかい?」

「ふざ、けるな。誰が――あおぉぉっ……」

 嘲笑交じりの仇の言葉に、敵愾心を滾らせようとするが、リズが少し足を動かす速度を速めるだけで、無様な喘ぎ声に取って代わられてしまう。

「リズ、リズぅぅぅ……」

 精巣から、精が込み上げてくる。

 止められない。このままでは出てしまう。

 その瞬間、リズが足を上げた。

 波のように、絶頂感が引いていく。

「あ………?」

 射精を覚悟していた俺は、惑乱しながらリズを見上げる。

 変わらぬ、冷たい無の目線。

「ふふっ、どうしたんだい、その顔。まさか射精したかったのかね?」

 嘲笑する仇の言葉に、かぁっと全身が熱くなる。

「ば、馬鹿を言うなっ、誰が――あぁぁっっ!!」

 反論の言葉もそこまで。

 再び、リズの足が陽根を踏みしだく。

 ぐにぐにと容赦のない動き。

 それは、愛撫などでは決してない。

 文字通りの、蹂躙。

 柔らかな足裏で行われる、暴虐だった。

 瞬く間に、絶頂の波が押し寄せてくる。

 だが、最後、波頭が砕ける一瞬前に、リズが足を放してしまう。

「あぁっっ……」

 口から、抑えようとも抑えきれぬ慨嘆の声が漏れる。

 反論のしようもなく、自覚させられてしまう。

 己が、浅ましくも絶頂を、快楽を、リズの足を白く汚すことを欲してしまっているということを。

 目に涙が滲む。

 心の、罅が広がっていく。

 今度は、親指だけで裏筋をなぞり上げられ、亀頭をくるくると弄られる。

 あふれ出る我慢汁が潤滑油となって、純粋な快楽だけがもたらされる。

 だが、やはり、射精の寸前に足が離れていってしまう。

「あぁあっ、気持ちいいっ、気持ちいいよぉっ、リズ……」

 耐えようともせず、快楽の喘ぎを発する。

 だが、返ってくるのはいっそ清々しいまでの無の眼差し。

 その眼差しが、さらに心を、体を滾らせる。

 そして、再び強く踏み躙られる。

「あ、はぁぁっ、んあぁっっ………」

「くふふっ、無表情に踏まれて喘ぎまくるって、とんだ情けない男だね。もう放精することしか考えられないんだろう? そんなに出したいなら、懇願してみな」

 全身を毒に侵され、身動きもできないまま、かつての恋人に無様に懇願する。

 屈辱だった。

 だが、今や、その屈辱すら、甘美でさえあった。

「いかせて………リズぅ……」

 心が、快楽の前に折れてしまった。

 リズの右足が柔らかく乗せられ、ゆっくりと陽根を扱き上げていく。

 美しい足が、俺の我慢汁で汚されていく。

 言い知れぬ興奮に、体が打ち震える。

 再び、絶頂の波が押し寄せてくる。

 高みへと、体が持ち上げられていく。

 この高みから墜ちてしまえば、きっと自分は――

 そして――波頭が崩れ落ちる。

 その瞬間、無情にも再びリズが足を上げる。

「あぁっ………うぅっぅ」

 絶頂を取り上げられて、涙が頬を伝っていく。

「面白かったよ、レン」

 仇があざ笑う。

「だけど、足で射精させるためにおまえをここまで育ててきた訳じゃないんだ」

「っ………」

 ぼろぼろにされ、屈服した心に、仇の言葉が塩を塗り込まれているかのように沁みる。

「ふふっ。さあリズ。お遊びはここまでだよ」

 リズが、陽根から足を下ろし、俺の腰を跨ぐようにして立つ。

 道服をめくると、下着をつけていない陰唇があらわになる。

「り、リズ………」

 俺は視線を逸らすこともできなかった。

 ただ、生唾を飲み込む。

 淫らな姿が、神々しくさえ感じられる。

 リズがゆっくりと腰を下ろす。

 くにゅ、と柔らかな肉に触れた感触の、次の瞬間には、ずっぽりと陽根はリズの陰唇に根元まで、深々と飲み込まれていた。

 


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