(体験版)    
   

作・飛田流  



「……ええー、であるからして、昨今の世の中、『無理に結婚しなくても』という困った風潮がございます。若いうちはそれでよろしいかもしれませんが、ご両親はいつまでも独身の子供さんをどう思われるでしょうか。そして、周りの方々は……」

 築七十年以上とおぼしき村の公民館の壇上に掲げられた、

 

 『嫁っこ来い! いきいき農村体験ツアー』

 

 無駄に達筆な筆文字で書かれている、色あせた看板。古びた木造の建物よりもさらに年上の村長の話は、いつものように長い。

 公民館の大会議室には、二十〜四十代の男五人女四人・計九人が男女に分けられて、向かい合い二つの長机に座っていた。もう五月だというのに、室内で灯油ストーブがガンガンかれていて、それでもまだ小寒いってのが、東京の感覚からすると信じられない。昼過ぎに、俺が女性参加者を連れて羽田を出発したときは、ワイシャツに紺のスーツ一枚だけでも汗ばむほどだったのに。

 ――まあ、身長百七十一センチ・体重八十五キロという俺の(自称)ガチムチ体形に問題があると言われれば、返す言葉もないのだが。

 男性参加者はこの村の独身青年(?)たちで、相対する女性たちは嫁候補として村主催のツアーに自ら応募してきた人たちだ。一言で言えば村を挙げた「お見合い」であるものの、念入りに化粧を施し、それなりに着飾っている女性陣とは対照的に、男性陣は、まるでこれからスーパーに買い物でも行きそうな、色がめたトレーナーによれよれのジャージパンツ姿、もしくは薄汚れた作業着のつなぎというラフすぎる格好がほとんどだ。さらには無精ひげが伸ばしっ放しだったり、寝癖なのか後ろ髪を逆立ててたりしている人までいる。きちんと背広を着てネクタイを着用した若い男は、役場の人間を除けば、参加者から少々離れた演壇近くでぽつんとパイプ椅子に座っている俺ぐらいのものだ。

 とは言え、坊主頭に細目が特徴的なイモ顔の俺も、ぶっちゃけ服装以外は彼らとどっこいどっこいなのかもしれない。

 異性と顔を突き合わせて照れているのか、それとも長い話に飽きたのか、参加者たちはうつむき気味の人が多い。視線の先には、色とりどりの漬物・野菜が胴に詰められたイカの輪切り・根菜や油揚げをだし汁とともに飯の上にぶっかけた(猫まんまみたいな)丼など、名物郷土料理がずらりと並べられている。

 今日の午後二時半に北の大地に降り立った女性参加者と俺は、空港からマイクロバスでさらに二時間半かけて移動し、午後五時を過ぎてこの村に到着した。だから、俺はもちろん女性たちも腹はぺこぺこだというのに、公民館に到着早々、さっそく例年通り村長の“訓話”が始まり――。

「……というわけで、みなさんも一日も早くきちんとした家庭を作り、親に孫の顔を見せてやることこそが、息子・娘としての務めと言えましょう」

「歓迎会」のしょっぱなから三十分は掛けて、ようやく村長の話が終わった。さあ、食事か、と女性たちは身を乗り出す。そこへ、司会でもある俺はのろのろと椅子から立ち上がり、彼女たちをさらに失望させる言葉を言わなければならなかった。

「……続いては、婦人部の方々の手踊りを……ご覧ください」

 待ってましたとばかりに、舞台袖から花笠をかぶり派手な着物を着た厚化粧の婆さんたちがぞろぞろと現れる。

 ええっ、という顔で女性参加者は一斉に俺を見た。当然の反応だろう。カラオケで民謡が流れる中、脇の下にじっとりと冷や汗がにじむ。

(俺のせいじゃないっスよ……)

 たまらず俺は、女性たちから視線を逸らした。一方、村の男性たちは、毎年繰り返される段取りに慣れているのか、まるで反応はない。

 ――いったいツアーの「主役」は誰なんだよ……。

 

 この過疎の村で通称「嫁来いツアー」が開催されてから、今年で五年になる。だが、開始以来、いまだに参加者の中から結婚に至るどころか、カップルすらできたケースはない。

 東京の大手旅行代理店に勤める俺は、普段は営業をやっていて添乗員の経験は少ないにもかかわらず、このツアーに関しては村からの直々の指名で最初の年から担当になった。理由は――上司からも直接言われてるし、自分でもわかっているが、俺の「イケメン過ぎない」容姿にある。ツアーの性質上、添乗員はあくまで同性参加者を引き立てるのが重要であり、男前過ぎてはなにかと差し障りがある、らしい。

 ちなみに、俺の高校時代のあだ名は「イケメン」ならぬ「イモケン」で、井松いまつけんという名前に由来する。ひどく屈辱的ではあるものの、完全否定はできない。

 ただ、“親しみやすい”ルックスのおかげか、俺は、村の独身男たちからいつの間にか「健ちゃん」と呼ばれ、今では弟のようにかわいがられるようになった。

 しかし、ここまでの間柄になっても、彼らに秘密にしていることがある。俺は――二十七歳の現在でも、女との「経験」がない。にもかかわらず、おっさ……じゃなく、「青年」たちに発破をかけなければいけないわけであって……。

 もう一つの秘密。世の中の大半には建前と本音があるように、俺も個人的には、この仕事、あまり乗り気ではない。

 理由は、俺が……早い話が、まあ、そのぉ……。

 おっと、俺が自己紹介してる場合じゃない。婦人部の踊りも終わって、いよいよ会食と、参加者によるPRタイムが始まる。

 

「えー、僕はぁ、真面目だけが取り柄の男ですがぁ……」

 また「真面目」だ。本日男性三人目の「真面目」宣言。真面目も大事かもしれないが、スイカの皮のような真緑のシャツに白のジャケットを羽織って、しわの目立つスラックスを穿く、彼の独特なコーディネートでは――。

(正直、今回の結果も見えてるよなぁ……)

 それはそれとして、男性参加者の中に、ゲイとして・・・・・俺が特に気になる人物が一人いる。演壇側の一番端の席に座る青年団団長、若井わかい幸雄ゆきおさん・三十七歳だ。幸雄さんは色白のポチャッとした体型で、額や頬には汗の玉がいくつも浮かんでいる。ストーブが焚かれているとはいえ、体感温度は二十度前後と思われる室内で、まるでファンデーションでも塗りたくるかのように、少々大きめの真っ赤な顔を何度もハンカチで拭っていた。

 整髪料を何もつけていない彼のさらさら七・三ヘアーは、「村の床屋できっちり散髪してきました」風の無言のアピール付きで、一分いちぶの隙もなく整えられている。にもかかわらず幸雄さんは、米人気球団のロゴが前面に大きくプリントされたぴちぴちの七分袖Tシャツと、白のイージーパンツを身につけている。

 ――いや、これでも、高校時代のジャージを着てきた五年前に比べれば、格段の進歩と言えるのだが……。

 ところで、幸雄さんの実家は温泉旅館を経営しており、俺とツアー参加者は、幸雄さんが若旦那を務める「若井旅館」に宿泊するのが通例となっている。今夜は女性陣と俺だけそこに泊まり、明日は朝から男性陣と合流して、主に農業を中心とした仕事体験で交流を図り、夜には旅館の大広間で宴会をする予定だ。

 職業柄もあってか、幸雄さんはとにかく人当たりがいい。声も穏やかで、いつも笑顔を絶やさず、話も面白く、これまでずっと独身だったのが不思議なぐらいだ。

 ただ、幸雄さんは優しすぎて押しの弱いところがあり、会食後のフリータイムでも、自分が盛り上げ役というか道化役に回って、他の男性参加者を売り込んでいる。青年団の団長としての責任も感じているんだろうけど、ますます縁遠くなっちまうッスよ……。

 とは言うものの、幸雄さんファンの俺としては、幸雄さんが誰かとくっついてしまうのも大いに困る。本当に悩むところだ。

 

 翌日も、抜けるような青空に、遠くの山並みの稜線がくっきりと見晴らせる、気持ちの良い五月晴れだった。

 朝七時、女性陣は大広間で朝食。俺のメシは自分の部屋に持ってきてもらう。俺も男である以上、必要以上に女性たちとの距離を縮めてはならぬ、という会社からのお達しによるものだが――こちとら女に一切興味ねえっての。

 部屋に備え付けの浴衣から背広に着替えた俺が、朝日が差し込む広縁ひろえん(窓際に椅子とテーブルが置いてあるあのスペース)で、雪の残る遠くの山並みをぼんやりと眺めていると――。

「おはようございます」

 あっ、この声は……。

 俺は居住まいを正し、ダッシュで座卓の座布団に正座する。

 ふすまが開いて、紺の作務衣さむえを着た幸雄さんが、食事の載った膳を持って入ってきた。山奥でろくろを回していそうなたたずまいは、昨日の「にわか野球ファン」スタイルとはまるで違って、ぴったり板についている。

 ――そうだよ、落ち着きのある和のテイストを存分に表現したその格好こそが、幸雄さんの魅力を最大限に引き出すんだよ……っ。

「お、おはようござまいすっ」

 ああ……なんでここで噛むんだ俺。

「お食事をお持ちいたしました」

 俺の言い間違いはまるで耳に入らなかったかのように澄まし顔をした幸雄さんは、膳を座卓まで運ぼうとした。

「い、いや、大丈夫です、僕、お客じゃありませんので」

 給仕を手伝うべく、俺が急いで駆け寄ると、

「……ん?」

 ごはんと味噌汁、厚巻き卵に豆腐、鮭、フルーツと、定番ながらも旨そうな料理が、二人分用意されている。

 俺の疑問を察したのか、幸雄さんはにっこりと笑う。

「夜の宴会の打ち合わせもしたいし、よかったらここで一緒に食事してもいいかな」

 白くふっくらとした顔に浮かぶ天使のような微笑み、まさしくキラースマイルに、俺のアドレナリンが大量に分泌される。

「ハイッス!」

 この村に来て五年。初の「フラグ」発生。

 ――もしかして俺、今日死ぬの!?

 

 朝九時に、俺と幸雄さんと女性陣はマイクロバスに乗り込み旅館を出発した。公民館で男性陣と合流してから、一日掛けて村内観光・酪農体験・牛の乳しぼり体験・記念撮影などのスケジュールを足早にこなした。男性たちはここぞとばかりに日頃慣れた作業に張り切るものの、あまりに没頭する姿は、女性参加者を多少引かせてしまったようだ。

 予定が一時間ほど押して、午後六時に俺と参加者全員は若井旅館に戻ったが、まだ、これといったカップルができた様子はない。

 ツアーは二泊三日の日程で、明日の昼過ぎに女性たちと俺は東京に帰ってしまう。したがって最後の望みは、今晩参加者全員が出席する大広間での宴会にかかっている。

 なのに男性たちは、交流体験中から宴会(で出る酒と料理)のほうに意識がいっているらしく、危機感がどこにも見られない。このままではまたもやカップル不成立で、添乗員としての俺の責任が問われることになる。

 真っ赤な夕日が差し込む和室で、ワイシャツの袖を肘までまくり上げ、支店長に提出する報告書を書いていた俺の口からは、

「はぁぁぁ……」

 ため息が漏れた。

 もし、このツアーの担当をやめさせられたら、今後、俺と幸雄さんとの接点がなくなってしまう。それを考えただけで、胃をギューッと締め付けられるような、すごく切ない気持ちになった。

 ペンを持った手が止まり、ぼうっとしていた俺は、はっとして部屋の時計を見る。

 午後六時半。三十分後には大広間で宴会が始まる。

「なんとかしねえとな……」

 腕組みをしてつぶやいてから、俺は男性参加者が待機する大部屋に電話をし、十分後、こっそり自分の部屋に呼び寄せた。

 八畳一間にひしめき合うように車座になる、浴衣姿のおっさんたち五人。狭い空間に男臭いにおいがむんむんと充満していた。

 ついつい俺の目はいつもの習性くせで、蛍光灯に照らされた、彼らのはだけた浴衣から顔を出している胸毛や、むっちりとした毛深い太股にいっちまう。幸雄さんも参加者なので、朝の作務衣ではなく、むっちりとした曲線美(?)があらわになったぱっつんぱっつんの浴衣を着ていた。色白もち肌のたぷんとしたおっぱいや太腿の奥が今にも見えそうな、ものすげえエロい“コスチューム”だ。

 一人だけ背広姿の俺は、ゲスい本音はおくびにも出さず、あえてしかめっ面を作り、

「みなさん、もう少し積極的にならなきゃダメッスよ」

 車座の中心から男たちを見回して尻を叩いた。

 言うまでもないが、本当にケツを叩いたわけじゃない。もちろん、幸雄さんのケツは特に叩きたいし、どうせならしっかりと感触を味わいたいが、そこは立場上我慢だ。

 ところが、焦りまくる俺に、男たちは、――だって、俺たち、牛やジャガイモの扱いには慣れてっけど、オナゴの扱いには慣れてねえもんなぁ、と口々にぼやく。

「そんなのんきなこと言って……明日には、僕と女性たちは東京に帰ってしまうんですよ! みなさんもうちょっとしっかりしてくださらないと……」

「ほんなら聞くけど」

 つなぎから浴衣に着替え、裾から濃いすね毛を覗かせている、短髪がやや伸びた田子たご乾太かんたさん(農業・三十六歳)が、無精ひげに覆われた仏頂面を俺に向けて、毛深い右腕を上げた。その際、脇の下にもっさり生えた茂みが見えて、俺は内心ドギマギする。

 ちなみに乾太さんは俺より頭一つ分背の高い、百八十センチほどの長身で、幸雄さんと幼なじみらしい。

「健ちゃんなら、こういうとき、オナゴさどうアプローチすんだ」

 うっ……俺のいちばん苦手な質問だ。俺は、汗をかきかき、

「いやぁ、あのぉ……お酒とか飲みながらぁ……ムードのある話をしてぇ……あとぉ……相手にウケかタチか……」

「ん? 『ウケかタチ』……って……」

 乾太さんがぽかんとした顔で俺を見た。

 やべぇ! これ、俺がいつもゲイバーでやってる会話だっ!

「い、いい、いやなんでも……」

「でえじょうぶだあ、みんな」

 やはり乾太さんと幸雄さんの幼なじみで、俺よりやや背は低いが、がっしりした体格の池中いけなか哲平てっぺいさん(酪農業・三十六歳)が、にやにやと笑う。この人もどっちかと言えば俺と同じイモ系の顔で、笑うと細い目がさらに細い糸目になる。田舎の人特有の土臭い純朴さが丸出しの笑顔に、俺は一瞬見とれちまった。

「俺もなあ、いろいろと若者向け雑誌読んで研究したんだぁ。流行のトレンドを取り入れた宴会さすっべえ」

 今時「トレンド」という言葉を使ってる時点で何か間違ってるような気もするが、まあ、ここはよしとしよう――と、その時の俺は思っていた。

 二人がのちにとんでもない騒動を引き起こすことも知らずに。

 

 夜七時、いよいよ宴会の開始時刻となった。俺たちが向かった大広間では、若旦那の幸雄さんが出席していることもあり、海から遠い村だというのに、伊勢えびの活き造りを中心にした刺身の盛り合わせ・アワビの磯焼き・山菜やキノコの天ぷらなどなど、気合いの入りまくった料理がたっぷりと用意されている。

 幸雄さんの厚意で、同じ料理をいただけることになった俺は、いちばん端っこの席から、まずは様子を見守ることにした。

 そして、幸雄さんの乾杯の音頭とともに、宴会は和やかに始まった。

 ――一時間後。

「王様だーれだっ!」

 哲平さんに座敷の中央に集められた参加者は一斉に、彼が手にした紙コップから人数分の割りばしを一本ずつ引いた。

 ノリノリなのはこれを作った哲平さんだけで、他の男性陣はいまいち趣旨がわかっていないらしく、はしの先に書かれた数字を見て、首をひねりながら席に戻る。また女性陣はその困惑顔からして、怪しげな流れに戸惑っているようだ。もちろんそれは俺も同じだ。

 しかし、今ここで俺が強引に割って入ったら座が白けてしまうし、あくまでツアーの目的は、一組でも多くの男女を結び付けることにある。

 これといった盛り上がりがないまま、今年もカップル不成立で終わってしまうよりは、わずかでも可能性があることは試してみてもいいのかもしれない。

 いやでも、哲平さんに任せて、はたして大丈夫なんだろうか……。

 座布団から尻を半分浮かせて俺が悩んでいる間に、おい、テツ、こりゃあおみくじかぁ、と、男性の一人から不満げなヤジが飛んだ。

「んー、俺もそれ以上はよく……」

 額を汗でてからせている哲平さんは、丸っこい顔に生えた太眉をへの字にして、救いを求めるようにちらちらと俺を見る。

(出オチかよ、おいっ)

 後から考えれば、ここでゲームを無理やりにでも終わらせるべきだったんだろう。だけど、強めの暖房とみんなからさんざん飲まされた酒のせいで、全身がべっとりと汗ばんでいる俺は、思考能力がこの時、普段の半分以下に落ちていた。

「えーと、じゃあ、みなさんが引いたはしの中で番号ではなくしるしが付いたものはありますか」

 背広を脱いで畳の上に置いた俺は、多少足元をふらつかせつつ、参加者たちの前に歩み出た。

 俺の問い掛けに、さっきから女性とのトークそっちのけでガバガバ酒を胃に流し込んでいた乾太さんが、自分のはしを覗き込んでから、ゆっくりと手を上げた。

「俺のぉ、なんかぁ、先さ赤いマジックがついてるだども……」

「では、田子さんが『王様』なので、番号と、その人に何をさせたいかおっしゃってください。指名された人は命令を実行します。基本的に拒否はできません」

「……なんでも俺が好きなことを言ってもいいのかぁ」

 完全に目がすわった乾太さんの真っ赤なひげ面に、いやらしげな笑みが浮かぶ。

「あ、で、でもなるべくソフトなもので……」

 危険を感じた俺が言い終える前に、乾太さんは大声で言い放った。

「三番が服を全部脱ぐっ!」

 一瞬でざわめきが消え、全員がドン引きになった。

 俺は血相を変え、乾太さんに腕で大きく×バツを作り、

「ああああ、あの、そういうのはちょっと……」

「なんだぁ、俺の好きなこと言っていいっつったのは健ちゃんだべ」

 乾太さんが不満げに口を開いたのと同時に、顔を真っ赤にした幸雄さんが、すっくと立ち上がった。

 ――幸雄さん、まさか……!

「ぬ……脱ぎますっ!」

 突如叫ぶように宣言した幸雄さんは、つんつるてんの浴衣をさっと脱ぎ捨て、デカい白ブリーフも一気にずろん、と下ろした。ぽよん、と白いお腹、その下にあるかろうじて亀頭が露出した小さめのチンポが、参加者の前に丸出しになる。

 女性たちは次々に悲鳴を上げ……いや、最年長の四十一歳の女性だけは、幸雄さんのソレをまじまじと見ていた。

「やっべ……!!

 俺は猛ダッシュで幸雄さんにドタドタと駆け寄り、薄い毛に包まれたシンボルをとっさに手で隠した。

(お、わっ……!!

 手のひらに熱い肉の感触が、むにゅりと伝わる。間違いない、幸雄さんのチンポだ……。

 って、幸せ気分感じてる場合じゃねえっ!

 そこへまた、別の女性の悲鳴が起こった。振り向くと、今度は青白い顔になった乾太さんの口から、噴水のように……。

 それはもう、まさに地獄絵図だった。

 

 当然宴会は中止となり、俺は、引きまくりの女性参加者に謝り倒し部屋に戻らせ、畳の上に寝っ転がった乾太さんを他の男性陣と介抱しつつ、幸雄さんや旅館の従業員たちと、汚物の掃除、宴会場の後片づけをした。

 やっと俺が自分の部屋に戻ったころには、深夜の十一時半を過ぎていた。疲れ切って背広を脱ぎ捨てるように浴衣に着替えた俺は、報告書を書く気にもなれず、そのまま明かりを消して冷えた布団にもぐり込んだ。

(今年もまた……カップルゼロだろうな)

 さっきの宴会の一件で、ほぼそれは確定だ。

 ――あ、ひとつだけいいことがあったか。

(幸雄さんのチンポ、小ぶりでむにゅっとしてて、熱かったな……)

 ソレに触れた手のひらをクンクンと嗅いでみる。

 ――においが、残ってるような残ってないような……。

「……ん」

 思い出すと、ますますコーフンして体がカッカしてくる。このままじゃ朝まで眠れそうにない。

「やっぱ風呂入ってくるか……」

 俺はのろのろと布団から起き出すと、タオル片手にスリッパを履いて部屋を後にした。冷気が立ち込める木造の廊下をペタペタと歩いて、薄暗い館内の階段を降り、一階奥の大浴場まで来た俺は、男湯の引き戸をギギイと開けた。温泉の空気がもわっと俺の顔を撫でる。

 脱衣所の照明も消され、非常灯と浴場から漏れる明かりだけがうっすらと室内を照らしていた。俺は手早く脱いだ浴衣と下着を竹編みかごに入れ、タオルを手に大浴場へのガラス戸を横に引いた。

「……ありゃ」

 浴槽の湯は空っぽだ。頭にタオルを巻き、白いTシャツに紺の短パン姿の小太りの男が俺に背を向けて、長い柄のブラシでガシュガシュと床を磨いている。

 ――幸雄さんだ。

 若井さーん、と俺が呼び掛けてみると、幸雄さんは手を止めて振り返った。

 タオルで前を隠しただけの俺を見た幸雄さんは、にっこりと笑って、

「お風呂、入りに来たのかな」

「ウッス、すんません。――あ、でもお掃除中ならいいッスよ」

 と頭を下げて、脱衣所に戻ろうとした俺に、

「あ、ちょっと待って!」

 幸雄さんが、何か思いついたように、声を掛けた。

 

 ゴツゴツとした岩と植え込みに囲まれた湯舟には、とろっとした茶褐色の湯が、噴き出し口から豊富に流れ出ている。夜空を見上げると、ぴりっとした冷気が漂う闇の向こうに、東京じゃまずお目にかかれない綺麗な星が無数にまたたいていた。

 俺は幸雄さんの計らいで、浴場の外にある、二十人ぐらいは浸かれそうな広さの露天風呂に入らせてもらっていた。

「んーーーーーっ」

 浴槽の岩に寄っかかって、両腕を思いっきり真上に振り上げて大きく伸びをする。肺がパンパンになるまで、温泉の匂いも吸い込んだ。“地獄”から一転、まさに極楽だ。

 しかし、明日東京の職場に戻れば、ツアーの報告でまた地獄が待っている。

(いっそ、仕事辞めてこの村で働くか……)

(どうせならここの旅館で雇ってくれねえかな)

(できれば住み込みがいいな。朝から晩まで幸雄さんと一緒に居られるし)

 果てしなく広がるトンデモ妄想に、いや、あきらめるにはまだ早い! と俺は首を横に振る。

 俺と女性たちが村を去るまで、まだあと九時間ちょっと残されている。それまでになんとか、「奇跡」と書いてミラクルが――

「起きるわけねえよなぁ」

 がっくりとうなだれると、顎の肉が風呂の湯に触れて、チャポン、と音を立てた。

「幸雄さんと一緒……か」

 俺の頭に、大広間で見た幸雄さんの全裸と、さっきのTシャツと短パン姿がちらついた。浅黒くて毛深い俺と違って、幸雄さんの体には毛はほとんどなく、代わりに白くぽっちゃりとした脂肪がついている。そして、あのうまそうなデカいケツ、小ぶりのかわいいチンポ。もみてえ! しゃぶりてえ!

「……!」

 や、やべえ、風呂ン中でチンポが大きくなっちまった……。

「井松君」

 背後からの幸雄さんの声。妄想大全開中の俺が、ギョッとして振り向くと、

「……っ!」

 全裸になった幸雄さんが頭に巻いていたタオルで前を隠し、横に広がったたわわなおっぱいをたぷんたぷんと揺らしながら、石段を降りてきた。

「よかったら、僕も入っていいかな」

「ハ……ハイッス」

 まるで、どこかの「薄い本」みたいな展開に、自分でも鼻の下が伸びていくのが分かる。もしかしたら、幸雄さんを思い続けていまだに独り身の俺を気の毒に思った「薄い本の神様」が、せめて眼福だけでも授けてくれたんだろうか。そんな神様が居るかどうか知らねえけど。

 幸雄さんはまず石段の脇の流し場で念入りに掛け湯をし、さらに白くむっちりとしたデカケツをこっちに向けて、チンポからデカめの金玉、肛門にかけて指で何度もごしごしと洗った。その光景は幸雄さんがまるで俺を誘っているかのようで、湯の中でいきり勃っている俺のチンポから先汁がじわりとにじみ出た。

 ちくしょう! せめてせんずりだけでも湯の中でヤリてえところだけど、さすがに俺にも理性がある。

 風呂に入って五、六分、もう湯当たりしてしまいそうだ。

 俺の心の葛藤も知らず、体を洗い終えた幸雄さんはタオルで股間を押さえながら、そろそろと湯に入ってきた。幸いにして、俺の勃起チンポは濁り湯にガードされている。

「さっきは……ごめん。井松君にはとんでもない迷惑を掛けてしまったね」

 折り畳んだタオルを頭に乗せた幸雄さんは、申し訳なさそうな顔で俺を見た。

「いえ、あの……大丈夫ッスよ、あれくらい」

 幸雄さんの言葉で自分の職業を思い出した俺は、とっさに冷静な表情を作った。

「ところで……なんでまた若井さんいきなりチン……いや、全部脱いじゃったんスか」

「だって……『王様』の命令は絶対なんだろ。僕が拒否したら、座が白けちゃうと思って……」

 かわいいっ! その生真面目さすっげえかわいいっ!!

「若井さんってホント真面目なんスね……」

「僕、それしか取り柄がないからね……」

 幸雄さんは、何かをあきらめたように薄く笑う。

「ンなことないッス!」

 キュン、と来た俺は思わず、湯の中の幸雄さんの大きな手を取っていた。柔らかい感触に、濁り湯の下で俺のチンポはますますギン勃ちになっちまう。

「若井さんは、すげ、かわ……かっこいいッス! いつも笑顔で明るいし、優しいし、包容力だってあるし、体つきもぽちゃっとしてうま……」

 うまそう、と言い掛けて、俺はあわてて口をつぐんだ。幸雄さんは丸い目を限界まで真ん丸に見開く。そして、

「あ……ありがとう……」

 照れた顔で、小さく笑った。

 それからしばらく、俺たちは黙って湯に浸かっていた。俺のチンポもやっとおさまりかけたころ、

「あ、あのぉ……」

 湯の流れる音しかしない沈黙を、幸雄さんが突然破った。俺は幸雄さんに顔だけ向けて、続きを待ったが、

「ああ、でもいいや……やっぱり井松君に失礼だし」

「なんスか、言ってくださいよぉ」

 幸雄さんは、そう? と太く短めの小首をかしげる。その姿もほんと、狙ってるんじゃねえかってくらいにかわいい。

 少し考えてから幸雄さんは俺の顔を探るように見て、「じゃあ言うけど……」ともじもじしながら、

「井松君……男同士の恋愛ってどう思う?」

 ……。

 …………。

 ………………。

「はぁぁぁぁっっっ??

 思わず俺の口から、すっとんきょうな声が出ていた。

「わわわわ若井さん、もしかして……っ」

 かすかな期待で、声を最大限うわずらせた俺に、

「ち、違うよっ、ぼぼぼ僕がそういうことじゃなくて……」

 幸雄さんは焦り顔で両手を振り、ばしゃばしゃと水音を立てたあと、我に返ったように声をひそめた。

「今日の哲平と乾太の態度、少しおかしかったと思わないかい」

「そういえば……池中さんは妙にハイテンションだったし、田子さんは酒ばっかり飲んでましたよね」

 二人ともツアーの最初っからやる気がなかったし、むしろヤケになってるようにさえ見えた。

「あいつら……実はつきあってるらしいんだ。男同士で」

「ええっ!?

 あのおっさんたちも「お仲間」だったのかよ!

「ツアーに男側は実質強制参加だろ。だけど、哲平と乾太だけは参加したくないって一週間前、二人で僕に言ってきてね」

「……まさか」

 幸雄さんはうん、とうなずいた。

「よっぽどの理由がない限り欠席はできないし、僕も青年団団長としての立場があるから、あいつらに理由をしつこく聞いたんだ。そしたら、ついに口を割ってね。――自分たちは……もう男にしか興味がない、って」

(哲平さんと乾太さんが……)

 この二人、俺の「組合員感知レーダー」にはかすりもしなかった。

「あっ、このことは誰にも……」

「わ、わかってるッス!」

 俺は大きくうなずいて、

「でも、またなんで池中さんと田子さん……」

 生真面目な顔をさらに生真面目にした幸雄さんが、すすっと俺に近づいた。これから性の秘密を打ち明けようとする幸雄さんの顔を間近で見て、俺は思わずドキッとする。

「うちの村には大人の男向けの『そういった』遊び場がないだろ。で、みんな家族と同居してるし、毎日休みなく働いているから、この歳になっても女性との『経験』がないやつもけっこういるんだ」

 そして、顔を真っ赤にした幸雄さんは、……ぼ、僕もなんだけど……と、ぼそぼそとつぶやくように言った。

 ……!! ゆ、幸雄さんって、まだ、童貞……!

 俺は、驚きの声を必死に飲み込んだ。(女に限って言えば)俺と同じじゃん!

「三か月前の飲み会でもあいつら、『俺たち、このまま一生エッチも結婚もできねえのかなあ』ってずっとこぼしていたんだ。そのあと、もうどうにも我慢できなくなったらしくて、哲平の家の牛舎で二人、ついにヤッ……『してしまった』って……」

 ああ、恥ずかしさのあまり口を尖らせてる小さめの唇、奪いてえっっ!

「最初はお互いのソレのしごき合いから始めていったらしいんだけど、そのうちしゃぶり合いになって、キスとかして、あの……その……ががが、合体とか……」

 顔を真っ赤にしてエロ話をする幸雄さんにもそそられるが、ごついおっさん二人がチンポおっ勃ててヤリまくっている姿を想像して、俺のチンポはまたもや湯の中でビンビンになっちまった。

「あ……ごめん、気持ち悪かったよね。こんな話」

「いやっ、んなことないッス!」

 俺は力みながらぶんぶんと頭を左右に振る。

「男が男を好きになるってことはけっして気持ち悪いことじゃないッス!」

 幸雄さんは「そうかなあ」と首をひねる。

「あ、あの……それに」

 俺の中で、ちらりと下心がよぎった。

「さっき、若井さんが全部服脱いだとき、僕、若井さんのチ……ソレに触っちまいましたよね。そん時、どんな気持ちでしたか」

 と、さりげなく誘い水をかけてみた、のだが……。

「うーん……覚えてないなあ……」

 そっけない返答に、俺のチンポは湯の中で一気にへなへなと萎えてしまった。

 このドンカン男! 一言「気持ち良かった」って言ってくれれば、もう一回チンポ触ってやるのに!!

 もちろん、その後湯船から出ても、背中の流しっこや、『デカいッスね』『いやいやそっちこそ』などの「フラグ」が立つことはなく、淡々とかつ健全に俺たちは自分の体を洗った。

「薄い本の神様」も、さすがにそこまで面倒は見切れねえ、ってことかぁ。

「じゃあ、そろそろ……井松君、明日も早いんだよね」

「……ハイッス」

 露天風呂から上がった俺たちは、そのまま大浴場に戻った。風呂場の照明も消されていて、中は真っ暗だ。

「井松君、足元に気をつけてね。脱衣所に戻ったらすぐに明かりつけるから」

「ハイッス」

 俺たちは、湯のぬくもりがまだ残る濡れた岩の床をそろそろと歩いた。ところが、先にガラス戸を開けた幸雄さんの手と足が突然止まったきり、動かなくなった。

「……?」

 不思議に思った俺が、後ろから覗きこむと、暗がりの向こうから、

「……んんっ……ぐうぅぅっ……」

「うむぅ……ぐふぅ……」

 あえぐような、男たちの太い声がした。

 これは……!




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