(01)地味で無口な女の子
(01)
「駅まで一緒に帰ろう」と僕はミユちゃんに声をかけた。
ミユちゃんは小さくうなずいた。僕の半歩後ろに身を隠すように歩き、振り返らないとミユちゃんの顔も視界に入らない。横目で見ても背の低いミユちゃんはうつむいているので表情はよく見えなかった。
僕はおしゃべりな性格ではなく、ミユちゃんも無口なので、お互い駅まで無言のままだ。
ミユちゃんは昔から知っている子だ。
知っていると言っても、知っているというだけで、一緒に遊んだとかという事は無い。同じクラスになった事もあったが話をした事は殆ど無い。
ミユちゃんは昔からおとなしい無口な子で、目立たない子だった。運動は得意ではなく、勉強が出来るというわけでもなく、趣味や特技も無いようだった。しゃべる声もとても小さく、気が小さいので人前に出ようとしない。
僕がミユちゃんと一緒に帰るのも、たまたま図書室で時間をつぶした僕が帰る時にミユちゃんと遭遇する事があり、無視する理由もないから声をかけているだけだ。……もちろんそれは建前だ。
趣味や特技も無く無口な僕は、ミユちゃんに仲間意識を感じているのかもしれない。何かに共感しているのかもしれない。僕は僕自身よくわかっていない気持ちを理由にミユちゃんと一緒に下校している。
学校では密かに、ある噂が流れていた。
「強引に迫ればセックスできる無口な女子がいる」という不穏な噂だ。
噂を流したのは刹那的でお調子者の……いわゆるDQNタイプの3年生だ。話した友人に口々に「それレイプだろ」「犯罪だよな」と言われたらしく、一部の男子生徒しか知らない噂話になっている。焦ったDQNが共犯者を増やそうと周囲を煽り続け、何人かが「強引に迫って成功した」。
それでも学年問わず一部の男子には有名な話となっているようで、その女子生徒は昼休みなどの休憩時間や放課後に人の来ない場所に連れ込まれているらしい。
この学校は僕を含め、優等生でも劣等生でもない何にもなれない生徒ばかりだ。未来永劫英雄にも極悪人にもなれない人間しかいない。希望もなく絶望もない学校ではイジメもなかったが、問題を正そうとする空気もなかった。
そういった空気の学校でも性への好奇心に抑えがきかない年頃の男子はいる。噂を確かめようと実践し童貞を捨てた男子は既に20人近くいるらしい。そのうちの何割かは一度では満足せず、その女子を見かけるたびに強引に迫ってセックスしているらしい。
当然これはレイプに他ならない事だが、性欲に滾った男子にとっては「声も上げず逃げ出しもしないのだから同意での事」と身勝手な理屈で行為に及んでいるようだ。強引に迫った人数が増えるとDQNの思惑通り共犯者で同罪だ。
また1回だけでやめてしまう男子も多いそうだ。その少女の腹の中の温かさはオナニーとは比べ物にならない快楽だそうだが、気持ち良くてすぐに射精してしまい持続力に自信が持てなくなってしまったり、行為が終わった後の少女の涙をこらえる悲痛な表情を見て罪悪感を感じる男子のほうが多いからだ。
その女子を何度も犯している男子は罪悪感より性欲のほうが強い身勝手な男子だ。何度も犯しているうち犯す事に慣れ罪悪感も薄れ、その女子の事を「精子便器」と呼んでいるらしい。
もちろん噂は噂でしかなく、ほとんど広まっていない話だ。
刺激的な噂だが悪事である事は考えるまでもない事で、精子便器と呼ばれている女子が哀れすぎる事もあって、犯人探しも被害者特定もされず「根も葉もない噂」としてスルーされて広まる事がなかった。
知っているのは精子便器を使っている連中と、精子便器にされている女子だけだ。
放課後、しゃがみこんでいるミユちゃんを見かけたので声をかけた。
「駅まで一緒に帰ろう」
ミユちゃんは返事もせず、怪訝そうな眼付きで僕を眺め、そのまま何もない時間が続いた。
ミユちゃんは表情豊かな子ではないので、何を考えているのか、僕と一緒に帰るのが嫌なのか、僕を無視しているのかもわからない。僕も積極的に下校を誘っているわけではない。ただ一緒に帰ろうかというだけだ。いつも一緒に下校しているわけではなく、たまたま見かけた時に声をかけているだけだ。
僕もミユちゃんも微動だにしない時間が1分か2分続いた後ようやくミユちゃんは立ち上がった。
そうして2人とも無言のまま駅まで一緒に歩いた。
ミユちゃんは僕の半歩後ろを歩いているので、どんな表情をしているのかもわからない。
そして何も話さないまま駅について「じゃぁね」と一声かけて別れた。
ミユちゃんも「うん」と言ったようだが声が小さくて聞こえない。
この何もない、ただ一緒に駅まで一緒に歩くだけが、僕とミユちゃんの間柄の全てだった。
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