(02)モンスターの生態と繁殖


 魔物と人間が互いの生存をかけて戦う世界。
 多種多様なスキルを持つ冒険者が珍しくない世界。
 最高位の僧侶魔法を扱う事が出来るスキルを持つホリイは、もうひとつの個人的な個性とも言える変態的な性的欲求を隠して生きていた。

 魔物は人間や動物とは異なった魔法的な、もしくは幻術的な異質の怪物だ。
 動物のような生態系を持たず、無から湧き出す事もあれば、魔物ではない生物を苗床として増殖したりもする。およそ命とか魂といったものを持ち合わせているかも不明瞭な、生物とは別の忌むべき怪物である。

 魔物には猿に似たゴブリンや豚に似たオークといったものから、動く汚水のようなスライム、死者が人間を襲うゾンビやスケルトン、実体を持たない邪悪なゴーストやスペクター、古代の伝説に語られるドラゴン等……共通しているのは普通の生物ではない謎の怪物であるという事だ。

 謎の怪物である魔物ではあるが、冒険者の間で語られる噂話があった。
「魔物との交尾は激しい快楽を伴う」という噂だ

 男の冒険者を惑わす魔物はサキュバス、女性を襲う魔物のインキュバスが知られているが、同様の催淫効果は他の魔物も持ち合わせていると噂されている。特に性欲旺盛なオークに襲われた女冒険者は数知れずいるらしい。

 たとえ魔物との交尾が激しい快楽を伴うものだとしても、魔物は不浄の存在である。
 寒村ではしばしば村娘がスライムに犯されるという被害が起きるが、たとえスライムに犯された村娘が生き残っていても自決する者が多いらしい。汚水や嘔吐物または腐敗物よりも汚いスライムに犯された女は結婚して身篭る事も出来ず、娼婦になろうとも抱く男はいないほど薄汚い存在として扱われる。病気が流行すれば魔物に犯された者が原因ではと疑われ、自決せずとも村から追放される事となる。

 魔物に犯された者が薄汚い存在として扱われるのは差別だけではなく、しばしば精神まで壊れてしまう者がいたからだ。
 そうして普通の生活に戻れなくなった女は、肉体的にも精神的にも魔物に汚された不浄の者として追放するしかなくなり、村から追放されるか自ら姿を消してしまう。
 そもそも魔物自体が動物とは異なる極めて不浄な汚らわしい存在であり、たとえ被害が軽く精神が壊れずに済んだとしてもその被害を誰かに話す事は有り得ない事だった。
 なので女性が魔物に襲われる事はしばしば起きる事であるのに魔物が女を犯した事を記録した文献などはほとんど無く、魔物に関する詳しい生態もわからないままだった。

 「魔物との交尾は激しい快楽を伴う」という噂も冒険者同士の間での噂でしかなく、詳しい事は誰も知らないと思われていた。
 魔物に犯された事が人に知れれば

 ホリイは知的好奇心や魔物の研究といった真面目な探究心で僧侶魔法の知識を学び続けてきたが、その勉学の合間に朽ちた古書を手に入れた。
 それは約200年前に高名なネクロマンサーによって書かれたという書籍で、その内容は勉強しか知らずに育ってきた少女にとってはいささか刺激的な内容だった。

「モンスターの生態と繁殖」 グレイス・グラドス 著

 この書は、様々なモンスターが人間の女性を犯す行為についての調査と研究をまとめたものである。
 モンスターは現世の生物とは異なった生体であり、モンスターの身体を形作る物質の何割かは幻想的または虚無的な未知のもので出来ていると考えられる。この「未知のもの」は現世の物質とは異なり、重量や体積などが不確定に存在している。質量を持った幻想、または質量を持たぬ実像と言える極めて謎の多い物質がモンスターの肉体を構成している。

 モンスターをモンスターたらしめている「未知のもの」は概ね液体である。
 この書では未知の液体を「幻液」と命名する。

 「幻液」は見た目と実体に極端な差異があり、また不安定である。例えば小さなコップにバケツ一杯分の「幻液」が入ったり、見た目より重かったり軽かったりする。時間の経過で蒸発したかと思えば、時間が経って増えている事もある。液体に見えるが幻影または霊体のような不確定な物質であると思われる。
 この不確定な物質である「幻液」の研究がモンスターの生態の謎を解き明かす鍵となる事は間違いないだろう。

 邪悪で不浄の存在である魔物に関しての根幹の調査・推測をまとめた内容で、どうやら過激な内容から禁書として廃棄されたものをホリイがたまたま入手したのだ。

 その禁書の内容は主に人間と魔物との交尾に関しての調査が書かれていた。

「序章・モンスターとの性交」

 モンスターにも雌雄があり、モンスター同士の交尾によって繁殖が行われているものと推測されるが、雌のモンスターは極めて珍しい存在であり、雌雄の割合からもモンスター同士の生殖行為のみでモンスター独自の生態系が形成されているとは考えられない。一方でモンスターが人間を襲い交尾するという事例も数多く残っている。
 異種族との交尾で子孫を残す事は一般的な生物には不可能な事である。しかしモンスターは人間を孕ませる事が可能であり、この点こそがモンスターが他の動物とは別の存在である事を示している。

 一例として、人間は豚と交尾しても妊娠する事はないが、豚に類似したモンスターであるオークは人間の女性を孕ませる事が出来る。また人間の男性は雌のオークを孕ませる事が出来る。オークに犯された女性はオークを妊娠し、男性に犯されたオークはハーフオークを妊娠する。この不均衡からもモンスターは人間や動物とは異なった生体である事がわかる。

 この異種交配を可能にしているのが「幻液」の作用であろう。
 「幻液」は古来より売春宿などで媚薬としても用いられており、強烈な「催淫効果」と「鎮痛効果」をもたらす。
 この液体は人間の身体に無尽蔵に染み込み、または臭いを嗅ぐ事でも人間の身体に撮りこまれる。「幻液」が人体に染み込むと、強烈な催淫効果と鎮痛効果の他、理性の喪失、男性の場合は凶暴化(バーサーク)する場合もある。
 「幻液」に毒された人間は体組織が変化してモンスターとの交尾と妊娠が可能になる。これは人間でありながらモンスターに近い存在になった事を意味する。モンスター化した状態が続くと理性の喪失などの症状が現れ、思考力や記憶を失い人間としての生活を送る事が出来なくなる。

 モンスターとの性交によって妊娠した場合、妊娠から出産までは僅か数時間から数日である場合が多い。
 妊娠から出産までの時間は、そのモンスターの構造によって異なる。一例としてスライムのような単純な存在の場合は数時間で卵を産み、人間型のモンスターの場合は1〜2日でモンスターの幼体が詰まった肉塊を生む事となる。
 モンスターとの交尾は激しい快楽を伴うが、「幻液」に犯されるという事でもあり、モンスターとの交尾が禁忌とされる所以である。

 その内容はおぞましいもので、ホリイは人間と魔物が交わる禁忌について書かれた文章に恐怖を感じた。
 しかしその文末には意外な事が書かれていた。

「終章・犯された人間の治療方法」

 総じてモンスターの生体と交尾、異種交配に関してはモンスターの身体から滲み出る「幻液」の影響によって引き起こされるという事は本書に記した通りである。
 「幻液」に犯された人間は、痛みを感じなくなり、意識が酩酊し、肉体的な変化に順応するようになる。その程度は「幻液」に犯された総量に比例すると言える。但し「幻液」の質量は不確定なので少量でも精神に異常をきたす場合もある。

 モンスターに犯された人間は、禁忌である事なのでその事実を隠そうとするが、「幻液」の影響はクレリックによる「解毒」「回復」の魔法で完全に除去する事が出来る。一般的な解毒剤や回復薬では効果はなく、魔術的な治療によってのみ完全に犯される前の状態に治療する事が出来る。故に被害が起きた場合には隠さずクレリックによる治療を受けるべきである。

(魔物に犯されても、クレリックの魔法で完全に治せるなんて……)

 この本によれば魔物の「幻液」とクレリックやソーサラーの扱う魔法は性質的に近いところがあり、人間に対して魔法を使うより魔物に対して魔法を使うほうが効果は大きいと書かれていた。その為、魔物に犯され「幻液」の影響を受けた人間を治療するにはクレリックの回復魔法が一番なのだそうだ。

 ホリイはしばらくの間はクレリックの魔法によって魔物の被害を治せると素直に考えていた。
 しかしホリイは「交尾」について全く知らない生娘だった。
 魔物に犯された人を助ける為に「魔物に犯される事」を学ぼうとしているうちに性的好奇心は「魔物との交尾」に偏り、ホリイ自身が女である事を意識するのに時間はかからなかった。

(わたし、魔物とせ……セックスしても大丈夫なんだわ)

 男性恐怖症の傾向があるホリイは、そのクレリックとしての能力を存分に扱う事が出来ないでいた。しかし自分自身に使う分には何の問題も無く、クレリックとしての能力は禁忌である魔物との交尾に理想的なのだ。
 魔物に犯される快楽を存分に堪能できるという事が事実かどうかは身をもって確かめる事が出来るのだ。

 若くクレリックとしての才能に長けたホリイがその処女の身体を汚らわしい魔物に捧げる……その被虐的な妄想は実現する事が可能なのだ。