(03)身体の記憶


 翌日もホリイは酒場の手伝いに赴いた。
 実のところ女主人の手首の捻挫はホリイの「回復」の魔法で治っていた。世間への建前もあるので痛み止め程度の軽い効果に抑えての回復魔法だったが、ホリイの魔術の効果が高く完全に回復してしまったのだ。
 なのでこの日の酒場の手伝いも女主人の怪我が治っていないフリをする為のもので、ホリイが異性に扱いになれる為という目的も別に急を要するものではないので、ホリイと女主人の2人がちょっと普段とは違った1日を楽しむお遊びのような気軽さがあった。

「ようこそ、いらっしゃいませ……」

 ホリイの接客もすこしだけ慣れてきた感じになってきたが、まだ注文を尋ねる時の話し方はぎこちなく、料理を出す仕草も不器用なところがあった。

 しかしそんなホリイの姿を見ようと地元冒険者が詰め寄せ、ギルドを兼ねる広い酒場は満席となった。

(あの男嫌いで有名なホリイちゃんが接客してくれるとは!)
(ホリイちゃんのメイド姿が拝めるのはきょうだけかも!)
(いっそこのままこの酒場に雇われればいいのに……)

 ホリイ・ホーネットは雇われクレリックとしては女冒険者としか組まず、まだ育ち盛りの年頃の少女であったので、荒くれ者ばかりの男の冒険者はホリイと接する機会はとても少なかった。

「しかしホリイちゃんがメイドになるとは……」

「ここの女主人にはいつもお世話になっていますし、この前もちょっと迷惑かけちゃったから、わたしも少し人に慣れておかなきゃって思って」

(こ、この前の”迷惑”って、アレの事か……!?)

 少し前にホリイはこの酒場の裏手にあるトイレで流れ者の冒険者に手篭めにされそうになった。その時に様子を伺いホリイを助けようとした地元冒険者の何人かは目の前で開かれたホリイの性器を見ていた。おかげでそれ以上の事には到らなかったが、ホリイの処女を見た男達にメイド姿で接しているのは妙な興奮を伴う事だった。

「きゃっ!?」

 ホリイは何かに躓き、転んだ。

(おおっ!ホリイちゃんのパンツ!)
(処女のホリイちゃんの生パンツが!)

(いたた……、何につまづいたんだろ?)

 運良くホリイの近くの席にいた者達はスカートの中や、胸元の隙間から見えるピンク色の乳首を見る事が出来た。それは一瞬の事ではあったが、この酒場の看板娘がメイドをやるという極めて稀なイベントでラッキースケベの幸運に恵まれた者達は一様に(来て良かった!)と心の中で涙を流した。

 一方ホリイは即座に身を直し片付けをして場を取り繕ったが、なにか妙な違和感を感じていた。

 しばらく真面目に仕事をこなしたホリイは、酒場の賑わいが落ち着いてきた頃を見計らって、酒場の片隅に足を向けた。

「あ、あのう……いらっしゃいませ。気付かずに申し訳ありませんでした」

 ホリイが酒場の片隅の薄暗い場所に話しかけると、返事が帰ってきた。

「あら、私の”隠密”の魔法がバレるなんて初めての事だわ」

 そこには一人の少女がいた。
 見慣れぬ姿の少女はホリイよりも更に若く見え、どこか異国から来た者であるように見えた。

 周囲に気付かれにくくなる「隠密」の魔法も街中で使う事は禁じられているが、使われれば周囲に気付かれる事は少ない。低俗なシーフが盗みを働く時にこの魔法を使って騒動となる事がしばしばあるが、よもや酒場の客が「隠密」の魔法で身を隠しているとはホリイの他に誰も気付いていなかった。

 そしてホリイが気付いたいまとなってもホリイ以外の客の誰もがこの少女に気付く様子は無かった。「隠密」の魔法は術者の能力が効果に反映される。レベルの低い術者だとこの魔法を使っても足音を立てただけで魔物に気付かれるし、ハイレベルの術者がこの魔法を用いればアサシンの如く敵の喉元にナイフを添えても気付かれる事が無い。
 ホリイもこの「隠密」の魔法はよく使っているが、これほど完璧に気配を消す事は出来ない。この少女が只者ではない事は明らかだった。

「あの、お譲ちゃん、お名前は? パパかママはいるかな? 迷子かな?」

「私の名は…とりあえずGGと名乗っておこう。こう見えてお前さんの何倍も年長じゃ」

「お名前は、ジジイ?」

「いやロリババアだけどジジイ言うな。ジー・ジーと呼べ」

「じゃぁジーちゃんね」

「じいちゃん言うな。つるぺたの姿じゃが一応は女じゃ。ただこの辺りに類稀なる能力を持つクレリックいるとの噂を耳にして、拝見しに来ただけじゃ」

 ホリイもようやく幾分か状況を理解した。この少女に見える術者はホリイの能力を試すために「隠密」の魔法を使って様子を伺っていたのだ。

「この辺りでは最近ワームが湧き出す騒動があったそうじゃが、噂では最後に巨大なワームが逃げていったとか。そのような巨大なワームは自然と湧き出すものではなく、誰かがワームが大きく育つほどの肉と魔力を与えていたと考えるのが必然」

「……」

「ワームに肉を与えるというのは、つまりは身を捧げた者がいるという事じゃ。ワームに身を捧げると絶倫の男と交わっても味わえない快楽が伴うものじゃが、おぬしは何か心当たりはないかのう?」

「わ、わたしは、何も知りません」

「かの高名なクレリックのホリイ・ホーネットでも巨大ワームの出所を知らぬとな? それとも身体は覚えているが記憶にはないという事かな?」

「……あの、ジーちゃんって何者なんですか?」

「だからじーちゃん言うな。わしはただ長生きしすぎて酔狂な事が好きなだけのネクロマンサーじゃ。もしそなたが酔狂な火遊びに興じているのなら仲良くなれそうに思って御拝顔に着ただけじゃ」

「ネクロマンサー……?」

 ネクロマンサーは黒魔術を扱い死者を操ると言われる魔術師だ。かつて英雄が魔王と戦った昔の時代にはネクロマンサーは高位の魔術師として英雄の助力となり強力な戦力となったと伝え語られているが、いまとなってはネクロマンサーは極めて珍しく、その禁忌に近い魔術の研究は人々から疎まれてもいる。

 死者を操り、死者を媒体とするネクロマンサーの魔術は、差し詰めホリイの扱う蘇生魔法とは真逆の性質を持つ特殊なものと言える。「蘇生」の魔法は死者を生き返らせる事が出来るが、ネクロマンサーの魔法は死者を死者のまま操る事が出来る。プラスとマイナスの関係のように根幹は似たものなのかもしれないが、戦乱の世が過ぎた現在ではそこまで高難易度の魔術の研究は行われていなかった。

「噂のホリイ・ホーネットも思ったとおり清廉潔白な肉体と見受けられるが、いささか綺麗過ぎるようじゃな。まるで壊れた肉体を魔術で再生したかのように新品の綺麗さじゃ」

「なっ! 何を言っているのか、私にはよくわかりません……」

「まぁ蘇生魔法を扱える女だけの特権であるから、人に知られぬよう存分に楽しむが良かろう。しかし、そなたの能力をもってしても取り返しのつかない事はあるのだから、くれぐれも快楽に溺れすぎぬよう程々にしておくのじゃな。なにせ”幻液”は阿片や媚薬の比ではない人間を辞めてしまいたくなるほどの気持ち良さじゃ」

「幻液の事を知っているの?」

 「幻液」は女を淫乱に染め上げ男をバーサーカーに狂わす魔物の体液だ。強烈な媚薬のような幻液は現実の物質とは異なる性質を持った幻のような何かで、見た目の体積と質量が一致しない物理法則に符合しない謎の物質だ。
 幻液は売春宿で娼婦を仕立て上げる時に用いられる事があるらしいが、一般的には「幻液」という呼称さえ知られていない。「魔物の精液は強力な媚薬になる」という事が極一部の冒険者の間で噂されているに過ぎない。

「心の底から淫らになれる幻液は強力すぎて普通の者なら廃人になりかねぬ程じゃが、わしらの能力なら解毒の呪文ひとつで済むからのう。しかし我を忘れて無茶をすれば身体を壊す。わしも何度身体を壊した事か」

「あ、あの……あなたも魔物と……した事があるの?」

「あなたも、とはいよいよ白状したか。やはりそなたはモンスターとの姦淫を貪っているのじゃな。まぁ安心せい、わしも様々なモンスターと色々楽しんできた身じゃ。わしも色々と失敗をしておるから様子を伺いにきたのじゃ。で、どうじゃった? ワームとの秘め事は。腹の中でモンスターが蠢く快楽はさぞや甘美であったろう」

 ホリイは沈黙した。禁忌とされる魔物との交尾をした事がGGに知られ、恥ずかしさと秘密がしられた事で言葉に詰まった。迂闊な事を喋れば余計に秘密が知られるかもしれない。GGがこの事を誰かに話せばホリイの人生は即座に終了してしまう。

「最近はこういった事を楽しむ御同類も滅多にいなくなったからのう。何かあった時には遥か北にあるわしの街に来るが良い。助力になれるかは運次第だがな」

 そう言うとGGは酒場を去っていった。周囲の客はGGが去る時もその存在に気付かないままだった。
 ホリイは酒場の仕事に戻り、酒場でのメイドイベントは滞りなく終了した。
 常連客からの惜しむ声も多かったが、GGに秘密を気付かれたホリイは落ち着かない気分だった。

 自宅に戻り、ホリイはベッドに倒れ込んだ。メイドとしての慣れない仕事での疲れは然程でもなかったが、見知らぬネクロマンサーに魔物との姦淫の秘密を気付かれた事がショックだった。
 話の内容から、あの少女に見えるネクロマンサーも魔物との姦淫を経験した事はあるようだったが、その言葉を信用するだけの根拠も無く、ただホリイの秘密が世間に知られれば身の破滅という事が現実味を帯びただけに思えた。

 身の破滅となるような事は被虐的な興奮を感じる事でもあったが、万が一にもホリイの魔法でも取り返しがつかなくなるような事になれば、ホリイは街から追い出されて迫害されるだろう。魔物に犯された女は人間ではなく不浄な獣と扱われ、村人に吊るし上げられて処刑されても仕方が無い事だった。

(もう、危ない事はやめなきゃ……)

 ホリイは自分がやった事……スライムに犯されワームとの姦淫を貪った事が非常識で危険な事である事を改めて認識した。この事がたとえ噂話でも世間に知られれば、蘇生魔法を扱える若きクレリックと言う名声は地に落ちて、運が良くても街を追放されるだろう。運が悪ければ魔女と罵られ公衆の面前で火炙りにされるかもしれない。

 しかし、いけない事であるという事がホリイの変態性欲に火をつけた。

 若き少女クレリックのみが出来る、いけない事。
 身を滅ぼすほどの禁忌に身を落とす悦楽。
 魔法で一縷の穢れも無い純潔の処女の身体を汚らしい魔物に奪われる被虐感。

 堕ちれば堕ちるほど激しい快楽が得られる禁忌の淫行は、優れた回復魔法を扱える女性クレリックのみの特権だ。

(あと1回、あと1回だけなら……。次で終わりにしなきゃ。終わりに出来るくらい徹底的に……徹底的に魔物のおちんちんで、おまんまんをメチャクチャにされたい!!)

 ホリイの指が股間の割れ目に伸びたが、自慰に耽ようとして止めた。
 自分の指で快楽を得るのではなく、次に魔物に犯されるその時まで穢れなき処女を維持しようと思ったのだ。
 オナニー禁止を自分に課したホリイはベッドで身悶えた。魔法で復元されている膣肉や子宮は生まれたてのように純潔だったが、その純潔を忌むべき魔物に奪われる事を想像すると異様に興奮が高まった。

 ホリイ・ホーネットは、魔物に犯される事に被虐の興奮を感じる変態少女だった。

(Act-2.5 END)