「えっと……失礼します」
室内に入ってきたのは、セーラー服姿の少女だった。
半袖の白ブラウス。
短すぎず、かといって長すぎもしない丈のスカート。
膝下までの紺色の靴下。
スタジオは土足禁止であるので、靴は控室で脱いできた。
これらの衣装はよく似合っているが、実際に彼女が普段身につけているものではないはずだ。
挑戦者には番組のスタッフが選定した衣装が支給されることになっている。
実は学生ではない、ということすらありうる。
身長は胡桃と同じぐらい。
スタイルでは胡桃には僅かに軍配が上がりそうだが、それでもブラウスを押し上げる胸部の膨らみは相当なものだ。
真っ黒なストレートヘアに、その色との対比でハッとするぐらいの白い肌。
不安そうな表情をしているものの、意志の強そうな顔立ちをしている。
雑に表現すれば、真面目な優等生といった風体だ。
「いらっしゃ~い。そんなとこ立ってないで、おいでおいで」
胡桃が手招きすると、入り口でまごついていた少女がおずおずと近づいてくる。
「桐子(とうこ)ちゃんだっけ?」
「あっ、はい。一之瀬 桐子(いちのせ とうこ)です」
本名かは定かではない。
契約のやり取りをした者であれば知っているだろうが、胡桃には確認しようがない。
名前に限らず、番組内で使用するプロフィールについては挑戦者が自由に捏造・創作してよいことになっている。
顔出ししているとはいえ、なるべく自身の情報を伏せたい者がほとんどであるがゆえの措置だ。
「とりあえず、ここ座ろっか」
胡桃はぽんぽんとベッドを叩き、自分の右横に座るように促す。
言われるがままベッドに腰掛けると、桐子はそのマットレスの柔らかさに少々驚いたようだった。
「うちが何する番組かは分かってるよね?」
「……はい。覚悟はできています」
「覚悟って。そんな気合い入れなくていいよぉ」
緊張を解すように、桐子の頭を撫でる胡桃。
「桐子ちゃんはただ1時間くすぐられるだけ。それでお金が貰えるんだから、こんな楽なことないでしょ」
「でも、大金をいただくわけですから……」
「いいのいいの。うちのボス、お金はあるんだから」
胡桃の右手が桐子の頭頂部から後頭部を経由し、その指先が細い首筋をなぞる。
「っ……」
桐子の肩が小さく跳ねた。
「まずは、桐子ちゃんのことが知りたいな。どの辺から来たの? 都内?」
「えっと、千葉の方から…」
胡桃はふんふんと頷いて問いかけを続ける。
「モテるでしょ?」
「そんな、全然…」
「えぇ~? 私だったら、同級生に桐子ちゃんが居たら絶対放っておかないけどなぁ」
「そう…っ……ですか……」
「部活やってる?」
「えっ……と…手芸部に…あんまり行ってないですけど」
「好きな食べ物とかある?」
「ん……あっ、甘いもの…とか…」
他愛のない会話。
さほど難しいものではない質問に対し、桐子の返事がしどろもどろなのは仕方ない。
全ては彼女の背中をこしょこしょとくすぐっている胡桃の右手が悪い。
「言いたくなかったらいいんだけど、なんでこの番組に出ようと思ったの?」
「あの…私と……妹の学費が…ちょっと危うくて」
「うわ、重めの理由だ」
「もの凄くギリギリってわけじゃないんですけど、父が転職したばかりで、もしかしたら収入が減っちゃうかもって感じで…」
「いいよ。もう話さなくていいから」
胡桃はベッドから立ち上がると、無言で撮影にあたっていたカメラマン達と何やらこそこそと会話する。
インカムを通じて室外の人間とも連絡を取っているようだ。
そしてほどなくして桐子の隣に戻ると、彼女にこう告げた。
「たった今、桐子ちゃんのギャラは倍になりました」
「……は?」
緊張も忘れて、呆けた顔をする桐子。
倍? 流石に何かの聞き間違いに決まっている。
「不安なことあると、集中できないでしょ」
「えっ、嘘…冗談ですよね、あれの倍って……えっ…?」
「うちはお金のことでは冗談を言わないの」
胡桃は桐子の腰に腕を回し、ぐっと引き寄せる。
「本当に気にしなくていいの。その分、あたし達もたっぷり楽しませてもらうから……ね?」
その有無を言わさぬ口調に、桐子は無言で小さく頷くことしかできなかった。
胡桃は左腕で桐子の両足を抱え込み、そのままお姫様抱っこのような形で軽く持ち上げ、特大のベッドの中央にそっと降ろす。
「桐子ちゃんはもう何も心配しなくていいの。だからリラックスして、全部任せて」
「……はい」
この番組――ひいては胡桃は、考えようによっては桐子にとって恩人と言えなくもない。
素直に身を任せるのが誠意に思えた。
大の字になった桐子は、意識して体から力を抜く。
腰のあたりにまたがってきた胡桃と目が合うと、恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべた。
(一応の信頼関係は築けたかな?)
今日の挑戦者は生真面目そうなタイプだが、なんとか心の距離を縮められただろうか。
実のところ、学費の件がなくともギャラは倍以上になる予定だった。
言ってしまえば、最初に低い金額(それでも相当な高額ではあるが)を提示したわけだ。
というか、視聴者からの反響次第ではこれから更に倍にだってなり得る。
とはいえ早めに彼女の不安を解消してやりたかった気持ちも嘘ではない。
胡桃は桐子を見下ろし、笑顔を向ける。
お膳立ては完了した。
あとは思うがままにこの美少女を料理することができる。
満面の笑みにもなろうというものだ。