「始めるね」

その言葉と同時に、壁に備え付けられたデジタル時計が「60:00:00」からのカウントダウンを始めた。
これから1時間、桐子の体は番組のものだ。

胡桃の両手が最初に触れたのは、桐子の顔。
長い黒髪の隙間から見え隠れする耳の形を確認するようにそっと触れ、指先で頬や首筋をごく軽くくすぐる。

「肌綺麗だねぇ」
「ん……あ…ありがとう、ございます…っ…」

挨拶がてらの、触れるだけに近いくすぐりだ。
笑い声をあげるほどのものではない。

「くすぐったいの弱い方?」
「分からないです…そんなに、くすぐられることって、ないですから…っ……」
「そっか。まぁ、これから全部分かっちゃうんだけど」

小動物を人の手に慣らすように、話しながらこしょこしょと首筋をくすぐり続ける胡桃。
そこに入っていた力が抜けたのを感じ取ると、今後は半袖から覗く二の腕に触れる。

「まだ全然平気?」
「けっこう、くすぐったいです…!」

二の腕から肘、手首の方へと指を歩かせていく胡桃。
手のひらを爪でしょりしょり…とくすぐられると、桐子の指先がピクピクと震える。
そんな小さな反応も複数のカメラが余すところなく捉えていた。

「桐子ちゃん、ずいぶん敏感みたいだねぇ。これからどうなっちゃうんだろうな~?」
「…っ……」

問いかけには応えず、桐子は真っ赤になった顔を逸らす。
そんな初心な反応にSっ気を刺激された胡桃は、指先を桐子の半袖の中へと侵入させる。

「きゃんっ!?」

桐子の上半身がビクンと跳ねる。
胡桃の人差し指に腋をつつかれたのだ。
桐子は反射的に脇を閉じ、胡桃の指の動きを阻害する。

「ごめんなさい…邪魔しちゃダメですよね」
「ん~ん。抵抗されると燃えるし」

(今すぐ滅茶苦茶にしちゃっても……いや、駄目駄目)

胡桃はともすれば暴走しそうな欲望を抑え込み、桐子の腕と体の間に挟まれた両手を引き抜く。
プライベートならともかく、今は仕事中だ。
じっくり丁寧に弄ばなくてはならない。

「はい、ばんざ~い」
「あっ…」

胡桃は桐子の手首を掴み、頭の横まで持ち上げる。

「おてて、下ろさないでいられるかな~?」

小さな子どもに対するような口調で言い聞かせつつ、胡桃は桐子のお腹を撫でる。
鍛えられている様子はまるでない。
太っているわけではないが柔らかい、いかにも少女らしい肉付きだ。

「っ……ふぅ……」 
「そうそう。リラックスリラックス」

ブラウス越しに手のひらがすりすりと胴体を這いまわる感触は、もどかしくはあるがくすぐったさはさほどではない。
これが前座にすぎないのは分かっているが、こうして時間を消費してくれるのは桐子にとって得だ。
ちらっと壁の時計を見ると、自身がベッドに寝転んでから5分強が経過しているのが分かった。

(まだ5分…ずっとこれで終わってくれたらいいのに)

しばらくの間、桐子の吐息と衣擦れの音だけがスタジオに響く。
桐子からすれば「こんなことをして何になるんだろう」といった気持ちだが、
フェチズムをこじらせた胡桃や番組スタッフ、そして視聴者からすれば、何かを堪えるように息を殺す彼女の姿は十二分に魅力的なものだ。

「――んっ」

桐子の体が強張る。
ちょん、と脇腹をつつかれたのだ。

「ん……ふっ、んん…」

右の脇腹をつつかれて左に身をよじれば、そこにも胡桃の指が待ち構えている。
ちょん。ちょんちょん。
胡桃は人差し指で左右の脇腹を突き、桐子の体をくねらせる。

「いいね~、桐子ちゃん。かわいいよ」

桐子は知る由もないが、視聴者のボルテージは鰻登りであり、ネットを介しての番組への投げ銭額も急加速していた。
美少女が自らの意思で両手を上げ、美女からのくすぐりに耐えて身をよじる。
このような貴重な光景を見られる番組を存続させるため、物好きな視聴者達は毎週金を投げているのだ。
もっとも、彼ら彼女らが無理をせずとも番組には充分すぎる予算があるのだが。

「っく…ふふ……」
「そろそろ笑っちゃいそう? まだ平気?」

応える余裕は無い。
桐子は緩みそうになる口元を引き締め、健気にも両手を上げたままぷるぷると耐えていた。
笑ってはいけないというルールはない。
しかし、大抵の女性にとって大勢の視聴者の前で笑い転げるのは恥ずかしいことだろう。

そんな感情を充分に理解している胡桃は、ブラウス越しにもうっすらと感じられる肋骨の感触を指先で楽しみつつ、
桐子に笑ってしまうかどうかの絶妙なくすぐったさを与え続ける。

「ひ……っくく…だめっ……」
「ダメじゃないよ~。いつでも笑っていいんだからね」

胡桃は両手で桐子の細い腰を掴み、むにむにと揉む。
ひと揉みするたびに少女の限界が近づいているのが分かる。
そんな意地悪いくすぐりを数分続け、桐子をギリギリの更にギリギリのラインまで追い込むと――

「はい、よく頑張ったね~。ちょっと休憩しよっか」

そう優しく声をかけた。

「ふぇ…?」

休憩。確かにそう聞こえた。
全く余裕のない脳より先に体がその言葉に反応し、桐子は大きく息を吐く。
その隙をついて、胡桃の指先が脇腹に強く食い込んだ。

「ぎゃはっ!?」

極度の緊張状態からの脱力で弛緩しきっていた体。
そこに未体験のレベルのくすぐったさを与えられ、跨っている胡桃が一瞬浮くほどに腰が跳ね上がった。
胡桃はそのまま脇腹を激しく責め立てる。

「やっ、ひゃめっっ、あはははははははは!!」
「は~い、じゃあ今度こそ休憩ね」

胡桃の指がぴたっと動きを止めると、暴れまわっていた桐子の体がベッドに沈む。
息も絶え絶えに震えながら、桐子は涙目で胡桃に抗議の視線を向ける。

「…嘘つくなんて……ずるいですよ…」
「ごめんね~。ちょっといじめたくなっちゃって」

油断させてからの不意打ちで、その日初めての大笑いを引き出す。
これは桐子の好きなパターンの1つだった。
本気でのくすぐりは5秒にも満たない短い時間のものだったが、その衝撃は桐子の体にしっかりと刻み込まれた。

「それより、桐子ちゃんってあんな風に笑うんだね。喉の奥まで見えちゃってたよ」
「なっ……!」
「笑い声もかわいかったなぁ。これからた~っぷりみんなに聞かせてあげようね」

「みんなに」のところを強調し、大勢の晒しものになっていることを意識させる。
桐子は羞恥で真っ赤に染まった顔を背けるが、カメラマンはそんな表情も逃さなかった。
頭からつま先まで、常に複数のレンズが彼女の姿を捉えている。

◆◆◆ 体験版はここまでです。続きは製品版でお楽しみください ◆◆◆

 

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