---脱出---

 今いる場所ってどうなってるの。だいぶ歩いた気がするんだけど。
「そうじゃな、空気中に含まれる有害物質の割合がだいぶ減ってきたから出口には近づいておるはずじゃ」
 そうなんだ。それなら良かった。何も言ってくれないから不安になったよ。
「流石にお主の命がかかっておるからの。まずい方向に進んでおるならきちんとアドバイスするつもりじゃ」
 そうなんだね。ありがとう。ちなみにここで死んだ場合どうなるの。後名前とかあるの。
「ついでのように聞くのじゃな。死んだら大地に還るだけじゃ」
 なるほど。ふと思ったんで。
「確かに名乗ってなかったの」
 うんうん。
「我が名は」
 名は。
「わからん」
 そうかわからんっていう名前なのね。よろしくね、わからん。
「そうじゃないぞ」
 アクセント違った。ごめんごめん、わからん。
「いやいや、そういうことじゃないわい」
 わからんっていう名前じゃないってこと。
「常識的に考えてわかるじゃろ」
 わからんが名前じゃないってのが常識ってこと。
「そうじゃ」
 わからんってわかんないってこと。
「そういうことじゃ」
 つまり自分の名前を忘れてしまって思い出せないと。
「う、うむ」
 とんだ全能さんもいたものだね。
「長い間一人でいすぎたせいじゃな」
 一人称一人になってるし。人じゃないんでしょ。
「お主がわかりやすいかと思って、少し前からそうしておるのじゃ」
 そうだったんだね。ありがとう。それじゃあこれからもそれでよろしく。
「どうしようかの」
 そこでまさかの。
「冗談じゃ」
 それからしばらくおしゃべりしながら進んだ。魔物には遭遇していない。魔物をどうにかして遠ざけてくれたりしているのだろうか。魔物を召喚もしくは呼ぶ事ができるみたいだし、それなら逆も可能だろう。
「色々考えておるようじゃの」
 そうか。思考読めるんだよね。
「そういう事じゃ」
 それで今はどんな感じかな。
「お主、唐突に話題を変えてくるな」
 まずかったかな。
「いや、別に気にせんが」
 それなら良かった。
「もうほとんど有害物質は混じっておらん。出口が近いかもしれんの」
 おおっ、これで自分の命の危険はなくなったのかな。
「そうじゃな。有害物質による死の危険はなくなったと言ってよかろう」
 その言い方だとそれ以外で死ぬ可能性があるように聞こえるんだけど。
「そうじゃな」
 本当にあるんだ。それ教えてよ。じゃないと死んじゃう。
「ふむ、落ち着いて聞くのじゃぞ」
 了解。
「まずは食料と水じゃな」
 あーそういうことね。
「お主、長いこと何も摂取しておらんじゃろ」
 そうなのかな。さっきまでそれどころじゃなかったから全然気にしてなかった。
「かなり身体弱っておるぞ」
 そんなことまでわかるんだ全能さん。
「変な呼び方するでない」
 じゃあのーたん。
「略して言っても、ん、別にそれなら良いぞ」
 いいんだ。
「なかなか語呂が良いからの」
 語呂気にするんだ。
「それはそうじゃ。名前の語呂は大事じゃろうて」
 了解。それじゃあ今からのーたんでいこう。
「うむ」
 それで水と食料どうしようか。
「水は我が作り出せる」
 そんなこともできるんだ。
「全能じゃからな」
 それだったら食料もいけるんじゃ。
「それにはエネルギーが足らん」
 全能じゃないじゃん。
「だから完全体になれば凄いと言っておるに」
 そうだった。どうすれば完全体になれるの。
「それは秘密じゃ」
 のーたん秘密多すぎでしょ。
「その方が魅力的じゃろうて」
 ただ単純に忘れてるだけの可能性。
「そ、そそんなことはないのじゃ」
 動揺しすぎじゃない。
「これは演技じゃ」
 それは凄い。そっか、全能だから演技もバッチリなんだね。
「そ、そうじゃ。凄いじゃろ」
 すごいすごい。
「よし、とりあえず水を出すからその身だしなみを綺麗にするが良い」
 いや先に飲ませてよ。
「それもそうじゃな」
 目の前に小さな水色の玉が現れた。それがどんどん大きくなっていく。本当に水を生み出せるのか。ゆらゆらふよふよしていてなんとも不思議な感じがする。これ飲んだら死ぬとかないよね。
「あるぞ」
 えっ、あるの。
「そうじゃ。まずは顔をしっかりと洗って、次に口の中を、そして次は喉じゃな。有害物質でかなりやられておる。そのまま水と一緒に飲めば簡単に死ぬぞ」
 あぶないっ、普通に飲むところだったよ。
「飲もうとしたら物理的に止めておったから大丈夫じゃ」
 物理的って、それって痛いやつじゃん。
「死ぬよりマシであろう」
 それはそうだけど。先に教えてくれても。
「教えようかと思ったらお主が神がかり的なタイミングで聞いてきたのじゃ」
 そうなんだ。息ぴったりだね。
「そうじゃな」
 嬉しそうだね。
「そ、そんな事はないぞっ」
 ふふっ。
 顔を洗って、口の中を濯いで、うがいをして、そして水を飲んだ。身体に染み渡るこの感覚。凄い。感動だ。こんなに美味しい水があるなんて。いくらでも飲んでいられる。
「それは我が作り出した水じゃからな」
 と思ったけどもうお腹いっぱいだ。うっぷ。
「人間の胃は小さいからの」
 そうなんだよ。いくら美味しくても許容量を超えるともう無理ってなるからね。
「そう考えると人間の体は不便よの」
 でも際限なく食べたり飲んだりできたらどんどん大きくなっていっちゃうよ。
「それはそれでよいんじゃないかの」
 そうしたら食料がなくなって争いが起きちゃうよ。
「確かに人間は何かにつけて戦争したがる生き物じゃからの」
 そういうこともたくさん見てきたんでしょ。
「そうじゃな。面白くはないの」
 それなら良かった。これで楽しい、参加したいとか言われたらどうしようかと思ってたよ。
「そんな野蛮であるはずがなかろう」
 平和主義でよかった。
「うむ。どうやら出口みたいじゃの」
 先の方が明るくなっている。ついに外に出れる。ミッションコンプリートだ。
「これでこの薄暗い空間ともお別れじゃな」
 やっと日の光を浴びれる。
「我もお日様好きじゃ」
 まじで。一緒じゃん。奇遇だね。
「そうじゃな」
 そうしてついに外へ出る事ができた。雨が降っていた。
「雨じゃな」
 うん。なんだろうこの胸いっぱいに広がる気持ち。お日様を期待してからの雨。
「まぁ、命が助かったんじゃ。喜んで良いのではないのかの」
 わーい、やったー。
「感情がこもっておらんぞ」
 二人だけだしいいんじゃない。
「まぁ、それもそうじゃな」
 とりあえず雨の当たらないところに移動しようか。
「うむ」

---next---