---邂逅---

「我と話をせぬか」
 頭に声が響く。

-数十分前-

 気がつくと地面に倒れていた。頭が重い。少し落ち着くまで待とう。
 身体に異変はないだろうか。まずは手で地面に触れてみる。水分をあまり含んでおらずさらさらしている。そして硬い。次に足、腰、上半身を少しずつ動かしてみる。特に気になる痛みはない。どうしてこんなところに倒れているのだろうか。
 耳をすまして周りの気配を窺うが、特に気になる音はしない。起き上がって大丈夫だろうか。
 慎重に体を動かし地面に座った。
 辺りを見回してみる。薄暗く、視界は悪い。記憶を辿るも曖昧で明確な形をなさない。ただ断片的に何かから逃げているイメージが浮かぶ。あれは魔物だろうか。もし近くにいるのならすぐにでも逃げなければ。
 持ち物を確認するも着ている服とギルドカードだけだった。つまり助けを呼ぶ事も戦う事もできない。一つ思い出した。そうだ、俺は荷物持ちをしていた。
 冒険者という職業がこの世界にはある。冒険者とはその名の通り冒険を生業としているものをいう。冒険者は基本的にパーティーを組んで行動する。一人ではできることに限界があるからだ。人間にはそれぞれ得意な事、不得意な事があるように。

 剣や槍などを使う近接アタッカー
 魔法や弓などを使う遠距離アタッカー
 仲間の傷を癒す事ができるヒーラー

 といった具合だ。
 今はそんな事はどうでもいいか。ここで魔物に襲われたらおしまいだ。俺は自分の人生に満足していない。そんな状態で死ぬなんて嫌だ。この世に生まれたからには何かしたい。
 いや待てよ。何をすれば死んでも良いと思えるんだ。いやいや逆に考えるんだ。何をしたいかを。今まではどうだった。特に何も考えずに生きてきたかもしれない。いや何も考えなかったわけではないか。ただこれが絶対にしたい、達成したいと思えるものはなかったかもしれない。
 今こうして死に直面して。いや今すぐというわけではないが死ぬ可能性は高い。
 魔物が生息する場所で戦えない自分が一人きり。死んだ人間はどうなるのだろうか。考えても答えは出ない。そんな事に時間を使うのは勿体無い。
 さてこれからどうしよう。このまま明るくなるのを待つか。それとも手探りで進んでみるか。
 この場にとどまって魔物に見つからず仲間が助けに来てくれる可能性。そもそも仲間が生きているかもわからない。
 仲間がいて一緒に進んでいたのはなんとなく覚えているのだが、ここがどこでどうしていなくなってしまったのかを思い出せない。一人だと考えがまとまらない。話し相手が欲しい。
 そう思った矢先、声が頭に響いたのだ。幻聴か。相当参ってるな。それでも一人で寂しく死ぬよりかはましか。
「我の声を幻聴扱いとは随分な言いようじゃな」
 自分の脳が作り出した声だよね。もう一人の自分的な。第二の人格と喋るなんて重症だ。もっとひどくなったら三人、四人と人格が増えていくのだろうか。それはそれで見てみたい気もする。
「我はお主の幻聴などではない」
 そうは言っても証拠なんて何もないでしょ。
「そうじゃな。それではこういうのはどうじゃ」
 前方に嫌な気配が。暗闇から這い出てくる何か。
「うわっ」
 魔物だ。急いで立ち上がり後退する。すぐに壁にぶつかりこれ以上は下がれない。記憶にある魔物ではないが、戦えない自分を殺傷するのは簡単だろう。いつの間にか魔物が目の前まで近づき腕を振り上げているではないか。あっ、終わった。俺の人生終了だ。もっとやりたい事をきちんと考えてやっておけば良かった。
 次の瞬間、魔物が破裂し、肉片が飛び散った。何が起こったんだ。さらに奇怪な事に自分には魔物の残骸が降りかかってこない。目の前に見えないバリアでもあるかのようだ。これも幻覚なのだろうか。
「これで我の話を少しは聞く気になったかの」
 今のは魔法。
「そうじゃ、現実に干渉すればお主も我を信じるのではないかと思ってな」
 確かに。でもこんな偶然魔物が現れるなんて。
「何をしておる」
 幻覚じゃないかの確認を。しゃがんで、魔物の肉片を手に取る。ヌメヌメしていて生温かい。それにこのにおい。これが現実ではなく幻覚だとしたら相当なものだ。むしろこのレベルだからこそ幻覚と言えるのかもしれないが。
「疑り深い性格をしておるの。魔物は我が用意したのじゃ。魔物の死骸がかからんようにしてやったのも逆効果じゃったみたいだの」
 そうじゃないと生きてこれなかったから。信じられるのは自分だけだと今まで生きてきてわかった。魔物を用意できるなんて、君もそうなの。
「我は魔物ではない。確かに人間とは欲深い生き物じゃからの」
 その口ぶり、人間じゃないのかな。
「急に我に興味を持ち始めたではないか」
 人間には興味ないけど、それ以外なら。観察対象として興味あるかも。
「ほぅ、我を観察したいと」
 もし君が自分の作り出した幻覚ではなく、現実なら姿をこの目で見たい。そんな事が出来ればだけど。
「よかろう。そなたの願い叶えてやろう」
 その代償に命とか言わないでね。
「そんなものいらぬから安心せい」
 良かった。それじゃあ、お願いしようかな。
「うむ、とくと見るが良い」
 少し待ってみるも、視界に変化はない。
「見えぬのか。すでにお主の目の前におるではないか」
 目を凝らして前方の空間を見てみるも、そこには何もない。
「我が見えぬのか」
 やっぱり自分の作り出した幻覚だったのか。そうだよな。一人取り残された場所で偶然魔物でも人間でもないものに出会う可能性なんて皆無だろう。

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